第九話
夜。
ケイトリンとの夕食後、虎市は自室に戻ると再び空間にステータスウィンドウを投影した。
「クソ、ムカつく話だ……」
ケイトリンの話を思い出す。
彼女は所属していた冒険者パーティに利用されて、序盤にのみ有用なスキルを集中的に習得させられ、それしか出来ない状態にさせられていたにも関わらずそれが機能しなくなった段階でパーティを追放され、冒険者引退を余儀なくされたのだという。
「ムカつく話だ……他人事だが、ムカつく話だ」
呟き、苛立たしげに拳を手のひらに打ち付ける。
ケイトリンの境遇は理不尽そのものであり、彼女はああであったが本来は怒り復讐を考えてもおかしくない処遇である。それは聞かされた人間にとっても同じことだ。
だが、虎市にとってこの話が殊更に怒りを呼ぶのは加えて理由があった。
「しかしまさか……こう短い間に二度もこの手のクソ案件にぶち当たるとはな。しかも異世界でもだぞ!」
虎市は叫び、そして手元のステータスウィンドウを見やった。
夕食前までは気長に調整しようとしていたステータスであるが、もはやそのような事を言ってはいられない。
急ぎ仮の形でも戦えるようにせねばならないのだ。
「あんな話を聞いて放って置けるか。せめてあのダンジョン探索くらいは協力できるよう、ステータスを仕上げるんだ」
ステータスウィンドウを操作する。
能力値、技能、特徴……これらのデータはざっとであるが目を通した。
まだ詳細を確認できていないものは大量にあるが、とりあえずと目星をつけたものは何とか把握できている筈だ。
その上で、まずはビルドの方向性を定める。
「ケイトリンさんの能力傾向は言動と見た目からして純前衛という感じだった。となると必要なのは……」
虎市は考える。
冒険者の役割は様々に分けられるだろうが、大まかに分類して以下が考えられる。
まず、前衛、後衛、あるいは中衛。これらポジションとしての役割。
次に、攻撃、防衛、回復、支援。これら戦闘での役割。
最後、戦闘、それ以外の冒険での必要行為を担当する支援、これら冒険での役割。
これらがざっくり分類した役割となる。
この役割達はあくまで必要に応じての仕事の担当であり、必ずしも単一機能を選択する必要はないし、複数を担当する事も多々あるだろう。
今回は二人パーティということで、マルチロールは避けられない選択だ。
「……普通に考えたら純前衛で攻撃役のケイトリンさんがいるんだから俺は後衛をやりたくなるが、ワントップよりツートップ……というか陣形を組める人数ではないし両方前衛の方が安定か」
もしくは状況に応じてケイトリン前衛と虎市も前衛に加わる陣形をスイッチ出来るのが理想だろう。
「そして戦闘の役割……彼女は攻撃役のように一見思えるが、実際の所《咆哮》一本伸ばしという話だからどちらかというと支援……というか妨害役という感じなんだよな」
ケイトリンの話では《咆哮》一本伸ばしの特化型というものだったが、ダンジョンで助けられた際に回復魔法を使用しようとする素振りを見せていたため、軽く魔法系の技能を習得している可能性は高い。
こうなるとどちらかというと回復能力と妨害能力を持つ前衛……つまり防衛役が役割を当てはめるにおいて適切だろうか。
「そして重要なのは、彼女は多少サブ技能を持つとはいえ戦士であり、ダンジョン探索能力を恐らく持たないというところなんだよな」
そうでなければあの出会ったダンジョンで迷ったりはしていないだろう。
少なくともあのダンジョンに限ってはケイトリンの探索能力は十分な水準に達していないというのが想定される問題である。
「……まぁ、以上を考えると必要なのは前に出れて、攻撃に参加できて、探索能力もある感じのやつか」
虎市はふむ、と顎を撫でながらステータスウィンドウを指で弾く。
「どう考えても斥候なんだよなー」
視線の先、ウィンドウに映る技能説明は【斥候】のものだ。
【斥候】技能はいわゆる探索や索敵の能力を持つ技能である。
また軽量な武具であれば装備でき、戦闘もある程度こなすことが出来る、概ね一般的なゲーマーのイメージするところの斥候といった技能だった。
「本当なら【斥候】を軸に【戦士】とかを習得して戦闘力を補わせたりしたいところなんだが……」
