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13/30

背中に感じる温もり

ジゼルの従兄のゲランを暴行未遂で捕らえたクロード。


その処分も含め、叔父一家への対応を全て任せることになったのだが、その日クロードが帰宅したのは日付けも変わった時間帯であった。


ジゼルは当然眠れるはずも無く、彼の帰りを待っていた。


「おかえりなさい、何もかも任せてしまってごめん」


「まだ起きていたのか」


クロードが剣帯から剣を外しながらそう言った。


「だってウチのことで迷惑かけてんのに、自分だけのうのうと休んでられへんよ」


「自分の妻を害されて、その処理をすることを迷惑とは言わないんだぞ」


「……でも……」


「まぁ立場が違えば、俺だって気になって眠れないか。起きているなら状況を説明しても?」


クロードのその言葉にジゼルは頷く。


「うん、お願い。あ、待って、すぐにお茶淹れるわ」


「酒にしてほしい、瓶とグラスだけ用意してくれたらいい」


「わかった」


ジゼルはぱたぱたとキッチンへ行って用意をする。

クロードはその間に団服から夜着に着替えていた。

音を立ててジゼルを起こしてはいけないと、騎士団の詰所で入浴を済ませてきたそうだ。


テーブルに酒瓶と氷を入れたグラスを置き、自分用には温かいお茶を淹れて椅子に座る。


まずは喉を潤すと言ってクロードはグラスを傾けた。

嚥下により上下する男性的な喉仏をぼんやりと見ながらジゼルはクロードが話し始めるのを待った。


「まずは……そうだな、ゲランとかいったキミの従兄は懲役刑となるだろう。正式な裁判はこれからだが、爵位を持つ騎士の妻への暴行未遂だ。加えて余罪もあると見て、自白魔法の使用許可を取った。そしたらもう出るわ出るわ」


なんでもゲランはジゼルが婚姻により家を出た後、新たに雇い入れた壮年のメイド二人に対しても暴力を振るっていたらしい。

奴ならやりかねないと聞いていたら、それ以外にも取引先の家の金品を盗んだり、騎士団への納品の請求額を水増しして着服したりと様々な悪事を働いていたという。


それら全てと、過去に渡りジゼルに暴力を振るっていたことも自白魔法によりペラペラと喋ったそうだ。


そして立証魔法によりその供述の信憑性(しんぴょうせい)が裏付けされ、そのまま騎士団の拘置所へとぶち込まれたとのことであった。


今回、叔父夫婦に直接的な罪はないが、跡取り息子が投獄された上に、上得意であった騎士団への不正請求が明らかになったことで今後の契約はその場で破棄となった。

このことにより叔父の商会は一気に信用を失い、二度とこの国では商売が出来なくなるはずだ。


そしてそれに纏わる賠償金などで資金繰りが難しくなり、不渡りを起こして倒産するまではきっとあっという間なのだろう。


路頭に迷うであろう叔父夫婦を想像しても、ジゼルの心にはなんの感情も湧かなかった。

あんなにジゼルを苦しめた叔父一家も呆気ないものである。


そんなことを思うジゼルにクロードが言った。

労るように、テーブルに置いたジゼルの手に自身の手を重ねながら。


「あいつらに対して、他に何か個人的に仕返しをしてほしい事はないか?お前が望むなら、俺は何だってしてやるぞ」


大きくて温かな手に包まれ、ジゼルは力が抜けたように笑みを浮かべた。


「ううん。もう充分や。将来有望な騎士さまが、そんな仄暗いコト言うたらあかんよ」


「大丈夫だ。巧くやるよ」


「ふふふ、あかんて」


本当にもう充分。


あの一家に対して、こんな遠い他人事として考えられる日がくるなんて。


虐げられ、家の片隅に追いやられていたあの頃の自分に教えてあげたい。


永遠ではないけれど、たとえ一瞬でも側にいて守ってくれた人がいるという事を。


ジゼルは本当にもう充分だと思った。


それだけでもこの結婚に意味はあった。


クロードの強さと優しさに触れ、過去のトラウマと決別できた。

それだけでもう……。


ジゼルは心からそう思った。



話が終わり、かなり遅い時間になってしまったのでもう休むことになったが、いつものようにソファーで眠ろうとするクロードにジゼルが言った。


「待ってクロード、遅くまで働いて疲れて帰ってきた人をソファーなんかで寝かされへん。今日はウチがソファーで眠るからクロードはベッドで寝て」


「大切な妻をソファーで寝させられるか」


「ウチかて恩人をソファーになんか寝かされへんよ」


ジゼルが食い下がるとクロードは一瞬の間を置いて告げた。


「じゃあ一緒に寝るのはどうだ?」


思いがけない申し出にジゼルは驚く。


「え……」


「もちろんただ隣で眠るだけだ。キミの許可がないのにキミに触れたりしない」


「え、え、でも……ウチ、寝相悪いし……」


恥ずかしさも相まってしどろもどろになりながら言うジゼルに、クロードはにやりと笑った。


「知ってる。初めての夜に顔に裏拳食らわされたからな」


「えっ?ほんまっ?」


自分ならやりかねない。

鼻血が出たりしなかっただろうかと慌てふためくジゼルを見て、クロードは思わず吹き出した。


「ぶはっ、ははは」


「えっ、なんで笑うんっ?あ、もしかして裏拳は嘘やったんっ?」


揶揄われた?と目を見張るジゼルにクロードは言う。


「裏拳は本当だよ。まぁ可愛いうさぎのパンチなんて痛くも痒くもなかったが」


「なっ……」


ラノベ原作では無口で無骨で不器用なキャラとして描かれていたクロードの甘々発言にジゼルはただ翻弄されるばかりである。


そんなジゼルに一歩近づき、クロードは言った。

だらんと下ろしているジゼルの手を握りながら。


「……ジゼル、どうだ?キミの隣で眠ってもいいか?」


「…………うん」


恥ずかしくて俯いたままそう答えたジゼルだが、なぜかクロードが微笑みを浮かべているのがわかった。



そして二人は初夜以来初めて同じベッドで眠る。


やはり恥ずかしくて居た堪れないジゼルがクロードに背を向けて横になると、

背中ごしにクロードが「おやすみ」と言った。


「……おやすみなさい」


ジゼルはぎゅっと目を閉じてそう返した。


誰かの温もりを感じながら眠るなんていつぶりだろう。

初夜ではいっぱいいっぱいになっていてそんなことを考える余裕なんてなかった。


くっついているわけでもないのに背中が温かい。



────ね、眠れるやろか…………



ジゼルは背中の温もり感じながら、羊を数えることにした。



───羊が一匹、羊が二匹……ん?普通羊は一頭二頭って数えるんとちゃうの?でも昔からこう言ってるんやらかこれでええんか……羊が三匹、羊が四匹………



ジゼルは一体羊を何匹まで数えることになるのだろうか。



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