第十一話
《ケイトリン/能動行動/戦技:咆哮/発動》
「がお────────っ!」
咆哮一閃、ケイトリンの《咆哮》が迷宮の薄暗い通路を劈き奔る。
閉鎖空間での大音量の波は渦巻くようにして石畳の上にひしめいていた直立する大福達を混乱と酩酊の渦へと叩き落とす。
「好機! てやーっ!」
ショックにより倒れ伏すゴブリンに対し、ケイトリンは突撃し構えた両手剣を振り下ろす。
頭──だと思われる部位をかち割られたゴブリンはうめき声と共に倒される。
「えいやっ! えいやっ! えいっ……おわっ!?」
ケイトリンは続けて両手剣を振り下ろし二体を仕留めるが、そこが限界だった。
よろよろと倒れていたゴブリン達が意識を取り戻し、立ち上がり始める。
「や、やっぱりスタンしてる間に倒せるのは二体か三体が限界ですね……」
脂汗を流しながら呻く。
ケイトリンは回想する。村から飛び出した少女がダンジョンへと侵入した時、そこは既にゴブリン達の巣窟と化していた。
魔物の大量発生とそれによる大災害というのは知識として存在していたが、それにしてもこれだけ一種類の魔物が只々増え続けているというのはケイトリンの冒険者知識を以てしても聞いたことがない事態である。
ゴブリンはどちらかというと低レベルの魔物であり、駆け出しの冒険者パーティが相手をすることが多い存在だ。
だが現在このダンジョンに発生しているゴブリンの量は常軌を逸したものであり、目の前のゴブリン達だけでも通路におしくらまんじゅうめいて詰まっている有様である。あまりの多さに数の利が死んでいる始末だが、そこを踏まえてもケイトリンの手に余る人数だった。
彼女の《咆哮》は確かに広範囲に影響を及ぼす対多数用の職能技能であるが、一方で無力化された敵を一度に攻撃する手段がない。
よって彼女はこうして押し寄せる敵に対して《咆哮》で壁を張りながら職能技能無しの攻撃で一体一体潰していくしか無いという状況だった。
「《咆哮》の消費魔力はレベルが最大化されてるので大した量ではないですが、それでも限度というものがありますからね……」
だが、と。ケイトリンは剣を握り直した。
ここでゴブリン達をダンジョンの外へと通せば村の被害は甚大なものとなるだろう。それだけは回避しなければならない。
退くわけにはいかない。出来る限り戦線を維持し、可能な限り敵の数を減らす。今の彼女に取れる選択肢はそれだけだ。
だが、その時。
《ケイトリン/能動行動/戦技:咆哮/発動》
《ホブゴブリン/受動行動/精神抵抗/成功》
一際大きい一体のゴブリンが《咆哮》の大音響を掻い潜り大福のすし詰めから飛び出す。
上位種である。茶色い大福めいたそれは高速でケイトリンに対して踊りかかった。
咄嗟に剣を構え受けの姿勢を取ろうとする。だが上位種はその防御よりも速く口を開くと、そこから刺突針めいた何かを吐き出し少女の胸を打った。
胸部装甲が砕ける。
「くっ……!?」
ケイトリンは身を捻り、鎧の胸部装甲を利用し刺突針をいなす。装甲は砕かれ弾け飛んだが、それ以上の負傷は無い。
上位種は回避動作により姿勢を崩した少女に対して更に追撃せんと口を大きく開くと──次の瞬間、少女の背後から飛来した石礫を口中に打ち込まれ吹き飛び、横転した。
「ゴッブゥ……!」
ケイトリンは即座に剣を振るい、上位種の首──だと思われる部位を刎ねた。
直ぐに振り返る。
「追いついた! 大丈夫ですか!!」
「トライチさん────!?」
ケイトリンは目を丸くする。
それは突然虎市が現れた事もそうだったが、その格好が端的に言って武装した人間……つまり冒険者の姿だったからである。
「なんとか間に合ったか! お手柄だぞネコ!」
「にゃーん!」
息を切らせながら足元に従えたネコに虎市は語りかける。
