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18 一棒一穴主義と交換日記

「あ~れ~! や、やめてくださ~い!」

 パンティの黄色い声。


「うわはははは! 良いではないか! 良いではないか!」

 それを掻き消すのは下卑た中村さんの声。


 襲いかかる中村さんに、抗うこともできず卑猥な姿をさらすパンティ。


 僕は心臓に穴が開いたみたいに、激しい痛みを覚える。


 その痛みで、──僕は目が覚めた。


 最初に思ったことは、ああ、パンティが中村さんにエッチなことをされていたのは、夢だったんだな、という安堵の気持ちだった。

 

 僕は二度寝をすべく、やけに柔らかくていい匂いのする枕を握りしめるようにして、頭の位置を調整する。


「ひゃっ!」


 その瞬間、女の子の甲高い悲鳴が聞こえた。


 僕は何事かと、慌てて顔を起こす。


 と、僕の頭の上──僕を膝枕するような格好で、パンティの顔があった。

 顔を耳まで真っ赤にして、気まずそうな表情をしている。


「パン……お姫様。無事だったんだね」


 僕は感激のあまり、思わずパンティと呼びそうになり、わずかに残った羞恥心が、それを押しとどめる。


「はい」


 だけど、パンティの様子がどこか変だった。


 まるでおしっこを我慢するような表情と言うべきか、痴漢にでも遭っていて、それを我慢しているような、そんな表情だった。


 僕は気がかりのあまり、触り心地のよい枕を、ぷにぷにと揉みまくる。


「んっ、はぁ」


 それにあわせて、パンティのピンク色の唇から、悩ましい声が聞こえてきた。


 なんでだろう? 

 僕が枕の感触を確かめようと、ぷにぷに撫で撫ですればするほど、パンティが儚い吐息を漏らすみたいだ。


「あ、良平様。そこ、私のお尻です」


 そうかお尻なのか。


 最初に膝枕されていたときに半分気づいていたけど、やっぱりこれはパンティのお尻と太股だったのか。

 

 しっとりした肌触りに、やわらかく温かい感触。

 こんな素晴らしい枕に僕は出会ったことがなかった。このまま二度寝したら、気持ちいいだろうな。


 僕は寝ぼけているのをいいことに再び目を閉じて、パンティのお尻と太股の感触を堪能──。


「触るな言うとろうがっ!」


 突然の怒声とともに、鈍い痛みが僕の下腹部を襲ってきた。


「のぉおおおおおおーっ!」


 僕は絶叫して、股間の大事な部分を押さえて悶絶する。


 なに、何が起こったの!?


 そこで漸く僕は、まわりの状況を確かめようという気持ちになった。


 そこは二メートル平方の檻のような場所で、この世界では珍しい鉄製と思われる柵が、縦方向に三十センチ間隔で四方を覆っていた。


 この世界では珍しい、天井つきの檻だ。

 さすがに人を閉じこめるための場所で、天井がないのはまずいと思ったのだろう。


 檻の中にはパンティのほかに、もう一人、まるで小学生のような体型と顔立ちの小柄な女騎士さんが立っていて、腕組みをしていた。

 どうやら彼女が僕の大事な部分を踏みつけたようだ。


 っていうか、何してくれんの。!


「われ、姫様が困ってる言うとろうが、何いやらしい顔して、いつまでも揉みしだいとるねん」


 童顔には似合わない、って、どこの国の方言だよ、って感じの言葉で、顔を醜く歪めながら女騎士さんが文句を言う。


「いいのです、リリィ。私も嫌じゃなかったですから」


 パンティが顔を赤めて、後半はやや小声で言った。

 

 ってことは同意の上じゃん。本当、なんで邪魔しちゃうの!?


