6 何の役にも立たないことを分かっていても。
背後を振り向くラルクス。
そこにいたのは、一匹の地竜だった。
体格は並みの個体と差は無いように見える。
しかし、その威圧感は明白に違っている。
「まさか、あの地竜が、地鳴りを発生させていた?」
ミネルは驚愕しながらそう言いつつも、即座に迎撃へと態勢を転換できるよう剣を構えている。
「あれは、おそらく地竜の亜種。エミリーが俺に教えてくれていたんだ。こいつは、この迷宮の中で一番強いから、遭遇したらすぐに逃げて、って。パーティ全員で戦っても、勝てるか分からないから、って」
「じゃあ、あの地竜は迷宮の主、ということですか?」
瞬間、地竜が突き破った岩盤の欠片が音も無く浮かび上がり、宙に静止し、全方位を埋め尽くす。
そして、それらが一斉にラルクスの全身へと叩きつけられ、凄まじい速度で身体中を圧迫していく。
まるで、絞られた果実のように。
「ラルクスうううううう!」
鼓膜が引き裂かれるようなミネルの悲鳴。
「逃…げ…」
ラルクスの喉から、それ以上、声は出なくなった。
血管を粉砕され、筋繊維を崩され、骨格を破壊され、眼球から生気が失せる。
漏れ出る血の雫の音も、緩やかに止まっていく。
「アルフ、さん......ラルクスは、死んだの?」
地竜の双峰が、アルフとミネルを見据える。
唐突に訪れた、仲間の死。
この現実が本当に現実なのか、分からなくなる。
感情が混ざって、吐きそうになるくらい意識がおかしくなる。
「もう...これ以上、死なせたくありません」
ミネルはその全てを、剣を握る両腕へと送り込み、真っ直ぐに駆け出した。
アルフが手を伸ばしても、その背中は掴めない。
引き止められなかった。
「アルフさん!私が注意を引きます!その隙に走ってください!」
「なんで...」
なんで、俺なんかを守る。
アルフには、その理由がどうしても分からなかった。
「このパーティで役に立っているのは俺では無く、俺の背負う荷物、そこに入っている道具だ!俺の存在意義は、道具以下だ!俺自身には何の価値も無い!俺の命で、何か物を買えるか?魔物を殺せるか?仲間を救うことが出来るか?永遠に、不可能だ!」
アルフは、自分の命が持つ役割を知っている。
ここで、肉壁になることだ。
今、ミネルの命を救うことだ。
「なあ、要らねえもんは、さっさと捨てちまえよ」
ミネルはそこで、足を止めた。
「確かに、よくよく考えてみたら全くその通りです。あなたは私たちのパーティには不要ですから、確かに捨てるのが無難ですね。前に言ったこと覚えてます?あなたは役立たずです。それも――――」
そうか。
これが、ミネルの本音。
アルフは安心して、俯いた。
安心しているはずなのに、なぜか、苦しい。
分かっていた。
こうなることぐらい、分かっていたはずなのに。
「頼りがいのある、役立たず」
アルフの頬を包む、温かなミネルの両手。
アルフは頭ごと視線を持ち上げられ、目の前にしゃがみこんでいたミネルの瞳と重なる。
「あなたが何の役に立たないことを分かっていても、それでも、私やエミリーさんはアルフさんのこと、頼っているんです。あなたがいたところで何もいいことが無いことくらい知ってます。ただ、私の近くにいて欲しい。エミリーさんにも、同じ想いがあるはずです」
想い。
今まで、自分のことは使えない道具としか思っていなかった。
だから、使われるための価値ばかりを求めていた。
でもそれは、大間違いだった。
「あなたは一人の人間です。あなたには、あなただけの価値があるんです。だから、パーティのみんながアルフさんを捨てようとしても、私はアルフさんを手放したく、ないです」
心成しか、ミネルの頬は少し、赤く見えた。
「逃げるのが嫌なら、そこで、見ててください」
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