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TOKYO INVERSE -東京反転世界-(EP3)  作者: 高山 理図
1章 巨人の肩にのって
8/20

7話 平民ぐらし

 7月31日になった。

 ファルマ少年が墨西病院から薬谷家に帰宅して、三日が経過した。

 その頃にはもう、ファルマ少年は父親や母親のスマホの中に残されていた薬谷 完治の過去の動画を見て彼の口調などを真似ながら、薬谷 完治という少年を演じはじめていた。

 息子を演じることは、彼の両親を騙しているようで申し訳ないとも思ったが、薬谷 完治の記憶も彼の中に少しは残されているため、完全に場違いとも言いきれないのでは、と罪悪感をごまかしている。

 というのは、薬谷 完治の中にファルマ少年が憑依しているとバレようものなら、生活拠点を失うどころか、墨西病院の精神科に再入院となるからだ。

 そうなればまた院内で親切にしてくれた藤堂医師と会えるかもしれないという期待は脳裏に浮かぶが、内科なので担当にはならないとのこと。

 さらに、その後の待遇は完全に未知だ。

 というわけで、薬谷 完治を演じるというのは必須の課題だった。


 幸いといっていいのか、薬谷のキャラクターは把握が容易だった。

 勢い任せの能天気で、物事を深く考察しない、享楽的で、努力を嫌う。

 何もかもが浅いのである。

 過去の通知表をあさってみたところ、薬谷 完治は学業に関しては劣等生の部類であった。

 例えばファルマ少年の実の兄、パッレ・ド・メディシスのような、優等な人物を演じるのは苦だが、出来の悪い少年を演じるのに困難はない。

 まあ、屈辱的ではあるが。

 それにつけても、この世界の小学生の教科書とやらを見ても、問題集を解いても、簡単すぎて欠伸が出る。この世界の人間の学習能力は、ファルマ少年のいた世界の大貴族の学力平均からすると著しく劣っている。まさに平民レベルだ。

 こんな簡単な学習内容でこの成績とは、とファルマ少年は嘆かわしく思う。

 ブリュノならば勘当、パッレには半殺しの折檻をされるのは確定だ。


 薬谷 完治は平民と言われても納得がいくのに、同じ平民である藤堂医師はそうはみえなかった。藤堂にはどこか貴族の品格と思慮深さというものがあった。

 思い起こせば、墨西病院ではファルマ少年のいた世界ではみたこともないほどの高度医療を提供することができる。

 いったい、この教育システムからどうやって藤堂のようなできた人間が生まれたのだろう。

 ひょっとして、優秀な人間に対しては別の教育システムが用意されているのだろうか。

 などと考えているうちに、この世界の高等教育というものに関心がわいた。

 やはり、大学には行かなくてはならない。

 そしてこの世界で国家資格をとり、医師だか薬剤師だか、どっちでもいいが、診療や調合、創薬に携われる立場にならねば、とファルマ少年は画策する。


「となると、万年劣等生ではまずい」


 ファルマ少年は困った挙句、少しずつ、両親に怪しまれない程度に表向きの学業成績を改善してゆくことに決めた。

 おバカだったが、藤堂先生の影響で本気で勉強をする気になったんだ。

 などと言えばそう不自然でもないだろう。

 そんな思いも知らない母、智子は、リビングで脇目もふらず読書をしているファルマ少年に、麦茶を注いでくれながら笑いかける。


「完治ったら、読書が好きになったの? ゲームもしなくなっちゃって。そんな分厚い本なんて読んで……人が変わったみたいね」


 気が付いたら本棚から本をとっては読書をしているファルマ少年を、母親の智子が不思議そうに見ている。ファルマ少年はしまったと思った。


「うん、藤堂先生に読書をすすめられて。一日一冊、頑張ってるんだ」

「あらあ。ふふ、目標にする人ができてよかったわね。そんなとき悪いんだけど、ちょっと二時間ほどちゆのこと見てくれない? お母さん、仕事入っちゃって、今日はミーティングだけだからすぐ帰ってくるわ」