「それに良平様は英雄ですよ。気安くちんちんを足蹴にするものではありません」


 そうだよ、僕は英雄なんだよ。

 そんなに簡単に足蹴にしていい存在と場所じゃないんだよ。


 そういうプレイのとき以外は。


「はん。何が英雄や。あっけなく負けさらしよって」


 ……正直。竿を踏みつけられたときよりも、強い痛みを心に覚えた。


 そうだよ、何が英雄だよ。僕は……。


「われが負けたせいでは、わいらはな……」


 リリィが指を指す動作をした気配がしたので、僕はそれに誘導されるように、檻の外を眺めた。


 周囲は薄暗い夜の闇に覆われていて、目をこらさないと遠くまで見ることはできなかったが、いくつかの檻があるのが見える。

 檻は台車式で、引っ張って移動する仕組みのようだ。


 檻の向こうには、魔法で光るスイッチ式のランプがあり、明るく周囲を照らし出していた。

 そのため向こうからすると、こちらの闇は深いだろう。


 その明るいスペースでは、モヒカンぞ族にじろじろと視姦されるプリプリル国の女騎士さんたちの姿があった。

 

「げへへ、誰を嫁にしようかな~」

「その気持ち悪い目で見るのはやめて!」


 下卑たモヒカン族の声に、悲鳴のような女騎士さんたちの声。

 くそっ、なんて酷いことを!


 って、あれ?


 なんか思ってたよりも、酷い扱いを受けていないような……。

 ほら、ここは戦場だし、もっと先までやってていいんじゃない?


「あの、質問なんだけど、なんで彼らは眺めているだけなの? 普通は、レイプとかするもんじゃない?」


「なっ! なんて、卑猥なやつ!」


 リリィさんの顔が耳まで真っ赤になった。


 あれ、意外に純情なのかな、この子。まあ、見た目小学生だし。


「モヒカン国はドーテー教徒が大半を占めているんです。ドーテー教は一棒一穴主義。だからむやみに、そんなことはしないのです」


 パンティがどこか毅然とした雰囲気で、アホなことを言い出した。


 え? 一棒一穴主義?

 何それ?


 ぱかんとしている僕を見て、何を思ったのか、パンティが説明をはじめる。


「一棒一穴主義というのは、一つの棒が入れていい穴は生涯一つだけという意味です。棒とはすなわち、ちんちんのことで、穴は──」


「そんなのは想像つくよ! っていうか、なんの説明をしているんだよ!」


 僕はどっと疲れが降りてくるのを感じた。


 よかった。

 女騎士さんたちはエッチなことがされるといっても、確かにおっぱいぺろぺろも十分嫌だろうことは想像できるけど、レイプされるわけじゃないんだ。


「とにかく、われが負けたから、わいらはこんな仕打ちを受けているんや! 全部われのせいや!」


 リリィが半分八つ当たりで、半分正当な意見でもって、僕の心をえぐってくる。


 だいぶ描写が遅れたけど、今更になって、中村さんに殴られた顔の痛みが響いてきた。

 触ると結構熱く腫れ上がっている。


 ──そうだ。僕は負けたんだ。


「リリィ。いいのです。良平様は十分活躍なされました。良平様が参戦しなければ、もっと早くにあなたたちは負けていたんですよ」


「そんなことはわかっとる。わいらのことはいいんや。それよりも姫様や。姫様はあの王様に連れて行かれて──」


 え?


 僕は自分の耳を疑った。

 パンティが中村さんに連れて行かれただって!?


 中村さんは僕の世界の住人だ。

 価値観だって、そうだろう。ならば、一棒一穴主義なんて、貫いてないはず。


 ずきんと、心臓が痛みを発する。


 もしかして、パンティはすでにもう、あの中村さんに?


 僕は縋るような視線をパンティに向けた。否定してもらいたいと思った。


 パンティがすでに、陵辱されてしまった後だなんて、そんなの信じられなかった。

 さっきまで見ていた夢の内容が、脳裏によみがえる。


「お姫様。本当なの? 君は中村さんに連れて行かれたの?」


 パンティは困ったような、どこか罪悪感に苛まれた微妙な表情で、

 ──こくんと頷いた。


 僕は、鉄球で体の中心を貫かれたようなショックを受けた。

 このまま気絶してしまえれば、どんなに楽か。


「じ、じろじろと見られていただけ、だよね?」


 僕は今、どんな顔をしているだろう。とても情けない顔をしているに違いない。


「いいえ、良平様」


 パンティはふるふると顔を振って、それを否定する。


「ま、まさか──!?」


「はい。実は──」


 僕は呆然と、半ば失神しそうな気持ちで、彼女の桜色の唇が動くのを眺めていた。


「こんなのをもらったんです」


 パンティがどこからか、ノートを取りだした。


 タイトルには「交換日記」とある。


 …………。

 ……………………。

 ……………………………………え?


