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12 勝敗は戦う前に決まっている! キリッ

「では、次の試練に入ります」


 おじいさんが生死の境をさまよって数分後、次の試練が提示された。


 ちなみに先ほどの議論では、杖の有効性の証明に失敗したこともあり、夜は三本の説明ができなかったため、エーテルさんの「人間のおちんちん理論」のほうが論理的に納得できるとの理由で、採用されることになった。


 でも、「人間」と答えた僕は一応、試練をクリアしたことになる。


 でも、なんだろう、この腑に落ちない気持ち。

 お馬鹿の人たちが論理的に納得できる時点で、それはどこおかしいのであって、けれども周囲がみなお馬鹿ならば、多数決という点でもお馬鹿な人たちが有利であり、どこかの偉い人が言っていた、「どんな優れた思想でも、大衆化した時点で陳腐化する」という現象を目の当たりにしたわけで、つまりは素直に負けを認めることができない僕の、せめてもの酸っぱいブドウが、パンティたちを馬鹿にすることで、そんな自分にも嫌気がさしていた。


「次の試練は武です。英雄なら強くて当然、勝って当たり前! さあ、存分にその武を示してください!」


 エーテルさんがまるでレスラーの登場シーンのような口上を述べる。


 武かぁ。

 半ば予想していたけど、やっぱりその項目があるんだよね。


 強そうな人だったら諦めよう。

 と僕が鬱になるくらい、げんなりとやる気をなくしていたときだ。


 背後から凛とした声が響いた。


「その武の試練の相手。私にしてください!」


 ウルザさんだった。


 僕は内心でよろこんだ。

 彼女には申し訳ないけど、ウルザさんだったら負ける気はしない。


「おお、閃光のウルザか」

「彼女だったら、英雄の相手で力不足ということもありますまい」


 周囲からも賛同の声があがる。

 親衛隊の隊長をしている時点で、薄々理解していたけど、やっぱりウルザさんはこの世界でも強いほうなんだ。


 ってことは僕ってかなり強い!?

 本当、なんの努力もしていなくて、特に格闘センスがあるわけじゃないのに、この世界に来ただけで最強って、ちょっと申し訳ない気分になるよ。


「残念ながら、ウルザよ。お前では駄目だ」


 しかし、そんな都合のよい話があるわけもなく、王様がウルザさんの申し出を却下した。


「な!? どうしてです、王よ」


「お前はすでに二回も負けていると聞く。いくら相手が英雄かもしれない相手とはいえ、それで親衛隊の隊長の務まるのか? 恥を知れ!」


 王の言葉にウルザさんは反論することもできず、下唇を噛んで、恨めしそうな表情で僕のほうを睨んでいる。

 え? 僕が悪いの?


「罰として、四つん這いのまま三回回って、つまらないギャグを言え!」


 なに、その罰!?

 王様の罰としちゃ、ちょっとベクトル的にレベルが低くない!?


 ウルザさんは屈辱に耳まで真っ赤にし、しぶしぶというか嫌々というか、とにかくそんな感じの所作で四つん這いになると、三回その場で回った。


 そして立ち上がると、猫キャラの女の子が襲いかかる姿よろしく、両手を猫の手にして、


「イマラチオ!」


 なぜか隠語を叫んだ。


 当然、場が白ける。


 いや、もともとつまらないギャグを言えという指示だったけど、本当つまらない。


 つまらない上に、下ネタという、これまたどうフォローしようもない上に、本人は何を思ってやったのか、猫の仕草も、なんだか彼女とマッチしていない。


 ヤンキーがペンギンの枕を抱いて寝るようなイメージだ。


 ギャップ萌え、という言葉があるのは知っているけど、刃物でもって襲いかかられた記憶がある僕には、到底萌えの領域までは達することができず、けれどもギャグを言って微塵も受けないという、針の筵のようなこの状況には同情するレベルで、本当ざまあみろ。

 

