<7> 兄妹
あけましておめでとうございます。
更新が大変停滞しておりまして、すみませんでした!!
今年も亀並みの更新速度だとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
「そろそろ話を始めようか」
麻里とわたしが食べ終わった後、兄様は侍女を全て下げてわたし達に向き合った。麻里は傍観を決め込んでいるのか、こちらを窺いつつも静かに食後の紅茶を飲んでいる。
「はい。あの……」
何から話そうかと言葉を詰まらせていると、兄様は何かを思い出したかのように顔をしかめた。
「すまないが、先に確認しておきたいことがいくつかある」
「あ、はい。何でしょうか?」
確認したいこと?
少し身構えながら兄様の言葉を待つ。
「一つ目、ここにいなかった間に怪我や病気はしなかったか?」
「はい。軽い風邪などはありましたけど、至って健康でした」
「……そうか」
安心したように少し頬を緩める兄様。
「二つ目、今までどこにいたのかをここに帰って来てから誰かに話したか?もちろんそちらの客人以外で、だが」
「いいえ。ただ、麻里のことを恩人だということは侍女と騎士に説明しました」
なんだか警察の事情聴取を受けているような気分だ。誘拐ではないと説明するのは後にして、今はありのままのことを話す。その言葉に兄様は真剣な顔をしながら、うなずいた。
「それは報告を受けている。では三つ目、今までいた場所から持ってきたものが何かあれば渡してほしい」
「持ってきたもの、ですか?」
何のために?誘拐犯を探す手掛かりにでもするのだろうか。そもそも誘拐犯なんて存在しないのだから、そんなの無駄に決まってる。
困惑したわたしを見て、兄様は「すまないな。言い方を変えよう」と話を続ける。
「帰って来た際に着ていた衣類はすでに侍女から預かっている。もし他に何か持っていたとしても、それは人目につかない場所に仕舞っておけ」
「はい、でも……」
わたしの疑問の声には軽く首を振って、兄様は「とりあえず質問事項は以上だ」と話を終わらせた。
「すまん。いつ邪魔が入るか分からないから、必要事項を先にと思った」
「邪魔……?」少し考えて、自然と微笑みが漏れる。「この屋敷で兄様の邪魔ができる方など、お父様くらいでしょうに」
「まあ…そうなのだが……」
兄様は困った顔をしながら、頭を掻く。その仕草が少し乱暴で、あぁそういえば兄様はこういう方だったと思い出す。
兄様は貴族として当たり前のように出世するのを嫌って、自らの実力だけで入隊試験を受けて騎士になった。少しがさつで、無愛想で、自分の意思を貫く人。幼い頃は兄様だけがわたしの周りにいる人達とはまったく違っていて、近づきにくい存在でもあった。あの当時わたしの近くにいたのは、無菌培養に育てられた貴族の子息達ばかりだったのだから仕方ないことだけれど。
あちらの世界に行った今は、自分の人生を自由に選択しようとする兄様がよく理解できる。むしろ兄様のがさつさなんて、あちらの人と比べれば、それこそまったく問題ない程度だ。
「あの、お父様や兄様は今もこの屋敷には住んではいらっしゃらないのですか?」
以前はお父様も兄様もほとんど屋敷に帰っていなかったけれど、わたしが消えた後この屋敷に誰も住んでいないとは思えない。今も屋敷が昔と変わらず整えてあるし、使用人の数も増えているようだ。本邸とはいえ、無人の屋敷にここまで手を入れたりはしないだろう。
「俺は近衛隊に所属しているから王宮の外に住むわけにはいかないが、父上は住んでいるぞ。ただ……今は王宮が忙しい時期だからな。なかなか帰っては来れないだろう。当分は俺がこっちに帰ってくることにした」
「兄様、近衛というと異動を?たしか3年前は国境周辺の警備に就いていたはずでは?」
「ああ。2年前に国境付近で紛争があってな。ちょっとした手柄を立てて中央に呼ばれたんだ」
「そうだったのですか。おめでとうございます」
「いや、大したことない。それよりも俺はそちらの話を聞きたい」
やっと本題に入れる!緊張して握った手に力がこもる。
「この3年間、わたしはここではない違う世界にいたんです」
「自室にいたはずなのに、気づいたらあちらにいたんです。始めは何が何だか分からなくて戸惑いました。でも、ここにいる麻里と麻里の家族にお世話になりながら、不自由ない暮らしをしていました」
その世界が科学技術というものの進んだ場所であったこと、大学に通っていたこと、アルバイトをして生計を立てていたこと、友人がたくさんいたこと。わたしの3年間について、時々解説を入れながら兄様に語る。ひどい場所ではなかったことを少しでも兄様に伝えたかった。
ひと通り話し終えると、信じてもらえたか不安になりながら兄様をうかがう。
「そうか」
兄様からは予想に反して、とても素っ気ない返事しか返ってこない。
