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TOKYO INVERSE -東京反転世界-(EP3)  作者: 高山 理図
1章 巨人の肩にのって
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8話 東京結界と悪霊

「おや……」


 藤堂はファルマ少年に気付かれないよう、追跡を開始することにした。

 形而立方体という神具、遠未来の技術の粋を集めた精密機器を基空間から現出させ、自身の免疫型を照合させ持ち主を認識させる。

 藤堂は「全神具適合」という特殊な免疫系を持っており、現存する全ての神具を使用できる。


『形而立方体、視覚郭清領域(ODF)を展開』


 全面異なる色のルービックキューブはブロックが細密化し、粒子状にほつれ、藤堂の体を繭のように包み始める。

 彼は何構わず二階のベランダから跳躍すると、斥力中枢による飛翔術に切り替える。

 さらに、視覚郭清領域の展開により、彼の姿は熱・光学・電磁迷彩を反映して透明化する。

 藤堂は空中からファルマ少年をひそかに追跡するが、ファルマ少年には彼は認識できない。


 ファルマ少年が入っていったのは、高層ビルの建築現場だ。

 ファルマ少年は迷わず杖化した傘を虚空に構え、口の中で何か詠唱をしている。


「“水の大鎚(le gros marteau de l'eau)”」


 ファルマ少年の傘より少し離れた場所から、ハンマー状の水の塊が繰り出され、それを巧みに操っている。彼には悪霊が見えていて、攻撃を加えているのだろう。


(そこに悪霊がいるのか……?)


 以前と同じように、藤堂には見えない。

 ファルマ少年の攻撃がやんだとき、悪霊が何かしたのだろうか。鉄骨をとめていたボルトが外れ、上層階から無数の鉄骨が降ってきた。

 ファルマ少年はそれにいち早く気づき、頭上に氷の防壁を展開する。


「“氷の壁(Mur de glace)”」

「“水聖域(Sanctuaire de l'eau)“」


 しかし、鉄骨は無残にもファルマ少年の氷の壁を貫き、水のバリアを破り、ファルマ少年の上へ直撃しようとする。詠唱の時間が長く、術の構築が間に合わない。

 神力により強度を補強したとはいえ、重力加速度による衝撃には、水の神術は耐えられなかったのだろう。


(これはこの子には無理だな)


 藤堂は反射的に鉄骨重量、部材堆積、密度、落下距離などからエネルギーを見積もる。

 藤堂が計算するまでもなく、それらの落下時の衝撃は一本当たり約2.5MJにも達する。

 もし、一本でも当たれば即死は免れ得ない。

 ファルマ少年の落下する無数の鉄骨への対処は不可能とみて、助けに入る。

 とはいっても、姿を隠しながらファルマ少年のそばにそっと近づいて、彼を藤堂のフィジカルギャップという絶対領域の中に入れてあげるだけでいい。

 藤堂が日常的に自身の周囲に展開している、速度と質量を伴って侵入してくる異物を粉砕するフィジカルギャップという物理防壁によって建材は跡形もなく消滅し、ファルマ少年が圧潰されることはなかった。

 事なきをえてほっとした藤堂は、その手で後始末にとりかかる。

 形而立方体を繰り、現象を形而上学へと変換し、上位次元から事象を修正することによって、悪霊によって破壊された建材を元通りに修復する。


 藤堂は虚空に思念で呼びかけ、所有神具の交換をコールする。


『申請。東京異界に限り、時空間介入を実施します。

 形而立方体(FC2-MetaPhysical Cube)を交換、

 相間転移星相装置(SCM-STAR)を拝領します』


 藤堂の手には、何もない場所から別の神具が現出する。

 天球儀のような形をしたネックレスのペンダントトップを立体化させ、角度を組み替えることによって時空間操作を行う。

 立体化した途端、太陽と月を模した演算中枢が覚醒する。藤堂は思念入力で、時空間正常化に必要な演算を開始する。


『相間転移せよ』


 彼が思念で起動コマンドを発すると同時に神具を起点として衝撃波が繰り出され、歪曲された時空にアイロンをかけるように正常化させる。

 その衝撃波がすっかり消える頃には、ペンダントトップは平面へと戻っていた。

 これで、この現場で起こったことは取り消され、今朝から工事関係者らは違和感なく工事を進めることができるはずだ。

 死を覚悟したのか、震えながらその場にうずくまって動けなくなっているファルマ少年に『おつかれさま』と内心で声をかけて、そのまま立ち去ろうとすると、


「藤堂先生?!」

「……?」


 奇妙なことが起こっている。

 ファルマ少年が藤堂に声をかけてくる。

 そんなことができるはずがない、と藤堂は確信している。

 視覚郭清領域の内部にいる限り、人間には藤堂の姿は見えないし、知覚もできない。

 それなのに、ファルマ少年は視線を合わせて嬉しそうに話しかけてくる。

 藤堂は、こちらに向かって無邪気に手をふるファルマ少年と目が合ってしまった。

 完全に見られている。藤堂は小声で尋ねる。


「ええと、もしかして、私のことが見えていますか?」


 視覚郭清領域は、形而立方体がその場から消えた後もしばらく、具体的には一時間程度は効果を持続させる。

 つまり、その状態で藤堂の姿が見えるファルマ少年が、人間としておかしい。


「はい。今、私を何か不思議な力で守ってくださったのは藤堂先生ですね。それから、あなたの体の周囲に、神力とは異なる美しい紫の光が見えますが。普通の人にはないものですよね?」

