2章4話 大規模襲撃
「いやあ、すがすがしい朝だ。それにつけても睡眠とは大事なものなんだな」
ファルマ少年は夏休みのお手伝いとして自宅の庭木の水やりをしながら、改めてその重要性に気づく。
夜間も安眠できる場所を得て、気力もわいてくる。
「ん、ホースが届かない」
ファルマ少年はホースを持て余す。
ファルマ少年の隣で、妹のちゆが朝顔の鉢を見ていた。
「ちーちゃんのあさがお、今日はいち、にい、……10個も咲いてるの」
「よかったねえ、押し花にしよっか」
ファルマ少年もそれを見てのどかな気持ちになる。
「でも、ちょっとお花がしょんぼりしてるの。どうしてかなあ」
「この植物は短日植物のようだね。おそらく朝3時から4時ぐらいに咲いて、昼間は少しずつしおれてくるんだ。だから早起きをすればしゃきっとした花弁が見えるかもしれないね。たくさん花が咲くように摘心をしておこう。こうしておくと、つるが増えるからね」
「てきしん? にぃに、ものしりなの」
(植物の管理は薬師の仕事の基本だからな)
ゆるゆるな日本の小学生補正もあり、薬師見習いとしては当然の知識を過剰に褒められて、悪い気はしない。弟子を持つとはこういうことなのかな、と想像する。
ちゆも危なっかしい足取りで、じょうろを持って朝顔の鉢に水やりをしている。
「ちーちゃん、そんなに水浸しにしなくていいよ。根腐れを起こしてしまうからね。適度にね」
「どのくらい?」
「天気によっても違うから難しいな。このくらいかな」
(“中域・水圏”)
ファルマ少年はじれったくなって、朝顔の鉢を避け、水の神術で一瞬で庭の植え込みに散布完了した。
前いた世界でもファルマは時々、広大な薬草園の水やりを任されている使用人たちの仕事を手伝っていた。
だが、ただ神力を消費するとブリュノに「貴重な神力を!」と怒られるので、おおっぴらには手伝えなかった。
こちらの世界では神力の使い方についてとやかく言ってくる者もいない。
なんてイージーな世界なんだ、とファルマ少年は信じられない思いだ。
「今の、何?」
向かいの家からサッカーボールを持って出てきた少年が、ボールを取り落としていた。
ボールはコロコロと転がってきて、薬谷家のガレージに入った。
「おはよう、はじめまして。今のはちょっとした手品だよ」
「はあ? 手品!? もいっかい見せて」
「仕込みが必要だからすぐにはできないな」
「はあー?」
(近所に子供がいたのか、危ない危ない)
ファルマ少年は動揺を押し殺し、愛想よく声をかける。
「お前、引っ越してきたやつだろ。俺は上田 陽介。三葉小5年。お前どこ小の何年?」
「薬谷 完治。俺も秋から三葉小5年、同じ小学校みたいだ」
「へー! じゃあ転校生になるのかー。同じクラスになれるといいな」
陽介が近づいてきたので、ファルマ少年はボールを拾って渡す。
陽介はファルマ少年を頭からつま先まで眺める。
「お前、サッカーかフットサルやってる?」
確か、サッカー経験があるという設定だったはずだ。
引っ越してサッカーはやめているが、家にはスパイクやウェアもあったはず。と、ファルマ少年は思い出す。
「上手くないけど、サッカーなら」
「教えてやるから、今から近くの公園でどうよ。ほかのやつらも来るはずだぜ」
「わかった、行っていいか聞いてくる」
まあ、適度に運動をして体力向上に励むのは無駄なことではない。
ついでに新しい学校の情報を探るか、とファルマ少年は考えた。
「あら、お友達ができたの? お昼ごはんまでには帰っておいでね」
智子は友達作りのきっかけになればと歓迎していた。
神杖傘は持っていけないので、晶石を取り外してストラップをポケットに入れる。
「ちーちゃんは?」
じょうろを持ったまま家に入ってきたちゆが、ふてくされている。
「お留守番しましょ。あー、それ、廊下に水をこぼさないで」
「やー!」
「じゃあ、母さんとスーパーにお買い物に行きましょ」
「むーん。カプリコ買ってくれる?」
「はいはい」
「ごめん、ちーちゃん。帰ってから遊ぼう」
ファルマ少年はシューズを履き替え、タオルと麦茶を詰めた水筒を持って家を飛び出していった。
陽介とファルマ少年が近くの公園に向かうと、十人ほどの少年たちを紹介された。
「三葉小のサッカー部の4~6年だよ。夏休み、グラウンドが使えないときはここにいるんだ」
「へえー」
ファルマ少年も無難に自己紹介をする。
初心者だと言ったが、まずは腕試しとばかりにパスを回される。
(手を使ってはいけないんだよな)
ファルマ少年は何も分からないので、相手の動きをコピーしてパスを返した。
