ジゼルは開き直ることにした
更新遅れました。
『この第二王子ジェラルミンの部下のクロードっていう騎士も、結婚する前にヒロインと出会えたら良かったのになー。考えてみれば、他に好きな人ができたって言うて離縁される妻も気の毒やんなぁ?』
『花やんは前からモブ妻が不憫や言ーとったもんな。でも騎士団関係で、上官に勧められての結婚やったんやろ?もともと愛情のある結婚とちゃうかったみたいやん』
『え?そんな描写あった?』
『サラっとな。クロードがアイリスへの想いを自覚した時に、不器用なクロードが妻との離婚を考えたくだりで書かれとったで』
『そうやったっけ?』
前世で同じラノベを嗜む職場の同僚と交わしたそんな会話を、ジゼルは夢の中で思い出していた。
───上官に勧められての結婚?サブーロフ卿に……?
でもクロードは自分から申し出たって言ってたけど……なんか原作とちゃうような………
随分と浅い眠りで夢を見ていたのだろう。
ジゼルの意識がだんだんと浮上してゆく。
夢か現かわからない狭間から体が浮かび上がる感覚がする。
───もう朝か………昨日は眠れるかと心配したけど、結局眠れてんな……羊を十三匹まで数えたんは覚えてるんやけど……。
まだ虚ろな意識の中、微睡みながらそんなことを考える。
───温かいな………温かいしとても落ち着く。
でもなんか硬い……なんで?布団の中になんぞ硬いもんなんかあったかな……?いやあったな?確かクロードと一緒に寝たよな?え?ん?………もしかして………
思考に引き上げられるようにどんどん覚醒してゆく意識の中、ジゼルはまさかと思って目を開ける。
そしてすぐ目の前に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「……!?」
クロードの硬く厚い胸板が目の前にある。
しかもとんでもない至近距離に。
こんな距離、密着していないと有り得ない。
そして硬くて温かいと感じたこの感覚…………
ジゼルはガバリと頭だけを起こして自分が置かれている状況を見た。
「!!」
あろうことかジゼルは隣に眠るクロードに抱き枕にして抱えて…….いやしがみついて寝ていたのだ。
寝相が悪いことは自覚していたがまさかこんな、自分からガッチリしがみついて寝ていたとは!!
せめて頼むからクロードは眠っていてくれ……と、ジゼルは半ば縋るような気持ちで恐る恐るクロードの顔に視線を向けると……
「……」
「おはよう、ジゼル」
「おは、おは、おはようさん……」
既に目を覚まし、ご機嫌な表情でジゼルに向かっておはようと言うクロードに、ジゼルはただ挨拶を返すことしか出来なかった。
◇◇◇
「仕方ないだろ?気持ちよさそうに眠ってるジゼルを起こすことができなかったんだから」
顔を洗ったクロードがタオルで水気を拭いながらジゼルに言った。
朝食の支度をしながら頬を真っ赤にしたジゼルが抗議する。
「こんな恥ずかし思いをするくらいなら叩き起こしてくれた方が百倍もマシやわ!」
「俺たちは夫婦だ。何も恥ずかしがる必要はないさ。それに夫として可愛い妻の安眠を妨げることはできない」
「なにキリッとええ顔でドヤっとるねん!」
目玉焼きをお皿に盛り付けながらジゼルが言った。
自分でしがみついておきながらクロードに怒るなんて恥ずかし紛れの八つ当たりだとわかっていても、どんな顔を向けていいかわからないジゼルはついツンツンした態度をとってしまう。
そんなジゼルに対しクロードはじつに楽しそうだ。
今もジゼルの反応を見てころころと笑っている。
表情筋が仕事しないと描写されていたキャラと同じ人物とは思えない。
───ほんまにこの人、クロード=ギルマンかっ?
そんな事を思うジゼルにクロードが言った。
「ほらもう機嫌直して。可愛い顔が台無しだぞ」
そう言ってクロードは笑いながらジゼルの両頬を包んだ。
少しだけ頬を押されてジゼルが唇を尖らせて言う。
「……ウチの許可がないと勝手に触れへんのとちゃうかったっけ?」
「うーん、でも君の方からあれだけくっついてきて、今さらだと思わないか?」
「だからあれはっ……!」
「ジゼル」
クロードの深いブルーの瞳がジゼルを一心に捉えていた。
硬くゴツゴツとした騎士特有の無骨な手が、泣きたくなるくらい優しくジゼルに触れる。
温かい。
クロードの手はとても温かかった。
その温もりが彼がラノベのキャラではなく、今自分の目の前にいる歴とした一人の人間であることを表しているようだった。
───花子、あんたやったらどうする?
ラノベの読者であった花子ならこの状況をどう思うのだろう。
ラノベのキャラ(名もないモブだけど)であるジゼルはこう思ってしまうのだ、
結婚に至った状況も、クロード=ギルマン本人の性格も、それに何よりジゼルは前世の記憶を持つ転生者だ。
何もかもがラノベとは違う。
それなら……それなら、もしかしたら夫婦として違う未来もあるのではないかと。
それでももし、たとえ原作と同じ結末になったとしても決して後悔はしない。
クロードと、この優しい旦那さまとちゃんと夫婦になりたい。
ジゼルはそう思ったのだ。
───どうする?花子。
女は度胸、こうと決めたからには開き直りや!
それでダメやったら「やっぱりあかんかったか!」と笑い飛ばせばええんや!
ジゼルの中の記憶がそう言った気がした。
───よし、もう開き直ったる!
ジゼルは自分から手を伸ばし、同じようにクロードの両頬に手を添えた。
一瞬驚いたクロードが小さく目を見開く。
彼の手が解けたのと同時にジゼルはクロードの顔を自身に引き寄せ、
そして唇を重ねた。
朝の柔らかな日差しが差し込むアパートのキッチンで、
ジゼルは想いも重ねてクロードに口づけをした。