第49話 光龍の眼差し、久遠の、進むべく道を推し量る。
ノルンは慌てて起き上がり、即座に距離を取った。
久遠は自然体で構えを取ると、
「……」
面食らった様子のノルンは、平静を装うように、自分の髪を無意識に触るが、その手は、冷や汗でグッショリとしていた。
「ロイさんに教えて貰った格闘術が役に立つなんて。何事も、真面目に打ち込むものですね」
そう言って、自分の立ち合いを確認すると、久遠は自信ありげに拳を見て微笑む。
「くっ」
対照的に、ノルンの焦りようは尋常ではなかった。
ソーディアンの命ともいえる、刀剣を破壊することで、圧倒的なアドバンテージを獲得したと思った矢先。
ロイ以上の格闘センスを持ち合わせている、久遠の天性の才能に、僅かに芽生えた油断は、脆くも刈り取られてしまったからだ。
久遠と対峙すると解る。
余計な感情や、筋肉の緊張が一切無く、それ故に、相対するノルンにとって、そのモーションを読むことは困難極まりなかった。
「……ど、どうすれば」
嫌な汗が頬を伝う。
そんなノルンの心情を、鈍感なまでに気付かない久遠は、我関さずといった様子で、再び拳を構える。
ノルンの焦りを感じ取ると、体内で傍観していたヴォーティガンは、
(何を弱気になっておるのだ、マスター)
「……ヴォーティガン」
光龍の声を聞いて、ノルンは黙り込む。
それほど、今の彼女には余裕などなかった。
その焦りを感じ取ると、光龍は、呆れたように欠伸をすると、
(まだ、我が真の力を解放しておらぬではないか、何を躊躇しておる)
確かに、龍人化を果たしたとはいえ、ノルンのスキルは、まだ真の姿を発揮していなかった。
しかし、その力を解放することは、先の、ロイとアイギスの一戦と同じような危険性を孕んでいることを、身に染みて痛感していた。
それ故に、ノルンが、二の足を踏むのも無理はなかった。
この戦いは、あくまで、次に行われる大型アップデートの為のサンプリング。
なにも相手の久遠に、危険を伴う死闘を課す必要などなかった。
データは十分に取れている。
ここは、自分がリザインすれば済む話だった。
そう思った瞬間、
(情けない!見ておれぬわ)
光龍は大声を上げて、ノルンを一喝した。
「ヴォーティガン、……何を?」
ノルンは光龍の言葉の真意を確認するように、心の中で尋ねるが、それよりも先に、身体に異変が起きた。
眩い光がノルンを包み込むと、龍人化で変化した身体は、元の姿に戻ったと思った瞬間、その姿は、通常の肉体を神々しいまでに成長させていった。
着ている服装は黄金色の、スタイリッシュな装身具となって、全身を包み込み、頭髪は地面に付くかと思うほど、美しく伸びていた。
「す、すごい」
余りの変化に、思わず久遠が見惚れるように、その姿を見ると、ノルンが口を開く。
「お主の真の力、儂が見聞しようぞ」
その声はノルンの声を介しているが、明らかに、彼女のパーソナルではないことは明白であった。
「あ、貴方は?」
「儂はヴォーティガン、主が不甲斐ない故、この身体の所有権を、強引だが我がモノとした」
そう言うと、光龍は久遠の瞳を見て、
「うむ、よい目をしておる」
久遠の全てを感じとると、光龍は満足げに微笑む。
そして、
「お主がこの世界で生きる意義を、この戦いで存分に示すがよい。さすれば、お主の行く末に、これまでにない、光明が照らされるであろう」
光龍は構えを取ると、久遠をジッと見て、自身に流れ込む、無尽蔵のタオを御するように、フウッと深呼吸をした。
「……」
それまでのノルンとは一線を画す、圧倒的な気配を感じ取ると、久遠の目は、それ以上に、充溢した戦意で満ち溢れていた。
「では、行くぞ」
光龍は自身の特権である、ニル・ヴァーナ・アトラスの、サーバー上で蓄積された、無数の戦闘データを独自解析する。
人工知能ならではの、ディープラーニングを行うと、それまでの常識に囚われない、独自の戦闘スタイルを、瞬時に構築していった。
その反則的なまでのプログラミングと、一つの個としての人格を有した、光龍のパーソナルは、もはや、神に等しいまでの存在を、極限まで昇華していった。




