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【書籍&コミカライズ進行中】わかっていますよ旦那さま。 どうせ「愛する人ができた」と言うんでしょ?  作者: キムラましゅろう


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アイリスの中の人

作中、トランスジェンダーのキャラが出てきます。

多様な価値観尊重のため、苦手な方はご自衛ください。




───────────────────────






ジゼルの目の前で転び、盛大に頭を打ちつけたアイリス。


その直後、様子が変わったアイリスにかつて我が身に起きたあの出来事が重なる。


心の中で「まさか」と繰り返しながらアイリスに声をかけると、彼女はジゼルを見てこう言った。


「…………ウソやろ………花やん……?」


「………………え?」



“花やん”……前世である浪速花子時代の記憶を探ってみても、その呼び方をする人物はただ一人しか思い浮かばない。


同じラノベ好きであった職場の同僚であり、

よく食事に行ったり映画に行ったり公私共に仲の良かった友人、

大阪太郎その人であった。


大阪太郎……通称タロ子。

タロ子は男性の体に生まれつくも心は女性のトランスジェンダーだった。


医療の恩恵を受け、本来の心に適した手術を受けた後も両親がつけてくれた名前は大切にしたいからと、改名は行わなかった大阪太郎。


花子はそんな彼女を親愛を込めて“タロ子”と呼んでいた。


病により亡くなる最期の瞬間まで手を握り側にいてくれたタロ子。

霊感が強くて「アタシ、もしかして第六感が開花しちゃってる人かもしれへん☆」というのが口ぐせの珍妙な人間だったタロ子。


そのタロ子しか知り得ない、生前の自分の呼び方をなぜアイリスが………。


前世花やんであったジゼルが驚愕の眼差しをアイリスに向けた。


そんなジゼルをアイリスも凝視している。


初めは謎に満ちた顔をしていたアイリスだが、しかし徐々にまるで脳内に情報がインストールされていくかのように確信と得心を得た表情になってゆく。


そしてポツリとひと言、こうつぶやいた。


「………なるほどな、よぅわかったわ。前世では忘れていた前前世の記憶も今一緒に蘇ったで……。前世のアタシはやっぱり超能力者……いや、前前世のアタシが持つ魔力の影響を受けとったんや……」


「え?」


ふたり互いに見つめ合うジゼルとアイリスの側では、ジェラルミンやその側近や侍従が右往左往の大騒ぎをしている。

それをジト目で見たアイリスが

「この世界に戻ったんやったら使えるやろ」

と言って何やら術式を唱えた。


するとジゼル以外、その場に居た者全員がアイリスではなくサンルームに置いてあった女性の彫像を相手にし始めたのだ。


「な、なにっ?」


当然ジゼルは驚いてそれを見る。


アイリスは「あはは!アホや。でもこれで落ち着いて花やんと話ができるわ」と言った。


「何をしたん……?」


「認識阻害の魔法をかけて、女体の彫像をアイリス(アタシ)やと認識させた」


「……ねぇ、タロ子、なの?」


ジゼルが恐る恐るアイリスに確認するとアイリスは大きく頷いた。


「そう。前世ぶりやね花やん。まさか二人仲良く一緒に転生したとは……いやアタシが巻き込んだんやな」


「ど、どういうこと?ウチの転生はタロ子が?」


「そんなん急に言われてもビックリするよな、でもこの異世界に転生した今の花やんなら理解できるやろ?まぁひとつひとつ、順を追って話すわ……と言ってもあんま時間もないから花やんの頭ん中にデータを送るな」


