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TOKYO INVERSE -東京反転世界-(EP3)  作者: 高山 理図
2章 東京異界にて
13/20

2章1話 藤堂レイア

挿絵(By みてみん)


 ここは広岡県 伊辺郡 風岳村。

 村という名はついているが、人口3600人の比較的大きな自治体だ。

 その中心地の風岳川にほどちかい場所にある比較的新しい三階建ての一軒家には、吉川というデザイン表札がかかっている。

 敷地は広く、英国テイストのナチュラルガーデンの植栽が美しく整えられている。

 その一軒家を訪れた金髪の白人の少女が、困った顔をしてインターホンを押している。


 家の中から鍵があいて、顔を出したのは長い髪の、明るい印象の女性だ。

 彼女の名は吉川よしかわ 皐月さつき

 村の小学校に勤務している小学校教師だった。


「こんにちはー、皐月先生。すみません突然うかがって。あ、これ名古屋のお土産です」

「レイアちゃん! 帰省してたのね。名古屋フィナンシェ! 嬉しい~! お茶入れるから上がっていって。ちょうどアップルパイが焼けたの」

「お邪魔します、いいところに来ました」


 白人の少女はぺこりと頭を下げる。

 彼女の名は藤堂 レイアといった。

 藤堂 恒の血のつながっていない妹だ。

 今年、広岡県の大学を卒業して、外資系コンサル会社勤務で、現在は名古屋支社に赴任している。


「どう、社会人一年目は。覚えることも多いしストレスたまるでしょ! それから、レイアちゃんの会社! 今年の就職人気ランキング1位だったわーすごいわね」

「年収が高いので」


 レイアの勤務している会社は、年収ランキングでも常に上位に入っている業界ナンバーワン企業だ。


「でもその分残業多いんでしょ? もう会社の歓迎会あった? かっこい先輩はいた? 同期はどう?」


 皐月は興味深々で尋ねてくるが、レイアは淡々と返答する。


「社会人もこんなもんかという印象です。仕事はすぐ終わりますよ。恋愛関係は期待できなさそうです。数年したら多分、ほかの会社にいるか、独立すると思います」

「クールねえ……レイアちゃんらしいか」


 皐月は笑いながら出来立てのアップルパイを皿によそい、ホイップクリームをつける。

 レイアはいただきますと手を合わせると、ぱくりと一口ほおばる。


「とっても美味しいです。皐月先生のアップルパイは格別ですね」


 会社の話ではドライな対応だった彼女も、甘いものにはにっこりだ。


「ありがとう、ほんと久しぶりに作ったのよ。もうすぐ子供達が帰ってくるから。今日は帰省で来たの?」

「いえ、帰省ではなくて……皐月先生に電話かけてたんですけど、繋がっていないみたいなんで直接来ました」

「え、電話が繋がらないってどういうこと?」

「たぶん、恒や遼生はるおからも鬼のように着信入ってると思うんですけど……」

「ええっ!」


 皐月は驚いたようにスマホを確認するが、三兄妹からの着信はない。

 八雲 遼生。

 藤堂 恒。

 藤堂 レイア。

 この三人は複雑な兄妹だ。

 遼生と恒は異母兄弟で血縁があり、恒とレイアは藤堂家の戸籍を持つ。


「え、全然きてないわ」

「やっぱり。ユージーン先生ってお留守ですか?」

「小中合同の陸上部の遠征で大阪に行ったから今日は帰ってこないんだけど……」

「あー。私が来るのバレてましたかね……」

「またあの人が何かした?」


 レイアの反応を見て、皐月は深い深いため息を吐く。


「私は何も聞いてなくて。ごめん、把握できてないの」

「皐月先生は気にしないでください。仕方ないと思います」


 気にやむ皐月に、レイアはフォローの言葉をかける。


「ユージーンさんは東京に異界を作って、恒をそこの管理者にしたみたいです。月末、母と日葵と東京に行こうと思っていたのと、私、来月東京丸の内に研修に行かないといけなくて……東京に行けないと困るんです。助けてください、皐月先生」


