第38話 特殊条件
小剣を構え、距離を縮めた。
互いの間合いは、ギリギリまで近づくと、双方の剣が静かに動く。
端から見ると、剣舞のような動きでしかないが、これは、達人達による、見えない攻防であった。
幾重にも放たれる攻撃を、頭の中でシミュレーションして、相手の僅かな隙を見切る、高度な戦闘であった。
「……」
アイギスは感心していた。
圧倒的不利な状況下でも、ロイの構えと呼吸には、一切の乱れもなく、清流のように澄んだ瞳。
自分との戦いを楽しむように、その剣を、迷い無く向けている。
「!」
先に動いたのは、アイギスだった。
小剣を突き上げるように、急所である喉元に、素速い剣撃を繰り出した。
「へっ、狙い過ぎだぜ!」
ロイは、急所を覆うように、盾を構えると、アイギスが詠唱を唱えた。
小剣は、その形を変え、槍に変化すると、ロイが構えた、盾目掛けて、渾身の一撃を放った。
「なっ!」
盾は融解するように熱を帯び、耐久値が、瞬時にゼロになると、粉々に飛び散った。
「……終わりです」
槍を構え、タオを集中すると、凄まじいオーラが、アイギスの槍に注入され、
「クソッタレが!」
盾が蒸発し、丸腰になったロイは、小剣を構えて応戦する。
アイギスは、腰を低く構え、槍を持った腕に、ありったけの力を込めて、下半身に重心を置くと、勢いよく、その槍を投擲した。
「グングニル!」
赤く纏ったオーラは、槍を覆うと、烈火の如く、灼熱の炎を帯びて、ロイに襲い掛かった。
「……」
その眩い光が、周囲を包み込むように膨張すると、ロイの姿は、霞むように消えて行った。
轟音が鳴り響くと、地面は、地震が起きたかのように揺れていた。
「終わりましたね」
アイギスは、前方を見据え、勝敗が決したのを確認すると、踵を返し、その場を後にした。
だが、言い知れない気配を感じ、振り返ると、土煙に映る、人影を確認すると、
「……ば、馬鹿な」
そこには、ロイの姿があった。
「へへ、そう簡単に死ねるかよ」
視界が良好になり、ロイの姿が現れると、ロイの前には、光学式の盾が、今にも消えそうに頼りなく、その姿を晒していた。
「た、盾が、もう一つ!」
アイギスが、驚くのも無理はない。
事前の入念なリサーチに於いて、ロイのステータスは確認済であった。
それなのに、このタイミングで、双璧の盾以外の盾が出現したことは、アイギスに取って、全くの想定外だった。
「まさか、コイツを使う羽目になるなんてな、参ったもんだぜ、ホント」
盾は、アイギスのスペシャル・スキル『グングニル』を耐え抜くと、その役目を終えて消滅した。
続けて、ロイが、
「コイツの出現条件は、特殊でな。自分の武器を媒介にしなけりゃ、現れねぇって、偏屈な野郎なんだ」
確かに、ロイの手元には、小剣がなかった。
「だからよ。武器がないと、最悪、拳で相手を倒さなくちゃならねぇけど、今の状況なら、相子ってわけだよなぁ」
近くに落ちていた、アイギスの槍が、スキルの発動によって、耐久値の限界を超え、消滅すると、ロイが得意げに、
「久々の殴り合いの喧嘩、楽しいよなぁ、オイ!」
「くっ……」
必勝の策を講じて放った一撃を、思いも寄らない戦術で打開され、五分五分の条件まで押し返されたことに、アイギスの表情は強張っていた。
互角の条件とは言ったが、純粋な格闘術の腕前は、ロイに分があった。
アイギスは、自身の、圧倒的なアドバンテージに依存し、目の前の相手を、真摯に見定めなかった己を後悔した。
相手は、あの、南雲英一郎なのだ。
何事も粘り強く、決して、諦めることのない、彼の生き様を、誰よりも、近くで見ていた自分が、忘れるはずも無かったのに。
己の傲慢な態度を恥じたアイギスは、心を入れ替え、ロイに改めて対峙する。