 すると、僕の心の声が聞こえたのか、ウルザさんの口が、声は聞こえなかったけど、「殺す殺す、絶対殺す」と動いているように見えた。

 う~ん。なんか僕に対する憎悪が増すばかりだな。


「コホン、では武の試練を行いますね」エーテルさんが取りなすように言って、「英雄と戦うに相応しいのはもちろん、我が国最強の戦士ウォルクス殿!」


 刹那、


「おお、ウォルクス殿か!」

「彼ならば試練の相手として文句なしだ!」


 と僕が不安になる類の言葉が飛び出し、参列者のうち、左手の中央に並んでいた巨漢の筋肉だるまが、王座の間に入ったときからずっと気になっていたけど、一歩足を踏み出した。


 身長は二メートル近くあるだろうか、筋肉も海外のマッチョというよりは、ファンタジー世界のマッチョのようで、腕の太さなんか、僕の腰回りくらいあった。

 ヘラクレスとか実在したら、あんな感じじゃなかろうか。


 あかん。


 あれは、戦ったら駄目な感じの人だ。


 っていうか、マジで同じ人類なの!?


 僕はちらりと後ろを振り返り、逃げるルートを確認する。


 ウォルクスさんはモリモリの筋肉を見せびらかすように、マッチョのポーズをとると、


「筋肉とは、──マッスル!」


 思いっきり頭の悪い科白を吐いた。


 ヤバい。

 見たまんま脳筋だ。


 戦う以前に、話し合うのも僕が苦手とするタイプだ。


 そもそも筋肉なんてものは、筋肉の限界以上の負荷をかけて、はじめて発達するものなので、毎回筋肉痛になるまで自分の体を痛めつけるのが好きな人がマッチョになるものであり、しっぺを食らうのですら嫌がる僕にとっては、リュウグウノツカイの生態くらい未知なものであって、できればご遠慮願いたい相手であった。


「閃光のウルザを倒したというのは本当か? あのスピード俺ですら手を焼くというのに。だが、パワーならば誰にも負けんぞ」


 ウォルクスさんが臓腑に響くような声で、苦手とする部分と得意とする部分を主張してくる。

 っていうか、見たまんまの御仁のようだ。

 僕もパワーだけなら負ける気がします。


 しかし、と僕は思った。


 スピードはウルザさん以下なのか。

 なら、僕にも勝機はあるかもしれない。


 どんなにパワーがあったとしても、攻撃が当たらなければ意味はないのだ。

 問題は、僕の攻撃が通るかどうかだけど。


 う~ん、悩むなぁ。


 この世界の人たちって、基本打たれ弱いからなぁ。

 僕の攻撃も通りそうな気はするんだよなぁ。


 逃げるべきか、戦うべきか。


「なお、戦いのルールですが、互いに一発ずつ攻撃を受け、先に膝をついたほうが負けです」


 よし、逃げよう。


 あんな奴の攻撃を食らった無事で済むはずないじゃないか。


 僕はくるりと後ろを向いた。


「良平様。頑張ってください。良平様の英雄ぶりをみなに知らしめてやるのです!」


 そこには僕を信じて疑わない無垢なパンティの、めちゃくちゃ可愛い顔があった。


 僕はもう一度半回転して、ウォルクスさんのほうを向く。


 しまった。


 またパンティの魅力に二の足を踏んでしまった。


 僕は、半ば後悔する。

 でも仕方ないじゃないか。

 こんなふうに可愛い子に純粋な気持ちで応援されることなんて、今までなかったんだから。


 あれだな、僕はキャバクラとか行ったら駄目になるタイプの人間だな。


「どうした、小僧。一回転なんぞしおって。怖じ気付いたかと思ったぞ」


 僕は図星をつかれて、かあぁっと顔が赤くなるの感じた。

 たとえ事実であっても、パンティの目の前でそんなことは言ってほしくなかった。


「エーテルさん。ルールですけど、普通に戦うのじゃだめですか? 僕は動きには自信があるんです。攻撃を回避できなきゃ、僕は半分も力が出せない」


 僕はちょっとずるいかと思ったけど、ルールの変更を願い出た。

 不利なルールで戦いたくはない。


「駄目だ」


 そう言ったのは、ウォルクスさんだった。


「なぜ?」


「俺は動きが速くない。ちょこまかと動き回られたら負けてしまうではないか」


 え? なに言ってんの、この人。


 するとまわりから、


「そうだな。確かにそれではウォルクスに不利だ」

「うんうん、もっともな意見だ」


 と賛同する声があがった。


 ええーっ! なにその理屈。

 それで納得するの?