「お、いけるじゃん。実戦やってみる?」
ファルマ少年はフェイントをかけてディフェンダーをすり抜ける。
「すげえ」
ディフェンスをしていた少年が唖然としている。
「おいおい、オフサイド!」
「薬谷お前ルールわかってる?」
「ごめん、怪しいかも」
「まあルールは覚えたらいいけど、お前、足速くね? 50メートル走何秒よ」
「どうだっけ」
神力を込めた疾走は、歩幅を飛躍的に伸ばす。
それは神術戦闘の際には常時発動している走法で、足が遅ければ命を落とすとも言われる。
薬谷 完治の体はまだ思うように操れないが、前の世界で身に着けた走法は忘れていない。
「三葉小にはサッカー部とフットサル部があって……」
(同年代の子供と遊ぶのもいいもんだな、情報も入ってくるし)
なにしろ、ファルマ少年は前の世界で同年代の少年と遊ぶ機会がほとんどなかった。
平民の子は貴族に恐れをなしていたし、非礼を働いたり気分を害して報復されるのを嫌った。
貴族の教育としては、家庭教師と一対一の授業にあけくれ、修行には歯を食いしばって耐えた。
「薬谷、サッカー部入らねーか?」
「足が速いからほかの運動部の勧誘がすごそう。フットサルもあるし」
「しゃーねーな、うまい棒10本やるから」
ほかの少年たちはほかの部にとられてなるものかと囲い込んできた。
その熱量に圧倒されながら、ファルマ少年は肩をすくめる。
「考えとく。練習はいつある?」
「放課後と土曜日、あ、でも来れたらでいいよ!」
「親に聞いてみる」
「頼むよ」
うかつに返事をする前に、両親に相談が必要だ。
はしゃいでいた少年たちの動きが途端に止まった。
おもむろに視線を地に落とす。
「なあ。なんか地面揺れてね?」
「ほんとだ。あれ……地震?」
陽介が東の空を指さす。
空に閃光が走り、異変が起こっていた。
「あれ何!?」
少し遅れて、少年たちは発生点より押し寄せた衝撃波と思しき爆風に晒された。
さすがのファルマ少年も、対処は間に合わなかった。
◆
「藤堂先生、お昼ご一緒しません?」
斎藤医師が医局のデスクについていた藤堂をのぞき込んでいた。
「いいですよ。あと二分待ってもらえますか、ここまでやっつけてしまいます」
適当に話を合わせながら、藤堂は内視鏡の結果を確認している。
仕事は一瞬で終わるが、以前のペースを崩さない。
「藤堂先生、私生活で何かありました? 前と違ってすっきりしていらっしゃるので」
「痩せてはいませんが」
「あ、体形ではなくて。疲労感が消えたといいますか」
生身の体ではないので、疲労も出ない。
外見は変わっていないはずだが、空気感は変わるのだろうか。
人として違和感を持たれるのはまずい。最悪、記憶を書き換えてしまえばいいのだが、平時はそういった手段をとりたくない。
「妹と一時的に同居しているんです。それで気分転換になっているのですかね」
「妹さん、歳が近いんですか?」
ここ最近、斎藤医師から絡まれることが多い。
それがあまりに頻繁なので、好意を持たれているとわかる。
「22歳です。今年就職したばかりで、名古屋勤務なのですが東京で研修があるようで」
「そうなんですね! 私、都内に歳の離れた兄がいるんですけど仲は微妙で。仲の良い妹とか姉に憧れます」
「まあ、兄妹というのはなかなか。難しいですよね」
藤堂はあたりさわりのない会話で繋ぐ。写真を見せたら、大変なことになりそうだとは分かった。
「今度兄の誕生日なんですけど、何を買っていいものやら……あげないとすねますし、あげてもセンスがわるいだのなんだの、文句ばっかり」
「無難なところでは、ロゴの目立たない名刺入れとかですかね」
斎藤医師はよい案をもらったとぽんと手をうつ。なんのことはない、彼女の兄は都内在住だったので、ほしいものを看破しただけだ。
「ああ! そのアイデアいただきです!」
「それはよかった。気に入ってくださるといいですね。終わりました、ご一緒しましょう」
嬉しそうに踵を返した斎藤医師の背中を見て、藤堂はあっと声をあげる。
「斎藤先生。白衣の背部が広範囲に切断されています」
藤堂は目を見張る。
斎藤の白衣の背後、長さ1メートルほどの白衣の切り裂き痕がある。
「えっ……」
「いつやられたか、心当たりがありますか?」
斎藤医師が白衣を脱ぐと、被害は白衣一枚で、トップスやスカートには及んでいない。
「鋭利な刃物? で、でも白衣はそんな簡単には……着る前に裂けていたのでしょうか」
「繊維の状況からして、そのようには見えません」
「警察に言うべきでしょうか。ストーカーだったら……」
