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わかっていますよ旦那さま。 どうせ「愛する人ができた」と言うんでしょ?



「ギルマンに弁明の機会を」と告げられ、夫クロードの直属の上官であるサブーロフ卿に強引に王城へ連れて来られたジゼル。


ゆっくりと話せる部屋を用意するからとサブーロフ自らの案内で王城内を歩いていると、三ヶ月ぶりとなる夫の姿を見かけた。


ジゼルのいる回廊から遠く離れた東屋に、前世最期に読んだラノベのヒロインアイリスとジェラルミン王子と共にいるクロードを。



───あれが生アイリス………


アイリスの物語は挿し絵無しの電子書籍。

その姿は表紙のイラストのみであったが、それに描かれたアイリスそのものの少女がそこにいた。


輝くばかりに美しいタンザナイトの髪にアメジストの瞳。

孤児院で苦労したとは思えない肌ツヤのよい美しい顔立ちには目を見張るものがあった。


───顔ちっさ!超美少女!さすがはヒロイン!


ジゼルだって結婚してからは肉付きがよくなり、花子の記憶が蘇ってからは“下町の女豹”(これは中身だが)と称されるくらいには美人妻と評判なのだが、レベルが違うとはこのことをいうのだろう。


そのアイリスの美しさを、第二王子ジェラルミンが目を細めて見つめている。

作中でも「我が異母妹は類まれなる美貌の持ち主」と評していたことから今も自慢の妹を嬉しげに見つめているのだろう。


そして王女と王子の側に控え立つクロードも優しげな瞳でアイリスを見つめていた。


とても、とても優しい、ジゼルに向けてくれていた眼差しを今は一心にアイリスに注いでいる。


ジゼルは思わず胸元に手を寄せていた。

胸が苦しい。


覚悟をしていたはずなのにいざこうして目の前に現実を突きつけられると、上手く息が出来ないほどに辛く苦しかった。


やはり物語は変えられない。


ジゼルは捨てられるのだ。

初めて愛した男性に、クロードに。



立ち止まって東屋を眺めるジゼルにサブーロフが言った。

遠くにいるクロードたちへ視線巡らせながら。


「今、ギルマンは両殿下に報告中でな。すまないがこれから案内する部屋でしばし待っていて欲しいのだ。ギルマンの謁見が終わり次第すぐに向かわせる。それから……強引に王城へ連れてきてしまったこと、本当にすまないと思っている。しかし少しでも早く、君たち夫婦で話しあった方がよいと思ったのだ……」


「………わかりました。ご配慮に感謝します」


ジゼルがそう言うとサブーロフはただ頷き、また再び歩き出す。


その部屋が夫婦としての終焉の場か。

ジゼルは黙ってサブーロフの後に付き従った。


そしてとある小さな部屋へと通される。


そこは小さな応接ソファーが対になって置かれているだけの簡素な部屋であった。


サブーロフは手ずからジゼルのためにお茶を淹れ、こう告げた。


「すぐにギルマンがくると思うので待っていてくれ」


「わかりました。お気遣い、ありがとうございます」


ジゼルがそう答えるとサブーロフは小さく微笑み、軽く会釈をして部屋を出て行った。

ジゼルはソファーに座り、用意されたお茶を飲んだ。


原作では確か、別れは自宅で告げていたように思う。

しかし三ヶ月の任務の後すぐに告げられたのだから、やはりこの部屋がそのシーンの場所となるのだろう。

多少原作と違うのはこれまでも多々あったのだ。

今さら大した問題ではない。


ややあって、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。

何か慌てたような早足で、力強い足取りの足音だ。


───来た。


ジゼルは立ち上がって扉の方へと向き直った。


そしてノックと同時に扉が開かれる。


そこには……予想通りクロードが立っていた。


余程慌てて来たのか少しだけ肩で息をし、少しだけ前髪が乱れていた。


「……クロード……」


ジゼルは三ヶ月ぶりに間近で見る夫の顔を見つめた。


少し痩せただろうか。

心なしか目の下に隈が出来ている。



「ジゼル……」


クロードは切なげな表情をこちらに向けてきた。



そんな、そんな辛そうな顔で見ないでほしい。


そんな、今にも泣き出しそうな………。



妻を持つ身でありながら、アイリスを愛してしまった事への自責の念からの表情なのだろう。


考えてみれば、クロードの完全な片想いでアイリスとはプラトニックな関係とはいえ、これは酷い裏切りである。


しかもこうなる事がわかっていたジゼルが一度は離婚をと望んだというのに、それを認めずにジゼルを思い留まらせたのはクロードの方なのだ。


ジゼルは段々と腹が立ってきた。



───そうやわ!ウチの事を愛してるって何回も言っておいて、いざヒロインに会ったらこの変わりよう!いくら原作の強制力や()ーたかてこれはないんちゃうっ?節操なしか?チョロすぎるやろっ!!


「ジゼル………」


ジゼルの怒りとは裏腹に、クロードは尚も切なげな表情を浮かべながら一歩一歩ジゼルに歩み寄ってくる。


ジゼルはその様子を黙って見据えながら手をぎゅっと握りしめた。


終わりが、終焉が一歩一歩近付いてくる。


ジゼルは唇を引き結んだ。



さぁ、どこからでもかかって来い。


ジゼルはそう思った。


もうこちらは全てお見通しだ。


それならばいっそこちらから言ってやろうか。


‘’わかっていますよ旦那さま。

どうせ「愛する人ができた」と言うんでしょ?”


ジゼルの方からそう告げて、目を丸くして驚くクロードの顔を見れば、少しは気が晴れるだろうか。


ジゼルはキッとクロードを見据えてその言葉を言うために大きく息を吸い込む。


しかしその瞬間クロードに引き寄せられ、その強く逞しい腕で掻き抱かれた。



「………………………え?」


一瞬でクロードの腕の中に閉じ込められ、ジゼルの方が目を丸くする羽目になったのだ。


「え?……え?え?え?」


別れを告げられるばかりだと思っていたジゼルはこの展開に理解が追いつかない。

頭の中には疑問符が浮かぶばかりである。


クロードはジゼルの存在を確かめるようにこめかみや首に口付けを落とし、

そうて耳元でこうつぶやいた。



「ジゼル、会いたかった……もう二度と、キミに会えないのではないかと思ったんだっ……」




「………………え?」








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