いい加減にしてくれ!
まずは弁明に繋がる一連の事柄から。
───────────────────────
いい加減にしてくれ。
クロードはそう思っていた。
騎士団で見かける度に気になり、いつしか庇護欲とともに淡い恋心も芽生えていたジゼル。
念願叶い、その彼女と結婚できたのも束の間、クロードは政変により新婚早々任務のために引き離された。
ジゼルの元へ帰りたいがために必死になって務めを果たし事態は収束。
しかしその後、国王がとんでもない事を言い出したがためにその後も任務に追われることとなってしまった。
その任務は国王が突然、血を分けた娘が市井に居るはずだと暴露したことが発端によるものだ。
王妃が病により亡くなって一年が経ち、喪が明けたと同時にかつて王城にメイドとして勤めていた女性に寵をかけたこと、そしてその女性が密かに子を産んでいたことを王太子をはじめとする王子王女へと打ち明けたのであった。
悋気激しい王妃に酷い目に遭わされてはならないと宿下がりをさせ保護していたのだが、そのメイドは王妃に知られてお腹の子ともども消されるのではないかと恐れ、ひとり逃げ出したというのだ。
その後、無事に生まれたのかどうかは定かではないが、もし生まれ育っていたのならすでに十七歳になっているはずらしい。
国王は、今までは王妃に遠慮して放置するより他なかったが、今からでも探し出してきちんと王の娘としての地位を与えてやりたいと言った。
それを受け、市井にいるという異母妹を探す羽目になった王太子と第二王子。
しかしはっきりとした王女の生存と、確かに王家の血を引く者なのかの確証を得るまでは事を公にするわけにはいかない。
そのため長年にわたり王子二人の警護に当たってきたサブーロフ卿が絶大な信頼を寄せる、クロード=ギルマンをそのご落胤探索の任に当たらせるように指示した。
サブーロフは、
「緊急事態により仕方なく新婚家庭に犠牲を強いることになりましたが、出来ればこの任には他の者を当たらせて、ギルマンは新妻の元へと帰してやりたく存じます」
と進言したが、第二王子ジェラルミンは「あの短期間で第三王子サイドを失脚させた実力とその王家への忠誠心には目を見張るものがある。加えてそなたが信を置く者ならば尚更だ。人員を増やして情報が外部に漏れれば王家の威信に関わる。故にこの件はクロード=ギルマンに一任する」
と有無を言わさず命じたのだった。
そのためクロードは一人で半年間に渡りその任に就くことになってしまった。
何の手掛かりもなく国内中を探し周る。
───くそっ。そのメイドの髪色は栗色で瞳はグリーンだったのでその色を受け継いでいるか、もしくは王家の特色を持つ子どもかもしれない。しかも男児か女児かわからない……なんて情報だけで探せるかっ!!
クロードは暴れだしたくなった。
いっそ職務を放棄して探すフリだけしてやろうか。
そんなやさぐれた考えが頭を過ぎるも、それではいつまで経ってもジゼルの元へは戻れないとすぐに打ち消した。
それに恐らく監視が一人、付けられている。
王家の影と呼ばれる暗部の者がクロードの行動を見張っているはずだ。
───ならばそいつにも探させろよ。
と憤りを抱きつつ、クロードはまたジゼルの元に一日でも早く帰りたいがために必死になって生まれているかもしれないご落胤を探した。
その当時の出生記録を調べ、該当する人物を虱潰しに当たってゆく。
そして五ヶ月目にして運良く一人の少女を探し当てた。
クロードはその少女をひと目見て確信した。
古代王家特有の、西方大陸広しといえどアブラス王家にしか存在しないタンザナイトの髪色と、国王譲りのアメジストの瞳を持つ少女。
出生年月日に加え産後すぐに亡くなったという母親はかつて王城のメイドであったという記録から、クロードはその救護院にいる娘が国王のご落胤であると確信する。
そしてそれを上に報告すると、
血縁を立証するためにすぐに王太子自ら現地に赴いた。
王太子もその娘を…名はアイリスというのだが、そのアイリスをひと目見てこの娘が王家の血を引く者だと確信したようだ。
そして案の定、魔法による血縁鑑定でも血の繋がりが認められ、王太子はアイリスを王女として父王の元へと連れ帰った。
父王も王太子も第二王子も皆アイリスを、彼女の古代王家を彷彿とさせるタンザナイトの髪色とその類稀なる美しさを愛した。
しかし母である王妃が亡くなった途端に隠し子の存在を明らかにし、その娘が美姫であったがために無条件で溺愛する父王や弟たちに第一王女ビオラは激怒する。
そしてその怒りの矛先は当然アイリスへと向けられ、あからさまな嫌がらせをビオラから執拗に仕掛けられた。
そのせいでクロードはその後、アイリスの存在を公的に発表して彼女が正式な王女として王女宮に迎え入れられるまでの凡そ二ヶ月間、専属の護衛騎士としてさらに縛られることになってしまった。
そうしてそれら全てが終わり、ようやく極秘任務から解放されたクロードが七ヶ月ぶりにジゼルの元へと戻ることができたのであった。
………下男夫婦に虐げられたジゼルはすでに家を出て行った後であったが。
その後紆余曲折を経てようやく夫婦らしく暮らせていたというのに……
憎しみを募らせたビオラがとうとうアイリスの暗殺を企てたことから、クロードは専属の一人としてまた付きっきりでアイリスの警護にあたる日々となってしまった。
───またジゼルの元に帰れない日々かよっ……今度こそ本当に愛想を尽かされたらどうしてくれるんだ!もういい加減にしてくれ!