「一緒に遊ぶから大丈夫だよ。お仕事がんばってね。お母さん」


 完治の記憶障害のために仕事を休んでいた智子も、完治の様子が落ち着いてきたため仕事に復帰するつもりがあるようだ。

 母親の仕事は介護職のケアマネージャーというもので、主な仕事は在宅でのケアプランの作成とのこと。職歴も長そうだった。

 現在は仕事をセーブしていて在宅勤務中心で、必要なときに事業所に行く状態だという。

 貴族の母は働かなくてもよいが、平民の母は子供を食わせてゆくために大変なんだな、とファルマ少年は思う。貴族には貴族の、平民には平民の苦労があるのだろう。


「外はいいお天気だし、さっきビニールプール膨らませたから、水を張って、温かくなったらちゆと水遊びをしててくれないかしら。水遊びグッズもそこに出しておいたわ」

「にぃにとちーちゃん、おにわプールしていいの!?」


 プールという言葉をきいて飛んできたちゆが、完治の膝の上に座る。

 完治が庭をみると、確かにビニールプールのようなものがセッティングしてある。


「にぃにとあそぼうか」

「ちーちゃんとにぃに、おそとでばちゃばちゃするー!」

「いいわね、前のマンションはプール遊びできなかったものね。庭付き一戸建てにしてよかったわ。じゃあよろしくね! 完治も新しい学校の夏休みの宿題、しておくのよ~!」

「うん、いまやってるところ。ちゃんと終わるようにするね」


 とはいえ、小学校の夏休みの宿題なら、一時間程度で全部片づけた。

 薬谷 完治の筆跡をまねるのが少し億劫だったぐらいだ。問題集が全部満点になってしまったので、不自然かと思い、わざと少し間違えてみたりもした。

 夏休み明けテストがあるようだが、対策も不要。まったく恐るるに足らずだ。


「水をためるからねー」


 ファルマ少年は庭の水道の蛇口をひねり、プールに水をため始める。

 水道からでてくるのは、神術水にまさるとも劣らない、透明で清潔な水だ。

 しかも日本という国では国内の水道をひねりさえすれば、飲料水が飲めるという。

 いつみても、きれいな水だと感心する。

 きれいな飲料水の確保というのは、ファルマのいた世界においてはかなり難儀なことだった。 水属性の貴族はきれいな水をふんだんに使うことができるので、平民たちからは羨望の的になっていた。この世界の平民は、随分と恵まれている。こういう場所でなら、平民生活も悪くない。


 プールの水がたまるのを待っている間に、二人でアイスを食べる。

 この、アイスクリームというものは、この世界にきてファルマ少年が心から美味しいと感じたもののひとつだ。なかでも、智子がとっておきといっていた乳脂肪分の高いカップアイスは別格の味がするし、近所にあるコンビニという場所には、サン・フルーヴでも味わえなかった素晴らしいスイーツやフードが所せましと並んでいた。


(ブランシュは牛乳はきらいだけど、これなら喜ぶかなあ)


 そんなことを思いもする。こちらの世界に来た時には状況に慣れるのが精一杯であまり考えてはいなかったが、この数日は、残されたサン・フルーヴの家族はどうしているのだろうと考えたりする。


(あの世界で、俺の体はどうなっているんだろう。死んでしまったんだろうか)


 もし、死んでいたら。もう、葬儀が終わっている頃かもしれない。

 埋葬されていて、戻れる体がない。数日もあれば、体は腐敗してゆく。

 この世界の知識でそれを説明すれば、体内の細菌のはたらきによるものだとのこと。


(帰れないんだな、あの世界には。でももし、この世界が俺の見ている夢だというのなら、戻れる可能性はある。この世界の進んだ科学技術、医療技術を帝国に持ち帰ることができれば、きっと宮廷薬師として役にたてる)

 

 どちらの可能性も考えるが、それでも学ぶ以外にはないと思った。

 ブリュノがいっていたように、この世界でも、智はきっと力となる。

 そして藤堂医師が巨人の肩といっていたものは、

 この世界における研究者たちがうちたてた数々の発見、業績のことをいう。

 それらをファルマは体系化された書物によってこれほどまでにすばやく掌握し、知識を活用したり、新たな知見を生み出すことができる。


 万有引力を発見したアイザック・ニュートンは、こんな言葉を残したようだ。

 If I have seen further it is by standing on yᵉ sholders of Giants.