虎市の姿はこの世界に来た際のビジネススーツ姿ではなく革のズボンに細身の上着、その上に革鎧といった装いであり、腰には大振りの短剣、そして手には投石器付き棒を構えている。
冒険者としては軽装という所だが妙に堂に入った立ち振舞をしており、その所作には違和感がない。
だがその違和感の無さに逆にケイトリンは首を傾げた。
「……トライチさん、確か冒険者技能を所持してませんでしたよね?」
冒険者技能とは職業技能の中で特に冒険者が習得する【戦士】や【魔術】等の特定技能を指す俗語である。
これがあれば冒険者としての活動は可能であるが、昨日確認した虎市のステータスには技能が記されていない筈だった。
「それが記憶が少し戻ったのか、ステータスに技能とかが表示されるようになってきたんです。それによるとどうも自分は冒険者だったみたいでして……ロビンさんから装備を借りて駆けつけたんです」
苦しい。虎市は思った。
自分でもかなり苦しい言い訳だと思うが、突然技能や特徴を習得したことに対する言い訳は正直このくらいしか思いつかない。
だがこの世界についての知識も薄いため、下手な言い訳は墓穴を掘る結果にもなりかねないため、これ以上は何とも言い難いというところだった。
「そうだったんですか!? わースゴイですねトライチさん冒険者だったなんて! だからダンジョンに居たわけですね得心です!! 記憶も改善傾向で何より!!」
「ワオー素通し」
「えっ何です? 何か通りました? ネコちゃん?」
「いいえ、なんでもないです」
手を叩かんばかりに喜ぶケイトリンに合成音声の読み上げアプリめいた返答をする虎市は、しかし直ぐに表情を改めてスタッフスリングを構えた。
「ケイトリンさん、次が来ます!」
「!」
《ケイトリン/能動行動/戦技:咆哮/発動》
虎市の言葉にケイトリンは即座に大音量衝撃波を放つ。
ダウンしたゴブリン達に対し、虎市は虚空から石礫を出現させスタッフスリングに直接装填すると即座にそれを発射した。
高速で放たれた石塊はゴブリンの一体に突き刺さり、とどめを刺す。
「よし、効果ありだ」
虎市は手応えを感じ拳を握る。
《目録》によって得た亜空間に物体を収納する能力で道すがら確保した手頃な石を直接スタッフスリングの袋に出現させ、これを放つ。
予め考えていた作戦であったが、見事に成功した形だった。
「まぁチートめいた能力でやることにしては地味なやり口だが……」
苦笑しつつ、只管にスタッフスリングを振るう。
《咆哮》が放たれ、石礫が飛び、剣が閃く。
虎市の参戦によりゴブリン達の撃破速度は上がった筈であった。
実際、通路の石畳には無数と言っていいゴブリン達の遺体跡である魔核が散乱している。
だが────
「────多すぎる!」
只管にスタッフスリングを振るいながら虎市は叫ぶ。
通路の奥からは続々とゴブリン達が現れ、列を成して虎市らに向かっていた。
その勢いは衰えること無く、虎市の参戦により多少増えた撃破速度では完全に焼け石に水という形である。
「何なんだこのクソ大福共は! 奥に量販店でもあんのか!!」
「実際あるんじゃないですかねー? ダンジョンの奥には魔物を出現させる施設とか魔法陣とかがある事例も多々という感じなのでー」
「ま、マジかー……」
げんなりと呻く。
虎市の持ち込んだ石も有限であり、ケイトリンの魔力にも限界はある。
このままではいずれ突破されることだろう。
大分拙い状況である。かと言って撤退することも難しい状態だ。俄に進退窮まる形だった。《とはいえ、策がないわけではない。それは例えば、一旦この通路から退き何処かしらのより迎撃しやすい部屋などに陣地を変えるという方法だ。少なくとも複数からの攻撃を受けるこの通路よりは戦いやすくなるだろう。》
「────ん?」
不意に、虎市は首を傾げた。
