21 あがががががががが(最終決戦!)
試験の中には、「拳銃で人を撃ってもよいか?」という問いに対し、
「楽しいので撃ってもいい」
「死ぬ可能性はあるけど、死なないかもしれないから撃っていい」
「どんな理由があっても撃っては駄目」
みたいな答えを知らなくとも分かる問題から、
このマークの意味はなんでしょう的な、教わっていなければ絶対に解けないような問題もあったけど、雨樋さんから借りた公式カンニング本のおかげで、なんとか答えを埋めることができた。
もちろん、いきなり試験に挑むほど勇者ではなかったので、事前にカンニング本には一通り目を通してはいた。
本の厚さ的には百ページくらいだ。
百点中、六十点以上で合格という、緩い合格基準だったけど、ごく普通の僕は、六十一点という超ぎりぎりの点数で合格したのだった。
これで伝説の武器──どうやら自衛のために発売されていた未来の防犯グッズらしいけど、それを手にする資格を手に入れたのだ。
神様に新たに造ってもらってもよかったけど、時間がかかるだろうということで、雨樋さんの住む塔に置いてあった在庫品を譲ってもらうことにした。
そして、「今から触手プレイするけど、見ていかない?」的な、本気で迷うような鬼の誘いを受け、あれこれと迷っていたら、うさメイドさんから、「見たら殺す」と涙目で脅され、こりゃ見るしかねえな、ぐへへへと思ったところで、パンティからプチプチで連絡が届いた。
『良平様、その後ぜんぜん連絡ないですけど、どんな感じですか? 私、もう心配で心配で、夢にまで見ちゃいました』
あ、そういや連絡するの忘れた。っていうか、心配で眠れないとかないんだね。
『私は良平様に教えていただいたエッチなピストン運動で、もうお城に戻ることができましたよ。本当、速いですね』
ちょっと待って! 僕はエッチなピストン運動なんて教えていないよ!
なに、誤解するようなこと書いてねん!
『ちなみにエッチとは、女騎士のエッチです。えへへ、びっくりしました?』
びっくりしたよ。それ以前に、女騎士のエッチってなに? イニシャルじゃないよね!?
『あ、そうそう大事なことを言い忘れるところでした。例の中村王が単身で、もの凄い勢いで我が国に攻め込んできているそうです。ちょっとヤバめなので、道草しないで帰ってきてくださいね』
「っていうか、それ、言い忘れそうになっちゃ駄目でしょ!」
「どうしたんだい、木村くん」
思わずツッコミが声に出ていたため、雨樋さんに心配されてしまったようだ。
「はあ、例の中村さんが怒りくるってプリプリル王国に攻め込んできているらしくて。すいません。触手はまた今度ということで」
「なに言ってんだ、お前。今度はねえよ!」
そう言ったのは、エルフさんと灰猫さんに両脇を抱えられ、触手部屋へと連れ込まれそうになっているうさメイドだ。
……本当、触手プレイ見たかったな。
「くどいようだが、どうしても戻るのかい? あの世界には失望しか存在しないよ。それよりも、ここで理想の女性を造って、あらゆる快楽を追求してみないかい?」
うぐっ。
そんな良いとこばかり力説されると、ちょっと決心が揺らいでしまうなぁ。僕は普通に優柔不断だから。
でも、もう出会ってしまったんだ。パンティに。
本気で好きになってしまったんだ、パンティを。
だから──。
「それでも僕は、パンティのほうが大事です」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
あれ? なんでだろう?
雨樋さんをはじめ、メイドさんたちも微妙な顔つきをしている。
僕、何か変なこと言ったかな?
「……変態」
ボブカットさんがぼそりと呟き、
「『パンティが大切』って、お前あたま大丈夫か?」
うさメイドが「なに言ってんだ、こいつ」という表情で言った。
「そうか、キミは下着フェチだったのか。すまい、それには気づかなかったよ」
雨樋さんが、ぽんと僕の肩を叩いた。
し、しまったーーーっ!!