 レイアは助けてくれというが、本当に皐月にしか頼りになる人間がいなかった。


「藤堂くんを東京異界の管理者にって、それって彼の記憶を戻したってこと? たしか、この世界に未来の知識を持ち込んで影響を与えすぎないように、あなたたちの過去の記憶と能力は制限をかけられているのよね?」


 2024年、第四の創世者と旧神たちはそういう取り決めをかわして現在に至る。


「記憶や能力を封じる代わり、あの人があなたたち全員を庇護するって話になったはず」

「はい。私は禁則事項を1%ぐらいしか覚えていません。でも、恒の記憶は100%戻ってますし、陽階神の権限を越えて管理者となり、東京の全情報を掌握したらしいんです」

「ええ……なんでわざわざ、藤堂くんをそんなことに。藤堂くん、そういうことができる体じゃないでしょう」


 「そういうことができる体」を持っていたのは、むしろレイアのほうだった。


「空間管理者って旧神の中でも別格の難易度で、前の私みたいな純血統個体しかできないはずなのにですよ」

「あの人はそういう既成概念を覆して何でも出来るから……」

「そうまでして東京異界の管理をしたいと言い出した恒は何も教えてくれないし、その結果私たち旧神全員が東京に立ち入れなくなってしまっていて、大迷惑で。とりあえず新入社員が出張や研修をぶっちぎってたら普通にクビにされます」


 新入社員レイアの話は切実だった。

 それでわざわざ名古屋からこの村まで戻ってこなければならなかったのだろう。


「あらあ……荻号おごうさんもアーティストとしてはたしか東京が拠点よねえ。昨日会ったけどまだ気づいてないのね」

「東京は皆、普通にビジネスで使いますよ。よりによって首都をおさえるって、ありえなくないですか? 遼生もアメリカから東京経由で帰省しようとしてたのに、飛行機とれなくて福岡から帰省するらしいです。すみません、そうしたいと言い出した恒が悪いんですけど、ユージーンさんもどうしてそれを許可なさったかなって」


 立ち入り禁止と定められたら、何があってもそこに入ることができない。

 具体的には、新幹線や飛行機の席が取れなくなる。

 空港が東京になくても、要向きが東京にあるかぎり、自由席でも新幹線が人身事故で止まる。

 自動車で入ろうとするとエンジンが故障する。

 タクシーも止まる。

 徒歩で入ろうとしても足が竦んで進めなくなる。

 ありとあらゆる偶発的事象が彼らに牙をむく。

 抗うことはできない。

 

「何で東京全域を? 東京全域ってどこ? 東京都? それとも23区だけ?」

「東京都全域です。小笠原諸島とか、沖ノ鳥島もあたりも入ってます」

「だめでしょ、それ……」

「ですよね……よかった、分かってくださって」


 皐月はアイスティーのおかわりをついであげながら、レイアに同情する。


「皐月先生のいうことだったら、ユージーン先生も聞いてくれるかなって思って」

「内容によるわ。あの人は人間としては善良で、子供たちの親としても尊敬してるのだけど、そのほかの部分で私の立ち入る隙はない」


 だから、そもそも口出しをさせないように電話を遮断されて蚊帳の外にされているのだろう、と皐月は悲しむ。


「私には未来のことは何も見えないし、あの人が引き受けている痛みも知らないから、あの人に意見してはいけないのだと思う。でも、夫婦だからやっぱり言わないといけない」

「皐月先生……」

「頑張ってみるわね。だって、藤堂くんは私の大切な教え子だもの。助けになりたいわ」


 皐月は大きく一呼吸して、よし、と気合を入れると彼女の夫に電話をかける。

 皐月は今年41歳になっているはずだが、レイアから見ると、20代からほとんど老化をしていないように思える。

 この家自体がユージーンの力に守られた特異な空間となっていて、皐月の生体時間にも影響しているのだろう。老化予防に隣に家建ててもいいかな、とレイアは思いながら吉川夫婦のやり取りを傍聴する。


