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TOKYO INVERSE -東京反転世界-(EP3)  作者: 高山 理図
1章 巨人の肩にのって
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9話 県境から始まる前日譚


 8月12日の午後、藤堂は待ち合わせの場所に赴いた。

 待ち合わせ場所は何の変哲も見所もない路上だが、ここは東京都練馬区と、埼玉県新座市の県境にあたる。

 ベンチがふたつ、県境を挟んで設置されている。

 

「こんにちは。元気にしている?」


 埼玉県側から声をかけてきた人物は、金髪と碧眼を持つ、整った顔立ちの白人の青年だ。


「お久しぶりです」

「おや、寝ていないのだね。体調管理は大切だよ、同じ医師として忠告しておくね」


 二人はそのままどこかへ移動することもなく、県境を挟んでベンチに座る。

 この県境が、東京異界の境界だ。

 一見、二十代前半の穏やかな外国人青年にしかみえない人物は、この世界を掌握する「第四の創世者」のインターフェイス、人としてのかつての名をユージーンといった。

 人としての年齢は藤堂の知る限り201歳だが、実年齢は知れない。

 彼と言葉を交わすことは、時空管理者、創世者と対話をすることである。

 念話でも話すことができるのだが、藤堂は肉声で話したいと願う。


「ご忠告ありがとうございます。でもこの瞬間も、あなたは相手の創世者と交戦中なのですよね」

「ああ。それが相手は結構、厄介かもしれない」


 青年はバス通りを眺めながら、藤堂と肉声で言葉を交わす。

 今、こうやって穏やかに会話をしている間にも、彼は創世者Xと壮絶な戦いを続けている。

 彼が負ければ、この時空は即座に滅びる。


「ファルマくんに傘と晶石を与えてくださったのですね」

「そうだよ。彼は上位神技や特殊な浄化神術などの数々の知識を持っているけれど、それを成しえるための神力が足りなかった。神力さえあれば卓越した神術使いとなるだろう。杖にはこだわりがあったみたいだけど、この世界で没収されては意味がないからね」


 だから、何の変哲もないコンビニ傘にした。

 藤堂の読み通りだった。


「傘を人に向けるのは危険ですが」

「人に向けていい棒なんてないよ。指先だって失礼だろう? 最近では、教師も指示棒を生徒に向けないんだよ」


 「第四の創世者」のインターフェイスは、田舎の村で彼の妻とともに小学校教師をしながら定住しており、人間社会の常識を身に着けている。前代未聞の、会いに行ける創世者だった。


「彼は水の神術使いだと言っていましたが」

「正確には、物質創造と、物質消去というものが使える。私が異世界の論理を反転させているから、反物質創造と、反物質消去だね」

「なるほど、ファルマくんが水の正と負といっていた能力ですか。ちょっと何言ってるのかわからなかったんですが、でもそれは……禁忌なのでは」


 藤堂は唖然としてしまった。

 物質の創造と消去。

 無から有を、有から無を生み出すこと。

 エネルギー保存の法則を破ることだけは、やってはならない。

 そんな神具は、この世界には一つとしてない。


「だよね。私も君もそう考える。でも、彼の宇宙が閉鎖系でないなら他の世界と合体させることにより成り立ってしまうんだ。彼はできないことを他の創世者にやらせて辻褄合わせを押し付けている。夢と不思議にあふれたファンタジー世界は嫌いではないけど、フィクションだけにしてほしいかな。正直、この破綻した力を私の世界に持ち込まれるのはきつい。でも調律しなければ向こうの世界ごと崩壊に巻き込まれる。創世者Xかれは他の世界に寄生を繰り返すことで空間を長らえさせているんだ」

「愚かすぎるのでは? 何故自力で解決しないんです」


 藤堂は素でそういってしまったが、第四の創世者は藤堂をたしなめる。


「できないのかもしれない。創世者の状態も各種各様にして千変万化だ。万全の状態で空間を安定化させていられる者ばかりでもないし、熱的死を迎えそうになっていたり、他の空間に貪食や浸食された結果不安定化した者もいる。人間的価値観は私たちには無用のものだ」

「浅薄なことを申しました」


 藤堂は過去を振り返り、過ちを悟る。


「返り討ちに遭うリスクをとって他の宇宙に寄生をしてまで破滅を回避しようとしているあたり、自身の創作物への執着心は強いようだね。まだ何とかなるから向こうの世界を壊しはしないけど」

