第六話
用意されていた部屋はいかにも中世欧州風ファンタジー世界の宿屋という感じの簡素な、しかししっかりと手入れのされているものだった。
一晩寝ても背中が痛くなる程ではないだろう、程々のベッドに腰掛けながら、虎市はぼんやりと天井を見上げた。
「やっとゆっくり考え事が出来るな」
此方に来てこの方、アクシデントに次ぐアクシデントだった為息つく暇もない有様であったが、こうして一人物思いに耽る時間を得られると、改めて状況の異常さが浮き彫りとなっていく。
「異世界転移か……」
フィクションめいた……否、フィクションそのものと言った状況。
或いは今見ているものは全て幻覚であり、本当の自分はあの日差しの下で熱射病にやられて倒れ死の間際の走馬灯がこの光景であるという、そういう推測も出来るだろう。
「とはいえ、今の所見るも触るも、感じる全てが本物だと思える。とりあえず今はこの状況が現実だという前提で諸々進めていくしか無いな」
そもそも、状況に対する正確な判断が出来るほど情報も地頭も足りていない。
下手に考え込んでも無闇に焦りを生むだけだろう、そう虎市は考える。
「それにまぁ、今は無職だしな……。急いで戻る理由もないし、無駄に焦ってもしょうがないってもんだ。幻想的な傷心旅行とでも思っておくか」
結局は案ずるより産むが易しである。
そうとりあえず判断した虎市は気を取り直すと、空間を指で弾き、自身の正面にステータスウィンドウを展開した。
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名称:鵺澤・虎市
レベル:1
HP:60/60
MP:30/30
AR:10
AER:10
▼能力値
筋力:10
耐久:10
敏捷:10
知覚:10
魔力:10
精神:10
▼職業技能:
・なし
▼職能技能:
・なし
▼特徴:
・なし
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「うーむ、わからん」
改めて自分のステータスとやらを確認しながら虎市は呻いた。
ステータスは既に一度リセットしてある。
レベルはゴブリン……であったらしい白いヤツを倒した時にレベルが1上昇していたが、フルリセットした際にレベルは1に戻り、その分キャラクター作成ポイントが増えていた。便利な仕様である。
とはいえ。
「なんのチュートリアルも受けずに完全初見でゲーム始めたようなもんだからな……数値や用語を見ても何もわからん」
ぼやきながら虎市はとりあえず手当り次第画面をつついた。
すると、名称を触った段階で新たに文章がポップアップする。
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▼AR:
物理防御値。物理的な攻撃等にどれだけ抵抗力があるかを示す値。耐久と敏捷の能力値が高いほど上昇し、また装備等でも増える。
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「お、ヘルプあるんじゃん」
これは助かる、と虎市は各種項目をチェックした。
結果、分かったことが幾つか。
「まず能力値はそれを用いた行為に関わる他、各種HPとか防御とかの副能力値にも関係する」
つまり兎にも角にも何をするにも能力値が必要となるため、最重要な値といえる。
「次に職業技能。これは他のゲームで言うところの職業とかを示すもの……らしいな」
他のゲーム(この世界がゲームというわけではないのだが)では戦士や魔法使い、斥候といったものは職業として1つもしくは2つ等選択して職業に付く、というのが一般的な処理であるが、ここではクラス技能と呼ばれる技能化された職業を習得、レベルを上げることでクラス毎に定められた能力を得ていく方式らしい。
つまり可能であれば【戦士】と【斥候】を同時に習得することで両方の性質を併せ持つことが可能となるわけだ。
もっとも、それをやるには相応に習得ポイントを必要とする。
技能習得ポイントはレベルアップ毎に一定の様子なので、無闇に沢山習得すると器用貧乏になってしまう……という訳である。
「そして職能技能。これが職業技能とどう違うのかよく分かってなかったんだよな」
職能技能は要するにクラス技能を習得した事で得られるそのクラスで可能になる、或いは強化される行動の事である。
例えば【戦士】であれば威力強化攻撃である《強打》や《猛攻》、或いは《軍用武器習熟》といった使用可能装備の選択肢を広げるものを選択習得することで、戦士としての役割を果たしやすくなる……そういうものであるらしい。
「まぁクラス技能がそのまま職業で、職能技能がそれで得られる特殊能力とか必殺技みたいな話か」
そういえばケイトリンも《咆哮》なる職能技能を使用していたな、と思い返す。大体あんな感じなのだろう。
「そして特徴。これは技能に依らない先天的または後天的な能力……という事らしい」
確認してみた所『美貌』や『反射神経』、或いは『実家が太い』等といった大体見て分かるものが並んでいる。
どうやらそれらを習得することで能力値で示されない類の要素を付与したり強化したり出来るようだ。
また、最初は気づかなかったが虎市は何をするまでもなく『世界移動存在』という特徴を所持していた。
一体どういう効果なのかはわからないが、これはタダで自動習得されるものであるらしい。
「……とりあえず水晶球の鑑定の時に表示されなくてよかったな」
呟きながら、虎市は考える。
この『特徴』というものの一部はどうやら転生を行った際に初めて機能するであろう『実家が太い』『高貴な家柄』『悪役令嬢』等と言った先天的な社会的特徴も並んでいた。
これを習得してどうなるかはわからないが、おそらくは無意味な選択になることだろう。
先に転移していたとされる勇者達も恐らく習得しては居なかったのではないだろうか。
また、『特徴』にはレベルが存在しない代わりに強度が設定されており、EからAまでのランクが設定されている。
もちろんAが効果が高く、また習得コストも高い。
またランクが存在しないものもある。
「……なんか、思ったよりチェックしなきゃならん項目が多いな」
しかも、と。虎市はウィンドウを突きながら呻く。
各項目で選択できるものはかなり量があり、しかもパッとみただけでは詳細な能力は判断できない。
ちゃんとキャラメイクするのであれば、とりあえず全ての技能や特徴は一通りチェックする必要があるだろう。
「ち、ちょっとしんどいな……」
これがゲームであれば、このデータの確認は楽しい行為だったかもしれない。
だが今やらされているのはこれからの生死や生活に関わる事柄である。
緊張感や早く終わらせなければならないという焦りのようなものが重圧として虎市にのしかかっていた。
「ま、まぁとりあえずめぼしい所から目を通していくか……」
独りごちながら、まずはクラス技能を確認していく。
何だかんだ読み始めると没頭してしまうもので、虎市が次に我に返ったのは置いておいたスマホのタイマーが約束の夕食の時間のやや前を伝えてくれた、読み始めてから数時間後であった。
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