藤堂は落ち着いた対応をしながらも即座に斎藤医師の脳へアクセスし、ここ半年の記憶を看破する。
彼女は襲われた瞬間を認識できていない。
そして、藤堂が斎藤医師の記憶の隅々をのぞいても、それらしき瞬間は把握できなかった。
今朝着用した時点で、白衣は裂けていなかった。
犯行が行われたのは現時刻から三時間前までの間だと特定する。
「なにか心当たりは」
「まったくありません。午前中は外来しかありませんでしたし。人為的な犯行だと思います? どこか尖った場所に引っ掛けて知らないうちに切れたとか」
「引っ掛けたら気づくと思いますし、引っかかる部位ではないですね」
「そ、そうですね。院内の防犯カメラに何か映っているでしょうか」
斎藤医師は白衣を捨てることにしたようだ。
(管理者権限を使っても把握できないとは。俺の死角で何かが起こっている? 異世界からの干渉か?)
「斎藤先生はご実家ですか」
藤堂は人間の犯行ではないとみて、危機感を持つ。
斎藤医師もぞっとしたように肩をすくめている。
「いえ、一人暮らしなんです。どうしましょう……」
「当面、身を寄せられそうな友人宅などは」
「私、そういったあてはなくて……それに、友人を巻き込めませんし。警察に相談してみます、もしくはシェルターに」
「斎藤先生。目を閉じていてください」
藤堂は空間干渉の前触れを知覚し、フィジカルギャップ内に斎藤医師や周囲の人々を庇う。
時同じくして、二人で歩いていた渡り廊下が崩落を始めた。
(空間の異常……? さっきの斎藤先生の白衣の切り裂きは前兆だったのか)
轟音に驚いたか、斎藤医師は悲鳴を上げる。
「きゃーっ!」
藤堂は斎藤医師の腰に手をまわし、安全な空間へとトンネルを作り脱出させた。
それと入れ違いに、藤堂は東京の13か所で指向性高エネルギー体が炸裂したことを知覚する。
あらかじめ東京全域に構築していた地対空、地下防御システムを起動。
管理者権限を使って空間修復を試みるも、破壊される速度のほうが速い。
(被災面積が12.6 %に到達。15453名死亡、1560%へ拡大中、まずい)
藤堂の手を封じるように、首都直下型地震に見舞われる。
(上と、下から!)
猛烈な破壊に際し、情報量が爆発的に増大する。
藤堂はとっさの判断で東京異界の全空間を複製。
片方の空間へ有機体を移動させて人命を守り、片方に衝撃を吸収させた。
死傷した人々は後で復活させ、記憶を消すことができる。
空間の存続が最優先事項だ。
(……結局そうなるか。一回、全員死んでもらうしかない)
藤堂は第四の創世者のやり方を踏襲している自身に気づいた。
人命、倫理どうこう、生ぬるいことを言っている場合ではない。
人類を守るということは、時空間の保全が第一だ。
◆
「ありゃりゃ、職場を爆破する妄想をしていたらマジになっちゃった……」
レイアは港区汐留のビルの上層階から眼下を睥睨していた。
彼女が新人研修を受けていると、光球の出現とともに一斉に窓ガラスが割れた。
妄想が叶ったとて、「もう働かなくていいんだ!」とはならない。
「何かあったね」
レイアはごく局所にとどめていた自身のフィジカルギャップ内を拡張し、人々を匿う。
閃光がおさまり、フィジカルギャップ辺縁には、砕けた大量のガラス片、瓦礫が蓄積している。
都内の至る所でたち上がる火柱や火球を見た人々がパニックを起こし始める。
レイアは落ち着いてスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。
「藤堂さん、あなた……」
レイアはビルにいた人々の意識を飛ばし、そのまま寝ていてもらう。
混乱や呼びかけに応じている余裕はない。
「この派手な被害。恒の防御が間に合ってない」
レイアは額を押さえ、渋い顔になって義兄にして東京異界の管理者、藤堂 恒の劣勢を推定する。
「お……さすが」
レイアが人命保護の追加対策を講じるべきかと思案していると、人々の体が透けて空間から消えてゆく。
藤堂が現時空から階層を分離するようにして、有機生命体……人、動物、植物、果てはウイルスや細菌に至るまで隔離、保護しているのだ。
そのほうが復旧が速いとみているのだろう。
三秒後には、文字通り生命の消滅した東京が残った。
飛行していたヘリコプターや手動運転をしていた飛空車が墜落し、至る所で爆発が起こる。東京都内もまだ、無人の制御システム以外が網羅しているわけではない。
(転移させたのは東京都内の地球在住生物のみかな。この空間に残ったのは、私と恒しかいない。異界からの侵入者をここに集めたんだね?)
