13 異世界転生者ならこれできますよね? って空気が苦手
僕は内心でガッツポーズをとる。
しかし、と僕はすぐに冷静さを取り戻した。
泣くのをやめて対峙するウォルクスさん。
分厚い筋肉の装甲は鋼のようで、どう見ても僕の攻撃が通りそうな気配はない。
どこか弱点みたいなのないかぁ、と思いつつ
素直に訊いたら教えてくれそうだな
なんせ頭が残念で、メンタルも豆腐だし、と半ば現実逃避した思考で、僕はそれを実行に移した。
「ねえ、ウォルクスさん。ウォルクスさんに弱点とかない? 精神的な意味じゃなくて、肉体的な意味で」
「ふははははは。このウォルクスに弱点などない。どこでも好きなところを攻撃するがいい」
先ほどの涙はなんだったのか、ウォルクスさんは悪役の中ボスのような不敵で傲岸な態度で、どこも丈夫だよ的なことを主張してくる。
ん? どこでもいい?
注意深くウォルクスさんを観察してた僕は、その事実に気づいた。
ウォルクスさんの弱点ともいうべき場所。
──しかしなぁ。どうしても躊躇ってしまう。
僕は、ちらりとパンティのことを思った。
僕がこうまでして頑張っているのは、この先にたぶん、たいていの男子が一度は夢見るモテモテでエロエロで、どびゅどびゅでうふふのふのような楽園が待っているだろうと、エロ本の表紙を見て中にエロい描写がある、と期待するような、ピンク色の予感がびんびん漂っているからだ。
ある哲学者は言っていた。
男は下半身で思考する、と。
今の僕はそれを否定できない。
ここは一生であるかないかの勝負時だった。
躊躇ったのは一瞬。僕はすぐに決意を固める。
「エーテルさん。この勝負、どこを攻撃してもいいの?」
「はい。好きなところを攻撃してください」
「本当? 後になって、そこは駄目とかないよね?」
「ええ、それは約束します」
よし。エーテルさんの確認もとれた。
僕は再びウォルクスさんを正面にとらえると、
「では、行きます」
宣言し、ばっと勢いよく、右手を上に振り上げた。
「あっ。あれ、なに?」
こちらが狙ったとおり、ウォルクスさんが頭上を見上げる。
ひっかかった。
完全な隙。
これで反射的に防御をされる心配もない。
万全に万全を尽くし、僕は素早く移動すると、全力でウォルクスさんの股間を蹴り上げた。
──チ~ン!
金的。
それはレゾンデートルをも揺るがす、男として生まれた意味を悶絶しながら問答するための、哲学的激痛である。
如何に筋繊維を鍛えようとも、海綿体や睾丸までは鍛えることはできないはずだ。
人類共通の弱点。
僕はためらうことなく全力でそこを攻撃した。
ウォルクスさんは声にならない絶叫をあげると、そのまま股間を押さえ、床の上で悶絶しはじめた。
僕は自分が蹴られたわけでもないのに、下半身に鈍い痛みを感じてしまう。
「え? 金的?」
「おい。あれ、ずるくないか」
「英雄の戦いっぽくないぞ」
僕の勝利が確定したにも関わらず、周囲から歓声や喝采の声は聞こえてこなかった。
代わりに非難めいた呟きが耳に届いてくる。
まずい。
やっぱりというか、この世界でも金的は反則なのか。
でも、僕は事前にちゃんと確認したからね。
まぁ、誰も気づいていないことは、しれっとわかっていた。
間違った意味での確信犯だけど。
「さあ。見てのとおり武の試練はクリアしました。確かあと一つでしたよね? 次に進みましょう!」
僕はやや演劇めいた口調と手振りで、なんとかこの話題を逸らそうと努力する。
「しかし、え~金的ですか。これは……」
エーテルさんが難色を示す。
「僕は先に確認しましたよね? どこを攻撃してもよいと。後になってそこは駄目とか言わないと」
悪徳政治家とか、こんな気分で嘘や詭弁を言っているのかなぁと、ちょっと罪悪感を覚えながら、僕はぜんぜん英雄っぽくない論説をする。
今ではちょっと後悔しているが、やってしまったものは仕方ない。
だって、負けるのは嫌だし。
ちらりとパンティの顔を見ると、ややどん引きしていた。
ややどん引きって、ちょっと不思議な言葉だよね、と現実逃避するくらいには、僕はショックを受けた。
「どうしますか、王。もう一度仕切り直しますか?」
エーテルさんがそんな伺いを立てる。
僕は内心冷や冷やもんだった。
「いや、勝負は勝負じゃ。どこを攻撃してもよいルールだったはず。良平殿の勝ちで異存はない」
よし、王様!
ナイス判断!
僕は小さく拳を握り、ふと、そういや知と武ってのはわかるけど、あと一つの試練ってなんだろう?
と素朴な疑問を抱いた。
ほかに何か英雄を測る試練ってあるだろうか?
「では、最後の試練に移ります。最後の試練は美。英雄は美男美女であってこそ英雄なのです!」
よし!
──帰ろう。
っていうか、美!?
イケメンじゃなきゃ駄目なの!?
そりゃ、そんなふうに言われたらそうだろうし、見た目は大事って、その事実があることは知っているよ。
だけど、イケメンって努力や工夫でなんとかなるもんじゃないじゃん!