「……破綻の原因となっているものを取り除けばいいだけなのに」

「まあ、何かそうしたくない理由があるんだろう。気に入っているから、以上の理由はなさそうだけど」

「そんな身勝手なことで巻き込まれているのですか」

「人として、君の憤りも私にはわかる。世界をまたぐ二人の少年の運命を翻弄していること、少年たちの家族と引き裂いたこと、私も本音では許したくない」


 「人の気持ちがわかる」、といって人間に寄り添ってくれるのが、藤堂には嬉しい。

 彼と初めて出会ったころ、彼は「人の気持ちがわからない」、と言っていた。


「それに、相手の創世者はまだ若い、経験が足りないのだろう。少なくとも、自分の世界を守りたいなら情報量が桁違いの私に挑みかかってきてはいけないと思うよ。表面に見えているものしか見なかったのだろうけど、バックグラウンドに何倍もの情報量を持っているのにね」

「あなたも若いような気がしますが……違うんですか?」

「私は並列的に空間維持をしているからね。その期間は、概算してこの世界の時間で換算するところの、のべ1.8兆年を超えたよ」


 時間の進み方は相対的であるので、何かを基準に換算するのは意味がないのだが、敢えてそういう言い方をする。


「そ、そんなにベテランだったんですね。心強いです」

「情報量もずいぶん蓄えてきたからね、できることも増えたよ」


 人類との対話窓口であるインターフェイスの外見が常に若いので、藤堂は大きな誤解をしていたが、彼は複数の時空の宇宙を同時に運営し、あるいは同一時空を異なるパターンで運営して、経験を積んでいる。


「たとえば、和解することはできそうですか」

「難しいね。意思疎通ができず、一方的に攻撃だけ受けている状態だ。私が彼の宇宙の破綻を繕い、住民を全員を保護してあげることもできるのにね。そんな状態だから、創生者Xかれが犠牲にしたファルマくん一人をこちらに受け入れるので精一杯だ」


 彼が交戦中なのは、創世者Xだけではない。


「相当な損害を負いながらも、ファルマくんを助けてくださったんですね」

「助けたうちに入るかな? 彼は邪神化しているし、酷なことをしたのかもしれないよ」


 そうはいっても、ファルマ少年の消滅を許さず、

 彼をこちらに受け入れ、藤堂を傍に置いたのは彼の優しさからだと藤堂は思う。


「それは向こう側からの視点であって、彼は邪神などではありません。彼はいい子ですし、新しい家族と馴染もうとしていましたよ」

 

 藤堂はファルマ少年の肩を持ちたくなる。

 31歳の薬谷 完治のことはよくわからない。


「そうだね。薬谷 完治という青年も、亡くすには惜しかったよ」

「こちらから連れていかれた薬谷青年は、人間なのに守護神にされているんですよね」

「鎹の歯車の近くにきたから少し様子を見てみたけど、彼は向こうの世界で守護神として慕われているよ。神術に頼らない医学や薬学を普及して、神術依存の社会を覆そうとしてもいる。現地の人とうまく協力しているようだね」

「……普通の薬学者が、たった一人で医薬学の普及を図っているわけですよね。凄まじい頭脳と胆力ですね」

「ああ。まるで地球人のようではないだろう? 彼はたった一人で、創世者Xと互角に戦っている。彼が治める世界では、科学技術の普及や発展とともに神術を使わなくてよくなるだろうね。この世界の科学を向こう側に持ち込むことは、異世界の因果を整える切り札となるよ」


 彼は話を伏せているが、そういうことだったのかと藤堂は全ての話が繋がった。

 異界の解消と正常化にむけて、第四の創世者はすでに対処を終えている。

 彼もまた、異世界Xへ向けて特異解を放った。

 藤堂がたまたま東京の病院に勤務していたのも、彼の操作によるものなのだろう。


 最終手段は存在する。

 ただその方法は現時空と、相手の時空を同時に破壊することによって寄生を解き、情報を再構築する方法だ。

 そうならないよう、彼は薬谷完治を奪われる10年以上も前の時空から、いくつもの対抗策を仕込んでいる。


「私に東京異界の管理権限をいただけないでしょうか。私には、ファルマくんに群がってくる悪霊が見えません、即応するためには、より上位の情報が必要です」

「いいよ。権限をあげよう」

 

