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トラはトラでもトラウマかいな

王宮側にある荒物屋でのお使いを済ませたジゼルは

帰り道に幼い頃からずっと虐められ続けた従兄のゲランに鉢合わせしてしまった。


クロードと結婚してからは一度も会わずに済んでいたというのに。


身軽で王宮から出てきたという事は騎士団に納品した帰りなのだろう。


ジゼルは自分の体がぎゅっと縮こまるのを感じた。

顔を合わせれば必ず嫌がらせを受けていた相手だ。

無意識に防御反応を示すのだろう。


ジゼルよりふたつ年上のゲランは叔父にとっては一人息子で、それはそれは甘やかされて育った傲慢で浅慮で性悪な人間であった。


幼い頃から打たれたり蹴られたり、そして口汚い言葉を浴びせられる。

ゲランが気に食わないからという理由だけで食事を抜かれた事もしばしばあった。

(当時叔父の家で雇われていたキッチンメイドのおばあさんがこっそり残り物を食べさせてくれたが)

とにかく心身ともに酷い扱いを受けてきた人物なのだ。


中肉中背、いやどちらかというと運動不足でだらしない体型をしているゲラン。

従兄なだけあり髪色も瞳の色もジゼルと一緒だが、その血の繋がりを全否定したくなるほど大嫌いなヤツなのであった。



固まったまま何も言わないジゼルを見て、ゲランは下卑た笑みを浮かべて話しかけてきた。


「よぅジゼル久しぶりじゃねぇか。結婚した途端に不義理になりやがってよう。今まで育てて貰った恩も忘れるとは薄情なヤツだな」


「………」


───あんたに育ててもろた覚えはない。


“浪速花子”ならそう言い返しただろう。


だけど幼い頃から執拗な嫌がらせや虐めを受けてきた“ジゼル”がそれをさせてくれない。


ゲランの顔を見た瞬間に条件反射のように萎縮してしまい、上手く声が出せなくなった。


「っ………」


「なんだよまただんまりか?お前はいつもそうだな。なんの面白味もないつつまらない女だ。騎士爵を得た旦那の妻になったつもりかもしれねぇがお前みたいな女、早々に飽きて捨てられんのがオチだよ」


「………っ」


腹が立つ事にその予想が当たっているのが何よりも悔しい。

ゲランの言った通り、ジゼルはいずれ夫に捨てられる妻なのだから。


悔しい。

けっちょんけっちょんに言い返してやりたい。

だけど言葉が、まるで鉛を飲み込んだように喉が重くて声が出ない。


───これがトラウマ状態というやつか。

浪速花子時代はトラが大好きやったけど、トラはトラでも今世はトラウマ持ちなんてシャレにもならんで……!


トラウマのせいで声が出ないのならせめて短足ゲランの向こう脛でも蹴り飛ばしてやりたいと思うのに声と同様、体が縮こまって動かないのだ。


「っ…………」


“ジゼル”はこんな調子だが、“ジゼル”の中の“浪速花子”が悔しくて堪らないと暴れていた。

せめて一矢報いたいと精一杯ジゼルはゲランを睨みつけた。


当然、ゲランはジゼルのその目つきが気に入らないと声を荒らげる。


「なんだよその目付きはっ!!ずっと我が家のお荷物だったくせに、ちょっと騎士の妻になったからといって生意気なんだよっ!」


───そのお荷物をええようにこき使(つこ)うとったんは誰やねん!!


と、ジゼルの中の浪速花子が叫ぶもやはり声は出なかった。


───悔しいっ!!ジゼル!しっかりしぃ!あんたはもうただのドアマット妻とちゃうねんで!


おかしな話だが、前世の自分が今世の自分を鼓舞している。

それなのにどうしても目の前の男にやり返す力が出てこない。


しかしゲランが次に発した言葉を聞き、ジゼルの中の何かがぷつんとキレた。


「はっ!どうせ旦那にも使用人のようにこき使われてんだろっ、お前の価値なんてせいぜいそのくらいのものだろうからなっ!」


「………!」



その瞬間、

食事の前にはちゃんと「いただきます」と言ってくれるクロードが、


「旨いよ」「ごちそうさま、いつもありがとう」と言ってくれるクロードが、


ホットミルクを入れてくれ、眠る時は「おやすみ」を言ってくれるクロードが、


そして次の朝にはちゃんと顔を見て「おはよう」と言ってくれるクロードが一気にジゼルの脳裏に浮かんだ。


そんなクロードを自分たち家族と同じだと言ったゲランに、どうしようもない怒りを感じた。


ジゼルはダンッ!と足を一歩踏み出して、昔のジゼルからは想像もつかないようなドスの利いた声でゲランに向かって言った。



「じゃかましいわこのゲス野郎がっ!!ウチの旦那をアンタらみたいな腐れ外道と一緒にしさらすなっ!このドあほぅがっ!!そのキモいドタマかち割って腐った脳ミソお天道さんにコンニチワさせたろかゴラァッ!!」



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