まさかの……!!
クロードの母からの手紙を読み、この世界がラノベの世界ではなく現実なのだと知ったジゼル。
義母のおかげで未来は変わり、ようやくクロードとの離婚の恐怖から解放されたのも束の間、ジゼルは新たな窮地に立たされていた。
「だ、第二王子殿下のお召って……も、もちろんクロードだけやんな?」
「いや、殿下は“夫人を連れて”と仰せになったのだからジゼル、キミも一緒にだ」
「な、な、な、なんでウチもっ!?」
ジゼルは驚愕した。
突然王族への謁見なんて言われて、前世共々小市民だったジゼルにとっては抱腹絶倒、大驚失色、心慌意乱の境地である。
「むしろ殿下はジゼルに会うのが目的だろうな……」
「どうしてっ!?」
「クロード=ギルマン最愛の妻とやらを、この目で見てみたくなった、そんなところだろう」
「んな大層なもんやおまへん!」
もはや悲鳴に近い声を発し何とか辞退出来ぬものかと懇願するも、王族…とくにジェラルミンからの下知に背くと後々面倒な事になると、ジゼルは泣く泣くドナドナされたのであった。
「大丈夫だジゼル。俺が側にいる」
「ウチは必要以上には喋らんで!絶っ対にボロが出る!」
「あぁ。それでいいよ。殿下の対応は俺がするから」
「っ~~~……」
ジゼルは不安で堪らなくなり、涙目になりながらクロードの手をぎゅっと握った。
「……こんなレアなジゼルが見られたのなら、殿下の気まぐれにも少しだけ感謝だな」
「しばくで」
「ははは、それでいい。いつも通りのジゼルでいいんだ」
それでいいわけあるかい。
と、心の中でツッコミを入れるも下町の女豹の上から猫を被らなくてはと考える。
クロードとそんな事を話しながら城の中を歩いているとジェラルミンが待つというサンルームに到着してしまった。
扉の前で警護に立つ騎士に向けてクロードが訪いを告げるとその騎士は扉を開けた。
ギルマン夫妻が来ることを事前に聞かされていたのだろう。
クロードにエスコートされて、大小様々な珍しい植物が配されたサンルームの中を歩いて行く。
やがてサンルームの最奥、大きな一枚ガラスの窓に面した広々とした空間でソファーに座る第二王子ジェラルミンの御前へと辿りついた。
クロードが先立ってジェラルミンに軽く騎士礼を執る。
「お召と聞き参上いたしました。我が妻、ジゼルにございます」
クロードはそう言うとちらりとジゼルの方を見た。挨拶をしろということなのだろう。
───ええぃもうなるようになれ!
ジゼルは腹を括った。
そして出来るだけ品よく見えるようにゆっくりとお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。ジゼルと申します」
その挨拶を受け、ジェラルミンは興味深そうな顔をジゼルに向ける。
「ほぅ、その者が!なるほど、ギルマンが帰りたいと訴えるわけだ。このような美しい妻を家に残しているのであれば、夫として気が気ではないな」
「ご理解頂き感謝申し上げます。ではこれで御前を下がらせて頂いても?」
たとえ相手が王族であろうと、不躾にジゼルを見られる事を由としないクロードが軽く一歩前に出てさり気なくジゼルを隠した。
その様子を見てジェラルミンはさも可笑しなものを見たという態で笑う。
「お前のそんな姿を見られるとはな。女性には淡白だと思っておったがなかなかどうして、大した独占欲の塊ではないか」
「そうですか?普通ですよ」
「我々王族は一夫多妻制だからな、その普通とやらがわからんのだ。まぁそれはどうでもいい、そんな慌てて帰らずともよいではないか。アイリスがギルマンの妻に会えると喜んでな。そなたが散々惚気を聞かせるからまるでロマンス小説のようだとウットリとしていた。まったく可愛らしい妹だ」
「げ、出たよ兄なのに逆ハーメンバーらしい発言が」
「ん?何か申したか?」
「いいえ?なにも」
ジェラルミンの発言に思わずといった小声が漏れてしまうがジゼルはシレッと誤魔化した。
相手は王族とビビってしまったが、肝を据えて一度会ってしまえば何てことはない。
「そのアイリスが今、クッキーを焼いてくれているのだ。ギルマンの奥方に食べてほしいと言ってな。健気であろう?」
「ほほほほほ」
───キモッ!
ジゼルは笑顔を貼り付けて内心毒吐いていた。
まぁ夫を取られないとさえ分かれば、生アイリスに会えるのは逆に嬉しい。
こんなチャンスも二度と訪れないだろうから、前世の浪速花子時代に堪能した物語(じつは予言のようなものだったが)のヒロインをぜひ間近で見てみたいと思ってしまう。
相変わらず順応性の高いジゼルがそんな呑気なことを考えていると、
サンルームの入り口の方からクッキーを載せたサービスワゴンを押しながらアイリスがやって来た。
───出た!生アイリス!さっきは遠くからしか見られへんかった分、その可愛らしい顔をじっくり拝ませてもらうで!
ジゼルは目をキラキラさせて近付いてくるアイリスを見つめた。
「お兄さま、ギルマン卿、そして奥さま、お待たせしてごめんなさい!」
笑顔で嬉しそうに小走りでこちらに向かって来るアイリスにジェラルミンが不安げに声をかける。
「アイリス、慌てなくてよいぞっ。転んだらどうするっ」
「平気ですわお兄さま、焼きたてのクッキーを早くギルマン卿の奥さまに食べてもらいたいの!」
───え、でもなんかワゴンの車輪の回転スピードに、明らかアイリスの足がついて行ってませんやん?
え、アレ転けるんとちゃう?
嫌な予感が頭を過ぎる。
そして……その不安は見事的中した。
「っあ、きゃあっ!」
小さな歩幅で小走りしていたアイリスが、とうとう床につんのめって転倒したのだ。
それはもう派手に。
盛大に頭を打って。
───痛いっ……あれは痛いっ……!
自身も頭を強打した経験のあるジゼルはその痛みが蘇り、身震いした。
「アイリスっ!!」
「アイリス殿下っ!!」
ジェラルミンとクロード、そしてその場にいた全員がアイリスの元へと駆け寄る。
痛みのせいで頭を押えるアイリス。
しかし次の瞬間、アイリスは痛みなど忘れてしまったかのように突然驚愕に満ちた顔をした。
「………え?」
ジゼルはアイリスのその様子を凝視した。
アイリスは痛みに打ち震えるというよりは、何か別なことへの衝撃に固まっているように見えた。
その様を見てジゼルは妙な既視感を抱いた。
この感じを自分は知っている。
その時は当事者であり、他者から見てどのような感じであったのかはわからないが、この感じは……まさか。
───う、ウソやろ?まさかアイリスもっ!?
ジゼルは頭を強打したことにより前世の記憶を取り戻した。
その時の状況と同じであると、なぜかジゼルはそう思ったのだ。
同じ体験をしたからか、同じ境遇であったからか。
「ア、アイリス殿下……?」
ジェラルミンやクロードが医官を呼べと指示を飛ばしているのを尻目に、ジゼルは恐る恐るアイリスに声を掛ける。
するとアイリスは大きく目を見開いたままジゼルを見た。
そして更に驚きに満ちた表情を浮かべ、ぽつりと小さな声でジゼルに向かってつぶやいた。
「…………ウソやろ……花やん……?」
「………………え?」
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ハイまさかの~!!
あと二話で最終話です。