「えぇ?」


そう言ったアイリスがジゼルの額に指を当てる。

その瞬間、様々な光景が映像の如くジゼルの脳内に流れ込んできた。


そしてジゼルは理解する。


アイリスの前世は紛れもなくタロ子…大阪太郎であり、

さらにその前世はこの異世界(花子の目から見て)の高名な魔術師であったということを。


前前世で膨大な魔力を持つ魔術師であったアイリス(タロ子)は政変により囚われの身となり、魂を抜き取られて別世界への追放という刑に処せられた。


そしてその世界で大阪太郎として生を受け、普通の日本人として暮らしていた。

しかしごく微量に魂に残留していた魔力に、生来弱かった大阪太郎の心臓は耐えられなかったのだ。

花子の死を看取った精神的負荷がきっかけとなり花子の臨終直後に命を落としたという。


その瞬間、大阪太郎の体から離れた魂が本来生まれた世界へ急激に引き戻された。

その時に花子の魂も同時に巻き込まれ、この異世界に転生した……というわけらしい。


微妙に時間軸がずれ、花子と太郎はジゼルとアイリスとして時間差で生まれ落ちたのだそうだ。


今世であるアイリスもかなりの高魔力保持者である。

そのアイリスに前世と前前世の魂の記憶が戻った瞬間、自覚が無いゆえに未使用であった能力が開花したという。


そこまでを強制的に脳内に送られたジゼルがこめかみを押えながらアイリスに言った。


「……ごめん、せっかくアホでもわかるようにしてくれたのに、半分くらいしか理解できてへんかも」


「やだもう!そんなおっぴろげなところも変わらんなぁ花やん!また会えて嬉しいわ!」


タロ子改めアイリスはそう言ってジゼルに抱きついた。


「今世ではジゼルやで。アイリス王女殿下」


「あはは♪そーやった!ギルマン卿の最愛の妻ジゼル=ギルマンさんや!そして……うげっ、ウチがまさか逆ハーヒロインのアイリスとはなっ……」


心底気持ち悪そうにアイリス本人が言った。


前世で同じく岡田笑瑠のラノベ愛読者であったタロ子は大のアイリス嫌いだったのだ。

当時の彼女の推しはビオラ王女であった。


そんなことを回顧しながら、ジゼルはクロードの母により知らされた未来視の話をアイリスにしなくてはと思い至る。


「そうやタロ子、あのラノベは……」


「わかってる。さっき花やんにデータ流し込む時に花やんからのデータも受け取ったから」


「なんつー便利な。まるでUSBメモリやな、タロ子は」


「あはは、上手いこと言うなー」


「それはそうと……これからどうするん?前世と前前世の記憶を取り戻したんやったら今まで通りにはいかんやろ?」


ジゼルがそう訊ねると、アイリスは意気揚々として拳を握り天高く突き上げた。


「もちろん!アタシの推しをお救いして推しを推し上げるわよーー!」


「ビオラ王女殿下を?……でもまぁタロ子らしいな」


「だってっ……だってまさかまさかの生ビオラ様をこの目で拝することができるんやでっ!?しかもアタシってばビオラ様の異母妹っ!?当然蛇蝎(だかつ)の如く嫌われてるけど、それはそれでキュンですわ!ありがとうございますやわっ!」


「ぷっ……ふふふ」


「こうなったらアタシの持てる力、全てを駆使してビオラ様をアブラス王国最初の女王にしてみせるで!!そしてアタシは王妹として一生ビオラ様のお側でお支えするんやっ!!逆ハーなんてキモいもんクソ喰らえじゃっ!」


「いよっ!タロ子!」


「そういうわけで花やん。せっかく会えたんは嬉しいけどアタシはこれから無茶くちゃ忙しなるわ。落ち着いたら声かけるからゆっくりみっちりビッチリお茶でもしよっ♡」


「オッケー、応援してる。頑張ってなタロ子」


「任せとき!」


そうガッツポーズをとったアイリスが徐に認識阻害の魔法を解いた。


今の今まで女体の彫像をアイリスと思い込みてんやわんやしていたジェラルミンたちがハッと我に返り、慌てて本物のアイリスの側へと駆け寄ってきた。


「アイリス!アイリスっ大丈夫なのかっ?頭を強く打ったんだ、立っていないで寝ていなさいっ……!」


そう狼狽えながら喚くジェラルミンにアイリスはにっこりと微笑んで答えた。


「喧しいですわよお兄さま。あんなちょっと床で頭を撫でたくらい屁のカッパでもねぇですわよ。それよりも今後のことについてお話がございますの。お父さまも上のお兄さまも交えてじーっくりお話しましょう♡ふふ♡」


「ア、アイリス……?な、なんだか人が変わったような……」


懸念に満ちた顔をするジェラルミンを他所に、

アイリスはジゼルと医官を連れてサンルームに戻ってきたクロードに言った。


「これからは王家の家族会議でーす。お疲れ様のギルマン夫妻はもう帰ってくださって結構ですわよ。お家でせいぜいイチャコラ乳くりあってくださーい♡」


「おいタロ子」


どさくさ紛れにとんでもないことを言うアイリスにジゼルは思わずツッコミを入れるも、ヒステリックな声を上げたジェラルミンによりそれはかき消された。


「アイリスが頭を打って様子が変になったっ……!緊急事態だっ!ギルマン、帰宅は許さん!引き続きアイリスの警護を命ずる!」


ジェラルミン自身が許可を出したにも関わらず、彼は身勝手にそれを安易に撤回した。


それを聞き、ようやく夫婦の時間が持てると思っていたジゼルから地を這うような低い声が漏れ出す。


「………は?」



それを目の当たりにしたアイリスが額に手を当てながらこう言った。



「あちゃーー……虎の尾を踏みよったーー……」







───────────────────────




次回、最終話です。






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