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【書籍&コミカライズ進行中】わかっていますよ旦那さま。 どうせ「愛する人ができた」と言うんでしょ?  作者: キムラましゅろう


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17/30

自分の足で

『すまない。君という妻がありながら……他に愛する人ができた』


 物語の中でクロード=ギルマンは妻にこう言った。

妻の心情やセリフは描かれてはいなかったが、作中に涙を流す妻に別れを告げて、クロードは家を出たと書かれてあった。


「そういえばあのラノベのタイトルってなんやったっけ……?そうや、たしか……」


ジゼルの脳裏に前世に見たラノベの表紙が浮かび上がる。


長いタンザナイトの髪を風になびかせた主人公アイリスの頭上に掲げられたタイトル……


● 踏みつけられ、虐げられた私がじつは王女さま?え?ウソでしょ?

~今度こそ幸せになろうと頑張っていたら、いつの間にかみんなに愛されていました~ ●


「って、長いわっ!!」



食堂の仕事が終わり、帰り支度をしながら考えごとをしていたジゼルが思わずそう口に出していた。


「え?長いかい?そうかな、普通だと思うんだが……」


と、エプロンの紐を結んでいた食堂の店主が目を瞬かせて言った。


「あ、紐の話とちゃいます。変なこと()ーてごめんなさい。それじゃお先に失礼しますね~」


ラノベのタイトルを思い出したジゼルのツッコミを、紐の長さだと勘違いした店主に挨拶をして食堂を後にした。



「……ふぅ」


ジゼルはひとつ、小さくため息を吐く。


クロードが任務のために帰らなくなって早や三ヶ月。


今、国内は第一王女ビオラの話題で持ち切りであった。


王妃の娘であるビオラ王女が父王の毒殺を計った。

しかし王太子の活躍により未遂に終わり、ビオラは反逆者として生涯幽閉の身となったと報じられたのだ。


ラノベ原作を知っているジゼルはこれが第二王子ジェラルミンによるでっち上げの冤罪であることを知っていた。

まぁでっちあげられたのは罪を立証する証拠品と証人で、実際にビオラ王女は父王を暗殺しようとしていたのは事実であるのだからどうでもよいのだが。


───ということはもうアイリスを匿わなくてもよくなったということやんな?



そろそろクロードが帰ってくるのだろうと思いつつも、顔を合わせて告げられるのは別れだと知っているジゼルは憂鬱でたまらない。


任務中のクロードから届けられる羊のぬいぐるみにカードが添えられなくなったことにより、ジゼルはやはりシナリオは変えられなかったのだと悟った。


───まぁおかげでベッドの上は羊だらけで賑やかになったけど。


慰謝料の他、クロードからの餞別だと思って有り難く貰っておこう……ジゼルはそう思った。



そんなジゼルにふいに声を掛ける人物がいた。


「ジゼル=ギルマン夫人ではないかな?」


「……え?」


背後から声をかけられジゼルが振り向くと、そこには大柄で逞しい体躯の騎士が立っていた。


ジゼルはその男を知っていた。

以前、クロードが長期に渡って不在となったことを謝ってきた男だ。


「……サブーロフ卿……」


夫クロードの直属の上官、アドリアン=サブーロフ子爵。

彼が従者二人を連れて街中を歩いていたところに偶然出くわしたようだ。


サブーロフ卿は従者に何か告げた後、一人でジゼルの方へと近づいてきた。


「いつぞやは失礼した」


低く、心地よいバリトンボイスでサブーロフがそう告げた。

夫の上官、しかも貴族さまにそう恭しく言われてもジゼルは戸惑うばかりである。


「い、いいえ、とんでもないです……」


この男、こんな街中で何をやっているのだろう?

サブーロフもクロードと同じくアイリスにかぶりつきで護衛の任に就いているはずである。

側を離れているということはもう安全は確保されたということか。

じゃあクロードは何をしているのだろう。


そのジゼルの考えがよほど見え透いていたのだろうか、サブーロフは肩を竦めながらこう言った。


「ギルマンは王城に留まっている。少々訳ありでな」


「少々……?」


「夫人、この後時間はあるだろうか」


「え?」


サブーロフは頭を掻きながらジゼルに言う。


「出来れば王城に御足労願いたいのだが……」


「え?なんでです?」


思いがけない言葉に、ジゼルは思わず素で答えてしまう。

サブーロフはそれを気にする様子はなかったが、

なんとも歯切れ悪く言い辛そうにしなからジゼルに告げた。


「……ギルマンに弁明の機会を与えてやってほしいのだ」


「弁明の機会?」


「頼む」


「弁明?」


なぜ弁明。なにを弁明。

思わず眉間にシワが寄り、首を傾げるばかりとなるジゼルは突然、サブーロフの転移魔法によって王城へと連れて来られた。


王城への転移は限られたごく一部の人間にしか許されていない。

そのくらいはジゼルでも知っていることだが、突然有無を言わさず連れてくるなんて余程のことなのかとジゼルは身構えた。


───クロードの身に何かあったんやろか……


一瞬、そんな嫌な考えが頭を()ぎる。


「すまない、こちらだ」


神妙な面持ちでそう告げるサブーロフの後を、ジゼルはただ付いていく他なかった。


今はまだ騎士爵を得たクロードの妻だが、元平民の身で王城に来る日が来ようとは……。


それも、会いたいのか会いたくないのか分からないクロードに自分から会いに行くなんて。


自分の足で、自分から彼の元に向かっている。


───原作にこんな描写、あったやろか……?


ジゼルは複雑な気持ちで広く長い回廊を歩いた。


するとぐるり回廊が囲む広い中庭の向こうの東屋が目につく。


ジゼルはその東屋にいる人物に目を見張った。


一人は新聞などで見たことがあるこの国の第二王子ジェラルミン。


問題はその隣、ジェラルミンの隣に座る一人の少女だ。


古代王家の血脈を受け継ぐことを表したタンザナイトの長い髪。


───アイリス……!


ラノベの表紙から飛び出したような美しく愛らしい娘がそこにいた。



そしてそれを見守るように側に控え立つ、最愛の夫。



「クロード……」



三ヶ月ぶりに見る夫クロードの姿をジゼルは呆然として見ていた。





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