第2話 チュートリアル
「この世界で、初めて会った日を覚えているかい?」
「もちろんですよ」
僕が、この世界に降りたった日、ルチルはとても大人びた雰囲気と、神秘的なオーラを纏っていた。
子供だった僕には、ルチルはとても魅力的で、只のプログラムとして見ることは出来なかった。
可笑しな話だが、人間ではないルチルに、僕は恋に落ちてしまったのだ。
「何も分からない僕に、ルチルは歩き方から、文字の読み方まで教えてくれたよね」
「ええ、このニル・ヴァーナには、年齢制限というものは設定されていませんが、久遠の年齢でスタートするユーザーは、本当に珍しいんですよ」
「うん。あの頃は、本当に真っさらな赤ん坊みたいに、この世界のオブジェクトを触ってたりしていたなぁ」
「今では、クラフトスキルが、カウントストップするほどの腕前になりましたからね」
「現実世界では身体が動かないからね。余計に手先を使うクラフトは、僕にとって、特別なことに感じていたんだろうね」
「このオリハルコン製の髪飾り、私のお気に入りです」
ルチルは、ブロンドの髪を掻き上げると、満足そうに微笑んだ。
たわいのない会話をしていると、通知音が鳴る。
「フレンドのロイさんから、ライセンスマッチの申請が来てますよ」
国盗り合戦にも幾つか種類があるが、その中の一つが、ライセンスマッチと呼ばれる四つの陣営が一組となり、もう一つの陣営と戦う争奪戦、しかし、誰もが参加することは出来ず、その前段階のチュートリアルマッチで、勝ちポイントを稼いで、一定のクリア条件を満たした者のみにしか、プレイすることが出来ないバトル、それがライセンスマッチであった。
チュートリアルマッチと大きく異なる仕様で、破格の報酬とアイテムが貰える一方、負けると、保有する資産が相手側に半分も奪われるため、敗者の中には、憤慨して現実世界でプレイヤーを特定し、警察沙汰になることも多々有り、公安局には、その犯罪を取り締まる専門機関『ケルベロス』が、ニル・ヴァーナの運用した数ヶ月後には、超法規的に法務省や、各省の役人達によって、急ごしらえで法整備されると、三ヶ月後には、国家憲法に明記された。
それ程までに、このゲームは、富を持たない者達に取って、アメリカで起きた、何世紀前のゴールドラッシュにおける、フロンティアとなってしまったのだ。
南雲英一郎は、このゲームの有能性と、危険性を誰よりも速く予見し、このゲームの創始者、サムス・ギルバートに、多額の支援と有能なエンジニアを、彼に惜しみなく投入した。
その見返りとしての対価は、語らずとも分かるだろう。
「おーい、久遠、聞こえるかー?」
「聞こえてますよ、ロイさん」
低音だが伸びのある、声優のような明瞭な言葉で、しかし、性格なのか、何ともノンビリとした口調でロイは話し掛ける。
「今、サーバーの調子が悪くて、あと二人とのボイスチャットが開けないんだが、困ったもんだよな」
現実世界では、金曜の午後九時、仕事や学校を終えた人達が集中して、アクセス数が増加する時間帯では、如何に、世界でもトップクラスの設備と運用システムを要している、技能集団「テト」でも、音を上げたくなる程の情報量なのだろう。
それでも、サーバーダウンしないのは、テトの団長、フレイヤ・バレンタインが、現実世界とニル・ヴァーナの双方で二重で管理する、運営最高責任者に与えられた、管理者権限システム、『ユートピア・ザ・ファントム』による賜物であった。
「今日のポジションだけでも、決めておきますか?」
「そうだな、って言っても、俺は盾持ちしか出来んがな」
ライセンスマッチには、大きく分けて四つのポジションがあり、敵の侵攻から陣地を守る盾『リフレクター』、相手の陣地に攻め込む剣『ソーディアン』、そして、後方から援護射撃を担当する弓『シューター』、最後に、攻撃を受けた味方の回復や、プレイヤーの援護効果の付加に特化したロッド『ディーヴァ』に分類される。
一人のプレイヤーの技量だけで勝ち進められるのは、最初のランクC マイナスなら可能であるが、久遠のクラスでは、たった一つの判断ミスで、戦局が大きく変わり、あと一歩の所で逆転負けをして、苦汁を飲むプレイヤーは数知れなかった。
現状での最高ランクで得る報酬レートは、ケースにもよるが、一回の戦闘で、大企業の正社員の月給、三ヶ月分は最低でも獲得することが出来るため、現実社会での職を捨て、このゲームで生計を立てる、プロゲーマーやプロチームが発足する割合が、ここ数年で、爆発的に増えてきた。