勇者だってお菓子が好き
勇者は遂に魔王を打ち倒し、世界に平和が訪れた。すると、もはや勇者にするべきことは残っていなかった。
しかし、勇者にはやりたいことがあった。
魔王討伐の途中で立ち寄った村へ戻り、あのケーキがもう一度食べたい! これまでは勇者の使命を果たすため、自らに禁お菓子の誓いを立てていたが、もはやそれに縛られる必要はない。
「婆さん! またあのケーキを食べさせてくれ!」
店のドアを勢いよく開けた勇者はしかし、そこにいる可憐な少女に心奪われた。
「あの……祖母は、亡くなりました。今は私が店を継いでおります。私のケーキでよろしければ、どうぞ」
差し出されたケーキを、勇者は美味い美味いと言ってむさぼり食ったが、本当は味なんか全然分からなかった。それほどまでに、勇者は少女に惚れ込んでしまっていたのだ。
「ありがとう、今まで食べた中で一番美味いケーキだった。そしてあなたも、私が今まで出会った中で、もっとも美しい女性だ。どうか私と結婚してくれませんか」
しかし少女は首を横に振った。
「ごめんなさい。平和なこの村で育った私は、剣を振るって魔物を殺す勇者様が、どうにも恐ろしいのです。どうかご容赦を」
勇者は強いショックに打ちのめされて、店を後にした。しかし、やはりどうしても少女のことをあきらめられない。勇者は剣も鎧も捨て、毎日店に通っては、店の隅でケーキを食べながら少女のことを見つめるようになった。季節が変わる頃には、引き締まった筋肉はすべて脂肪に変わり、大きな樽のようなお腹を持て余すようになった。それでも店に通うのはやめられない。
そんなある日。
「少女よ、もしや今日は身体の調子が悪いのでは?」
「え、どうしてそれが……」
「今日のケーキはほんの少し、クリームの舌触りが荒かった。今朝は十分に泡立てができなかったのではないか? つらいなら、今日は私が店を手伝おう。あなたは休んでいなさい」
毎日少女の仕事ぶりを眺めている内に、すっかり仕事内容を把握するようになっていた勇者は、テキパキと店を切り盛りした。
その様子に、少女は目にうっすらと涙を浮かべた。
「ああ、まるで死んだ父が戻ってきたかのようです。父も、優しくて、ポヨンポヨンのまあるいお腹をしていました」
そして二人は結婚し、仲良く店を繁盛させて、王国一のお菓子屋さんになったのだった。
めでたしめでたし。
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