2章3話 条件検討と安全地帯
ファルマ少年は自室のデスクにつき、ノートと筆記用具を取り出す。
「さて……」
「あら、感心ね。勉強? 自分から机につくだなんて」
姿勢を正したところで智子が薬谷 完治の部屋のドアから顔を出すので、ファルマ少年は慌ててノートを閉じる。
「うん、ちょっと二時間ほど。今日の予定は何もないよね?」
「今日は吉郎おじいちゃんたちとお寿司を食べに行こうかと思っているぐらい。おやつは?」
「お寿司か。楽しみだね。ありがとう、おやつは集中したいからいいよ」
今日は墨田区内に住んでいる智子の両親と一緒に食事をするらしい。
善治も智子も寿司というものが好きらしく、近所の回転寿司店に連れて行かれるのは墨西病院から戻ってきて二回目だ。
寿司についての常識を訊かれると困ると思い寿司について少し学んでみたが、もともとは1700年代ごろに始まった保存食だったらしい。
当初は自然発酵に頼っていたようだが、次第に米飯に酢を混ぜ込む方法になり、江戸時代後期には握り寿司という形になった。そのほかにもちらし寿司、巻き寿司などの各種各様の形態が庶民生活の中から生み出され、現代では日本の代表的な食文化として世界中で愛されている。
ファルマ少年は寿司の中では、マグロ、タイ、たまご、サーモン、エビフライ巻きを好みだと感じた。
ファルマ少年は納豆以外、特に苦手なものはないので何でも食べる。
舌は肥えているほうだが、まずいものを食べたことがないかというとそうではなく、前にいた世界で飲まされていたポーション、粉薬によく混入していた土や砂、昆虫など、下血するレベルの毒草や怪しい薬と比べたら、まずいと感じるものが特にない。香辛料も平気だ。
幸せな舌だと自分でも思う。寿司が回るサービスも見ていて楽しい。
「まあ、珍しいこと。じゃ、邪魔しないようにするわね! ちゆが入ってこないように鍵をかけておいて」
「わかった。ありがとう、お母さんも仕事があるでしょう。ちゆがぐずったら言って」
「気を遣わなくていいのよ」
そそくさと扉を閉める智子の声は弾んでいた。
ふう、とため息をついてファルマ少年は再びノートを開く。
(薬谷家の教育は緩すぎる……勉強しろとも言われないし、息子が机についただけで喜んでくれるとは。毎日鞭でしばかれていたド・メディシス家の教育はいったい何だったんだ。善治さんと智子さんがいい人すぎて、俺が息子さんになりすましているのが申し訳なくなってくる)
そうはいっても、あのブリュノの虐待じみた教育があったからこそ今、こちらの生活が楽勝だと感じるかもしれないのだが。楽だからといって楽な生活に甘んじていては、簡単に堕落してしまえそうだ。
(日本のほうが暮らしやすいし、便利だし、別に帝国に帰らなくてもいいな……悪霊の問題さえ何とかなれば)
ファルマ少年はそんなことを思いながら晶石のついた杖をデスクの上に置き、ノートに誰かに見られてもよいよう、異世界語で書きつけながら自らの状況を整理しはじめる。
自身の獲得した能力、悪霊の出た場所や悪霊の特徴、神術陣の展開場所、状況などの記録をとっている。自分の設定を覚えておくことは重要だ、咄嗟に誕生日など聞かれて、前の世界の誕生日を言ってしまってはまずい。
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薬谷 完治 YAKUTANI KANJI
生年月日: 2017年9月24日 10歳
身長: 141 cm
体重: 35 kg
墨田区立三葉小学校 5年生へ転校予定。
家族構成:
父…善治
母…智子
妹…ちゆ
父方祖父…薬谷 元治(死亡)
父方祖母…真理子(練馬区在住)
母方祖父…真田 吉郎(墨田区在住)
母方祖母…郁美
【汎用神術】
2027年7月25日確認
属性: 水属性・正
概要: 帝国での能力と同一。
神力量: 神力計がないため不明、残量も不明。神杖傘の晶石を使用しているため無尽蔵。生涯神力量からは減少していないと思われる。
【神杖傘】
2027年8月14日確認
概要: 神力貯蔵量無限の晶石+杖状のもの。聖別詠唱不要で杖化。
ビニール傘、折り畳み傘、棒切れ、30㎝物差しまで杖化を確認、強度不明。どこまで小型化可能か要検討。
【悪疫透視】
2027年8月14日確認
条件: 左目に左手を添えて相手を見る
状況: 病変部が黒い影。全身が黒い場合は病死の予知か。
【反物質創造】→【物質創造】
2027年8月13日確認
条件: 晶石を通して神力を通じると反物質の創造ができる。
・「ה י ב ו מ ך ה±」※1により物質創造へ能力を転換中。物質との接触厳禁。
・神術、神技として用いる場合には反物質にはならない。
・水属性・正の神術 ⊂ 物質創造
※1 ה י ב ו מ ך ה±…物質反転装置。英名HARMONICS±。
ה י ב ו מ ך ה+で物質創造→ 現在は物質創造の状態。基本こちら。
ה י ב ו מ ך ה-で反物質創造→ 使用不可!