 もし、私が彼方を見ることができたなら、それは巨人たちの肩に乗っていたからです。


 この世界の科学は、科学的検証に基づいて変わりゆくものである。

 ファルマのいた世界と異なって、過去の聖典や、その分野の権威の発言などを論拠としない。

 科学を学ぶことによって、ファルマ少年の世界の解像度は飛躍的に高まりつつある。


(いつか、この世界の巨人の肩に立って、彼方を見通すことができたなら。神術を用いずとも効果のある薬を創れるだろうか。それを藤堂先生のような心ある医師が多くの患者に使って、多くの人々を助けてくれたらいい)


 目標が定まってきた気がした。カップアイスを食べ終えると、ちゆが窓にはりついて、プールの水がたまるのを今や遅しと見ている。

 智子は大きなビニールプールを買ってきてくれたようで、水がたまるまでにはしばらくかかりそうだ。ファルマ少年はちゆに声をかける。


「ちーちゃんは、プールが好きなんだっけ」

「好きなのは海だよ。でも、ちーちゃん、まだちいちゃいから泳がせてもらえなかったもん。だからおよげるようになるんだもん」

「そっか、泳げるようになりたいよねえ」


 水の神術使いであったファルマ少年は、水泳のエキスパートだった。

 水属性の神術訓練の手ほどきは、水泳からはじまるといってもいい。

 何しろ、戦闘神術においては、水をとりまく様々な状況に対処できなければならない。

 無呼吸での潜水も強いられる。

 水属性神術使いとして生を受けたからには、溺死はもっとも恥ずべき死とされた。首まで水につかる水牢に何日も入れられたり、重りをつけた鎖で縛られて水槽に放り込まれ脱出訓練をさせられたり。無人島に置き去りにされたり。

