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14 おバカな女騎士たちの強襲はどっか抜けている

 僕が英雄としてパンティのお城に迎え入れられてから、二日が経っていた。


 僕は今、僕の部屋としてあてがわれた部屋のベッドの上で、雲一つない青空を眺めている。


 望郷という言葉がある。

 故郷が恋しくて思いを馳せることらしいが、今の僕はその意味をぼんやりと考えていた。


 僕は正直なところ、あまり元の世界に帰りたいとは思っていなかった。

 もしかしたら、その感覚は「普通」の権化と言って差し支えない僕にとって、異質な感性なのかもしれないけど、考えれば考えるほど、急いで帰る必要性を見いだせなかったのだ。


 まず、この世界に、特段これといった不満がない。


 最初のほうこそウルザさんに殺されかけたけど、ウルザさんは脅威に思えるほどにはてんで強くはなかったから、命の危機とか、そんな緊迫したものはないし、


 パンティは最高に可愛いくて、見ていて飽きないし、


 今の僕は英雄として国の権力者に召しかかえられた状態なので、生活に不自由することや待遇に不満があるわけもないし、


 料理は確かに僕の世界よりも質素というか食感が単純というか、神様が配給してくれる、いろんな味がするコンニャクみたいなモノを食べるんだけど、さしてグルメでもない僕としては「このコンニャクを作ったのは誰だぁー!」と思うこともなく、トイレは意外ときれいだったし、掃除しているのは神様みたいだけど、


 あと娯楽はやっぱり少なくて、僕の持ってきたスマホは早々に電池切れで暇を持て余すことになったけど、こうやってぼんやり空を見ながら、ベッドで時間を潰すのも悪くないと思っているわけで、とどのつまりまるでタイムリープもののお話のように最初に戻るけど、僕はこの世界に対して特段不満に思っていないのである。


 確かにちょっと、元の世界のことが気にはなるよ。

 学校さぼっちゃったなとか、親が心配していないか、など。


 僕が元の世界で行方不明となっているのなら、っていうかなってないとおかしいけど、親や家族はそれなりに必死に僕のことを捜しているかもしれない。


 そのことが気がかりだったけど、それをのぞけば、僕に元の世界に戻る理由はなく、僕のことを心配してくれる親友もいないし、好きな子はいたけど、さすがに戻ってどうにかなるものでもないことは理解していたし、どうしてもやりたいと思う将来の夢があるとか、異世界とは違う近代的な生活に未練があるわけでもないし、ってなわけで僕は元の世界に戻れないことにそれほど焦りを覚えてはいなかった。


 でも、やはり家族のことが心配なので、元の世界と連絡がとれる方法がないか、エーテルさんたちに訊いてみたけど、そんな方法はないとの回答だった。


 当然、元の世界に戻る方法も今のところは不明で、その部分は異世界に飛ばされる系の物語で散見されるパターンをなぞっている。


 だけど僕の記憶じゃ、異世界に飛ばされた主人公が家族の心配をする描写はあまりないような気がして、こんなときでも家族の心配をする僕はやっぱり普通なんだなと改めて自覚したりした。


 で、僕の悩みはもっと別のところにあって、それは僕がなんにもできないという事実。


 能力が高いだけで、まるで仕事ができない高学歴のようなポジションにいることだ。


 スマホはつくれないし、車もつくれないし、料理もつくれないし、この世界にない簡単そうな物を作り出そうにも、ホームセンターやコンビニがあるわけでもないので、材料や道具が揃わず、僕はまったくの無力だった。


 僕の世界において、僕はたくさんのモノのお世話になって、でかい顔をしていたんだなぁ、という反省と感謝の気持ちを抱く。


「おい、こら。もう少しだ。しっかりしろ」

「無理ですよ、隊長。人を持ち上げるのは大変なんです」


 ふと、そんな会話が僕の耳に届いてきた。


 ひそひそと小声で話す囁き声。

 隊長というからには、最初に聞こえた声はウルザのものなのだろう。


 僕の部屋も例に漏れず天井がなく、外の会話はだだ漏れであり、自慰行為もはばかれる感じで、なぜか知らないけどこの世界にもティッシュは存在しており、僕のベッドの横にあって、健全な理由以外で使われることなく――まあ、マスターベーション、最近はセルフプレジャーっていうらしいけど、それが非健全か否かは議論の余地があるだろうけど、それを不健全と定義するのなら――、とにかくティッシュをはじめとしたアメニティも充実しているので、ちょっとしたことに不便さを感じることもない。