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「あとは……物質消去ができるはずなのか。理論上は」
(物質創造)
ファルマ少年は神杖傘を通してデスクの上に金を作り出す。
そして、智子にことわって持ってきた精密デジタルはかりで重さをはかる。
1252 mgほどの金塊ができていた。
藤堂の言っていた物質消去が本当に可能なのか、半信半疑の思いで試してみることにした。
(物質消去は負属性神術の一種に違いない。使ったことはないけれど、自由電子をほどいて金属結合を削ってゆけばいい。無にはならないから、ときほぐした電子を大気中に放散する。エネルギーはどうなる?)
ポリ袋をスケールに乗せ、0合わせをして風袋をとる。
そのあと、金塊をポリ袋に入れて重さをはかる。当然1252 mgだ。
藤堂の計算では、物質消去の際にエネルギーは発生しないという。
(もし、藤堂先生の予測が外れたら家や近隣の住宅が吹き飛ぶ。藤堂先生に一言伝えるべきか? ……いや、そうか。すでにここは藤堂先生のフィジカルギャップの内部か)
もしファルマ少年が危ないことをしていたら「東京にいる限り必ず止められる」、と言っていたので、ファルマ少年はそのまま強行することにした。
ここは東京墨田区。
彼が止めないということは、安全だということだ。
ファルマ少年はポリ袋を介して金塊に触れ、そのイメージを正確に晶石へと伝える。
(金を減少)
少しずつ結合を解いてゆくと、金塊の体積が減ってゆく。
(なくなった。消去……できてしまった)
ファルマ少年は背筋が凍り付く。
スケールを見ると、0mgだ。1252 mg分の金塊が消え、空気中に放散されたのではなく、少なくともポリ袋の外に出た。
熱力学第二法則は破られた。
藤堂が指摘していた、物理学法則に反する力だ。
【反物質消去】→【物質減少】→【物質消去】
地球歴2027年8月15日確認
条件: 晶石を通して神力を通じると反物質の拡散ができる。
→ 「HARMONICS±」という変換装置により物質消去へ能力を転換中。
→ 自分で創造した反物質(物質)のみ消去できる。水属性・負の神術 ⊂ 物質消去
→ 物質分解ではなく、「消去」。
と、メモを取る。
「物質創造と物質消去は神力を介して行われ、化学反応を外部から制御できている。どうやってエネルギーを伝えている? 神力は電磁誘導のような効果を与えているのか……? いや、それだとしても、物質消去を行ったときになぜ収支のとれるだけのエネルギーが発生しない?」
ファルマ少年は腕組みをして考える。
物理化学法則に反しているというこの力を、この世界ではファルマ少年だけが扱える。
しかも、元居た世界を崩壊させないために、こちら側で可能な限り大量に使わなければならない。
自分一人で。
「困ったな……どうしよう。南極の氷でも作ってくれば喜ばれるか? いや、そうじゃない。逆だ、海面を下げればいいんじゃないか?」
地球では深刻な温暖化で、海面上昇が止まらないが、そんなに単純に考えてよい問題ではないなとファルマ少年は思い直す。地球環境に介入している場合でない。
ファルマ少年はしばらく悩んでいたが、物質創造と物質消去の射程を見極めようとした。
ファルマ少年はメジャーで測りながら、小さな鉄塊を創造、消去して射程を確かめてゆく。
「1m、3m、5m」
ファルマ少年は玄関に到達する。家を出る前に、智子に一言声をかける。
「母さん、ちょっと気分転換に少し外に出てくる。家の周りを一周してくるだけ」
「はーい」
ファルマ少年はGPSで距離を測りながら、物質創造、消去を遠隔で繰り返し、どの距離まで離れられるかを探る。
「30m、50m……200m。肉眼で見えなくなってもいいのか。ということは……座標さえ分かっていればいい。つまり」
ファルマ少年は家に戻って、ネットで配信中のライブカメラを探す。
地図で距離を確認して、頭の中に地図を思い浮かべる。
歌舞伎町交差点のライブカメラに対して、物質創造で歩行者信号機のそばに塩の塊を出現させる。
解像度がそれほど高くなくとも、そこに意図した大きさの白い物体が出現したことは分かる。
「できた……!」
消せなかったとしても、「盛り塩か」と思われるぐらいで、特に歩行者に迷惑をかけるものではない。物質消去も成功してしまった。
「大阪……道頓堀川沿いカメラ……成功」