 思い出したくもない地獄の訓練だったが、そんな過酷な訓練を経ていっぱしの水属性神術使いになった。

 そんな経験を生かせば、ちゆに水泳を教えることはできるだろう。

 この世界からいなくなったかもしれない、彼女の兄。

 兄の無念をはらすためにも、ちゆには優しく教えてあげよう、とファルマ少年は胸に誓う。


「にぃにー、お水まだ?」

「ちょっとお庭をみてこようかねえ」


 ファルマ少年は、ちゆが待てない様子なので、彼女が後ろをむいた隙にプールの上に神術で水の塊を作り出した。

 大容量の神力を貯蔵した晶石があるので、神力切れを気にする必要もなくなった。

 幼児の肌に冷たくないよう、適温に整えてやる。


「ちーちゃん。水、たまったよー」

「やったあ! ばちゃばちゃするー」


 ちゆは智子に水着を着せてもらっていたので、浮き輪をもってビニールプールに飛び込む。

 水深はわずかしかない。

 溺れることはないだろうと思いつつも、何かあってはいけないのでファルマ少年は付き添う。

 少しずつ水慣れをさせて、今日は顔を水につけられるようになればいい。


「にぃにも入ろうよー」

「水着がないからなあ」

「おかーさん、おいてたよー」


 リビングのソファをみると、智子が完治の水着も出してくれている。

 ファルマ少年は少し恥ずかしい思いをしながら、それに着替えてちゆに付き合った。

 晶石を巻き付けた折り畳み傘も、肌身離さずとはいかないが、プールの横に立てかける。

 水鉄砲やボールすくいなどの水遊びをして、ちゆは満足をしている様子だ。


「ちーちゃん! 見せたいものがあるんだ」


 ファルマ少年はプールの水を神術で操り、プールの内部に水の神術陣を形成してみせた。

 それらは水の綾になって水滴のレースを織りなす。繊細で美しい噴水のように見える。


「わあ! すごぉーい! 水が生きてるみたい」


 神力を含んだ水滴は、日光を反射してクリスタルのように見える。

 数分にもおよぶ水と光のショーに、ちゆは大興奮だ。サン・フルーヴ帝国では、この神術を見せても誰も喜ばないというか、それで当然だと思われている。

 むしろ使用した神力量や陣形の良しあし、継続時間などについて品評が始まる。

 ちゆの純粋なリアクションは、ファルマ少年の癒しともなった。


「水がぶわーってなって、ぱーってキラキラなってる」


 この四歳の語彙力なので、神術を見せて両親に報告されても差し支えないだろう。

 動画を撮られてしまえばまずいが、ここにいるのは四歳児だ。


「これどーやってやるの?」

「にぃにが新しく覚えた水のマジックだよ。大きくなったら教えてあげようねえ」


 永遠に教えることはできないのだが。喜んでもらったついでに、ファルマ少年は気になっていたことをわびた。


「ちーちゃん。ごめんね、病院にいたとき、ちーちゃんのこと知らないって言って」

「いいよ。思い出してくれたんでしょ。それにこのマジック、もっとやって!」


 ちゆはにこっと笑顔を向ける。

 どうやら、兄妹としてもわだかまりが解け、打ち解けているようだ。


「いいもんだなあ、平民暮らし」


 ファルマ少年はちゆの頭をタオルでふいてあげながら、そんな言葉をつぶやいた。



 8月11日、退院から二週間後、藤堂はかねてより誘われていた薬谷家のパーティーに招かれた。

 お近づきの御挨拶に、などといって薬谷家の庭でバーベキューをしている。


「いやー、まさか先生が隣にお住まいだったとは! 本当に失礼しました。先月引っ越してきて近隣にご挨拶にもうかがったのですが、たしか藤堂先生はずっとご不在で」

「はは、すみません。当直が多いもので、こちらこそ失礼しました。どうしてここに越してこられたんですか?」

「以前のマンションから墨田区の職場までは通勤時間が長く、うんざりしていましたところ、妻の実家もある墨田区に建売の新築があったので即決しまして。いい買い物をしました」


 善治は特上カルビをトングで焼きながら、薬谷家が墨田区に引っ越してきた経緯を説明してくれる。

 そういう筋立てなのだな、と把握しながら藤堂は勧められるままにプレミアムビールを飲んでいる。


「住環境はちょっと微妙で。錦糸町駅のあたりが危ないって言いますが、スカイツリーも見えて気に入っていますし」

「以前は下町のイメージがありましたが、最近は再開発で治安もよくなってきていますよ」


 所有している高級車や、善治の服や腕時計から経済状況を推測するに、薬谷家はそれなりに裕福な家庭のようだった。父の仕事は総合商社の営業とのこと。


「それはそれは。お隣どうし、よろしくお願いします」

「もちろんです。完治君の様子はどうですか」


 藤堂は本題に切り込む。

 子供にコンタクトをとるときは、親から子供の順だ。間違えてはならない。

 子供につきまとっては、親が訝る。


「よくなってきました。思ってみれば、完治も引っ越しや転校も重なって不安定になっていたのかもしれません。少しずつ落ち着いてきて、記憶もだんだん回復してきているようです。精神科の先生も経過良好とおっしゃいますし、夏休みが終わるころには普通に戻るといいのですが」

「ゆっくりでいいと思います。何か不安なことがあれば、精神科の先生に伺ってください」

「ありがとうございます。そういえば入院中、藤堂先生から傘をいただいたそうで。ハイブランドの高価な傘でしたのに、すみません……。把握していなくて、お礼が遅れまして」

 

 そういえば藤堂が手渡したのは、子供のプレゼントでもらうには気が引けるほど高価なものだった。

 