虎市は唸りながら技能リストを眺める。
彼が悩むのにはある理由があった。
「うーむ……この星がついてる技能。多分、強いんだよな」
虎市は技能リストに目を通した際、並べられた技能にある違いがある事に気づいた。
それは、単語の頭に星マークが付いている技能とそうでないものがあるという事である。
それらは【★叡智】【★古代魔法】【★聖女】等と行った形で記述されており、その仰々しい名前も含めて他とは違った雰囲気を醸して出していた。
説明文はそれらをこう呼称していた。
固有技能と。
「固有技能って事は多分、本来は生まれながらとか適性とかで特定個人が1つしか所持してない技能って事なんだろうな」
俺は多分複数習得できちゃうけど、と虎市は呟く。
実際、それらはレベル1の段階でもかなり強力な効果を持つものが多い。
恐らく誰でも習得できるわけではない代わりに、非常に強力な効果を持ったものなのだろう。上位技能と言い換えてもいい。
「正直、取らない選択肢はないんだよな……無いんだけど……」
虎市は眉にシワを寄せながら腕を組む。彼が悩むのには相応の理由があった。
それは固有技能は習得コストが通常の技能に比べて格段に高いのである。
それは固有技能を1つ習得すれば技能に関しては残りは通常のものを低レベルで習得するしか無い、もしくはキャラ作成ポイント的に能力値や特徴にしわ寄せが激しく来る……そういうレベルのものなのである。
ましてやレベルを上げることなど贅沢すぎてとても出来たものではない。
「だが、多分これらを有効利用しないことには明日の探索はどうにもならんだろうな……」
虎市は暫く悩んだ末、ゆっくりと指を動かし始める。
「とりあえず能力値は……よくわからんので平均的に……まぁでも今回は魔法関連を切ろう。なので魔力には振らない」
既にダンジョンで特定能力値をガン伸ばししてもあまり効率的ではないと判明している為、ここは全体的に高めたほうが効果が出るだろうというのが判断理由である。
「次に技能……これは【斥候】と【★叡智】だ」
虎市は固有技能に関してはまず【★叡智】を取ろうと心に決めていた。
それは【★叡智】が持つ職能技能に理由があった。
「これ取れるのが《鑑定》とか《目録》とか、異世界転生強能力セットみたいな感じなんだよな」
《鑑定》は指定した対象のステータス等の情報を知ることの出来る職能技能である。道具のようなオブジェクトだけではなく、人間や魔物にも適応できる……と説明文にはあった。
もう一つ、《目録》の方は指定した道具等を何処かの空間に格納し、目録として管理するというもの。所謂アイテムボックスである。
フィクションでの知識を適応するのであれば、これらは非常に便利で強力な能力である。これらを技能一枠で習得可能になる【★叡智】は、多少割高でも習得したくなる魅力があった。
「そうでなくとも知識系の技能はこの世界について疎い俺には役に立ってくれそうだ。習得コストも他の固有技能に比べればお安いし、お買い得という奴だな」
但し、問題がないわけではない。【★叡智】はどうやら補助的な技能に相当するようで、攻撃的な職能技能はレベル1の段階ではほぼ存在しない。戦闘の際には別の技能に頼ることになるだろう。
「まあ、とりあえず技能はコレだな。あとは《特徴》だが……」
《特徴》に関してはイマイチ読み込みが薄く、正直良くわからないというのが虎市の本音だった。
具体的に言えばコストを払って《特徴》を習得する事と同じように技能を習得する事、これらのどちらがより効率的なのか……それが判断できないのだ。
例えば『怪力』を習得することと【戦士】技能を選択して攻撃的な職能技能を習得する事、これが相手にダメージを与えるという行為に際してどの程度違いがあるのか……それが虎市にはまだ判断できないのだ。
また全てを網羅している訳ではないため、習得した《特徴》と同じような効果を持つ技能が無いとも言い切れない。逆もまた然り。
「まぁ《特徴》に関しては生来のものが普通なんだろうから、こういうコスト面からの差異というのは普通は考慮されないものなんだろうな」
何しろキャラ作成という行為自体この世界に生まれてくる人々は行わない筈である。