そう推定して、レイアははたと疑問に思い首をかしげる。
(ん? ファルマ君は地球人? 宇宙人? どっち? まあでも体は地球人だし、地球人の括りか)
「それじゃ、心置きなく暴れますか……」
一度瞳を閉じ、集中を高める。
彼女の中で思考が整ったとき、刮目すればレイアの眼光が変わり、黄金に輝く。
「Call, IDEA(イデアを召喚)」
イデアの短縮詠唱による召喚と同時にレイアは覚醒状態に入った。
インジェクションによって全身に高次元のエネルギーがみなぎる。
「Expand hallucination(幻想拡張)」
目に映るものすべてを彼女の世界に取り込む。
「Reboot(再起動)」
彼女が指で地を示すと、天空から衝撃波が放たれた。
◆
「うわ……!」
神杖傘を構えたまま、襲い来る衝撃波の前になすすべもなく立ち尽くしていると、背後から何者かに搔っ攫われて上空へと引き上げられた。
「わーっ!?」
脇を抱えられたまま、高いところに慣れないファルマ少年は悲鳴を上げる。
ファルマ少年がもはやこれまでと覚悟を決めると、空中に透明な床が固定され、そこへ降ろされた。ファルマ少年は力が抜けて平たく伸びる。地上では破壊の限りが尽くされていた。
東京タワー付近を起点に、中央区、千代田区、江東区、墨田区、台東区、文京区……のあたりまで、レイアの一撃で消えている。衝撃波はまだ終わっていない。
あまりの光景に、ファルマ少年は息を継ぐので精一杯だ。
「ひゃー……」
「大丈夫ですか」
「な、なんとか」
声の主に気づき、ファルマ少年はせき込みながら答える。
衝撃波によって巻き上げられた粉塵が、もろに気管に入った。
「すみません、ファルマさんの避難が遅れました」
「いえ、助かりました。さっきのは?」
「直前のはレイアです、また派手にやってますね」
「レイアさんは東京を滅ぼす気なんですか」
レイアの衝撃波に巻き込まれていたら今頃木っ端みじんだ。
ファルマ少年はドン引きしつつ、絶対お近づきになりたくないと思った。
元いた世界での、聖典の記述に残る邪神の被害としてもありえない規模だ。
「いえ、そうではなくて。ここは被害を最小限に抑えるため、異世界からの侵入者を隔離し、人々は既に別空間に避難させた無人の空間なのです。ここで起こったことは、現実世界に影響を与えることはありません」
すでに現実世界にも結構な被害があるはずだが、とファルマ少年は思ったが、物理的損害は復旧できると藤堂は宣う。
「侵入者というと」
「まあ悪霊なのですが、これまでと性質の異なる悪霊が急激に増え、実世界を脅かしています。これまでとは違うフェーズに入ったのかもしれません。悪霊が自然発生というよりは、管理者が空間を切り裂いて異形を強引に送り込んできているという印象です。今回は各個撃破するより、まとめて殲滅したほうがよいと判断し、少し大がかりなことをしています」
「あのー、無人の空間に悪霊を封じ込めたのであればこのまま空間を閉じて潰してしまえばいいのでは」
ファルマ少年の棒読み気味の提案に、藤堂は「ですよね」と同調する。
「異物を抱えたまま空間を複製、維持しておくことは不可能です。それに、悪霊にこの世界から脱出されてしまえば世界中に飛散することとなり、被害が拡大します」
「ああ……それもまずいですね」
色々と検討した末のことなのだろう。
ファルマ少年は空間操作という地球の未来技術についてはよくわからないので、そういうものなのかと引き下がる。
「私たちは悪霊を滅ぼすことができません。悪霊に関してはファルマさんにお任せしてもいいですか?」
「わかりました」
無茶な気もするが、自分にしか対応できないのでそうもいっていられず、聞き分けの良いのがファルマ少年だ。
ファルマ少年は悪霊の位置を視認すると、レイアが悪霊をいぶりだしていた。
障害物がなくなって更地になった分、どこに悪霊が存在するのかわかりやすい。
「現時点で、東京全域に251体います。分布はこうなっています」
ファルマ少年の疑問に藤堂が先回りして答え、情報パネルのようなものを示す。
悪霊の所在がポイントとなって東京都内全域を覆っていた。
「ちょ、さすがに……広範囲すぎます。私にはそんな広範囲に神技は撃てません。何年かかかってしまいます」