終わったな、僕のエロエロな未来。
さよならパンティ。
一瞬でも夢を見させてくれてありがとう。
キミのことは忘れないよ。オカズ的な意味でも。
と、僕が最低な感傷に浸りながら別れを決意したときだ。
「それなら問題ないですよね? 良平様はイケメンです」
パンティがまるでテストで初めて満点とったみたいな笑みで、そんな耳を疑いたくなることを言ってきた。
──え?
「まぁ、確かに、わざわざ確認する必要もないことですね」
エーテルさんが同意し、
「うむ。男の儂から見ても、ホモ奴隷にしたいくらいのよい男じゃ」
王様が背筋が凍るような内容で褒め、
「く、悔しいが、貴様がイケメンなのは認めてやる」
なんとびっくり、ウルザさんまでが肯定したのだ。
僕は呆然としてしまった。
僕がイケメン! まさか!?
でも、平安時代の美人が今と違うように、外国の人が好きになる日本女性が、日本人から見ると微妙だったりするように、この世界の美的感覚からすれば、僕という平々凡々な顔立ちは、イケメンとして映る可能性も否定できないことに気づき、ちょっと今にも不気味な笑いを洩らしそうなくらい、うれしいんですけど!
「実はマンコもさっきから、ドキドキしておった」
「って、どさくさに紛れてなに卑猥なこと言ってるんです!!」
僕は思いっきり放送禁止用語を口にした王妃にツッコミを入れた。
「勘違いするでない。マンコはマンコのことをマンコと呼んでいるだけで、マンコのことを言ったのではない」
「って、何回連呼しているんですか!? つまりは自分の名前を名前で呼んじゃうってことですね? 分かりましたから、もうやめて!」
「ふむ。英雄どのはマンコに向かって、よいツッコミをなされるな」
「だから、誤解を生むようなような言葉はやめなさい!」
僕は相手が王妃であっても、激しく突っ込まずに入られなかった。
いや、ボケとツッコミ的な意味だよ。
エロい意味じゃないからね。
「マンコにツッコミを入れて、誤解を産むんですね? うふふ」
パンティが自分で言った、ギャグなのか本気なのか分からないフレーズに、自分でウケていた。
いや笑顔は可愛いんだけど、言ってることはオヤジだよ?
「という訳で、木村良平殿。そなたを伝説の英雄と認める。確かめるためとはいえ、数々の無礼申し訳ありません」
王と王妃が深々と頭を下げて、非礼を詫びた。
伝説の英雄。
その単語に、優越感を覚えなかったといえば、嘘になるだろう。
クラスでは目立たない、その他大勢の存在。
特技も特徴も特段優れたところも何もない僕が、ただ異世界にやってきただで、本当努力とかぜんぜんなんにもしていないのに、強く賢いイケメンとして、みなに認められるなんて。
しかも、パンティは最高に可愛いし、僕はたぶん、ふわふわと風船のように浮かれてしまっていたのだ。
だけど風船は、いずれ萎むか、大空で破裂する運命にある。
僕は、その未来を想像できていなかった。
「ところで英雄殿。英雄殿は何が得意なのです? 新しいスマホが作れたりとか、するのですか?」
さらりと口に出された王の言葉に、僕は凍り付いてしまった。
え、いや。スマホ!?
いまスマホの作り方って言った?
そんなのできるわけないよ。
「え~と、その~。スマホは無理ですかね」
僕は気持ちが萎むような心持ちで答えた。
「ふむ。異世界から来たのに、スマホが作れないのかね? そっちの世界にもスマホがあると聞いたが?」
「え~と、その、あることはあるんですけど、僕がその、個人的に知らないというだけで」
僕はまるで、仕事のミスを指摘されたサラリーマンのように言い訳がましく言い訳をする。
確かにスマホは僕の世界にあるし、普通に使っているけど、作り方どころか、原理すらよく分かっていないレベルだ。
「変ですね。古文書には異世界の人々は科学技術が発達しているから、新しい技術や知識を授けてくれるものとありますが」
エーテルさんの科白に、僕は押し黙るしかなかった。
確かに彼女の言うとおりかもしれない。
だけど、平々凡々だった僕には特技というものがなく、頭の残念なこの人たちよりは、知恵を出すことはできるかもしれないけど、僕の世界の技術を教える、という点においては、僕は力不足だということを自覚していた。
くそっ、こんなことなら、自分が日頃使っている科学技術について、もうちょい勉強しておくべきだった。
やっぱり努力なしだと、ポテンシャルは優れていても、役に立たないモノなのかな?
「では、料理はどうです? 異世界の人々は料理が得意と聞きます」
「え? いや……」
僕はこれにも押し黙るしかなかった。
僕は残念ながら料理をやったことが、確かに調理実習とかはあったけど、ほとんどなかった。
カレーとかなら作れるとは思うけど、この世界にカレーのルーが存在するかもわからないし、この世界の食材でアイデアを出して、アレンジ料理をつくるといったことは難易度が高い気がする。
今更ながら、家で親の手伝いなどをして、料理をしてこなかったことが悔やまれた。
「良平様。では、良平様は何が得意なのですか?」
パンティが純粋無垢な表情で、可愛いと思わず見とれてしまうままの顔立ちで、僕の心臓をぐさりとえぐる言葉を発する。
僕は今度こそ、うめき声すらあげることができなかった。
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