そこで僕は漸く気づく。さっき、パンティのことをついうっかりパンティと言ってしまったことに。
前に事情を説明したときも、雨樋さんたちにも言うのが恥ずかしかったから、パンティという名前でなく、プリプリル国のお姫様、という言い方でしか伝えてなかった。
「──って、誤解です! 僕は言ったのはパンティのことで、パンティのことじゃないんです!」
「わかっているよ、木村くん。みなまで言うな」
「優しい声と表情でそんなこと言わないでーっ!」
このあと僕は、説明にずいぶんと時間を要してしまった。
神様の国までは、ボブカットさんのエアロバイクで、神様の国はエアロカーで移動したため、ドームまでは数時間で着くことができた。
けれども中村さんの移動スピードを考えると、かなりぎりぎりの時間だろう。
僕は神様の国へ通じる扉からパンティのお城までの距離を、ずっと走って移動した。
城下町に着くと、人通りは少なかったけど、特段被害はないようだ。プチプチで連絡もないし、まだ中村さんは着いていないのだろう。
「あ、良平様!」
王座の間に到着すると、僕を見つけたパンティが弾んだ声をあげて、子犬みたいに走り寄ってきてくれた。
「無事でよかった。みなさんも」
プチプチで連絡をとりあっていたので、無事なのはわかっていたけど、それでも実際に会うと安堵の気持ちがこみ上げてきた。
「その手にしてるのが、伝説の武器か?」
僕は頷くと、手にしていた一・五メートルほどあるサスマタを、王に掲げてみせた。伝説の武器がサスマタって、ちょっとダサいかな、とは思っていたけど、
「ほう、これが伝説の武器。なんと凛々しい」
「先端が二つに分かれているとは、なんて斬新なんだ」
と王様をはじめ、重臣たちも褒め称えてくれたので、悪い気はしなかった。
僕の知っているサスマタとは違うのは、先端がスタンガンみたいに電気を流せるようになっていて、それで相手を気絶させることができる点だ。
しかも単に気絶させるだけでなく、麻痺して倒れるまでの時間、神経に介入して、体の行動を奪ってしまうことも可能なのだ。
これは気絶して倒れたときに、頭を打ったり、背骨を打ったりして半身不随などの事故につながったケースが過去にあったからで、未来のスタンガンは安全に倒れ込むことができるよう、配慮がなされている。なんで知っているかというと、試験に出たからなんだけどね。
要はこの先端部分を中村さんに接触させれば、それで僕の勝ちということだ。
「て、敵襲!」
ちょうどそのとき、外から騒がしい声が聞こえてきた。
すぐにエーテルさんたちのスマホが音を発し、プチプチで状況の報告が飛んでくる。
「中村王がやってきたみたいです。しかも、なぜかパンツを探しているみたいですね」
へ? パンツ? なんでパンツなんか探してんの?
「ということは今はノーパンということだな?」
エーテルさんの報告に王様が神妙な表情で頷く。
「しかも単身で来ているということはフリー。故にフリチン?」
「なぜに疑問系!?」
エーテルさんがアホなことを言ったので、僕は反射的に普通のツッコミを入れてしまった。さらには、おもしろくともなんともない。
しかし、中村さんは、なんでパンツを探して、わざわざここまでやってきたのだろう?
そんなことを思っていると、直に中村さんの怒声が聞こえてきた。
「パンティはどこだ!!」
「って、探してんの、お姫様のことだよ!」
そりゃそうだよな、と僕は思った。パンツ探しているの時点で気づくべきだったよ。
中村さんはパンティに交換日記を渡すほどご執心だったわけだから、逃げだしたパンティを連れ戻しにきても、変じゃないわけだ。
っていうか、プチプチで連絡してきた兵士。自分の国のお姫様の名前くらい、瞬時に思い出そうよ!
なにがパンツを探しているだよ! そこまでお馬鹿なの!?
しかし、中村さん凄いな。
僕は未だに恥ずかしくて、パンティと連呼できないのに。
「パンティはどこだ!」
「姫様は、そこをまっすぐ行った先の玉座の間にいらっしゃるが、この閃光のウルザが──」
「そこかぁああ!」
「ぐはっ!」
中村さんの咆哮が聞こえ、ウルザさんが負けた音が聞こえた。
ウルザさん何がしたかったんだろう?
いや、止めたかったんだろうけどさ。
すぐに玉座の間の扉が開けられ、迸る怒気を隠しもしない中村さんが現れた。
切れたヤンキーそのものだ。凄く怖い。
「パンティ! てめえ、ぶっ殺す!!」
うわ、凄く怒っている。よっぽど逃げられたことが癪に障ったんだな。
「何が、『お前の口臭ウンコ』だ! 絶対許さねえ!」
中村さんが、どこから取り出したのか、交換日記のページを広げて、激昂しながら、次にそれを床に叩きつける。
…………。
………………へ?