「いえいえ、気持ちばかりのプレゼントです。あまり使っていなかったのでいいんですよ」

「息子は藤堂先生のことが大好きだったようで。プレゼントを大切に思っているようです。傘を風呂の中まで持って入って、錆びるからやめなさいと言っているのですが」

「そんなに好かれているとは思いませんでした。息子さんさえよければ、私の家にいつでも遊びにきていただいてもいいですよ」

「本当ですか?! 喜ぶと思います」


 別に、ファルマ少年は藤堂からのプレゼントだから気に入っているというわけではない。

 帝国貴族は常に神杖を佩いているものだ、藤堂はファルマ少年の誇り高いそんな言葉を思い出す。


「完治! おいで」


 肉をほおばっていたファルマ少年が、善治に呼ばれてグリルのあたりにやってきた。


「はーい」

「藤堂先生のお家に、遊びに伺ってもいいそうだぞ」

「本当ですか!」

「宿題をみたりしますよ。皆さんできてもらっていいです」

「ありがとうございます! ぜひ伺います! 藤堂先生、花火しませんか。お父さんに線香花火を買ってもらったんです」


 善治が張り切って、30本入りの線香花火を買ってきてくれている。


「いいですね、やりましょう。何番勝負にしますか」

「ちゆもやるー」

「ちーちゃんは一人でやるのは危ないから、こっちでお母さんと一緒に手持ち花火をしようね」

「うんー」


 仲間に入りたがっていたちゆは、智子に連れていかれた。

 線香花火を手に、二人は並んでガーデンチェアに腰かける。

 複雑で多彩な火花を散らす火玉を眺めながら、二人は声を落として言葉を交わす。


「あれから、どうですか?」

「ありがとうございました。なんとか、なじめてます。妹もかわいいです」

「それはなによりです」 

「あれから、たくさん本を読み、インターネットというものからあらゆる情報を集めました。少しずつ、この世界のことがわかってきました。この世界の人間としてふさわしいふるまい方も」

「凄まじい適応力ですよ。驚きました」

「あと一か月すると学校というものが始まるので、完全に適応できるようにしたいです」

「んー……ちょっと新学期からは勉強ができすぎてしまうかもしれませんね」


 もとの完治少年は暗記が不得意で成績は中の下といっていたのに、いきなり学年一位になってしまったらどうしよう、と藤堂は心配になる。


「ところどころ間違えたり、匙加減は適当にやります」

 

 まあ、きっとうまくやるだろう。

 藤堂がそう思っていると、二人同時に火玉が落ちた。


「あっ」


 二本目の線香花火に火をつける。

 また、繊細な炎が火玉の周囲を明るく彩り始める。

 火玉が安定すると、さらに藤堂が気になっていた話題をもちかける。


「あれから、悪霊には出会いましたか?」

「はい。いくつか遭遇して、神術で浄化しました。最悪なことに、お風呂にまできたんです。思わず悲鳴をあげてしまいました。それから、妹のちゆがつけ狙われていたこともありました」


 ああ、それで傘を風呂に持って入ったのか、と藤堂は合点する。

 彼も、必死だったのだろう。

 藤堂は孤独な戦いを続けるファルマ少年をねぎらいたくなった。


「ファルマさん。この世界の人々を悪霊から守ってくださって、ありがとうございます」

「礼にはおよびません。悪霊を退ける力を授かった、貴族のつとめですから。それにお世話になった人への恩返しもあります」

「あまり、気を負わないでくださいね。眠れていますか?」

「就寝時には家屋全体に水の神術陣を張りますので、一応眠れてはいます。空間を区切ることができない日中のほうが、神経を使います」


 悪霊に対する浄化術と、一通りの防御術は心得ているようだった。

 たった10歳の少年が、ここまでできるのかと藤堂は感心する。

 異世界で施され、彼にトラウマを刻み付けるほどの厳しい教育。

 それがこの世界においては悪霊に対する確実な防御力となっている。

 三本目の線香花火の火玉が落ち、ちゆと智子が「おわった」と言ってやってきたので、そこで会話を切り上げるしかなかった。


「では、また後日」


 その夜。

 藤堂は薬谷家の電気が消えたのを見届けてから自身も就寝しようとしていると、何やら外で物音がする。

 窓から外の様子を覗けば、玄関から出て行こうとするファルマ少年の姿を目撃した。


(こんな時間にどうしたんだろう……?)


 妙だ。時計に目をやると、午後11時。

 水の神術陣の守りの中で、彼がとっくに寝ているべき時間。

 何があったのだろうか。

 藤堂は物音ひとつたてず、二階の窓からベランダに出る。

 公道に出たファルマ少年は何かに気付いたらしく、猛スピードで何かを追い、駆け出しはじめた。


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