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TOKYO INVERSE -東京反転世界-(EP3)  作者: 高山 理図
1章 巨人の肩にのって
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5話 自由になれない

 藤堂はパルクールのような身のこなしで錦糸公園の噴水を飛び越え、ファルマ少年の安否を確認するため墨西病院へと駆け出す。

 移動を短縮するために飛翔術や空間転移術も使え、彼は一瞬で地球の裏側にまで行けるのだが、まだダークエネルギーであるアトモスフィアの生合成が開始されたばかりで、空間を跳躍するだけのエネルギーが蓄積してこない。

 先ほど使用を承認された「形而立方体(FC2-Metaphysical Cube)」と呼ばれる立方体型の精密機器を手にしコールすると、視床下部より産生されはじめた藤堂のアトモスフィア産生速度を計算してくれる。藤堂は入力を受け付けている形而立方体に演算を命じた。


『物体Xの出現が推定される座標、時刻を導出せよ』

【東京都墨田区錦糸X丁目XX-XX 墨西病院A棟8階 179秒後に出現します】

『汎用転移術可能量まで何秒』

【365秒です】

「くっ」


 形而立方体が示す悪霊の予測出現ポイントは、墨西病院の中央部の座標を示していた。

 ちょうど、ファルマ少年が読書をしていたあたりだ。

 転移術を使えば最速で着くが、それが使えるようになるまでに時間がかかる。

 何者かが、ファルマ少年を狙っている。

 藤堂は縮地を使いながら更にスピードを上げ、形而立方体で視覚郭清領域を作り出し、通行人の認識を阻害する。


『開示情報をアクチュアルブレインにマージ(照合)、ナビゲーション開始』

 

 藤堂の記憶と、たった今形而立方体を介して新規開示された情報。

 これらを瞬時に生脳へ取り込ませる。


 ファルマ・ド・メディシスは、とある時空Xに住まう少年であった。

 彼の住む世界の創世者Xは地球を模した空間を運営していたが、

 神術や神力というシステムを採用したがために破綻をはじめた。

 しかし創世者Xは崩壊を受け入れず、延命を図った。

 その方法とは、「鎹の歯車」という時空間歪曲装置で異なる時空間を連結し、マルチバースにおいて何らかの重要な役割を果たしている人物を攫ってその世界の守護神とし、守護神の情報を「鎹の歯車」ですり潰すというものだ。


 地球においては東京在住の薬谷 完治という薬学者が異世界に連れ去られ、

 創世者Xは、薬谷をファルマ・ド・メディシスへと憑依させ、守護神化させた。

 東京・文京区に、鎹の歯車の一端が出現する予定とのこと。


 地球を含む現宇宙の管理者は、異世界Xからの浸食に対抗措置を講じた。

 まず、鎹の歯車が現れる東京を異界として隔離する。

 次に、創世者Xにより殺害されたファルマ・ド・メディシスの意識を地球に召喚し、薬谷 完治の体に彼を憑依させる。

 それが、現在のファルマ少年の現在の状態だ。

 さらに異世界の神術と神力というシステムを、東京異界に限り局地的に許容した。

 異界化した東京では、異世界で悪霊と呼ばれていた異形の存在が現れる。

 この特異な存在は異世界Xの存在であるがために、人間には見えない。

 ただ、薬谷 完治に憑依したファルマ・ド・メディシスには見える。


「あの子。もう、悪霊とは戦いたくないと言っていたのにな……」

 

 悪霊はこの世界にはいない。

 そう言い切ってしまった藤堂は、胸を引き裂かれるように思った。

 彼は墨西病院へ着くと、大勢の人々の往来する中、非常階段を見つめる。

 彼は軽く助走をつけると脚力だけで非常階段を一気に8階まで跳躍し、誰にも知覚されないまま外部階段から病棟へと入った。



 図書館で読書を続けていたファルマ少年は本をテーブルに置き、

 司書に「お手洗いにいってきます」とことわって図書室を出る。

 用を足して図書館に戻ろうとすると、ふと目の前を何かが横切って行ったのに気づいた。


 視線の先の小児科病棟の廊下には、点滴というものをひいた少女が歩いてこちらへ来ている。

 頭髪はなく、頭に帽子をかぶっていることから、頭部を治療中なのだろうと推測する。


「ん……?」


 ファルマ少年は違和感が消えず、目をこすり、後ろの空間を凝視する。

 空間を眺めていると、しだいに輪郭がはっきりとしてくる。

 少女の後ろから、半透明の真っ黒な影がこちらへと近づいてくる。

 

「あれは……」


 ファルマ少年はこの存在を、サン・フルーヴ帝国でいやというほど見たことがある。

 貴族階級にあるすべての神術使いが、その討伐に心血をそそいできた。

 悪霊と呼ばれているもので、平民には見えないとされる。

 悪霊が少女の後を追っている。

 誰を狙っているのかわからない、徘徊しているだけかもしれない。

 だが、後ろを振り返った母親らしき人物は何も反応を示さない。


「誰にも、見えていない……藤堂先生も知らなかった。みんな知らない。平民だから」


 悪霊は次第に距離を詰める。前をゆく少女を狙っているのかは分からないが、もうすぐ少女に追いつく。


「あれに当たったら死ぬ……今から、すぐに。今日中に死ぬ」

 