もしかして、中村さんが怒っている理由って。
ヤバい。マジ、ヤバい。あれ書いたの僕だってことばバレたら──。
「ああ、それ書いたの良平様ですよ」
やっぱりね。パンティは素直でよい子だから、絶対そう言うと思ってたよ!
「……それ、本当か?」
中村さんが陽炎のように立ちのぼる怒気を、ゆらりとこちらに向けた。
やばっ、本当なんだけど、素直に頷けないオーラが立ちこめている。
なんとか誤魔化して穏便に済ませられないかなぁ。
「誓って本当です。私の命に代えても嘘は言いません!」
パンティは本当素直で……くすん。
「てめえ、木村っ! ぶっ殺す!」
僕の最大限の愛想笑いは、まったく意味をなさなかったみたいで、中村さんが有言実行間違いなし、といった勢いで僕に襲いかかってきた。
「良平殿、今じゃ! 伝説の武器を使うのです!」
王様の言葉で、半ば恐怖で頭が真っ白になっていた僕は、我に返る。
そうだ。この武器があれば、中村さんを恐れる必要はない。
先端部分がスタンガンになっていることを、中村さんは知らないはず。今なら簡単に倒せるはずだ。
僕はサスマタを構えると、中程にあるスタンガンモードへの移行スイッチをONにした。
「ピンポーン! スタンガンモードへ移行します。先端部分に強力な電流が流れておりますので、誤って触らないようご注意ください。繰り返します。スタンガンモードへ移行──」
玉座の間に、機械的な女性の声が響きわたる。
その声に中村さんは猪突猛進を止めて、次に僕の構えるサスマタの先端を見て、
「なるほど。そういう武器があるのか」
いくぶん冷静さを取り戻したみたいだ。
っていうか、なに余計なこと言ってんの!? 奇襲にならないじゃん!
いや、安全重視設定ってことはわかるよ。でも、相手にも警戒されちゃうじゃん。それでいいの?
「どうした、かかってこいよ。武器を持っててもビビりなのかよ」
中村さんが、左手を上に曲げる仕草で、かかってくるよう煽ってくる。
無論、それが頭に来たわけではないけど、リーチはこっちのほうが長いわけで、必然的にこっちから攻撃を仕掛けることになる。
僕はぎりぎりまで中村さんが近づいてくるのを待って、サスマタで一突きにする。
しかし、中村さんは素早いフットワークでサスマタの右側面に回り込むと、サスマタのロッドの部分を左手で掴み、引き寄せるようにして、僕との距離をゼロにした。
「シュッ!」
中村さんの口から鋭い音が漏れると同時に、僕は左の頬に衝撃を覚えていた。おそらくは右ストレート。
その突然のダメージに僕はあっさりとサスマタを手放してしまう。その隙を中村さんは見逃すはずもなく、あっけなくサスマタを奪われてしまった。
「テメエが食らえや!」
中村さんが僕の体に奪い取ったばかりのサスマタの先端を突きつけてくる。
だが、覚悟したような衝撃は襲ってこなかった。
「ブー。認証エラー。スタンガンモードを強制解除します」
その理由を機械の声が教えてくれる。
僕と違って試験に合格していない中村さんは、サスマタの能力を使うことができないのだ。
「ちっ!」
サスマタは、武器としてはまだ有利なはずだけど、感情的になったのか、素手のほうが戦いやすいのか、あるいはその両方なのか、中村さんは苛立ったようにサスマタを放り投げた。
中村さんのパンチのラッシュが襲い来る。こうなってしまっては僕に為す術はない。
あっけなく僕は床の上にダウンしてしまった。
「良平様!」
パンティの泣きそうな悲鳴がこだまする。
誰もが僕の負けを理解し、その後に受けるだろう敗戦国としての処遇に胸を痛めているに違いない。
──気を抜けば、意識が飛びそうだった。
だけど、僕は必死に気力を絞って、それに耐えていた。ここで気を失ってしまえば、僕に勝機はない。
まだ一つ、勝つための術は残されている。
「どうした。もう終わりか?」
中村さんの声が上から降ってくる。悔しいことに息すらあがっていない。僕は彼にとってその程度の敵でしかないのだ。
だから僕は仰向けになったまま言ってやった。
「お前の口臭うんこ」
「なんだと、おらっ!」
短気な中村さんが、ヤンキーよろしく僕の襟をつかみあげてメンチを切ってくる。
──僕はこの瞬間を待っていたんだ。
上着のポケットから、それを取り出す。拳銃の形をした武器。鉛玉の代わりに、スタン効果のあるレーザーを打ち出す、中村さんの倒すための伝説の武器──レーザーガンだ。
そう、僕は武器を一つだけ持って帰ってきたわけではないのだ。
「セーフティを解除します。扱いには充分注意してください」
案の定、音声ガイドが流れた。
けれども中村さんはそれがどこから聞こえたか、一瞬わからなかったみたいに周囲を見回し、次に僕を見て、その次に僕の手に握られている銃に気付き、ぎょっとした顔になった。
「テメ──」
中村さんが咄嗟に逃げ出そうとする前に、僕は銃の引き金を引いた。
「あががががががががが!」
金色の光が中村さんを包み込む。
その瞬間、中村さんは痺れたような奇怪な声をあげて硬直した。
やった! 僕は勝ったんだ! どうだ、僕かっこいいだろう?
