7・神すなわちゴッド!
「あれが私のお城です」
森を抜けると、見渡す限りの広い世界が現れた。
すぐ目の前には巨大な建物。
西洋の宮殿のようなそれは、パンティのお城らしい。
お菓子でできたお菓子の家みたいに、パンティで造られたパンティの城じゃなかった。
まあ、当然だけど。
ここは城の裏山みたいな場所らしく、城の向こう側に城下町のようなスペースが見える。
しかし、なんか妙だ。
コテージのように、四角や丸をベースにした建物。
だけど、王宮もそうだけど、建物のほとんどの部分には屋根がなかった。
それだけじゃなく、まるで小学生が粘土を捏ねて造ったみたいに、細かい部分でバランスが崩れている。
地震とかきたら、簡単に崩壊してしまいそうだ。
白っぽい色合いからは、なんで出来ているか素材はわからないけど、土というよりはコンクリートっぽい感じがする。
文明レベルは高くない感じだ。
漫画やゲームで接するファンタジー世界の一般的な文明よりは、ちょっと劣るくらいに思えた。
「あれ、雨とか降ったらどうするの?」
「雨ってなんですか?」
って、嘘でしょ!?
この世界に雨ないの?
水とかどうやって補給してんの?
って、川があるか。
いや、川があるってことは雨が降るはずであって、そ、そうか、単語が違うんだな。
この世界では雨って単語がなく、違う単語が使われているのだろう。
「雨ってのは、空から水が降ってくる現象だよ。この世界ではなんて言うの?」
「何を言ってるんですか? 良平様。空から水が降ってきたら、濡れちゃうじゃないですか?」
…………え?
ケラケラと可笑しそうに笑うパンティを見て、僕は絶句した。
いくら異世界とはいえ、雨が降らないなんてことがあるのだろうか?
水の供給は?
まさかこの世界は球状ではなく、某宗教の世界観よろしく、巨大な亀の背中に乗っているとか言いだしたりしないよね?
次に僕は呆然と上空を仰いだ。
雲一つない真っ青な空。
太陽が真上にあるのを見るに、今は正午くらいだろうか。
確かに雨が降るような感じはしないが、それは今が晴天だからであって、雲が出てきたりすれば――
あれ? と混乱気味の僕は思った。
目の錯覚だろうか?
上空がキラキラと光っているように見えるのだ。
星かな?
いや、それとは違う気がする。
なんだろう、あれ?
「良平様。そんなに恨みがましく眺めていても、空から水が降ってきたりはしませんよ」
くすくす笑いながら言うパンティの科白で、僕ははっと我に返る。
「いや、あの。空だけど、なんかキラキラしていない?」
「ああ、それはお星さまです。夜になるともっときれいに見えますよ」
星?
やっぱり星なのか?
僕はどこか納得いかない感じで、でも常識で考えれば星以外の可能性を思い描くこともできず、街の灯のない地域では満天の星が見えるという話を思い出し、ファンタジーの世界だから、そんなこともあり得るのか、と無理矢理に自分を納得させた。
そして、気になっていたもう一つのことを訪ねる。
「ねえ? 地震がきても大丈夫なの? なんか建物が微妙に傾いている気がするんだけど?」
「地震? 地震てなんですか?」
半ば予想していたけど、この世界には地震もないらしい。
念のため、地面が激しく揺れることだと言いなおしてみたけれど、「地面が揺れたら危ないじゃないですか」と至極当然の指摘をもらい、この世界には地震がないのだという事実を理解させられる。
いや、地震なんてないに越したことはないんだけどね。
なんか雨がないことが結構ショックだったっていうか、だったら川はどうしてできるんだろう、とか考えだして悶々としてしまう。
あれ?
でも、スマホは存在するんだよね?
よくよく考えなくとも、その時点ですごくおかしくない?
あれって、スマホの形をした木の板なんじゃないだろうか?
あ、でも王様にぷちぷちで連絡していたし。
「ねえ、一つ質問だけど、そのスマホって、どこで手に入れるの? まさか携帯ショップがあるわけじゃないよね?」
「携帯ショップって、なんですか?」
やはり質問がくるか。
半ば予想していたけど、僕は内心で辟易しはじめていた。
「そのスマホなんかを売っているお店のことだよ」
「売る? お店?」
パンティが可愛らしく首を傾げる。
くぅ、本当に可愛いなぁ、と僕はあまりのショックにパンティの可愛さに現実逃避しそうになって、半開きの目になりそうな気分のまま、思考を巡らせる。
まさかと思うけど、この世界にお店はないの?
ゲームの世界にすらあるのに。
お金の概念とかどうなっているんだろう?
それともあれだろうか、パンティはお姫さまだから、世の中が経済で成り立っているという事実を今の今まで知らなかったのだろうか?
