第35話 戦術予想
「終わりましたね」
アルテミスは、構えを解くと、満足そうに笑顔になる。
「僕はガス欠だよ、はは」
ヘルメスは、カナンに発動した、詠唱によって、自身のタオを全消費すると、思わず、苦笑いする。
「随分な仕事振りですね、ヘルメス」
「仕事は大切でしょ?リアルでも、コッチでも、ね」
「そうですね」
アルテミスは、ノルン達の戦いを見ながら、これまでの戦いのデータを、ニル・ヴァーナの、ネットワーク上にある、クラウドサービスに転送する。
「僕も、処理しないとね」
ヘルメスも、アルテミスに倣うように、コンソールを開くと、機械的な手続きをする。
その光景を、観客達に悟られないように、ゴーストプログラムを、起動することも忘れない。
端からは、二人のプレイヤーの行動には、何も不自然さを感じさせず、勝利のポーズを取るアクションを、ゴーストのアバターが演じている。
「これで、よしっと」
戦闘データを、転送し終わると、ヘルメスはアルテミスに、
「そっちは、終わりそう?」
「ふふ、貴方のような、高度な情報技術は、持ち合わせていませんよ」
そうは言っても、アルテミスの情報処理は、一般のプログラマーの、プログラミングとは、比較にならないくらい、高速で、正確なタイピングであった。
「手伝おっか?」
「大丈夫ですよ、いま終わりました」
エンターキーを押して、プログラムを終了すると、ゴーストを解除した。
「いいデータが取れたね。流石、現状、トップクラスのクランだよ」
戦いを振り返って、ヘルメスは、感心したように、興奮気味に語っている。
「ええ、此処まで楽しませてくれるとは、正直、想像が出来ませんでした」
アルテミスも、満ち足りた表情で、ヘルメスの言葉に頷く。
アルテミスは、ノルン達がいる方向に、視線を向けると、
「彼方も、けりが付きそうですね」
「……そうだけど、炎龍を秒殺なんて、容赦ないよね。ノルン、ちょっと、のめり込み過ぎじゃないかな?」
「リアルでは、冷静沈着な方ですが。この世界では、水を得た魚のように、伸び伸びと、自分を出されていますね」
「まぁ、仕事が仕事だからねぇ」
「私も、ストレス発散になりましたよ」
「それは何よりだね」
二人は暫く談笑し、その和んだ空気は、先程までの、緊張感に満ちた戦いを、感じさせない、いや、あの、息詰まる戦場があったが故に、今の、穏やかな時間が流れているのだろう。
一頻り、会話を済ませると、ヘルメスが、
「これから、どうする?ノルンの援護に回る気かい?」
「そうですね……」
「僕は、もうタオがゼロで、お役御免だけど、アルテミスは、まだ余力があるよね」
「いえ、後は、お二人にお任せします」
今の状況で、シューターの助力があれば、ノルン達にとってのアドバンテージは、圧倒的な物になるが、アルテミスは敢えて、その一手を下すことを固辞した。
「二人の楽しみを、取って置こうなんて、流石だね♪」
ヘルメスは、楽しそうに身を躍らせる。
その目は、子供のようにキラキラしていて、子犬のような、無邪気な笑みを浮かべる、ヘルメスを見ると、思わず、アルテミスは、クスッと笑い、愛おしいものを見るような、温かい視線を向けた。
「ええ。では、私達は、彼らの戦いの行く末を、見守りましょう」
「うん、そうだね!」
ヘルメスは、右手の親指を、元気よく立て、グッドサインを、高らかに掲げた。
久遠は、心身共に疲弊していた。
先程まで、有利に進んでいたと思われた攻防は、ノルンの思わぬ一手に、脆くも砕かれ、もう打つ手など、ないに等しかった。
あるとすれば、銀翼の魔術師の由縁の一つでもある、飛行スキルを使用しての、戦術プランしかなかった。
ニル・ヴァーナの世界では、プレイヤーは、地面から、ジャンプするアクションは出来るが、浮遊することは、基本的に出来ない仕様になっていた。
筋力を鍛えることで、ビルの高さまで、飛翔することは可能であるが、自由に空を飛ぶことは不可能であった。
久遠の持つスキル『銀翼』は、ニル・ヴァーナの世界に於いて、誰もが、喉から、手が出るほど欲しい、極めて特殊なスキル。
その保有スキル確率も、ニル・ヴァーナの世界の仕様に抗うこともあり、何年とゲームをプレイしても、確実に手に入る保証がない、激レアなスキルであった。