と、そんなことを思って、ふっとかっこよく笑ったときだった。
中村さんの全身を包み込んでいる金色の光が、中村さんの腕を通じて僕のほうにやってきた。
──へ?
「あがががががが」
僕も中村さんと同じ声をあげはじめた。
「あががががががが」
「あががががががが」
僕ら二人そろって、仲良く感電していた。
そして、いきなり体が意志とは無関係に動きはじめる。気絶による転倒で怪我をしないための保護機能だ。
「あががががが(なんだこれは?)」
「あががががが(こういう仕様なんです)」
僕らは仲良くコサックダンスをはじめていた。
滑稽だ。あまりにも滑稽で、シュールな光景だった。
「あががががが(てめ、なに笑ってんだ!)」
「あががががが(こういう顔なんです)」
僕と中村さんは、さっき習得したばかりのあがが語でコミュニケーションを取り合った。っていうか、なんで通じるんだろう?
やがて僕らは同時に床に寝っ転がると、初体験をすませたばかりのカップルのように、互いの手を握りしめながら、──同時に気を失った。
目覚めたとき、僕の最大の懸念は、中村さんはどうなったのだろうか、ということだった。
僕はパンティたちの前で気を失ったのだから、手厚く保護されるだろうことはわかっていたけど、中村さんは敵国の王で、パンティたちは戦争となれば、相手を殺すことも厭わないわけで、最悪中村さんは殺されている可能性もあったし、逆にパンティたちはお馬鹿なわけで、中村さんをそのまま拘束することもなく、放ってく可能性もゼロじゃないわけで、僕は夢にまでみて、そのことを心配していた。
結論から言うと、中村さんは地下牢に閉じこめられていた。
理由は「敵国の王なのだから、大々的に処刑してやろう」ということだったので、僕は慌ててそれをやめさせることにした。いや、やっぱり寝覚め悪いしさ。
確かに、互いの国に死者は出たわけだけど、僕の倫理観は処刑をよしとせず、中村さん自体は、誰かを殺したわけじゃないから、そこまでする理由も見つけることができず、そんなわけで、エレク王に処刑を思いとどまってもらったのだ。
ちなみに地下牢に閉じ込められていると聞いて、僕は慌てて地下牢に向かった。
だって、この世界の牢屋って、格子の間隔が広いんだもん。
プリプリル国も例に漏れなかった場合、中村さんが逃げ出している可能性があったからだ。次に勝てる自信は正直ない。
そんな僕の不安は的中していて、プリプリル国の牢獄も格子の間隔が広かった。
駄目じゃん。
全然、駄目じゃん。
だけどラッキーなことに、中村さんは檻の中にまだいてくれた。
「へ? なんだ俺の顔でも見に来たのか? 安心しろ、無様に暴れたりはしねえ」
中村さんは息を切らせて現れた僕を見て、いろいろと勘違いしたみいだけど、格子の間隔が広く抜け出せることには気づいていない様子だった。
よかった。
中村さんが馬鹿で本当によかった。
僕は安堵の息をついて、次の瞬間、問答無用でレーザーガンを発射した。
「あがががが(テメエ、何しやがる!)」
僕は中村さんがコサックダンスをはじめたところで、パンティにプチプチで連絡して、壁をつくるための粘土を神様に持ってこさせるよう指示を出し、息ができる程度の穴を残して、逃げ出せないよう念入りに隙間を埋めたのだった。
──こうしてやっと、僕の戦いは終わったのだ。
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