「沖縄……那覇空港カメラ……成功……アメリカ、NY、タイムズスクエアのライブカメラでも成功。南極、アムンゼンスコット南極基地。これは……地球を網羅してる」
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→物質創造、物質消去の範囲は、地球全範囲と特定
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とノートに書きつける。
ファルマ少年は情報を整理したものの、ますます困り果ててしまう。
「ISS内にもライブカメラがあるけど……さすがに何かすればバレるかな」
それは自重しておいた。
◆
「ごめん、全然わかんない」
藤堂の家のリビングのソファに腰を下ろしながら、レイアは出されたコーヒーを飲みほしてだらしない姿勢で寝ころびながら、ため込んでいた言葉を吐き出す。
「もう一杯いる?」
「いる。いい豆買ってるね」
「それは、手間をかけるならおいしいコーヒーが飲みたいからね。必要な情報は既に教えてあげたけど、何が分からないの」
「そういう意味じゃなくて。情報を得るのと腑に落ちるのは違うんだよ。こう、いきなり情報をぶち込まれてもって感じ」
藤堂はレイアにこれまでの経緯を説明するのを面倒がって、彼女が閲覧できる情報を彼女の記憶に直接書き込んでいた。
この兄妹は互いに読心術を使い情報を交換することができるので、口頭で伝えることにあまり意味がない。
「ああ、ごめんね。口頭で話せばよかったね」
百倍ぐらい時間がかかるにしても、人間的なコミュニケーションを省略してはならない、と藤堂は自省する。そうでなければ、どんどん会話が下手になって人間的な感覚を忘れてしまう。
「……というわけで、彼は悪霊を無限に引き付け、彼は無事だとしても彼の周囲にいる人々が悪霊に殺される。だから管理者権限を駆使してそれを阻止している」
「そこ! 何で恒が人類でなくファルマくんって子の肩を持ちたいの? 東京都民を犠牲にするかもしれないのに? 鎹の歯車が外れるまで、管理者権限でその子の意識を凍結して安全な場所に隔離してしまったほうが全員にとって安全だよ?」
「都民のためにファルマくんを殺せってこと?」
物騒な言葉のやり取りだが、彼らはすでに死に対してあまり抵抗がない。
彼ら自身も何百回と死んでは復活している。
「殺すなんて言ってないよ。本人に知覚できない形で眠らせることは何も不憫じゃないよ。それより不断の恐怖や罪悪感、幼い体に不眠を押し付けるほうがひどいと思わない?」
レイアは自分が持ってきた手土産の和菓子をあけて自分で食べながら呆れたような顔をする。藤堂もそれを一ついただきながら、レイアに反論する。
「人類を脅かす危険な存在は封印したほうがいいって考えなら、俺たちも例外ではいられないけど?」
「あーはい、前言撤回」
レイアは特に、東京どころか宇宙を滅ぼすとして封印されかけた当事者だ。
いくら彼を気遣ったとして、ファルマ少年を封印しろと言える立場ではない。
「創世者Xの世界の住民が神力を使いたい放題好き勝手やっているから、それを調律するためにはこちら側で反神力を使い続けなければいけない。だから反神力を使える唯一の存在であるファルマくんには二つの世界が分離するまで継続的に反神力を使ってもらう必要があるのだけど、心苦しいから恒がお詫びに彼のボディーガードや相談役をかってるって理解でいい?」
身もふたもない言い方をすれば、レイアの言う通りだ。
「まあそうだね」
「そうなんだ……反神力は管理者でも扱えないの?」
「創世者Xが異世界Xの住民の精神にIDを振って神力を紐づけているから、異世界人以外には扱えないんだ。色々やってみたけどだめだった。今もまだつついてるけど」
「あれ、だったら何で向こうに誘拐された31歳の地球人、薬谷 完治くんは神力を使えてるわけ?」
「新たにIDを与えられて神力を紐づけられたみたいだよ」
藤堂が東京の管理者となってからは情報、空間解析能力も上がっているため、異世界側の管理者、創世者Xが何をしているのか、手探りながら断片的に伺い知ることができている。
「ふーん……そこまでわかったんだ。さすが抜かりないねえ」
「妹様のお褒めにあずかり恐縮です」
レイアは兄の行動に納得したようだった。