 ちなみに、なんでこの世界の建物に天井がないかというと、さっき知ったばかりだけど、この世界では壁の材料となる粘土のようなモノを神様にもらい、それを土器をつくるみたいに形を整えながら重ねていって、その粘土はこれまた神様からもらったスプレーをかけるとたちどころに硬質化するけど、そんなふうにして住人たちが手作業で家の壁を建築していっているからなのだ。


 この世界には梯子とかもないらしいから、基本手が届くところまでが高さの限界となり、同時に天井を造るほどの技術もなく、雨も降らないことから、天井の重要性も低いため、この奇妙な建築物が生まれたらしい。


 ちなみに身分の高い人の部屋の壁は、一人を数人がかりで持ち上げて、高く築き上げるため、二メートルから三メートルほどある。


 この世界の家を見たときに、僕が最初に抱いた、小学生が粘土をこねてつくったみたいな家とは、まんま的を射た感想だったのだ。


 今はその壁の上に、人の手がちょこんと見えている。


 会話からするとウルザさんの手だろう。


 僕の部屋の壁の高さは二.五メートルくらいなので、下から誰かに持ち上げてもらえば、手が届かないこともない。

 もちろんこの世界の人たちは力がないので、数人がかりで持ち上げているのだろうけど。


 また性懲りもなく、僕を襲撃しにきたのかと思い、暗澹とした気持ちになる。


 実は昨日も刃物的な意味で、ウルザさんに襲われてしまったのだ。


 僕はもはや慣れた動きでウルザさんをノックダウンさせ、お供でやってきた女騎士たちに彼女を引き取ってもらった。

 本当に懲りない人だと思う。


 僕が部屋のドア──と言っても暖簾みたいな布があるだけだけど、を開け、外を見回すと、ウルザさんを持ち上げる三人の女騎士さんたちと、必死に壁をよじ登ろうとするウルザさんの姿があった。


 三人の女騎士さんの中には、ラクチェさんの姿もある。


「何してんの?」


 僕が尋ねると、弾かれたように女騎士さんたちが振り向き、一斉にウルザさんから手を引いて、まるで見られたくない物を隠すみたいに、自分のお尻の向こうに両手を隠した。


「うわっ、馬鹿。放すな!」


 補助を失ったウルザさんは、自分の体重を支えることができず、そのまま落下し、足から落ちたにも関わらず、尻餅をついてしまった。


「いたたた。急に声をかけるなんて卑怯だぞ!」


 ウルザさんがお尻をさすりながら、抗議の声をあげる。


「っていうか、何してたの?」


 もしかしたら、もはや戦闘では敵わないから、腹いせに壁に落書きでもしにきたのかと思いなおし、注意深く壁を観察したけど、落書きのあとは見つけられなかった。


「ふっふっふ。聞いて驚け。貴様の寝込みを襲いにきたのだ。いくら英雄とはいえ、寝ているときは油断しているだろう」


「寝込みって、今はお昼だよ。普通は夜に来るもんじゃないの?」


「馬鹿か貴様は。夜だと私も寝ているだろうが」


 なんだろう。

 馬鹿な人に馬鹿って言われたけど、どう考えてみても、馬鹿な意見を言っているのはウルザさんのほうだと僕は思う。


「まあいいや。寝込みを襲いにきたのはわかったけど、なんで壁をよじ登ろうとしてたの?」


「別によじ登ろうとしていたわけではない。上からのぞき込んで、貴様が寝ているか確認しようとしただけだ」


 ウルザさんがふんと胸を張って答える。

 だけど僕には、どうしてそれが壁をよじ登ろうとする行為につながるのかが分からない。


「それならドアっていうか、暖簾を少し開けて、中を見ればよかったんじゃない?」

「うっ!?」


 僕の素朴な疑問に、ウルザさん某演劇系の少女漫画に出てくるような、ショックのあまり目から瞳が消えているあの独特の表情をする。


「あ~、そうですよね。さすがは英雄さま」

「頭いいなぁ。やっぱり私らが英雄さまに勝とうなんて無理じゃないですか」


 僕の意見に賛同する女騎士さんたち。

 さらりと褒めてくるところが、これまた僕の自尊心を、指先で撫でるように擽ってくる。


「ええい、黙れ! またもや私に恥をかかせおって! 少しばかり強くて、頭が良くて、イケメンだからといっていい気になるなよ、伝説の英雄!」


 ウルザさんが僕のことを貶そうとしているのか、実は褒め殺しにしようとしているのか、よく分からないことを言って激昂した。

 たぶん本人も、何言っているか分かっていないんだろうな。


「ここで会ったが百年目だ。今日こそケリをつけてやる!」


「ウルザさんとは毎日会ってるし、決着ももうついているじゃないか」


「うるさい! 今日の私は昨日までの私とは違う。どこかどう違うかは自分でもわからないが、とにかく凄いんだ! いざ尋常に勝負しろ!」


 ウルザさんが目尻に涙をためながら、必死に意味のない主張をしてくる。


 僕はやれやれと頭をかいた。

 もともと体を動かすことがそれほど好きじゃない僕にとっては、ウルザさんと戦うことは億劫でしかなかったし、女性を殴るという行為も、もうウルザさんに対しては普通にしているけど、やっぱり気持ちのいいものではなく、できればウルザさんとの問題は早々に解決したい事案でもあった。