「なんですかね、これ。俺の女にしてやるからって、これを書くよう言われたんですけど、何を書いたらよいか、よくわからなくて」


 交換日記?


 交換日記ってあれだよね?


 男女がノートを通して愛を深めるという、昭和臭のする男女交際の始め方。

 もはや廃れすぎて、最近の若い子は知らないんじゃないのってレベルの。


「──って、古めかしいな、あの人の価値観!!」


 中村さんは出会って五秒で口説いてくるような人だったから、軟派な人かと思ったけど、純情ヤンキーよろしく、実は硬派な人だったのか!


「で、そのノートを渡されただけ? ほかには何もされていない?」


「はい。ほかには特に。どうでもいい世間話をちょっとしたくらいです」


 よし、パンティの貞操は無事だ。やったね、ラッキーだね。


 僕は残業せずに定時に帰れたサラリーマンのように、って経験はないけど、さわやかな気分になった。


「とりあえず、そのノートちょうだい。僕が返事書いておくから」


「さすがは良平様。助かります」


 パンティが喜んで差し出してきたそれに、「お前の口臭うんこ」と書いて、そのへんに放り投げた。


「そういや、お姫様。中村さんは今はどこに?」


 僕はあたりを見回すけど、中村さんらしき姿はなかった。


「はい。なんでも先に帰るということで、もうお城に戻られたみたいです」


 よし! ここがどこかは分からないけど、少なくともお城ではない。

 ということは、ここには中村さんはいないということだ。


「いまは、どんな状態かな。なんで彼らは移動していないの?」


「もうすぐ夜になるし、おねむの時間なんですよ。明日の朝になったら動きはじめると思います」


 そうか。しかも、ちょうど今は、彼らの注意はほかの女騎士さんたちに向いている。

 逃げ出すチャンスだ。


「ここから逃げよう」


 僕はパンティとリリィに向かって言った。


「何を言うとるんや、われは。見てのとおり、わいらは閉じこめられているんや。出るのは無理やろ?」


 うん。なんとなく、理解していたけど、やっぱりこの世界の人たちは頭が残念なんだな。


 こんな檻、出ようと思えば、すぐに出られるんだけどな。


「まさか英雄さまなら、この檻を壊せるんですか?」


 パンティが期待を込めた視線を投げかけてくる。僕は念のため、鉄格子を確かめてみた。


「さすがに僕の力でも無理みたいだ。鍵もかけられているし」


 扉と思わしき部分に、南京錠のようなモノがついてきた。


 っていうか、この世界に鍵の概念とかあったんだ。

 だったら部屋のドアも暖簾じゃなく、鍵付きにしておけばいいのに。


「じゃあ、どうやって出るんや。ここは完璧な密室や。絶対に出れへん。寝言は寝て言えや、このへたれ英雄」


「檻が壊せないなら、ここから出ることはできないですよ。鍵も近くにないですし。いくら伝説の英雄とはいえ、無理なのでは?」


 リリィとパンティが、本当「フリなの?」ってくらいに煽ってくる。


 え? ここから抜け出すのって、本当すごく簡単なんだけどなぁ。


 僕の世界の人だったら、もう脱出する方法なんて、わかっていると思うよ。

 この国の人たちって、なんでこんなにお馬鹿なんだろう。


 まあ、モヒカン国もお馬鹿だから、僕は逃げ出すことができるんだけれど。


 しかし、中村さんも気づいていなかったのかなぁ。

 あの人、ヤンキーだから、あんまり頭がよくないのかもしれない。


「ほら、抜け出せる言うたやないか。なら、さっさと外に出ろや」


 リリィが茶化すように言う。絶対無理だと思っているのだろう。


「如何に良平様が天才で最強でイケメンの英雄といえど、こればかりは無理ですよ」


 パンティが諦めたように息を吐く。