「ファルマくんは死なないけど、10歳の少年にはかなりのストレスだ。彼は常に悪霊がいる世界から来た少年で大人顔負けの精神力を持っているし、わずかな異変も見逃さない。だから彼は夜、悪霊を警戒しすぎて十分な睡眠をとれていない」
それを聞いたレイアはいたましそうな顔をする。
「かわいそうに。添い寝か、就寝中の見守りでもしてあげたらいいのに」
「俺のこともうっすら信用してないから。彼が安心できる場所は、悪霊が絶対に来ないとわかっている場所しかない」
「あるの、そんな悪霊の出ない場所だなんて」
「人が死んだことのない無人島か、人類未踏の地かな。それも都内でないと」
「じゃあ無人島にホテル作って自宅から空間を繋げてあげたら? 人間には見えないようにしとけば楽勝でしょ」
「その案いいな」
「おすすめリゾートでも検索しよっと。色々ブクマしてたんだー」
レイアはさっそく旅行サイトを検索しはじめた。
普段からチェックして行きたい欲を高めていたという。
「これがいいかなー」
「レイアが泊まる宿じゃないんだよ」
「でも10歳の子を一人で泊めたら危ないでしょ。ベッドはツインの部屋にして。私添い寝するから」
「……もうそれ単にホテルに泊まりたいだけだろ。よし、それで作った。間に合ったよ」
「え、え、もう? どこに作ったの? ツインにしてくれた?」
「ツインじゃないって」
藤堂がそう言ったタイミングで、インターホンが鳴った。
藤堂はレイアをリビングに残して玄関に向かう。
予想した通り、ドアの外にはファルマ少年がいた。
「いらっしゃい」
「あの、お邪魔します。ちょっとお話を聞いてもらえますか?」
「いいよ、上がってよ。名古屋土産あるよ。あ、でもお母さんに言ってきた?」
藤堂の後ろから、レイアが気さくに話しかける。
「家族には伝えてきました」
藤堂は念のため律儀に智子に連絡を入れた。
智子は特に警戒はしておらず、一時間ほどで帰りますと伝えた。
「話は聞かせてもらったよファルマくん。寝不足なんだって? 目がしょぼしょぼしてるね。とりあえず寝よ?」
レイアがファルマ少年の隣に座って肩に手を回していた。
馴れ馴れしいというか慣れなくて、ファルマ少年は少し席の間隔をあけた。
「睡眠の事なら今は大丈夫です。藤堂先生、聞いてください……あの、物質創造と物質消去ができるの、地球上の全範囲みたいなんです。確認しました」
「な、なんだってー」
「そうですね」
レイアのリアクションの切れがいいが、藤堂は知っていたという風だ。
「先ほど、ライブカメラを使って南極点までは確かめていましたね。なかなかよい方法だなと思ってみていました」
「見てくださっていたんですね」
「恒ってもうほぼストーカーじゃん……事案だよ事案。トイレ入ってるとこも見てるわけ?」
「見てはいないけど、知覚はしているよ」
「はぁー?」
レイアが白い目で見る。
とはいえ、ファルマ少年の要請を受けてそうしているので、ファルマ少年は私生活を覗き見られることを不快に思っていない。
二人の信頼関係は相当なものだった。
「ハッブル宇宙望遠鏡やISSのライブカメラに接続して騒動になる前にお伝えしますが、ファルマさんが遠隔操作のできる範囲は、あなたが知覚できる限りの全宇宙です」
「なんじゃそれ。もう私らより神じゃん」
「どういう意味ですか?」
ファルマ少年はすかさず聞きたがったが、レイアが口を押えた。
「いえ、お気になさらず、比喩です。ファルマさんの手に入れた力は、神に等しき力です。地球上で莫大な神力を使うのは容易ではありません」
「そう思って相談にきました。下手をすると、地球の質量や気候、地形、人口まで変えてしまう可能性があります」
藤堂はファルマ少年がノートを手渡すのでぱらりとめくってみる。
視覚を共有していたので、内容を知ってはいるのだが。
レイアが横から覗き込んで、首をかしげる。
「え、何これ読めない」
「あ、すみません。異世界語で書かれているので読めなかったですよね」
ファルマ少年ははっと気づいて申し訳なさそうにノートを読み上げようとしたが、
「問題ありません、読めますよ。あなたの近況がまとめてあります」
「何で読めるの」
藤堂の答えに、レイアが変顔をしていた。
「はい、私の近況と……あとは、悪霊と対峙するときには神力を使いますが、浄化神術や神術陣の敷設はさして神力を消費するものではないのです。なので、意図的に物質創造や消去を使わない限り、神力が余ると思います。これは大問題です」