「ウルザさんは、どうして僕をそんなに目の敵にするのさ? 確かに何度か戦いには勝ったけど、僕にあんな負け方したウォルクスさんなんか、気さくに話しかけてくれるし、僕に倒されたほかの女騎士さんも、特段復讐にくることなんてないよ」


 僕はため息混じりに思ったことを口にする。

 最初にウルザさんからは「嫌い」とは言われたし、おそらくそれが原因だと思うけど、それにしてもご執心な気がしないでもない。


「そうですよね。確かに隊長はご執心がすぎる気がします」

「なんて言うか、口を開けば英雄様のことばかり話すし」


 ラクチェさんの科白を受けて、巨乳の女騎士さんが困ったような表情で言う。


 僕はちょっとドキッとなった。


 え? もしかしてそれって!?

 なんか漫画やアニメなどでよくあるよね、そんなシチュエーション。


 やばい、心臓がドキドキしてきた。


「あーっ、もしかして隊長。英雄様に恋しているんじゃないんですか?」


 三つ編みの女騎士さんが、宝くじにでも当たったような笑顔で、その決定的な科白を口にする。


 だよね、だよね?


 僕はごくりと唾を飲んだ。


 ウルザさんの行動が恋心の裏返しだとすれば、すべて説明がつく気がする。

 不器用で単細胞で、頭が残念で胸の谷間があまりないウルザさんのことだ、自分の中に芽生えた恋心をうまく制御できなくて、暴力というかたちで表現しているのかもしれない。


 そう思うと、刃物を向けられ命を狙ってきた相手であっても、どこか魅力的な女性に思えるような気がしてきた。


 一応、顔は美人なんだよなぁ。

 どうしようかなぁ、ぜんぜん僕は何とも思っていなかったし、どちらかといえば苦手なタイプだけど、僕のことを初めて好きになってくれた女性だしな。


「恋……だと!?」


 ウルザさんはその言葉の意味がわからないみたいに、呆然と呟いて、次の瞬間、耳まで真っ赤になった。


「そ、そんな。私が……恋!? この男に……? この思いが、この気持ちが、恋だというのか? この相手が憎くて憎くて仕方なく、刃物で突き刺すのを想像すると抜けるような快楽が駆けめぐり、顔をみればバラバラに引き裂きたいと思う気持ち、……これが恋!?」


「違うよ、それはどう聞いても殺意だよ!!」


 僕は思わずツッコミを入れた。


 ちくしょう、やっぱりそんなオチかよ。

 一瞬でもときめいた僕が馬鹿みたいじゃないか。

 やっぱりこの人危険だよ。ただの危ない人だった。


「ほっ、よかった。これは恋ではなく、殺意なんだな? 生理的にも本能的にも嫌いだと自覚している相手に恋していると言われて、ものすごく動揺したぞ」


 ウルザさんが、心底ほっとしたような息をつく。

 っていうか、そんなに僕のこと嫌いなんだ。それはそれで傷つくな。


「というわけで強姦魔。今日こそ貴様をぶっ殺してやる。だがな、不思議と今日も勝てる気がしない」


 なに言ってんの、この人。

 そりゃ、今まで勝ったことないんだから、なんの不思議もなく、勝てないと思うべきじゃないの?


「そこでだ。喜べ。今日は貴様の弱点を聞いてやる。弱点を聞けば、私にも勝機があるだろう」


 うん? 僕はどこから突っ込めばいいの?

 ウルザさん、そこまでお馬鹿だった?

 小学生でも、そんなこと聞いて、相手が教えてくれるなんて思わないよ。


「さすがは隊長! 敵に弱点を聞くなんて、冴えていますね」

「確かに無敵の英雄であっても、弱点を突けば勝てるやもしれまんせん」


 女騎士たちが、なんやかんやとウルザさんを持ち上げる。

 駄目だ、この人たち。早くなんとかしないと。


「ええと、あの、盛り上がっているところ悪いけど、


……断る」


「え?」


 ウルザさんが素っ頓狂な声をあげ、


「「え?」」


 女騎士さんたちの疑問の声が重なった。


お読みくださりありがとうございます。


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