ほんまアホらし
「まいどおーきに!また来てな~」
「お姉さん威勢がいいねぇ。その方言はクルシオ王国のカンサイ州出身の人?」
「あぁ、異世界でも関西弁に似た言葉を話す国があるんでしたねー」
「え?」
「いえいえ、なんでもないです♪」
食堂の客とそんな会話をしているジゼル。
彼女が前世の記憶を取り戻し婚家であるギルマン家を飛び出して二週間が過ぎていた。
あれからジゼルはすぐに質屋へ飛び込み、クロードに貰った装飾品の数々を現金化した。
(結婚指輪は一応まだ手元にあるが離婚が成立したらさっさと金に変える予定であるらしい)
「貰ろた物を勝手に売るんは悪いと思うけど、ウチかてひとり立ちせなあかんもんなー。背に腹は代えられへんし。これはアレ、慰謝料や」
と自分でそう理由つけしてその金銭で小さなアパート借り、生活のためのアレコレを調えた。
そしてアパート近隣の食堂の求人の張り紙に飛びつき、無事に職も得たのである。
こうしてジゼルは前世の自分と今世の自分、浪速花子とジゼルとして新しい人生を踏み出したのであった。
夜、自宅アパートの小さな浴槽に浸かりながらジゼルは考える。
───今世のウチの夫の名はクロード=ギルマン。そしてこの国の名前はアブラス王国。
数十年前に大賢者の弟子が齎したという魔鉱泉を財源とする豊かな国。
あのラノベの舞台と全く同じだ。
物語の中の自分はただヒロインに惹かれた夫クロードに一方的に別れを告げられる名前すら出ないモブキャラだったが……。
「ちゃんとジゼルって名前があったんやな、……当然か……」
ジゼルは改めて物語のあらすじを思い起こした。
「ヒロインは訳あって市井で生きてきた王女さま。
たしか王太子殿下が偶然訪問先の救護院で働くヒロインを見つけてんよな」
古代王家特有のタンザナイトの髪色を持つヒロイン、アイリス。
現国王だけが先祖返りとしてその髪色を持っているのだ。
その髪色を持ち、市井にいる娘を父王が密かにずっと探し続けている事を知っていた王太子はアイリスが異母妹に間違いないと保護するのだ。
それまでの彼女は見るも涙、語るも涙の虐げられそして踏みつけられ続けた、まさにドアマットヒロイン。
王太子に保護され、その中で護衛騎士や王宮魔術師や文官たちと出会い、彼らからの愛情を一身に受ける愛されヒロインへと変貌を遂げるのだ。
「その中にウチの旦那もおるわけか、アホらし」
ジゼルは湯船のお湯をぱしゃりと指で弾いた。、
前世の浪速花子時代は艱難辛苦を乗り越え愛される喜びを知ってゆくアイリスに胸熱になったものだが、いざ自分がそのヒロインに夫を奪われる立場になると面白くもなんともない、甚だ迷惑なだけのお話である。
記憶が呼び覚まされた時は混乱していて、クロードが帰って来ないのはヒロインに夢中になっているからだと思ったが、よくよく思い出してみれば時系列が合わないのだ。
ストーリー上で夫クロードがアイリスと出会うのは妻であるジゼルと結婚して一年半後のはず。
式当日から数えて今日で結婚して七ヶ月。
二人の運命的な出会いまであと八ヶ月ほどある。
「じゃあクロードが帰って来ぇへんのは単に任務か……」
ラノベ原作でも王家に忠誠を誓う生真面目なキャラだったクロード。
表情筋が仕事しない寡黙で近寄り難い雰囲気であると描写されていた。
「ん?でも顔合わせと結婚式、まだ二回しか接してへんけどそんなイメージではなかったような気がするな」
どちらかというと物腰が穏やかで表情筋はちゃんと仕事をしていたと記憶する。
まぁ生真面目そうな雰囲気は醸し出していたが。
「まぁなんでもええわ。ウチにはもう関係ない人や。いつかわからんけどクロードが任地から戻って事の次第を知ったら、ウチを探し出して離縁状を持って現れるやろ」
今はまだヒロインアイリスと出会ってないにしろ、新婚の妻を七ヶ月間も放置して平気なのだ。
騎士爵を叙爵されて凱旋して、地味な平民妻が出て行ったと知ったらそれはそれは歓喜する事だろう。
あのクソボケ下男が言った事を肯定するのは癪に障るが、今の彼ならきっと改めて下位貴族のご令嬢を妻に娶りたいと考えるはずだ。
「アイリスは庶子やけど一応王女さまやしね」
物語の中では儚げな美少女と描かれていたアイリス。
きっとクロードと並んでも遜色ない、お似合いの二人となるのだろう。
「まぁアイリスのハーレムの中の一人にすぎんけどな。それでも側にいられるなら構わんってか、ほんまアホらし」
こちとらそんな捨てられる運命とも知らずに乙女の純潔まで捧げてしまったというのに。
「もぅええわ。旦那なんか別に要らん!ウチは一人で強く生きていくんや!」
ジゼルは自分をそう鼓舞して、威勢よく浴槽の中で立ち上がった。
「お金と元気さえあればなんとでもなる!居っても居らんでも一緒の旦那なんかこのままオサラバやっちゅーねん!」
と、思っていたのに………。
「すまなかったジゼル!極秘任務だっとはいえキミに連絡の一つも入れれず、一人置き去りにしたも同然だった。いや、いくら言い訳を並べても一緒だな、俺が至らない所為でキミには辛い思いをさせて悪かった!本当にすまないジゼル、この通りだ!」
「ちょっ…….えぇと、その………」
今ジゼルの目の前には、
突然食堂にやって来てキレッキレの動作で頭を下げ平身低頭謝る、夫クロードの姿があった。
───────────────────────
ようやく旦那さま登場☆