第1話 聖バレンティア
むかし、むかしのお話です。
ある冬のこと。
狩りに出た王子が、森で道に迷ってしまいました。
家来たちとはぐれ、食料もありません。
空腹の王子が馬を進めると、森の奥でひとりの女性と出会いました。
バレンティアと名乗った彼女は、手に持っていた小さな籠を、王子へ差し出します。
籠の中には、艶やかなショコラが入っていました。
王子がひとつ、口に運びます。まろやかな甘さと、微かなほろ苦さが口の中に広がり、あっという間に空腹が満たされました。
バレンティアは王子に森の出口を教えます。
彼女の言う通りに馬を進めると、王子は城へたどり着くことができました。
王子は心配していた王と王妃にバレンティアのことを話し、今度は大勢の家来を連れて森の奥へ向かいました。
バレンティアを見つけると、王子は馬から下り、彼女に跪きました。左手を胸に当て、右手をバレンティアへ差し出します。
王子が想いを告げると、彼女はゆっくり頷きました。
王子はバレンティアを馬に乗せ、城に連れて帰りました。
それから、二人は仲良く暮らしました。
*
仕上げに青いリボンをかける。
「完璧!」
アカリは小さな紙箱を手に取った。彼女の黒い瞳が輝く。
「ユキトさん、喜んでくれるかな?」
首を傾げれば、長い黒髪がさらりと揺れた。
ガウ、と足元で狼が答える。
「そうだよね、ジル。弱気になっちゃダメだよね」
ジルが灰色の双尾を振った。アカリのスカートの裾を噛み、引っ張る。
「わかった、わかった。行こう、ジル」
ぽん、とアカリがジルの頭を撫でる。ジルの額にある青い星屑が、きらりと光った。
リボンをかけた紙箱をポシェットへしまう。
部屋の扉を開けて、アカリは駆け出した。