第53話 南雲、首相としての顔。
「……」
電話口に女性の声で事務的な会話を介すると、
「わかった、すぐ行く」
南雲はラフな格好からスーツに着替えると、指定された場所へと向かう。
私室から出ると、警護の人間が扉の前で門番のように、屈強な男性が二人立っていた。
「首相、どちらに?」
「同行致します」
無駄口は一切挟まず、南雲の両隣に付くと、インカムで他のメンバーと連携を取り、安全確認を怠らない。
「何時もすまんな」
南雲は二人の肩をポンと叩くと、
「滅相もありません」
「任務ですから」
一人は仰々しく、もう一人は眉一つ動かさないで南雲を見る。
公邸を出て玄関に横付けされた首相専用車に乗り込むと、
「よう英坊、何処に行くんだい?」
やけに慣れ慣れしく、運転手が南雲を運転席越しから、バックミラーを動かしながら尋ねると、
「おやっさん、野暮用だよ」
「あいよ」
南雲は場所を指定しなかったが、阿吽の呼吸で察すると、運転手はステアリングを勢いよく切る。
「又吉さん、もう少し丁寧に」
「首相が乗っているのですよ」
南雲の左右に座り、辺りを警戒していた警護の二人が慌てたように注意すると、
「うるせぇな、固いこといってんじゃねぇよ、若造が」
運転手の又吉三郎が、煙草を吹かしながら、二人の声を聞いて大笑いした。
「俺は構わんよ」
南雲も又吉に同意するように、裏ポケットから煙草を出すと、
「あれ、一本もねぇな」
カラになったボックスを見て、
「ったく、しょうがねぇな」
又吉は自分が吸っていた煙草を、南雲に差し出しと、
「ありがとな、おやっさん」
そう言って煙草を咥えると、美味しそうに煙を吸い、
「銘柄替えた?」
又吉が何時も吸う煙草と、味が違うことに気付いた南雲に、又吉が左手でハンドルを回すようなアクションをすると、南雲は呆れたように吹き出して、
「相変わらず好きだねぇ」
「大負けだ、大負け」
何時もならセブンスターを愛用していた又吉が、わかばを代用してまで吸わずにはいられないほど愛煙家。
それ以上に、パチンコが大好物であるその生活振りは、破天荒そのものであったが、又吉の過去の経歴を知る者であれば、そんなことは些細で可愛いものであった。
「英坊、お前さんの力で、もう少し規制を緩くしてくれねぇかな?釘は弄っちゃ駄目、マックス機も廃止、年々つまらなくなる一方だぜ、ったく」
「そんなこと言ってもなぁ」
南雲は苦笑いして窓の外を見る。
戦前から生まれた日本を代表する遊戯、正確には限りなく黒に近い賭博産業だが、今日に至るまで、様々な規制によって、その規模は年々縮小して来た経緯があった。
何年か前に行われた国家行事、東京オリンピックに合わせるようにIR法案、簡潔にいえばカジノ法案によって、公営ギャンブルが、東京のお台場に、大きな箱物が建てられると、その規模は縮小される一方だった。
昭和から、手打ち式のパチンコを遊んできた又吉は、それでも辞めることはなかったが、
「そろそろ引退すっかな」
と言って、煙草を出してボヤくと、
「何回目だよ、それ」
南雲は耳にタコが出来るほど聞いた言葉に、又吉の後ろ姿を見て笑うと、話を変えるように、
「おやっさんも、ニル・ヴァーナをやったらどうだい?今は撤去された機種とかも出来るって話だぜ、確か」
南雲の言葉に、又吉はハッと声を出して笑うと、
「変なヘルメット被って遊ぶなんざ、俺の流儀に合わねぇよ、バカチンが!」
又吉は得意げにガッツポーズを取ると、ハンドルがお留守になり、車体が揺れる。
「又吉さん!」
「ハ、ハンドル!しっかり握って下さい!」
警護の二人が慌てたように、又吉に注意すると、南雲は全く動じず、煙草の煙を楽しんでいた。
「おっと、すまねぇ、すまねぇ」
ハンドルに手を戻すと、おどけたように顔をクシャッとすると、イタズラ小僧のような笑顔を浮かべて鼻歌を歌い始めた。