 恐怖と緊張でファルマ少年の体が冷たくなってくる。

 あの程度の形状、大きさの悪霊なら、いくつか習得している水の浄化神術を使えば退けられるだろう。

 彼の体には、いくばくかの神力が残っている。

 だが、今、ここには神力を媒介とする神杖がない。

 あの世界に置いてきた。どこにあるかすらも分かってる。

 それがなければ兄に半殺しにされるほど絶対に手放してはならない大切なものなので、ド・メディシス家の自邸のベッドの上に架けてある。

 悪霊はおそらく、ファルマ少年が診えていることに気付いてもいない。

 だが、攻撃をすれば、一撃で仕留められなかった場合、反撃を放ってくるかもしれない。

 その反撃を防ぐために、「氷の壁」などの防御神術が存在する。


 杖、杖はどこにある……。

 帝国貴族にとって、命の次に大事なものを手放した。

 その心もとなさは、半身を引き裂かれたように感じるほどだった。


(何かないか、杖……杖のようなもの……) 


 ふと、ファルマ少年は先ほど藤堂が病棟に持ってきた雨傘を思い出した。

 ファルマ少年が倒れていたときに、一緒に落ちていたと言っていなかったか。

 その傘についてたストラップは、ファルマ少年のものではない。

 ただ、少しだけ、一部だけ似ているものがある。


 それは、ファルマ少年が異世界で所持していた自身の銀色の杖の底部についていた、青い晶石だ。晶石には通常、誰かの神力が込められている。

 ファルマ少年はそれが彼のものである可能性にかけた。

 杖がなくても、晶石を悪霊にぶつければ、しりぞけられるかもしれない。

 彼は看護師に「走らないで!」と言われながら病棟の廊下を全力で逆走し駆け抜けると、彼に割り当てられた病室に戻る。

 傘はベッドの脇にあった。

 ストラップにだけ用がある。


 ファルマ少年が傘の柄をとりあげたとき、懐かしい感覚を思い出した。

 ストラップの石は、ファルマ少年のものではなかった。だが、誰かの晶石ではあった。

 閉じられたビニール傘全体に、晶石で増幅された神力が通じた。


「……これは神杖だ。杖化詠唱をかけられた傘だ」


 全てを察したファルマ少年は力強く傘を取る。

 ファルマ少年はストラップの晶石に込められていた神力量が膨大で、まったく底がみえないことに驚いた。

 無尽蔵を予期させる。


 これなら、浄化神術を撃てる。


 ファルマ少年はまた怒られながら廊下を走り抜け、小児病棟へ戻る。

 悪霊はついに、少女に追いついていた。 

 ファルマ少年は数十メートルも離れた遠隔から、杖化した傘を向けて冷静に悪霊に対して狙いを定める。


 あの日、神力量が足りなくてできなかった神術。

 晶石から神力を呼び込み、ファルマ少年の神脈へと潜り込ませる。

 「水属性の正」の神力へと神力の性質を付与する。

 そして、彼は過去からの神術訓練の集大成を発揮する。


「“ 水の禁域(Interdiction de l’eau)”」


 お手本のように正確な発音の発動詠唱とともに、杖より少し離れた距離から無数の水滴が現れ、彼がこれと定めた座標へと集まり始める。

 それらの虹色にきらめく特別な、神力によって制御された水滴は悪霊を取り囲み、一つの水塊を生じてゆく。

 悪霊に一切の反撃を許さないうちに、悪霊を完全に消滅させた。

 ファルマ少年は、自身の成しえた奇跡に驚いた。

 通常の浄化神術ではありえないからだ。

 彼が疑問に思っているうちに、悪霊から守られた少女はファルマ少年の放った神術水をしこたまかぶることになった。


「ええっ、なんですかこの水!?」


 急にずぶぬれになった我が子を抱きしめて、母親は驚きの声をあげていた。

 母親とファルマ少年の視線があったが、すぐに視線ははぐれる。

 ファルマ少年は見えない世界に干渉し、たしかに一人の命を救った。


「この世界で、たった一人の貴族か……」

 

 ファルマ少年は傘をおろし、寂しげに呟く。

 この世界には平民ばかり。

 味方は誰もいない。


 悪霊との戦闘のエキスパートである神官もいない。

 自身の神脈が潰れ神力が枯れ果てるまで悪霊と戦うことが、この世界で課された自身の使命なのかと認識した。

 たった一人の戦いが始まった。


 私服姿の藤堂が駆け寄ってきて、水をかぶった少女に声をかける。


「何が起こったんですか!? 水……?」

「藤堂先生! どうしたんですか? 水がこぼれたんですか!? 雨漏りですか!? 今ふきます!」


 藤堂はその場をタオルをもってやってきた看護師に任せ、はっとしてこちらを見ているファルマ少年の姿を発見する。

 彼の無事を確認すると、ファルマ少年はぐっと何かをかみしめるようにうつむいていた。

 藤堂はファルマ少年に近づく。


「藤堂先生、この世界にもいましたよ、悪霊」

「悪霊……!」


 出たのか、と藤堂は驚きながらもファルマ少年の全身にもう一度目を凝らす。

 ファルマ少年にも、周囲の誰にも怪我はないようだ。

 少しずつ、アトモスフィアを体に含ませ始めた藤堂の目には、多くの情報が見え始める。

 彼の手にしている傘に、高エネルギー反応がみえる。

 彼の周囲には、空間歪曲の形跡がある。

 彼が時空を歪ませたのか、向こうの世界で悪霊と呼ばれている「物体X」の出現がそれをなしたのか。

 相乗効果のようにも見えた。

 藤堂が静かに、形而立方体の解析コードを走らせながら多角的に分析をしていると、


「平民の皆さんには見えないので、私が戦いますね。

 そのための力を、授かっているみたいですから」


 ファルマ少年は諦めたかのように呟く。

 

「私はまだ自由になってはいけないと薬神様が仰っているように思います」


 ファルマ少年は、青い蛍光を放つ杖を握りしめた。


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