大抵は生まれながらの才能として《特徴》を有し、それに合わせた技能習得を行うのが一般的なのだろう。虎市はそう想像する。
「……まぁ、色々考えてみた所で作成ポイントは【★叡智】に大分持っていかれてるし、あまり数は習得できないわけだが」
とはいえ、必要最低限のものという奴はある。
例えば『戦士の心得』……これは戦闘時に起きる様々な事に対して発生する精神的苦痛を軽減するというものだ。
要するにこれは「敵を殺傷したり、逆に負傷したりした際にショックを受けてしまう」事を防ぐことの出来る『特徴』なのである。
これは現代日本で生活し、精神的にはダイレクトな暴力の世界に居なかった虎市にとっては必須と言える。暴力を振るうということはそれだけでストレスを感じるものであり、専門の訓練を受けなければこれは克服されないものなのである。それをコストを払って『特徴』を習得するだけで防ぐことが出来るのであれば安いものだ。
「ともあれ、とりあえず形にするなら……こうか」
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名称:鵺澤・虎市
レベル:2
HP:150/150
MP:70/70
AR:15
AER:12
▼能力値
筋力:15
耐久:15
敏捷:15
知覚:15
魔力:10
精神:15
▼クラス技能:
・【斥候】1、【★叡智】1
▼職能技能:
・《目星》1《罠感知》1《危険感知》1《軽武器習熟》《軽防具習熟》
《鑑定》1《目録》1《聡明》1《多言語話者》1《弱点看破》1
▼特徴:
『世界移動存在』Ex:異世界転移者である事を表すスキル
『戦士の心得』C:殺傷や負傷などの戦闘に関する事柄で精神的悪影響を受けづらくなる。
『第六感』E:あらゆる感知判定を知覚で行い、その判定にボーナス。
『頑健』E:怪我や病気、毒に対する耐性を得る。抵抗判定及び回復判定にボーナス。
『暗視』D:夜目が効く。明度によるペナルティを軽減。
『幸運の星』A:運気が高い。様々な事柄にボーナス。
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「うーん、何だかんだ異世界で活動するに当たって欲しい特徴を細々とってたら割と一杯一杯な感じになってしまったな」
正直最低レベルで習得して効果が如何程のものか分からないが、汎用性が高そうなものをチョイスしていくとどうしてもランクが犠牲になってしまう。
この辺りは余裕があれば隙を見て再調整していきたい所だ、と虎市は考える。
「……とりあえず形にはなったな。あとはロビンさんから武器を借りて、ぶっつけ本番か」
腕を組む。
そも、この世界における能力の基準がわからない以上、このビルドでダンジョン探索が行えるのかは実際に赴いてみない限り分からない。
もしかしたらケイトリンの足を引っ張るだけの結果に終わるかもしれない。
────最悪、無駄死にの可能性もある。
「……まぁ、一宿一飯に加え命の恩人だ。多少命懸けでもバチは当たるまいよ」
呟き、ベッドに仰向けとなる。
異世界に来たという実感は未だ曖昧だ。
突然放り込まれた異郷という状況は戸惑いしか無い。
だが目的が出来たというのは幸運だったのかもしれない。
何かを目指して邁進するというのは、不安を打ち消してくれるからだ。
それが、何をもたらすかは分からないとしても。
「────それにしても。我ながら妙に落ち着いてるもんだな」
ふと、疑問が首をもたげる。
異世界なのか何なのか、それすらよく分からない状況に身一つで陥っているというのに、恐怖や絶望という感覚を覚えることが無い。
まだ現実感がないからだろうか。時が経ち冷静さを取り戻したら鎌首をもたげるものなのだろうか。今の虎市には判断することが出来ない。だがこの落ち着き方は奇妙といえば奇妙ではある。
────昼間に動き回ったからかキャラ作成に集中し脳を酷使したからか。
ベッドに横になって直ぐ、瞼が重く降りてくる。
明日は忙しくなるだろう。
虎市はそのぼんやりとした思考を断ち切ると、そのまま睡魔に抗わず、眠りの中に落ちていった。
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