僕はもはや面倒くさくなって、新たに質問をする気にはならなかった。
どこまで行ってもキリがない気がする。
と、そんなときだ。
「あ、神様」
パンティが明るい声を出した。僕の聞き間違いじゃなければ、いま神様って言った?
神様とはすなわちゴッドのこと!?
僕らは話しながらも結構道を進んでいて、お城に近い街の入り口に差し掛かっていた。
街の中には幾人もの人があふれていて、それなりに活気に満ちている。
その人通りの間に、奇妙な生き物がいることに気づく。
大きさはバレーボールくらい。真っ赤な細い手足に、白いもこもこの胴体をもった生き物が八匹ほど、列をなして街路を歩いていた。
ヒヨコのようなよちよち歩きだ。
「ほら、良平様。スマホの件ですが、スマホはあの神様からもらうんですよ」
パンティが嬉しそうに白いもこもこを指差しながら言う。
っていうか、神様を指差していいの!?
しかし、なるほど神様か。
それだったらオーバーテクノロジーをもっていたりしても、問題ないよね?
って、問題あるわい!
僕は一人で寂しく脳内ツッコミを入れた。
なにその超設定。
神様いるからなんでもありなんて設定、納得できないよ。
しかも普通に街中を歩いているし、神様の割には誰からも敬意を払われていないし。
なんだかもう、僕の精神は混乱と諦観の極致にいた。
「パンティ様、パンティ様。その人間は誰なのゾカ? 見ない顔ゾカ」
こちらに気づいた神様の一匹、いや一柱と言うべきなのか?
でも、なんか動物っぽいので一匹でいいや、が僕に気づいて、話しかけてきた。
どうでもいいけど、語尾が「ゾカ」なんだ。
可愛くもないし、おもしろくもないし、だから何? って感じの語尾だ。
声は可愛らしく、どこか甲高いアニメ声を髣髴とさせた。
「この方は木村良平様。異世界からいらっしゃった伝説の英雄なんです」
「あ、そうゾカ」
神様がやけにあっさりと納得した。
っていうか反応軽っ!?
自分で言うとあれだけど、伝説の英雄がやってきたって割には、近所のおばちゃんの天気の話程度のリアクションじゃん。
歓迎されていないどころか、まったく興味がないレベルなの!? 伝説の英雄って。
「どうでもいいけど、食事の関係があるから登録しておくゾカ。いいゾカ?」
言って、もこもこが手を伸ばしてくる。
小鳥の足のように細い両腕が、触手を伸ばすように、にょきにょきと伸びてきて、最初は五センチくらいしかなかった腕が今は二メートルほどになっていた。
何それ気持ち悪い。
「ちょっ、何をする気?」
僕は情けもなく及び腰で、抗議の声をあげた。
だって気味が悪いんだもん。
神様の目は白兎みたく真っ赤で、ぬいぐるみにつけたボタンのように見えた。
当然、無機質な瞳は、感情の色をまったく反映していないため、何を考えているかわからない不気味さを持っている。
「良平様。大丈夫ですよ。魔法のデータベースに良平様を登録するだけです。登録しないとご飯を供給してもらえないんですよ」
魔法?
魔法って言ったのか?
僕は漸く出てきたファンタジーっぽい単語に、ちょっとだけ興奮を覚える。
そうか魔法か。
僕は愚かしくも恥ずかしくも、この瞬間まで魔法という単語を完全に失念していた。
魔法の力があれば、スマホらしきものだって簡単に作れるかもしれないし、それにごはんの供給という概念。
もしかしてパンティがお店を知らなかった理由は、それかもしれない。
この世界では食べ物は神様が供給してくれるものなのだ。
だから、お店も存在しないし、確認したわけじゃないけど、たぶんお金も存在しないのだろう。
ということは、労働も存在しないのか?
でも、女騎士さんたちのこともあるし、その点どうなんだろう?
神様に訊けば、パンティに訊くより多くのことが分かるかもしれない。
「はい、生体認証確認。DNA及び免疫系のチェック完了ゾカ」
「一ミリたりとも魔法っぽくねえ! それ完全に科学でしょ!」
僕が全力で、神様にツッコミを入れたときだ。
「はっ、私はいったい。うん、ここはどこだ?」
僕がずっと背負っていたウルザさんが、漸く目を覚ました。
ちょっと、いや、かなり不味い気がするぞ。
僕は自分が軽い出来心と僕らしからぬ虚栄心から、ウルザさんを背負ってしまったことを後悔しはじめていた。
普通に考えれば気づくはずだ。
背負っている途中でウルザさんが目を覚ましたら、どうなるかなんて……。
僕ってなんて馬鹿なんだろう。
お読みくださりありがとうございます。
次は背負っているウルザさんが目を覚ます話です。背負ったままでの戦い!
こう、ご期待!
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