表のワルと裏のワル
はぁ……今日は一度もすずを見てねぇなあ。まさか寝込んでんじゃねぇよな?
あいつ寝相悪そうだからよ、布団蹴っ飛ばして寝てて風邪でも引いたんじゃ──
な〜んて、全然気になんかしてないからな? あいつのことなんて。
それよりも、
クンクンクン
はぁ〜♡ いい匂いだなぁ。やっぱ焼き魚の匂いは最高だわ。
ばぁさんち、今日は焼き魚か。俺にも少し分けてくんねぇかな。
ま、そんなことあるわきゃねぇからよ、もう少し近くで匂いだけでも──
って、なんだよ、戸が開いてんじゃねーか。だったらもうちょい近づいてみるか。
そろ〜りそろりの忍び足。首をにゃ〜んと伸ばして、
クンクンクン
くぅぅ、たまんねぇな。
もうちょい。もうちょい近づけば、なんの魚焼いてんのか見えるんじゃね?
そろそろそろ。もひとつおまけに、そろそろそ──
あっ、やべ。家ん中に入っちまったぜ。けど……気づいてねぇな?
ヘヘッ。だったらよ、隙を見ていただき! って手もあり。だよな?
万が一、お魚ちゃんにたどり着く前に見つかったとしても、玄関の戸は全開だし、ここんちの上がりかまちはやたらと高ぇからよ、ばぁさんがおりてくるには時間もかかるだろうし……
うん。ここでやらなきゃ、ボスにゃんの名がすたるぜ。
よっ! はっ!
よしよし。ばぁさんは魚焦がさねぇようにちゃんと前を向いてろよ?
んで、じぃさんは──
チラッ
寝転んでテレビか……
油断しまくってんな。魚泥棒どころじゃない泥棒に入られても知らねぇぞ。
おっと! 俺も油断は禁物だな。どこか隠れる場所は──って。おいおい、じぃさんよぉ。脱いだ服はカゴん中に入れとかねぇと、ばぁさんに怒られるぜ?
まぁ、今日のところは隠れるのに都合がいいから褒めてやるけどよ。
あ〜、しっかしこのうまそうな匂い! それだけでよだれが出てきたじゃねぇか。じぃさんの服で拭いとくからいいけ──
ガタタッ ガラガラ ガッション!
──どヒッ!?
ななななんで、戸が──
「うん? だれ──やっ!? このどら猫が! 出ていけー!」
あわわわわ、しししまった! 戸が!
なんて言ってる場合じゃねー。せっかく隠れてたってのに、びっくりして飛び出して見つかったじゃねぇか!
「こらっ! このぉぉ! しっしっ!」
わっ、やめろ! 台拭きなんかで叩くんじゃねー!
チキショー。どっかねぇか、外に出られる────あった!
あの窓からなら、
よっ! はっ! ジャ〜ン──
「こらぁぁ! 魚泥棒!」
プへっ? さか──あっ! 真下に見えるは焼き魚ちゃ〜ん♡
……てか、あちぃぃ!! 腹が焦げるぅぅ!
▷▷▷
はぁ……昨日は散々な一日だったぜ。
すずには会えねぇし、焼き魚をくすねそこねるわ、腹は焦がしそうになるわでよぉ、まったく──
「すず。あんたでしょう?」
「なにが?」
「昨日、ばあちゃんちにのら猫を閉じ込めたでしょうが」
な、なにぃぃ!? ありゃお前の仕業だったのか!
「……してない」
「嘘いいなさい。あんなことすんのはあんたしかいないでしょう? わかってんのよ」
「……」
そうだ! あんなことすんのはお前しかいない!
「ばあちゃんに謝んなさい。ほら、はよ謝らんね」
ちょっ、おい! なんてことすんだ! このおば────お、お母様? わたくしが思うに頭を無理やり押さえつけて下げさせるのは、いかがなものかと……
「……ごめんなさい」
「すずちゃん。もうあんなことしないでね?」
「うん……もう、しない」
「うんうん。それならもういいよ」
ほ、ほら! すずもちゃんと謝ったし、ばぁさんも許してくれたからさ。
そんな怖い顔するのはもうやめましょうって、ねっ?
「じゃあ、デパートにアイスクリームでも食べに行こうかね?」
「うん! 行くー!」
はっ!? いやいやいや、ちょい待てばぁさん。どーしてそうなる?
孫は目ん玉に入れても痛くねぇらしいけど、孫は孫でもそいつはサルだぞ?
目ん玉引っ掻かれるぞ?
「もう、ばあちゃん。すずをあんまり甘やかさないでくださいよ」
そうだ、そうだ! そんないたずらザル甘やかすんじゃねー!
「でも、すずちゃんはちゃんと謝ってくれたもんね?」
「うん!」
いやいやいや、謝るくらいならサルでもできる──って、サルだけどよ。
被害者はばぁさんだけじゃねぇんだぜ? どっちかってぇと俺のほうが──
「すずはねぇ、チョコとバニラとストロベリーのが食べたい!」
「ああ、あれね。うんうん、いいよ。じゃあ、お母さんに行ってきま〜すして」
「行ってきま〜す!」
「はぁ、もう。行ってらっしゃい。ばあちゃんの言うことをちゃんと聞くのよ」
「は〜い」
こらこら、待て待てぇぇぃ!
俺にもそのチョコバラベリーとやらを食わせろーー!!
↓
とっくんの実況中継風日記
晩ごはん前に食べるとご飯が入らなくなるからと怒られるいちじくを、木の陰に隠れて食べていたら、ボスにゃんがばあちゃんちをのぞいているのが見えた。
甘いいちじくをシャクシャク食べながら見ていると、ねーちゃんが家の裏口からそろりと出てきた。ニヤニヤしている。ボスにゃんは気づいていないようだ。
体はもうばあちゃんちに入ってて、しっぽだけがぴょろぴょろ見えている。
しっぽも見えなくなってしばらくすると、ニヤニヤねーちゃんがばあちゃんちの戸をガタピシャンと閉めて、隣んちとの間にシュルリと消えていった。
たぶん表の玄関から家に戻るんだと思う。
ばあちゃんちからは、ばあちゃんの怒鳴り声と、お皿やお鍋が落ちまくる賑やかな音が聞こえてきた。大惨事ぶりをこっそりのぞきに行きたいけど……
僕もそろそろ家に戻らないと、お母さんに見つかったらたいへんだ。
ちなみに、今見たことをお母さんに言いつけたりはしない。
僕は、ねーちゃん思いだからだ。
どこから見てたのか? てなことになったら、いちじくを食べてたのがバレて怒られるかもしれないから。
とかじゃない。絶対に。
それに、どうせすぐバレるだろうしね。
さてと、じゃあ僕もいちじくの皮をここに埋めて──っと。
あっ、こちらからは以上です。