何か不自然に思考が淀みなく流れ知恵を生み出した感覚を覚え、その違和感に虎市は気味悪げに眉をひそめる。
自分のものではないような知識と判断力が思考を補正した──そんな感覚である。
「……もしかして、技能が補正してくれたのか」
成程、と虎市は得心する。
既に立ち振舞いやスタッフスリングによる攻撃などの動作に関して【斥候】で得た《軽武器習熟》や或いは技能そのものによりレベル相応の最適化を受けて一端の戦闘技能者として振る舞えている。
それが知識や判断といった思考面においても働いたと考えれば辻褄は合う。
恐らく【★叡智】で習得した《聡明》辺りの効果だろう、と虎市は当たりをつけた。
「ともあれ、そうとなれば急ぐ必要があるな」
呟き、虎市は心中で五指を巡らすイメージを構築し、それにより力を行使する。
《虎市/能動行動/探索:目星/発動》
放射状に不可視の光が放たれ、通路のみならず周囲の物体全てを知覚し探査する──そんなイメージが脳内に閃く。
【斥候】の職能技能である目星の効果により周囲を一瞬にて調べ上げた虎市は、背後の十字路の右奥直ぐに小部屋が存在することを識る。
駆け込むとすればそこだろう。
虎市は叫んだ。
「ケイトリンさん、一時撤退だ! 後退して体制を立て直し、迎撃しやすい陣形を取る!!」
「えっ、はい!?」
「いいから!」
《咆哮》行使直後に声をかけられ困惑した声を上げるケイトリンの手を取り、虎市は駆け出す。
スタンし動きを止めているゴブリン達は直様追いかけてくることはないが、それもほんの少しの間だけのことだろう。虎市は駆けた。
「と、トライチさん……一体何処へ!?」
「この先に小部屋があるんだ! 背水の陣になるがそこに陣取って迎撃したほうが一度に相手する数が減……」
そこまで言いかけて虎市は口をつぐんだ。
背後の十字路を右に回り奥、そこにあるはずの小部屋。
それが────
「無い!?」
虎市は叫ぶ。
先程目星で探査した際には存在した筈の小部屋、その入口が存在せず、ただ石壁のみが目の前に広がっていたのである。
「は、判定失敗とかするヤツなのか職能技能って……!?」
愕然として呻く虎市。
だがそれに対してケイトリンは少し考えて述べる。
「……隠し部屋とかです?」
「!?」
《虎市/能動行動/探索:目星/発動》
言われ、即座に探査する。
するとそこには、確かに扉が存在した。壁を押すと回転する扉……即ち隠し扉である。
「さすが!」
「どうも!」
二人は声を掛け合うと、即座に回転扉に飛び込んだ。
一回転した石壁はそのまま元の形に収まり、動かなくなる。
「…………」
虎市はスタッフスリングを構えたまま固唾を呑んで回転扉をにらみ続ける。
外には遅れてゴブリン達が押し寄せた気配が【斥候】技能の能力により伝わるが──やがてそれらは潮が引くように消え失せた。
「────この部屋を見つけられなかったのか」
「一旦休憩ですかねー」
「にゃーん」
二人と一匹はそう言い、どちらからともなく力を抜く。
実際、リソースは元より体力に限界が近づいていた形でもあった。ここで少しでも休息が取れるのは結果論ではあるが正解である。
「しかも個室みたいだからな……」
独りごち、見渡す。
飛び込んだ隠し部屋は四方が壁に囲まれた小部屋であった。
最低限の明かりとして壁掛けランタンがある以上の内装品らしきものはなく、虎市が目星した感じでは隠し扉や罠といったものは見当たらない。
無論、それは虎市の【斥候】レベルで探査できる範囲での事ではあったが。
「……まぁ。アレ以外は、という話だが」
視線を部屋の奥へと送れば、そこには無造作に置かれた装飾された大きめの箱があった。
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