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揺れる、心

「貴様……俺の妻に今、何をしようとしていた?」



「クロード……」



ジゼルが従兄のゲランに殴られそうになったその時、クロードがそれを阻止した。


ジゼルを打とうとしていたその腕を捕まえ、妻であるジゼルでさえ竦みあがるような鋭い目つきでゲランを睨みつけている。


突然現れた騎士団の団服に身を包んだ自分よりも遥かに上背のある逞しい男に、ゲランは分かりやすく狼狽えた。


「な、なんなんですかいきなりっ!騎士様には関わりない事でしょうっ!」


パニックに陥っているのかもしれないが、ゲランが発した言葉にジゼルは耳を疑った。


───は?コイツなに()ーてん


もちろん同じことをクロードも思ったらしく、目を眇めながらゲランに言う。


「………結婚式で顔合わせはしているはずだが、まさか覚えていないのか?」


「な、何がですかっ!はぁっ?結婚式っ!?誰のっ!?」


つくづく残念で度し難い馬鹿に、ジゼルはため息吐きながら言った。


「ウチの結婚式に決まってるやろ」


「お前の結婚式ぃっ?お前の結婚式で顔合わせした騎士なんて一人しか………あ、」


ようやく目の前の男が誰なのかわかったのだろう。

ゲランの顔色が瞬時に悪くなる。


ゲランにしてみれば昔から虐め暴力を振るってきたジゼルをいつものように殴ろうとしただけなのだろう。


しかし今やジゼルは騎士爵を有するクロード=ギルマンの妻だ。

たとえ、まぁ有り得ないことだが百パーセントジゼルに非があったとしても、平民であるゲランが手を上げていい相手ではない。

それが家族や親戚であったとしてもだ。

(もちろん平民同士であったとしても暴力は許されないが)


そして今まさにゲランはジゼルに殴りかかろうとし、それを夫であるクロードが(すんで)のところで止めた状態だ。

いわば現行犯逮捕。決して言い逃れは出来ない。


クロードはゲランの腕を掴んでいる自身の手に力を込めた。


「いっ……痛っ!痛い痛い痛い痛いっ!」


クロードが低く、怒気を込めた声で静かに言う。


「その手を離せ」


「ヒィッ!い、痛いっ!」


ゲランの腕が折れるのではと思うほどの力が込められているのが傍から見てもわかる。

ゲランは涙目になりながら掴んでいたジゼルの手首を離した。

ジゼルは解放された手を思わず胸元に引き寄せる。


その手首が赤く鬱血していたのをクロードは見逃さなかった。


「貴様………」


更に掴んだ手に力が込められのがわかった。


「ギャアッ!痛いっ!お、折れるっ!!」


先程までジゼルに対しあんなに居丈高であったゲランが今や脂汗を流し、泣きべそをかきながらクロードから自身の腕を取り戻そうと必死に足掻いている。


ぶんぶんと空いている方の腕を振り回し、足でクロードを蹴り上げようしている。

しかし元々のリーチが違うし、当たりそうになってもクロードに難なく躱され、ただ暴れているだけにすぎなかった。

まぁたとえ当たったとしても戦闘職種であるクロードはビクともしないだろうが。


その様子をジゼルは複雑な思いで見つめていた。


クロードが現れた瞬間、ものすごくほっとした自分がいた。


来てくれた、助かったと安堵した自分がいた。


そしてジゼルが殴られそうになったことに怒りを露わにしているクロードを見て、嬉しいと感じた自分がいた。


この言いようのない感情にジゼルの心が揺れる。



───あほ、クロードのあほ………こんなん、何とも思わんわけがないやろ………



もはやゲランの存在など何万光年も遥か彼方に追いやったジゼルは、複雑な胸の内を抱えながらクロードを見つめていた。


結局クロードは、掴まれた腕が痛いと泣きわめく情けないゲランの鳩尾に内蔵が破裂するのでは?と思うほどのパンチを入れ、気絶させて黙らせた。

単に殴りたかっただけかもしれないが。


そして重そうなゲランの身体を荷物担ぎして、ジゼルに向き直った。


「コイツの処分は俺に任せてくれ。今までジゼルがやられたであろう分まできっちり償わせてやる。結婚してもジゼルを自分の所有物であると思っていることがよくわかった。もちろんコイツの親も同等だ。……ジゼル、コイツらに対して情はあるか?」


クロードにそう聞かれ、ジゼルは勢いよく首を振った。


「まさか。恨みしかあらへんわ」


その言葉を聞き、クロードは小さく笑った。


「そうだろうと思った。結婚前にキミの叔父の家で起きたことは今となってはどうにもできないが、ジゼル=ギルマンに起こったこととなれば話は別だ。どうせ叩けばホコリの出る奴らだ、徹底的に制裁を与えてやる」


「……クロード……」


クロードは空いている方の手でジゼルの手首に触れた。

ゲランに捕まれていた方の手だ。


クロードが触れた肌にほんのりとした温もりを感じる。

見れば鬱血した皮膚が元通りになっていた。


「治療してくれたん……?」


「このくらいなら治癒魔法を使えるんだ。……こんな事せずに済むように掴まれる前に助けてあげられなくて、ごめん」


聞けばクロードは上官のサブーロフの伴で王都の西の外れへと巡察に出ていたそうだ。


しかしそこでジゼルに刻んでいた己の魔力に異変を感じ、すぐに転移魔法で飛んで来たらしい。


「クロードに伝わるほどの恐怖を、ウチは感じていてんな……」


恐るべしトラウマ。

しかしジゼルはそこであることに気づく。


「ん?ウチに刻んだ魔力って?なにそれ、そんなんいつの間に?」


ジゼルがそう訊ねると、クロードは悪戯な表情を浮かべ、悪びれもせずに答えた。


「ジゼルの体内には、結婚式の夜に仕込んだ俺の魔力が残滓として残っている。その残滓は生涯消えることはなく、その魔力を通してジゼルの居場所も負の感情も全て俺に伝わるようになってるんだ。この術は通称マーキングと呼ばれている」


「なっ?な、なんやてっ?」


そんなの初耳である。

道理で家を出たジゼルの居場所がすぐに見つけられたわけだ。


結婚式の夜といえば初夜。

あの夜にそんなことをされていたなんて……!


その時の記憶も生々しく蘇り、ジゼルは顔を真っ赤にして抗議した。


「もぅ!勝手にそんなことしてっ!」


「ははは。魔力を持つ者が自分の妻に施すのは当然のことだよ。キミは俺の妻で、俺のものだ」


「クロード=ギルマンは、そ、そ、そんな恥ずかしいこと言うキャラとちゃうやろ!?」


「誰と比べて言ってるんだ?俺は昔からこういう性格だぞ?」


「そ、それは……」


まさかラノベのあなたとです。とは言えないジゼルが口篭ると、クロードはふっと笑みを浮かべて言った。


「まぁいいさ。とにかくゲラン(こいつ)のことは引き受けた。今夜は遅くなるかもしれないから先に休んでてくれ」


クロードはそう言い、ジゼルの頬を指の背でそっと触れた。


「あ……クロード……」



助けてもらった礼を告げてないことに気づくも、クロードは転移した後であった。



夫に触れられた頬に手を当て、ジゼルはしばらくその場に立ち尽くしていた。


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