何やらノートには計算式が書かれているが、推定消費神力量の計算をしている。
「神力消費量が出ていますが、この値は何を参照していますか」
「ええと、神力消費量は神技や神術陣を使う際には定式化して計算できますので、以前にいた世界で消費していた量を概算しています」
「概算では不便ですね。神力量のインジケータは必要ですか?」
「あるとうれしいです。できるんですか?」
藤堂は疑似脳にアクセスをし、インフォメーションボードを取り寄せる。
「エネルギー変換量は記録されていますので、それをあなたにお貸ししているモバイルに表示させることはできますが」
藤堂はファルマ少年の持っている晶析をコーティングしていたHARMONICS±の記録領域をモバイルに同期させるコマンドを使った。
それをプログラミングで変換して、相対神力量表記にする。すべてファルマ少年には藤堂が何をしているかわからないが、疑似脳での演算結果が現実に投影されて初めて声をあげた。
「すごい!」
「消費神力ログ、累計神力量を記録できるようになりましたよ」
「ありがとうございます! 藤堂先生すごい……こんなことができるなんて」
「いいえ大したことではありません。ほぼファルマさんの計算の通りでしたね。すごいです」
「どっちもすごいって気づいて」
つっこみ不在のやりとりに、レイアが一応つっこんでおいた。
「無理して神力を使おうと思わなくてもいいですよ。神術の射程は全宇宙なので、もし大量に余ったら遠宇宙で宇宙的なイベントに隠れて神力を消費することもできます。その事象を人類が観測できるのは随分未来になりますので、ばれることもないでしょう」
「よかった……」
「いや、よかったのかな」
藤堂の提案にすんなりと納得するファルマ少年、彼らへのつっこみが追い付かないレイアである。
「では普通に生活していていいということですね」
「はい。ところで、最近あなたがよく眠れていないのではと思って、安眠できる場所を作ってみたのですが。このキーを差し上げます、ボタンを押してみてください。部屋に移動しますので」
藤堂は何の変哲もない小さなリモコンのようなものを渡す。
スイッチを押すと生体認証されて、ファルマ少年は空間転移に巻き込まれた。
「え、どうなってるんですか?」
ファルマ少年は目を疑っている。
気が付けば、リゾートホテルのような部屋の中にいた。
「いいでしょー、空間を無人島に繋げたんだよー」
「スリッパをどうぞ」
藤堂兄妹が中を案内する。
「ドアを閉めてしまえば完全な個室です。悪霊はきませんし、誰も訪ねてきません。プール、バス、トイレ完備で、ネット環境も整えています。屋外とつながっているように見えますが、見えないバリアがあるので安全です」
「ありがとうございます! このベッドの大きさとか、実家の寝室を思い出します」
「ファルマくんの実家すごすぎん?」
改めてファルマ・ド・メディシスという少年が大貴族だったのだなと思い知らされる兄妹である。
「私も泊っていい? 一人部屋ってレベルじゃないでしょこれ」
「妹のことは気にしないでください。呼ばれない限り私たちも来ませんので、安心して休んでください。ベッドシーツや清掃は気にしなくていいですよ、翌日また内装が変わりますから。自室に戻るときはもう一度ボタンを押すと戻れます」
「あ……ありがとう……ございます」
ファルマ少年は思わず夢ではないかと頬をつねっていた。
「自室を施錠してから転移操作をしてくださいね。それから自室の外の音は聞こえるようになっていますので、この部屋にいながらご家族にお返事できますよ」
「完璧やね。私にも部屋作って、テレワーク用にしたいの」
「ファルマさん、そろそろお寿司の時間なのでは?」
藤堂はさきほど智子から仕入れていた情報を把握している。
「あっ、すみません。ではそろそろ失礼いたします」
「えー、私もお寿司食べたーい。回らないやつ?」
「今日は回るやつです」
「回ってもいいよ!」
その夜、ファルマ少年は寿司を堪能し、この世界に来て初めて悪霊とは無縁の安全な一夜を過ごした。
あまりにもふかふかなベッドが気持ちよく、安眠しすぎて朝八時まで寝ていて、ちゆの「おきろー」というけたたましいノックで起きることとなった。
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【謝辞】
・北極28号様に物質消去の際の考証をいただきました、ありがとうございました。