 僕は答えるのも面倒臭くなって、三十センチ間隔で空いている柵の間に、体を滑り込ませた。


 当然、三十センチも空いてれば、体を横にすれば通り抜けることができるわけで、僕はあっさりと檻の外へ出ることができた。


「なっ──!?」


 リリィが絶句し、


「え?」


 パンティがきょとんとした顔をする。


「ほら、お姫様たちも同じようにして、出るんだ」


「あ、お前。なに外に出てんだよ!」


 と背後から声が聞こえた。どうやらモヒカン国の見張りに見つかってしまったみたいだ。


 僕は走って移動し、彼が仲間を呼ぶ前に、殴ってノックアウトした。


 どうやら、ほかのお仲間たちは視姦に夢中で、僕たちが脱出したことに気づいていないみたいだ。


 モヒカン国の兵士たちは、全部で五十くらい。僕一人でも十分に倒せる数。


 僕はそのまま、ほかのモヒカン国の兵士たちを、次々に襲って気絶させると、人間の山を築き上げていった。


 敵もみんなスマホを持っていたため、それを没収して、外部との連絡を遮断する。


 連れ去られた女騎士さんの数は全部で十一人で、僕を入れて十二人のメンバーとなる。

 一つの檻に三人ずつが、彼らの運べる最大の人数だったみたいだ。戦争に参加した女騎士さんの数はもっといたみたいだけど、檻の数が足りずに、顔を見て、可愛い子だけを選別したらしい。


「あれ? でも、なんで僕は連れて行かれようとしたの?」


「はあ、なんでも舎弟にするからとかで、説得するから連れてこいって」


 僕の質問に、ロープで手足を縛られたモヒカン国の兵士が答える。


 彼らの処分に対しては、「ぶっ殺す」という提案が真っ先にあがったけど、僕がそれを押しとどめた。

 やはり、人が死ぬのには抵抗がある。


「よっしゃ、戦力も取り戻したことやし、このままモヒカン国の王の首をとるで!」


「こちらには英雄様もいることですし」


「今度こそ、こちらが勝つわ!」


 リリィの科白に、女騎士さんたちが同意の声をあげる。


「待って!」


 僕は慌ててそれを止めた。


「どうしたのんですか、良平様」


 パンティが訝しげな声をあげる。


 僕はすぐに答えることができなかった。

 

 だけど、無言を貫き通すことはできず、ややあって、正直に答える。


「僕の実力じゃ、中村さんには勝てないんだ。ごめん」


「はあ!? なんや、それ。戦う前から負けを認めてどうすんねん!」


 僕の弱気にリリィが癇癪を起こす。

 その気持ちと理屈はわからないでもないけど、勝てない相手に対して素直に負けを認めることも、また必要なことだと僕は思う。


「だったら、武器をもったらどうですか? 前は素手でしたし」


 僕を気遣って、女騎士さんがそう提案してくれる。

 

 だけど僕は、それにも首を振った。


 確かに武器を持てば、一般的には有利になることは多い。だけど、中村さんに一発も当てることができなかった僕としては、再びかわされるイメージしかなく、それ以前に短剣を手にした状態では、間違いなく僕は攻撃を躊躇してしまうだろう。


「大丈夫ですよ、良平様。正面から無理ならば、良平様の知力でもって、裏をかけばいいんです」


 パンティが珍しくいいことを言う。


 檻の件に気づかなかったことや、ヤンキーっぽい雰囲気から、たぶん中村さんはあまり頭はよくないだろう。

 いくつか策だけは浮かんだ。


 一番簡単で確実なのは、ウルザさんが僕に対してやろうとしたみたいに、寝込みを襲うことだろう。


 このセキュリティの甘い世界では、侵入は簡単で、難なく中村さんが寝ている場所までたどりつけるはずだ。


 だけど、最大の問題はどうやって倒すかという点だ。


 「倒す」とはどういうことだろう? 