「今、レイアちゃんが訪ねてきたわ。東京が異界化して、中に入れなくて困っているんですって。東京研修とかあるみたいなの、なんとかならない? というか、直接話したいんだけど帰ってこれる?」


 皐月が、大阪にいるであろう彼女の夫と頑張って交渉している。

 レイアはハラハラしながらその様子を見守る。

 第四の創世者を夫に持つ皐月だが、まったく怖じることなく言葉を交わす。

 この夫婦のやりとりは、宇宙一スケールが大きな話になる。

 電話を持つ皐月の隣に、彼女の夫はふっと現れた。

 汎用転移術を使ったのだろう。

 皐月にとっては日常茶飯事なのか、いきなり人がそこに現れても驚く様子はない。


「いらっしゃい、レイア」


 ユージーンは穏やかに声をかける。

 レイアは緊張して席をたち、頭を下げた。


「お邪魔しています。すみません、お仕事中に来ていただいて」

「10分程度ならいいよ。よく来たねと言いたいけど、ここまで来ずに名古屋から呼んでくれてもよかったのに。次はそうしていい」


 やはり、皐月に取り次ぎを依頼したり、話を通されるのは嫌なのだろう。

 レイアがうっかりそう思ってしまったが、彼女の考えはユージーンには筒抜けだ。


「単に時間も交通費もかかるでしょ。あと、皐月さんに言ってもどうにもならないことは彼女に言わないで、彼女を緩衝材にしないでほしい。私の方針に苦情があるなら、苦情窓口は私自身だ。そのためにこうして人型のインターフェイスを降ろしているんだから。会いたいと思うだけで私はどこにでも現れるよ。そこが宇宙の果てだろうと」

「すみません」

「創世者と一対一で話すのは危害を加えられそうで怖いから、皐月さんに付き添いでいてほしい?」

「……っ、そういうわけじゃ……ないんですけど。畏れ多くてっていうか」


 皐月が隣にいてくれて安心というのも、気休めでしかないが、皐月がいると実際にユージーンの態度が変わる。

 だから遼生も恒もレイアも、皐月を介してコンタクトを取ろうとする。

 レイアはユージーンが怖い。

 恐怖というよりは、自身の上位者へ物申す畏怖だ。


「そんな。いいのよ、力になれなくても話だけでも聞かせてほしいし……それに私がここにいるだけでレイアちゃんが安心するなら、その方がいいじゃない」


 皐月が意見表明するが、ユージーンは皐月を一瞥もしない。


「話を聞いて、胸を痛めるだけなら聞かないほうがいい。あなたは情報に耐えられるようにできていない。私は各々にふさわしい情報量を割り振っている」


 それが皐月のためを思っているからこそ、皐月も何も言えなくなってしまう。無知のまま限られた時間を幸福に暮らすことは、無限の命を持つ彼が人間に与えた権利でもある。


「時間がないから本題に入るよ。

 君が東京異界に入るためには、いくつか方法がある。

 ①恒くんに旧神に戻してもらって彼という管理者の配下になる。

 ②君が行きたい場所を他の県の飛び地にしてもらう。

 ③東京異界の権限を私に返上してもらう。

 ああ、あとは東京異界に行かなくてよい状況にする。これは私の権限でできるけど」

「東京研修が大阪研修になるとか、福岡支社に転勤になるとかですか」

「そんな感じ。ホノルルや香港支社がいいかい?」


 レイアは納得がいかないといった顔をしている。


「きっとそういう問題じゃないと思うわ」


 話がずれてきていることに気付いた皐月が、彼に紅茶を渡しながら冷静につっこむ。


「私はこの8次元時空を統括しているけれど、今の東京異界の4次元時空に干渉する権限を持っていない。今の彼はごく局所とはいえ、ほぼ完全な権限を持った管理者だよ。その世界で起きることは、全て恒くんの裁量になる」