神力は尽きないといっても集中力の限界もあるし、移動している間にほかの場所に悪霊が発生しそうだ。
「ええ。無茶は言いません。なので一回だけ撃ってみてください。遮蔽物は妹が取り除きましたから」
「っ? ……はい、ではひとまず一回やってみます」
ファルマ少年は半信半疑ながら、無詠唱で浄化上神術を発動した。
『“ 水の禁域(Interdiction de l’eau)”』
ファルマ少年の渾身の一撃が放たれ、神力を含んだ地上へと無数の水滴が降り注ぐ。
しかし、こんな小雨で間に合うわけもない、悪霊一体消せたどうかも分からない……とファルマ少年が落胆しかけた時、
「Call LOGOS(ロゴスを召喚)」
「Capture previous event then repeat infinitely(事象を切り取り、無限回繰り返せ)」
藤堂がもののついでのように言い添え、ファルマ少年の背に手を添えた。
すると、ファルマ少年の放っていた雨粒は突如として増えに増え、東京中を満たすほどの暴風雨となり、執拗に浴びせかけられる神力に打たれたすべての悪霊が消え果てた。
後には全域水没した東京都だった海が残っていた。
ファルマ少年はもはや何が起こったのかわからなかった。
「あなたの周りの時間と空間を切り取り、神技を複製したのです。なので一回でいいと言いました」
「そんな、コピペみたいに……?」
「はい」
「はぁ……????」
「正確には時間を切りとり、無限回繰り返しているのです」
理解の追い付かないファルマ少年に、回答になっていない回答が与えられる。
「ありがとうございました。あとは私が片付けしておきます、ファルマさんは元の場所に戻ります。サッカー中でしたか、お邪魔しましたね」
「できれば私は社内研修が終わったあとに戻してくれる?」
いつの間にか現れたレイアが隣で手もみをしながら囁いていた。
「却下」
「うそ、できるでしょ!」
「Return to the previous environment(直前の環境へ)」
レイアの懇願を無碍にし、藤堂のコマンドのような詠唱とともに意識が飛び、ファルマ少年は浮遊感を味わう。
ファルマ少年の両足は再び地を踏み、唖然とするなか、足元にぽてぽてとサッカーボールが転がってきた。
「薬谷ー、早くこっち!」
「あっ、はい」
気が付くとファルマ少年は先ほどの公園にいた。
また白昼夢を見たかのように、悪霊退治は終わっていた。あの、奥多摩の時と同じだ。
すべては元通りになっていた。
(サン・フルーヴでなら首都陥落を覚悟するほどの悪霊の襲来なのに、何事もなかったかのようだ……あれは夢だったのかな)
ファルマ少年は「そんなわけないだろ」、と思いながらサッカーボールを思い切り蹴る。
(やばすぎるでしょ、あの人たち。俺の神術って、いる?)
いるから当てにされているのだろうが……。
(あんだけの力がありながら、悪霊に対しては無力なのか?)
悪霊をはらう能力は、貴族のみに与えられた特殊能力ではあるのだが、どうにも納得のいかないファルマ少年だった。
◆
斎藤医師は投げ出されるように渡り廊下に倒れていた。
「あたた……」
どこか打ったのか、手足の関節が痛い。
(あれ、私……何してたんだっけ。うーん?)
何も思い出せない。体を起こしながら、どこも異常がないことは確認する。
「斎藤先生、派手にこけましたね。大丈夫ですか?」
後ろから藤堂が小走りで近づいてくる。
「え? こけた? これはお恥ずかしいです」
「お怪我はないようですね。では行きましょうか、お昼」
「私、さっき藤堂先生に助けてもらったような」
「助けた? 来月の当直の交代の件ですかね」
「ああ、そうそう! ……そうでしたっけ」
斎藤医師は納得しそうになったが、ん? と疑問符がつく。
「何が食べたいです?」
「中華って気分ですね」
「じゃあ、ラーメンにしましょうか」
斎藤医師は疑問に思いながらも膝のほこりを払い、渡り廊下を彼と連れ立って歩いた。
何かありましたら、ご意見、ご感想ください。
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