 僕にとってそれは、「殺すこと」とは同義ではない。


 寝込みを襲って、短剣で心臓をひと突きにすれば、如何に中村さんといえど、簡単に殺すことができる。


 しかし、僕はそれを望んではいない。人を殺す行為には、強い抵抗がある。


 だから、「倒す」という結果でなければ、ならないんだ。


 そうした場合、いかなる奇策を練ったとしても、最初の一発で向こうを気絶させる必要があるわけで、でもこの世界の住人でない彼は、ほかのモヒカン国の兵士みたいに、一発でばたんきゅーとなることはない。


 まず間違いなく、仕切り直しのあと、正面切っての戦いになるはずだ。


 そしたら僕に勝機はない。


 つまり、殺さず倒すためには、僕が彼よりも強くならなくてはならないのだ。


 だけど、おそらくはボクシングを習っている彼に対し、なんの努力もしていない僕が勝てる道理もなく、勝つための道筋がまるで見えなかった。


「……無理なんだ」


 僕は地面に向かって、懺悔するように言った。


「僕には彼を倒せない。奇策を練っても同じだよ。彼を殺すことなく、倒すことのできる強力な武器でもない限り、僕は──勝てないんだ!!」


「ああ、それならありますよ」


 え? あんの?


 あっさりと答えるパンティに、僕はいくぶん拍子抜けしてしまった。


「本当にそんなのあるの? 人を殺すことなく、倒すだけの、それでいて強力な武器だよ」


 って、あるならなんで最初から使わないの?


「はい。伝説の英雄なら、神様が造った伝説の武器を使うことができるんです。その中に、人を殺さずに気絶させるだけの武器があるって、以前エーテルから聞いたことがあります」


 そうか、伝説の英雄しか使うことはできないんだ。

 なら、使わなくても仕方ないよね。


 って、それ出陣する前に教えてよね!


「それ、どこにあるの?」


「エーテルなら、知っていると思います。スマホで聞いてみます?」


 僕はモヒカン国の兵士から奪い返した僕たちのスマホで、エーテルさんに電話をかけると、詳細を尋ねた。


『──神様に申請すれば、その武器を手に入れることができます。ただし、そのためには神様の試練を乗り越える必要があるのです』


「それってどんな試練なの?」


『わかりません。ですが、その試練を受けるためには、神の国を抜けて、外殻を抜けて、世界の果てに赴かねばなりません。そこは人の身では、過ごすことのできない危険な地だといいます。現に隣国アナール王国に来た伝説の英雄が、この世界の真実を知るために、世界の果てに赴きましたが、二度と帰ってくることはありませんでした。危険な旅になることでしょう』


 僕はその科白に、正直怖じ気付いてしまった。


 まさか、命の危険があるなんて、なんだかこの緩い世界とはミスマッチのような気がして、どこかリアリティを感じなかった。


『どうしますか、良平殿?』


「僕は……」


 自分の命が懸かっていると聞いて、迷いが判断を鈍らせる。


 僕が自分の倫理観をぶっ壊し、殺人をよしとするならば、なんの問題もないのだろう。


 僕は今、いわゆる「カルネアデスの板」の上に立っているのだ。自分の命を、それにパンティたちを守るために、中村さんを殺す選択をしようとしている。


 それができないのなら、この国を、パンティの国を見捨てるという選択肢もある。


 僕は、パンティの心配そうに見つめる顔を見つめ返す。


 本当に可愛い女の子だった。そして僕に、純粋な尊敬の眼差しを向けてくれる最高の存在。


 それは僕が彼女にとって、英雄だからだ。


 なんの取り柄もないごくごく普通の僕。

 それがこの世界では、なんの努力もしていないのに最強で、天才で、イケメンの英雄になっている。


 なんのことはない。僕だからパンティは慕っているのではなく、英雄だから僕は慕われているのだ。


 ほんの数日の間だったけど、英雄だとちやほやされていた僕は最高の気分を味わった。

 そして今は、何よりもそれが奪われることを恐れている自分がいる。


 それはパチンコに全財産をつぎ込む大人がいるように、麻薬で人生を棒に振る愚かな人がいるように、性犯罪で社会的地位を失う馬鹿がいるように、僕もまた自分の命よりも、英雄としての地位を求めているのだ。


 英雄として生きたい。


 もう、こんな素晴らしい体験なんて僕の人生に於いて、二度とないはずだ。


 そして、それで満足することなく、もっとその賛美の嵐の中で、承認欲求を満たし、快楽の渦に飲まれたいと僕は思った。


「僕は……行きます。世界の果てへ」


 次の瞬間、僕はそんなふうに決断していた。

 自分の命よりも名声をとったんだ。

お読みくださりありがとうございます。


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