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16/30

枕を抱えて眠る夜

事前の宣言通り、クロードは任務により帰宅出来ない日が増えた。

増えたどころかすでに自宅に帰れない状態となった。


原作(ラノベ)での時系列としては物語冒頭から少し時間が経過して、御落胤としての存在が明らかとなり、王女として王宮に迎えられたアイリスが第一王女ビオラに命を狙われた為に王家の別邸にて匿われている頃だろう。


王太子と第二王子からの信任が厚いアドリアン=サブーロフとクロード=ギルマンがアイリス王女の専属護衛騎士に任じられ、警護責任者として別邸に泊まり込んでいるはずである。


この状態がいつまで続くのか。

原作を知っている花子…ジゼルには予言者のように言い当てられる。


王妃の娘である第一王女ビオラ(女性のために王位継承権はない)がアイリスの排除に失敗し、その証拠を片手に第二王子ジェラルミン(王太子とジェラルミンは側妃の子)がビオラを失脚させるまで、約三ヶ月間である。


原作ではその三ヶ月間でクロードはアイリスに惹かれ、彼女を誰よりも愛するようになるのだ。

誠実なクロードにただ一心に愛されるアイリスの姿に、前世の花子は羨ましく思ったのを記憶している。


───今でもそうや。ウチはアイリスが羨ましくてしゃあない。


クロードの性格が原作とは違うように、

そのモブ妻のジゼルがまさかの前世持ちであったというように、

もしかしたら原作と違う結末になるのではないかと思ったが、今回クロードが物語通りにアイリスの護衛騎士になった事を考えれば、やはり変えられない主軸というものがあるのかもしれない。


それに抗ったとて、何か大きな力が物語に関与しているならば、ジゼルがどう足掻こうと無駄なのだろう。


いざ原作(物語)が始まって、シナリオ通りクロードと離れてみればどうして離婚せずに済む未来もあると思えたのかが不思議に思えてくる。



───もう今頃アイリスに惹かれはじめてるんやろか。


また会えなくなった夫の心が、以前よりも遠く感じた。


わかっていたことだ。覚悟していたことだ。

それでもいいと側にいることを決めたのはジゼルなのだ。


───悔いはない。ええ夢見せてもろたわ。


こんなにも誰かに大切にされた経験なんて前世(花子)においてもなかった。


考えてみれば失うものはクロード=ギルマンの妻という戸籍だけだ。


ジゼルには食堂のウェイトレスという職も、安心して暮らせるアパート()も、それに離婚時にふんだくる慰謝料もある。



───大丈夫。当初の予定とそんな変わってへん。


そう、変わってなど……。



「………そんなことないか」



クロードの妻となると決めてからの暮らしで変わってしまった事が一つだけあった。


夜、一人で眠るのに寂しさを感じるようになってしまったことだ。


二人で眠る温かさを、ジゼルは知ってしまったから。


ジゼルはゆっくりと寝具に身を包む。


セミダブルのベッドが広く感じて仕方ない。


「………寂しい。一人で寝るんはやっぱり寂しいわクロード……」


ジゼルはクロードの枕を引き寄せ、ぬいぐるみを抱くように抱えこんだ。

まるでクロードを抱きしめるように。


クロードが帰らなくなり、ジゼルは枕を抱えながら眠る夜を過ごすようになっていた。



「………羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹………」






明くる朝、羊を二十匹まで数えた後からの記憶がないジゼルはその日、非番であった。


だけど習い性かいつもと同じ時間に目が覚めた。


朝食を済ませ、洗濯や掃除などの家事も済ませ、お茶でも淹れてひと息吐こうかと思ったその時、玄関のチャイムが鳴る。


「はーい」


ぱたぱたと玄関へ行き応対すると「荷物のお届けです」と訪いの理由を告げる声がした。


荷物のお届け?はてなんぞや?と思いながらもジゼルは配達員から荷物を受け取る。

その配達員は帽子を目深に被った、やたらと存在感の薄い印象の人間であった。


荷物はとても軽くて枕くらいの大きさのもの。

そしてファンシーな包装紙に包まれている。


「まるでおもちゃ屋さんの包装紙みたい」


とジゼルはひとり言を言いながら、包装紙はまた何かに使えるだろうと破らないようにそっと包みを開けた。


すると中には……


「え?羊?」



中にはふわふわの可愛らしい羊のぬいぐるみが入っていた。


「な、なんで羊のぬいぐるみ?」


と思いながらジゼルがその羊を抱き上げると、ひらりと一枚のカードが落ちた。


「ん?」


ジゼルはカードを拾い、それに目を通す。

そのカードには結婚してから見知った文字でこう書かれていた。



『 愛するジゼルへ。帰れなくてすまない。このぬいぐるみを俺だと思って、夜は抱きしめて眠ってほしい。俺もジゼルに抱きしめられていると想像しながら眠りにつくよ。そうそう、ぬいぐるみはカタログを取り寄せて俺が自分で選んだものだ。なんだかキミに似ているだろ? ~クロード~ 』



「……クロード……」


ぬいぐるみはクロードからの贈り物のようだ。


そういえば結局は下男の妻に横取りされていたが、前回の留守時にも贈り物をしてくれていたと言っていたのをジゼルは思い出す。


このぬいぐるみを、わざわざジゼルのために選んでくれたのだろうか。



───ウチに似てる?


ジゼルはぬいぐるみを抱き上げ、そのつぶらな瞳を見つめる。


「……可愛いやん」


ジゼルはそう言って羊のぬいぐるみを抱きしめた。


「嬉しい……」



ぬいぐるみだろうとなんだろうと、クロードがジゼルを忘れずにジゼルを想って贈ってくれたことが何よりも嬉しかった。



その日を境に、週に一つずつ、羊のぬいぐるみは届けられた。


『愛してる』 『早く会いたい』と書かれたカードと共に。


ジゼルは変わらず印象の薄い配達員から受け取ったぬいぐるみを手に取る度に笑みをこぼす。


「ふふ、なんで羊ばっかりなん?」



回を重ね、届けられるのがぬいぐるみだけになりカードが添えられることがなくなっても、ジゼルは羊が家に届く度に抱きしめて眠った。


そしてセミダブルのベッドに十一の羊のぬいぐるみが並べられる頃。


原作ではアイリスの潜伏が終わる三ヶ月目を迎えていた。



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