「えっと……?」


 藤堂のアトモスフィアは、神階には公式に「藤色」として登録されている。

 人間には見えないものだが、ファルマ少年には見えている。

 困ったことになった。

 藤堂は人間の記憶は消せるが、異世界の存在であるファルマ少年の記憶は消せないのだ。


「また助けていただきました。悪霊は祓えましたが、悪霊が最後に放った攻撃から逃れることはできませんでした。今回ばかりは死んだと思いました」

「んー……私はただここに居合わせただけなんですが、何も見てないですし」

「あ、誤魔化さなくて大丈夫です。安心してください。藤堂先生は、医療従事者の守秘義務にかけて私の秘密を守ると言ってくださいました。ですから、私も帝国貴族の名にかけて藤堂先生の秘密を守ります」


 ファルマ少年は立ち上がり、傘をポケットにしまった。


「これでおあいこですよね!」

「あ。はい、では黙っててください」


 藤堂はあっさり折れた。


 二人は気まずさを覚えつつ、徒歩で帰途につく。

 一気に親近感がわいたのか、ファルマ少年は目を輝かせながら藤堂になついてくる。


「驚きました。あの鉄の塊を粉砕して、何もなかったことにするなんて。いったいどんな特殊能力なんですか? あなたもまた、守護神様から加護を受けているのでしょうか」

「そういったものではなく、ただの物理障壁です。この世界の物理法則や特殊な性質を持つ物質、科学技術をただ応用したものです。私自身も、ただの人間です」

「ただ立っているだけで、物理的な攻撃を遮断できるのですか」

「はい、私に関しては最大半径50メートルに及びます」

「すごい……。うーん、まだこの世界の調査が足りないのかもしれませんが、技術といってもこの世界の技術では無理そうなんですが……」


 ファルマ少年は首をかしげる。

 ただそれは、少し未来の技術なのだが、ファルマ少年が現宇宙の物理法則を学び終えていないので、そんなはったりもきく。


「まあ、できる人はごく少数です。それより私からすると、ファルマさんの神力のほうがよほど不思議ですよ」

「お互いそう思っているんですね」


 ファルマ少年は思い切って藤堂に相談をもちかけた。


「もし、迷惑でなければ、さっきみたいに助けていただけると嬉しいです。あなたが来なければ、きっと私は今日死んでいました。私があなたを悪霊から守りますので、あなたは私を物理攻撃から守ってくれませんか。それはひいては、この世界の人々を守ることになります。……すみません、断ってもらってももちろんかまいません」

「私には悪霊は見えないのですが、どうしてあんなに、家の外まで悪霊を必死に追いかけていたんですか? 家の外に追い出しただけでは安心できませんでしたか」

「驚くほど巨大な悪霊でした。だから、絶対に逃がすわけにはいかなくて。あれが誰かに当たったら、大勢の人が死んでしまいます」


 ファルマ少年が説明するところによると、

 悪霊は脅威を感じると、寄り集まる性質を持つのだという。

 ファルマ少年の神術陣を脅威とみなした悪霊は、少しずつ巨大化しているのかもしれない、そんな考察をしている。

 

「それででしたか……。状況は悪化しているのですね」

「はい……」

「いいですよ。病院勤務があるので可能な限りという形になりますが、ボディーガードを引き受けます」

「えっ、いいんですか! ありがとうございます!」


 断られる覚悟をしていた様子が、みてとれる。


「私の物理障壁を広めに展開しておきますね。私は隣に住んでいるので、あなたの家もすっぽり入りますから」

「本当にありがとうございます!」

「きっと私も、知らない間にあなたに守っていただいていたのでしょう。お互い様です」


 ファルマ少年はよほど嬉しかったのか、藤堂の手を握って礼を述べる。


「この世界の悪霊は、前いた世界と比較すると悪意が強く、地縛性が高いです。厄介なものがたくさんいます。墨田区はかつて低湿地を拓いた場所で、本所と呼ばれ水路が多く、本所七不思議などの都市伝説もありますね。徳川家康が江戸幕府をひらいた際に、側近の僧侶に結界を張らせたという文献を読みました。東京結界というものがあるそうですが、これは本物だと思います」


 非科学的な話になってきたが、悪霊の専門家ではないので、藤堂はコメントできない。


「どうして本物だと思うんですか?」


 藤堂はどちらかというと、都市伝説としてとらえていた。


「旧江戸城を守るように建立されたそれらの結界の内側には悪霊の気配がなく、不思議に思って昨日、母にせがんで寺社仏閣めぐりとしてまわってみたのですが、私の世界でいうところの神術陣のようなものが機能していました」

「へえー……!」


 やばそうな将門塚とかは皇居の近くにあるから大丈夫なんですね、という疑問を藤堂は飲み込む。


「私の神術陣が悪霊を巨大化させてしまうのなら、現地の悪霊に対しては東京の神術陣を活用すべきかもしれません。安全地帯として神社も活用できればなと」


 ファルマ少年はたった一人で知恵をめぐらせ、対策を絞りつつあったようだ。

 どれほどの思いを胸に秘めながら、彼は悪霊と戦っていたのだろう。

 藤堂は彼の孤独と恐怖を思った。


「それでは、藤堂先生、おやすみなさい」

「しっかり休んでくださいね」


 ようやくそれぞれの自宅に着いた二人は、玄関前でそれぞれの場所に帰ってゆく。

 そのころには、東の空が白み始めていた。


(私が悪霊を知覚できない以上、一段階上の権限が必要だ)


 藤堂は「彼」に会う必要があると感じた。


【謝辞】

・北極28号様より本項の鋼材のエネルギー量についての考察、ご指摘をいただき、修正しました。

誠にありがとうございました。

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