まったく戸惑いのないその相槌を不思議に思って、兄様の顔をまじまじと見る。
「なにか得るものはあっただろうか」
兄様は目線を落とし、ぽつりと不安げにつぶやいた。
え…?と、戸惑うわたしをよそに兄様は苦々しい表情で続ける。
「誘拐された形跡などなかった。まして家出するほどの気力がお前にあったとは思えない。ただ、忽然と消えた。神隠しとしか考えられない」
「え…?」
兄様は、誘拐じゃないって知っていた?疑問ばかりが頭の中をぐるぐる廻っている。
「では、どうして誘拐だなんて」
「……それは」
兄様は顔を渋く歪めて言い淀む。
「公爵が誘拐だと言い張ったからですよ」
兄様の言葉を引き継ぐように、扉の方からの声が続けた。
声の方向を見ると、いつの間にか入口付近に若い男性が立っていた。少し長めな薄い色素の髪をゆるく束ね、軽装ながら紳士然とした立ち姿。見覚えはない顔だが、服装から考えると兄様と同じ近衛隊の者なのかもしれない。
「父が…?」
「姫の失踪当時、何もご存じなかった公爵が大々的に捜索を開始してしまったのです。もちろん事情が分かってから捜索は中止されましたが、噂はすでに広まってしまった後でしたからね。世間には誘拐ということで通すしかなかったのですよ」
「それもこれも、どこかの馬鹿が無責任な行動を取ったせいですが」
「……悪かった」
騎士は項垂れる兄様を横目で見ながら、にっこりと笑う。その笑顔がどこか黒く見えるのは気のせいだろうか。
「で、つまりどういうわけ~?」
ずっと黙って話を聞いていた麻里が口を開く。
「それって、全然説明になってないんだけど?」
「おっしゃる通りですね、マリさん」
口を開こうとした兄様よりも先に、騎士がにこやかに間に入る。
「えー!名前覚えててくれたんですね~!うれしいっ!この前は本当にありがとうございました」
「いいえ、当然のことをしたまでですよ。申し遅れましたが、アルフと同じく近衛隊所属のクラウス・バーシュと申します。ミチルさんとマリさんの事情については伺っているので、何でもおっしゃってくださいね」
「わぁ~!ありがとうございます~!」
麻里と騎士はなにやら仲良さそうな様子で話している。
「それで、どういうことなんでしょうか~?」
「説明したいのは山々なのですが、少し邪魔が入ってしまいましてね」
爽やかな笑顔を少し申し訳そうに歪めて、クラウスさんは兄様に声をかけた。
「アルフ、誰かが情報を漏らしたらしい。手は回したが、止められる者がいない」
兄様はその言葉を聞くと急に顔色を変えた。仕事でトラブルでもあったのかもしれない。兄様と騎士が随分親しげな口調でお互い話している様子から、二人がとても親密な仲なのだろうということは想像できる。
「なんだと!あれほど緘口令を敷いただろうがっ!!」
「とにかくお前は急いだほうがいい。私は先に殿下のところに回ってみる」
「くそッ!!そっちが頼みの綱だ、頼んだぞ!」
わたしと話していた時よりも数倍乱暴な言葉でやりとりした後、さっきまでの優しげな表情に戻ってわたしに向き直る。急用が入って出かけなくてはいけないことを説明すると、「すぐに帰って来るつもりだ。続きは帰って来てからにしよう」と言ってクラウスさんと一緒に急いで出て行ってしまった。
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残された麻里とわたしは、侍女の勧めで大浴場を使うことになった。わたしでさえ今まで数えるほどしか使ったことのない一番大きなお風呂は、兄様が気を利かせてわたし達のためにわざわざ用意させたらしい。麻里もわたしも、あちらで言えば高級ホテル並みの施設に大はしゃぎ。
「それにしても、さっき麻里はずっと黙ってたよね。なんか珍しい」
「久々の兄妹水入らずを邪魔したりはしないわよ~?しかも、なんかギクシャクしてたみたいだし?」
意外と麻里って、人のことをよく観察してるんだよね。
人は麻里のことを天真爛漫とか言うけど、少し違う。麻里は優しいから、時にわざと空気が読めないふりもするし、時に無邪気に鋭いことを言う。
「まぁね。でもイケメン騎士に邪魔されちゃったけどぉ」
「イケメン騎士って、さっきの人がそうなの?」
「うん。イケメンだったでしょ~?」
「え、そうだった?あんまり顔は見てなかったから」
「うそぉ!信じらんない!顔を見なくてどこ見るのよ~!?」
「どこって……」
イケメンに対するこだわりだけは頑なに譲らない子だけど。そんな麻里がわたしは大好き。
あいかわらずのイケメン談義をしながら、わたし達の夜は更けていったのでした。
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結局、兄様は丸一日経っても帰ってこなかった。
次の日の夜に届いた伝言には「明日、迎えを寄越す。客人と共に王宮に行く準備をしていてほしい」とだけ簡潔に書かれていた。