第2章 待ち人、来る
雪の積もった村の広場に、一台の馬車が停まった。
「ユキトさん!」
アカリの声に、外套を纏った青年が振り返る。
勢いそのまま、アカリは彼へ抱きついた。
「おっと」
驚いたように彼の銀髪が揺れた。それでも危なげなく、アカリの体を抱きとめる。
「やあ、アカリ。久しぶりだね」
ユキトの声が頭上に振る。顔を上げると、深い青色の瞳と目が合った。
「ずっと待ってたのよ。聖バレンティアの日には来る、って手紙に書いてあったから」
すねたようなアカリの口調に、ユキトが苦笑する。
「うん。だからほら、間に合っただろう?」
「ぎりぎり! 当日じゃないの」
ガウ、とジルが鳴いた。アカリの言葉に同意するように、双尾を揺らす。
「待たせてしまったようだね。ジルも、元気かい?」
アカリから腕を解いて、ユキトがジルの前にしゃがみ込む。ゆっくりと頭を撫でれば、ジルは嬉しそうに目を細めた。
「いつ見ても、ジルの星屑はきれいだなあ」
ジルの額に輝く、青い楕円形の星屑。
「星獣の中で、きっとジルが一番よ」
得意げに、アカリが胸を張った。森の中で怪我をしていたジル。アカリが手当てすると、恩を感じてか、傍を離れなくなった。
「ユキトさん。また、星影の森に行くの?」
アカリの言葉に、ユキトは大きく頷いた。
「うん。学者見習いの身としては、多くの星獣を観察しないとね」
王都の王立学校に通うユキトは、将来、星獣学者になりたいのだという。
「星屑から生まれる星獣。その謎を解き明かしたいんだ」
ユキトが立ち上がった。深い青色の瞳が、アカリとジルを映す。
「夢追う子供のようだと、アカリも笑うかい?」
アカリは首を横に振った。
「ううん。夢を追うことは、素敵なことよ」
「ありがとう」
ユキトが微笑む。その笑顔に、きゅっと胸がときめく。
「あのね、ユキトさん。実は……」
ポシェットの肩ひもを握るアカリに、ユキトは首を傾げる。
「なんだい?」
「あ、あのね」
「あら! ユキトじゃないの!」
長い茶髪を結い上げた女性が、駆け寄って来た。
「ラミアさん……」
「あら。アカリもいたのね」
こんにちは、と形式的にアカリは挨拶を口にする。
「ねえ、ユキト。いつ村に着いたの?」
「さっきですよ」
「それじゃあ、疲れているでしょう? 一緒に露店でホットココアでも飲みましょ」
ユキトの腕に自身の腕を絡ませ、ラミアは豊潤な胸を押し付ける。
「えっと。ラミアさん……。近いです」
困惑したように、ユキトの視線が泳ぐ。
「聖バレンティアの、祝福され日よ。二人きりで語り合いましょう?」
ちらっとラミアがアカリを見た。
「ほら、アカリ。女の子なら気を利かせて」
「……どう気を利かせるって言うのよ」
わざとらしく、ラミアがため息をつく。
「ユキトと二人にして」
「だめ!」
アカリの大声に、びくりとジルが震えた。ジルがラミアを睨んで、唸り出す。
「ユキトさんは遊びで来たんじゃないの! 星影の森へ、あたしと一緒に行くの!」
「星影の森? やだ、星獣が襲ってくるじゃないの。怖いわ」
ラミアが腕に力を込めた。あでやかな笑みとともに、ユキトを見上げる。
「森なんて、つまらないところ」
豊かな胸を、さらに押し付ける。
「小娘とじゃなくて、私と一緒に……宿でいいことしましょ?」
ユキトの深い青色の瞳が、ラミアを見つめた。
「ラミアさん」
「なあに」
「アカリは立派なレディですよ。小娘ではありません」
真面目に否定したユキトに、ラミアは笑い出した。
「十七歳のアカリより、私のほうが立派なレディだわ」
「立派なレディなら、こんな誘い方はしません」
ゆっくりと、ユキトがラミアの腕を解く。
「あら、情熱的でしょう? それとも、ユキトはいじらしい乙女が好みかしら」
「さあ?」
とぼけるユキトに、ふふふ、とラミアが笑う。
「気が変わったら、声を掛けて頂戴ね」
手を振って、ラミアがさっさと歩き出す。アカリは深く息をついた。
「ジル……、もう唸らなくていいよ」
アカリがジルの頭を撫でる。ジルは首を振って駆け出した。
高く飛び跳ね、ユキトの顎に頭突きを食らわせる。