クロードはそう叫び出したい気持ちであった。
しかし悲しきかな宮廷騎士よ。
国に、王家に剣を掲げ忠誠を誓ったからにはそれを貫かねばならぬ。
任の途中で誓いを放棄すればその咎は、家族は愚か三親等内の親族全員に及ぶという。
従ってクロードはこの第一王女事変が終わり、王城内に平穏が訪れたあかつきには爵位を返上して騎士団を辞めることを決意した。
剣とそれを振るう腕前さえあればなんとかなる。
地方の私設騎士団で雇ってもらってもいいし、どこかの街の自警団に勤めるという手もある。
爵位持ち騎士の破格の給金とは雲泥の差だが、それでも充分にジゼルと子どもの二~三人なら養える。
クロードはその将来の展望を心の支えにジゼルに会えない日々を耐えた。
前回はジゼルに忘れられないためにせっせと贈っていたプレゼントは手紙と共に使用人に横取りされてしまったが今回はその心配はないだろう。
しかしジゼルに贈り物をしたくても、特別な術を施され匿われているアイリス王女の潜伏先から出ることは固く禁じられている。
そこでクロードは潜伏先に届く食料品など生活物資の中に玩具店のカタログも届くよう手配した。
そしてジゼルに似た可愛らしい羊のぬいぐるみを一つ一つ選び、凡その数をまとめて注文する。
そのぬいぐみを一週間にひとつずつ、手書きのカードを添えてジゼルに届けるようにしたのだ。
潜伏先の出入りは気配を消し目立たず行動ができる暗部所属の隠密のみとなっている。
クロードはその隠密に確実にジゼルに届けるよう指示した。
ひと言釘を刺すのも忘れずに。
「アパートの部屋には結界魔法をかけてある。一歩でも足を踏み入れたり、結界内の妻に触れればどうなるかわかるよな?」
「……わかっていますよ。あんたを敵に回すなんて、そんな面倒くさいことはしねぇですよ……」
「ならいい。……お前はいいな、ジゼルに会えるのか」
「王子にも王女にも気に入られちまうからですよ」
「好きで気に入られたんじゃない」
「ふ……」
わざと相手に印象づけないよう不思議な訓練を受けた隠密とそのような会話をして、クロードはジゼルへ贈るぬいぐるみを託した。
ジゼルへの想いを込めたぬいぐるみを。
彼女はこのぬいぐるみを喜んでくれるだろうか。
なんでぬいぐるみ?と言いながらもきっと可愛いと抱きしめてくれる、クロードはそう思った。
今夜も妻は羊を数えて眠るのだろうか。
最初は心の中でつぶやいているのだろう羊を数える声が寝入る寸前にいつも寝言のように漏れ出すのだ。
(最長で二十匹の羊)
ジゼルの羊を数える声を聞くのがクロードにとって何よりの癒しとなっていた。
ジゼルは夜、眠れているだろうか。
───俺はキミが隣にいないと、眠れなくなってしまったよ。
いつでも、どこででも眠れるはずだったのに。
側にジゼルがいないだけで寂しくて仕方ない。
早く、ジゼルに会いたい。
クロードはそう思いながら寝付くまで寂しさを持て余すのであった。
そしてもう一つ、
ジゼルに会えない日々が続き苛立ちを募らせるクロードを悩ませる要因があった。
「ギルマン、アイリス殿下はどんなお花がお好きなのだろうか」
「ギルマン卿、王女殿下が俺のこと何か言ってなかったか?」
「アイリスはこれまで散々苦労してきたのだ!どこにも嫁がせず、ずっと私の庇護下で穏やかに暮らさせる!」
「兄上も他の者も皆、アイリスに対し何か勘違いをしているのではないか?あの子が一番信頼を寄せているのはこの僕だというのに……」
「…………」
王太子やジェラルミン、側仕えの文官や騎士、医官に至るまで皆がこぞってアイリスアイリスと騒ぎ立てる。
しまいにはアイリスを巡って軽く軋轢も生じるなど、面倒くさいことこの上ないのだ。
そしてそれが原因で、クロードはとんでもない事態に巻き込まれるのであった。
───────────────────────
「弁明」はクロードsideのような形となりそうです。