「ほぼ完全……ほぼ?」

「時間を管理する権限だけは与えてない。彼は裏読みしすぎてしまうから」


 恒はとにかく物事を裏読みしすぎたり、他者に共感しすぎる傾向がある。


「すごくわかります。でも、だからこそ、恒を一人で異界に置いていていいのかなと思います。時空の管理って、知ってはいけないことも知ってしまうから、大変なプレッシャーなのではないですか?」

「そうだろうね」


 ユージーンは自分のことは棚にあげて天井を仰ぐ。


「運営に失敗してはいけないから、大変ですね。今頃胃薬でも飲んでいることでしょう」

「恒くんに関していえば、実はもう何回か失敗してる」

 

 隣で黙って話を聞いていた皐月の顔がけわしくなる。


「恒が運営を失敗した時空は全部、あなたが潰しているんですか?」

「それは少し違うな。私の世界では失敗した分岐点はすべて停止して保存する派なんだ。だからデータがかさむんだけど」

「安全工学の考え方ですね。失敗って、どんな失敗をしているんですか?」

「簡単に言うと、情報の取り扱いが未熟で、予想外の襲撃に対応できなかった」

「管理者を襲撃してくる敵がいるんですか?」


 ユージーンはレイアの目を見ながら軽く頷く。

 過去形になっていることから、その何者かに殺されてしまったのだろう。


「管理者になった瞬間から、無限に近い回数の多元宇宙からの攻撃を受けるんだよ。管理者というのは、そういう役回りなんだ」

「……あなたはその攻撃から私たちを守ってくださっているのですね」

「もうあまり意識はしてないけどね」

「でも、恒は独立しているとはいえユージーン先生の世界の内側にいるんですよね。なぜ外部世界からの襲撃が恒の世界に届くんですか?」

「ごめんね。そこから先は君に開示できる情報量を超えている」


 そうと言われたら、もうユージーンの口を割ることはできない。


「藤堂くんは異界の中で何をしようとしているの?」


 皐月も心配そうな顔をして尋ねる。

 これ以上粘ると全員の記憶を消されてしまう。

 レイアもその線引きをわきまえていた。


「聞いても忘れることになる」


 小学校教師特有の優しく穏やかな口調ではあるが、彼に駆け引きは通用しない。

 だから恐ろしいのだ。何もなかったことにされてしまう。


「では私は①の、恒に旧神に戻してもらう、を選択しますね! そうしないと、恒に今何が降りかかっているのかわからないし、恒は何を聞いても強がることしかできないんですよね」


 東京異界の内部はユージーンのみが知るブラックボックスだ。

 中に入って初めて、何が起こっているか把握できる。

 電話での表面上のやり取りでは、何も分からない。

 おそらく、東京異界の外に情報を持ち出すことすら禁じられていて、恒が何かを一人で抱えこんでいたとしても、中をうかがい知ることはできない。

 どんな地獄がそこに待っているのだろうか、とレイアは身震いがする。


「私が恒のサポートをしてもいいんですよね?」

「いいよ。私は君の動きを織り込んで補正する」


 レイアが東京異界に強引に入った場合でも、レイアの挙動も計算すると言っている。


「許可をありがとうございます。東京異界へはどこから入ればいいですか? 入口はたしか、一か所しかないんですよね? 恒に聞いたら教えてくれますか?」

「こちら側から異界に入るときには、恒くんは干渉できない。埼玉県側の秋津駅のホームに立って、電車が来たら乗るといい。電車が県境をまたぐから、そうすれば恒くんが迎えにきて、中に入れてくれるだろう」

「ありがとうございます」


 レイアは東京異界への進入方法について、スマホにメモをとった。

 異界に入るには手続きが大切だ。

 手続きを間違えてしまうと、時空のはざまで動けなくなってしまう。


「レイア。無理しないようにね。異界から出る時はその逆でいい。極力、中に入らないほうがいい」


 その、無理をしないで。

 という気遣いの言葉の裏には、無数の死が見えているのだろう。


「ご忠告、ありがとうございます」


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