1 無能なんだよ、君は。
「もう、君を私たちのパーティに置くことはできない」
そう告げたのは、白髪の少女だった。
突拍子も無く言い放たれたその言葉の意味を理解するのには、時間がかかった。
「それは、どうして?どうして俺が、今、そんなこと言われなきゃいけないんだよ...」
肌が凍ったように張り詰める。
絶句しながらも、白髪の少女に問いかけた。
「無能なんだよ、君は」
骨の髄まで響き渡る、無能という言葉。
恐怖で歪んだ思考の中でも、その言葉は気持ち悪いくらいに簡単に理解できた。
「私たちが今、どこにいるのか分かってる?SS級迷宮の最深部、その一室。もしも地上からここまで、君が一人で来ようとしたら、君は数百回は死んでいたはずなんだよ」
十年以上前から、何回も、何十回も、何百回も聞いたことのあるその優しい声音は、俯いた少年の顔を分かり切っていた残酷な現実で打ちのめすだけだった。
「君が無事なのは、いつだってリーダーである私と、私の仲間たちが守ってきたからだった。ここまでは、分かるはずでしょう?」
促されて、白髪の少女の声を聴いていた少年は、俯いていた顔を上げる。
少年の幼馴染である彼女の瞳の色は、いつもと同じように蒼く、水晶のように澄んでいた。
「アルフ。どうして、なの?」
アルフ=イースト。
少年の名前を呼ぶ、白髪の少女。
「何を、言っているの、エミリー。どうして、って何?」
反射的に、そう聞き返した。
エミリー・グライア。
何回、その名前を呼んだことがあっただろうか。
この世界に産まれたその瞬間から、今のこの瞬間まで。
頬を伝う熱と、その軌跡に残る湿り気が、少年自身にそう問いかけていた。
「どうして、この暗く恐ろしい迷宮の奥深くで......私の仲間を見殺しにしたの?」
事の発端は、一か月前にさかのぼる。
「アルフ。お願いがあるの」
「なんだよ、エミリー。お願いって?」
アルフの属するパーティが借りていた宿の一室。
そのドアを開けたタイミングで、エミリーが背後から話しかけてきた。
「次の仕事には、参加しないで欲しい。だから、私たちはこれから出発するけど、君にはここに残って欲しい。今回ばかりは、君を襲い来る魔物から守り切れるかどうか、不安なの」
エミリーは、申し訳なさそうにアルフの瞳を見上げる。
「そっか。なら、俺はここに残るわ」
「え?」
エミリーの顔が、呆気にとられた表情に変わる。
「エミリーの方が、俺よりも俺のことを知ってるんじゃないかって思うんだ。不本意だけど、俺が圧倒的に実力不足だってことくらい分かってきてる。今まで俺がこのパーティの中にいれた理由は、ただ、俺がエミリーと同郷の友人であること、たったそれだけのこと。人より力こぶが大きいとか、そんな些細でありきたりなことで、俺がお前らに追いつける訳が無かった」
アルフは不甲斐なさと共に、拳を強く握り締める。
「役立たずの荷物持ちはもう、エミリーには必要ない。お前には、仲間たちがいる。俺なんかとは不釣り合いな、俺よりもずっと頼れる仲間がいる。俺の代わりに、そいつらを守ってやれよ。俺はもう、十分だよ」
精一杯、笑った。
壁でも殴りたくなるような煮え滾る悔しさを抑えて、笑った。
「アルフ。本当に、ごめんなさい」
そう残して、エミリーが背を向けたその瞬間。
「納得いきません!エミリーさん!」
ピンク色で短い髪の小柄な少女、パーティメンバーの一人であるミネルが駆け寄ってくる。
「どうして、アルフさんにお願いをしたんですか?」
「なぜって?聞いていたなら分かるでしょ?アルフには前線に来てほしくないからよ」
エミリーは少し不機嫌そうに、立ち塞がってきたミネルにそう返した。
「嘘です!もしそうなら、どうしてエミリーさんはアルフさんに対して、命令じゃなくてわざわざお願いをしたんですか?パーティリーダーのエミリーさんならメンバーであるアルフさんに対して命令を従わせる権限もちゃんとありますし、それに、アルフさんは魔法も武具の扱いもパーティ内どころか世間一般から見ても見劣りするような感じですし、実力も才覚も会話力とかも、正真正銘、立派な下っ端なんですよ?」
「え?なに?俺、フォローされてんの?罵倒されてんの?」
アルフはそう言いながらもミネルに感謝すると同時に、自分の本音をミネルに代弁させているアルフ自身を軽蔑していた。
「仕事に参加するのかどうか、アルフさん自身に決めさせているのは、本当は一緒に来て欲しいからじゃないんですか?」
言いたいことも言えない自分が、情けない。
「......違う。ただ、死んでほしくないだけ」
「嘘をつくのが下手すぎます。アルフさんは、頼りがいのある役立たずです。だからこそアルフさんは、あなたに必要な存在なんです。アルフさんの前でなら、あなたはパーティリーダーとしての完璧な自分を演じなくてもいい。そうでしょう?」
エミリーは俯いて、そして、アルフの方へと向き直る。
真っ直ぐな視線に射抜かれて、その照れくさそうな表情から、アルフは目を反らせなくなる。
血の巡りに熱が通って、鼓動が聞こえ始める。
「アルフ。やっぱり、命令するよ。これからも、私と一緒にいなさい」
「分かったよ」
そのやり取りを前に、満面の笑みを浮かべるミネル。
――――そう、ミネルの死が、全てを変えた。
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