 第四の創世者は藤堂の思いをくみ取ってか、もともとの計画通りなのか、許可を与えた。


「これが初めての体験かな。情報量に眩暈がするかもしれないけど、すぐに慣れる」

「耐えられるでしょうか」

「現時空に限ればね。過去と未来への干渉は許可しない」


 異世界Xのファルマ・ド・メディシスに憑依した薬谷 完治が神力を行使し聖域によって悪霊を退け人々を救う「守護神」となるとき、こちらの世界に受け入れた薬谷 完治に憑依したファルマ・ド・メディシスは、その真逆の「邪神」ともいえる存在になる。

 こちらの世界で「邪神」となったファルマ少年は反神力を使い、反聖域を発生させ悪霊をひきつけ、人々に災厄をもたらす。

 それによって、二つの世界の破綻は繕われている。


 ヒーローが生まれる時、どこかでダークヒーローも生まれるのだ。


 邪神化したファルマ少年の体は不滅だが、精神は不滅ではない。

 自身が悪霊を発生させていると気づけば、人格は荒廃し、たった10歳の少年の心は潰れてしまうのは目に見えている。


 そうならないよう、藤堂が管理者権限を得て彼と、東京に住まう人々を庇護する。

 管理者権限を使えば、東京異界で起こる情報のすべてを掌握でき、悪霊の発生を知覚し、悪霊が彼を襲う前に対処することもできるだろう。


 ただ、その権能の代償として、管理者は管轄領域の外に出ることができない。

 これが空間管理者として特異座標に固定され、東京異界に封じ込められるということでもある。

 東京都から埼玉県の県境のたった一歩の距離ですら、永遠にまたげなくなる。

 その状態が何か月、何年、何十、何百年続くものかはわからない。

 藤堂の寿命は人の何倍もあり、老化もしない。

 時の流れを恐れはしないが、母親の死に目を逃すことはありえる。


「最短で脱出してみせます。脱出ゲーム、得意なんですよ」

「それがいい。志帆梨さんをはじめ、この世界に帰属する事物は自由にこの異界を往来できるよ。月末、志帆梨さんは君に会いがてら、家族で東京旅行を計画しているみたいだ。今日あたり連絡が来ると思うから、案内してあげたらいい」


 これも彼の根回しというか、藤堂へのせめてものねぎらいなのだろうが、久しぶりに母親に会えるかと思うと楽しみができた。


「本当ですか! ありがとうございます。ちなみにファルマくんが外に出ようとした場合はどういう扱いになりますか」

「外に出てもかまわないよ。ただ、異界の外に出る時は彼の神力もろもろ使えなくなるから、結果的に君の権能と庇護が及ぶ東京異界にとどまるほうが本人は安全だ」

「わかりました」


 ということは、ファルマ少年に外に出られてしまうと藤堂は助けに行けなくなる。

 これをよく覚えておく。


「ファルマくんがずっと異界の外にいたらどうなりますか?」

「そうはならない、必ず東京異界に戻る」


 藤堂は問わないが、異世界Xに連れ去られた薬谷が31歳で、現代の薬谷が10歳であることには、必然的な意図があると踏んでいる。

 そして、藤堂とファルマ少年のとる行動が、薬谷 完治の未来に影響するであろうということも。


「全神具の使用許可も、ありがとうございました。しかもフルチャージの状態で」

「いいよ。神具管理機構に申請を忘れずにね」

「もちろんです。共存在も使っていいですか」

「君の裁量だ。ほかに不安なことがある?」

「不安だらけですけど、頑張りますね」

「そう。そろそろ時間だ。時空間の分割をはじめるよ」


 定刻になった。

 藤堂の目には、県境より天空にまでそびえたつ「異界の壁」が見えはじめた。

 その現実を確かめるかのように、ふわりと片手を空にかざし、県境を越えようとする。

 ちょうど県境のあたりで、藤堂の掌はどうやっても動かなくなる。

 県境は、隔絶された時空の中で無限に遠ざかる。


 第四の創世者は空間を閉じ、藤堂を完全に東京異界に閉じ込め、独立した管理者として権限を付与した。

 それを終えると、彼はベンチから立ち上がった。


「これで私は異界(INVERSEWORLD)に直接介入はできなくなったけれど、観測はしているからね」


 藤堂は黙礼すると、第四の創世者はすでにその場から姿を消していた。


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