「ちょっと待ってよ。ガチの殴り合い勝負だったら、僕のほうが不利になるじゃないか!? 見てよ、この体格差。いかにもウォルクスさんのほうが有利じゃない? それに実際の戦いじゃ、敵は動き回るものでしょ!? 実戦に近いほうにしようよ!」


 僕は必死にまわりを説得する。

 負けるから嫌だっていう理屈が通るなら、僕の主張だって通っていいはずだ。


「どうします? 王」


 エーテルさんが困惑するように、王様に尋ねる。


「そんなに実戦形式がよいなら、いっそ剣を持って戦ってみるか?」


「「いえ、いいです」」


 僕とウォルクスさんの否定の声が重なった。


 え? となって、ウォルクスさんを見る。

 彼の見た目の性格なら、喜んで剣を手に取りそうだったからだ。


「あ、いや。ほら、俺、手がでかくて、剣が握れないんだよ」


 僕の怪訝な視線に気づいたのか、ウォルクスさんが弁明する。

 なんか妙にお茶目なところあるな、ウォルクスさん。


「ならば、当初のとおり、互いに一発ずつ攻撃する方法でいいじゃろう。どっちか不利とか有利とか言ってもはじまらん。我が国はこれで英雄の武を測ってきたのだ」


 王様がやや不満げな顔をして決断した。

 確かに、どっちが有利とか不利とかいう話をし出したらきりがない。


 元来のルールに沿って行うというのは、あのパンティのお父さんにしては、合理的な判断だった。

 僕は反論することができず、どうするか、思考を巡らせる。


 大事なのは、先制を得ることだ。


 この勝負、ちょっと考えれば分かりそうだけど、圧倒的に先制が有利なのだ。

 

 おそらく最初の一発で勝負がつくだろう。

 僕が攻撃して、向こうが倒れなければ、それそれでは僕の負けを示す。

 

 そのときはパンティの顔を見ないようにして、走って逃げよう。


「それでは両者、このルールで問題ないですね?」


 エーテルさんが確認する。

 僕とウォルクスさんは無言で頷いて、同意を示す。


「では順番ですが、あれ? この場合はどうやって──」


 どうやら、順番を決めるメソッドは確立していないらしい。

 僕はエーテルさんの言葉の先を読んで、ここは勝負どころだと判断した。


「はい、はーい! 僕が先に攻撃しまーす!」


 エーテルさんが何か言う前に、僕はそう主張した。

 なんとしてでも、先制を獲得するのだ。


「あ、俺も先がいいです」


 ウォルクスさんが、まるで生徒のように手をあげて、そんなことを言ってくる。


 ちょ、ちょまっ!


 なんでこの人、微妙に脳筋らしくない行動とるの!?


「二人とも先制がいいんですね。困りましたね、どうしましょう? じゃんけんで決めますか?」


 エーテルさんが困った顔で、そんな科白を口にする。

 っていうか、じゃんけんってあるんだ、この世界。


 と、僕は一瞬違うところに感心したけど、そうじゃない、と自分でツッコミを入れる。


 じゃんけんになった場合、最悪、三分の一で負ける可能性があり、勝つ確率も三分の一しかないのだ。

 ちょっとリスクの高い賭だった。できれば、確実に行きたい。


「ちょっと待って、話し合い。話し合いで決めようよ」


 僕は慌てて、声を張り上げると、ウォルクスさんに向き直った。


 相手はたぶん脳筋だ。

 煽ってやれば、必ず誘いに乗ってくるはず。

 なんせパンティの世界の住人なんだ。頭はあまりよくないだろう。


 僕はそんな、パンティに対してもこの世界の住人に対しても、申し訳のないことを考えながら、慎重に科白を選んだ。


「僕が先制でいいよね? それともその筋肉はお飾りなのかな? 無駄についているだけの。僕の腕を見てよ。こんなに細いでしょ? それなのに僕の攻撃が怖いの? 自慢の筋肉が泣くよ」


 さあ、どうだ。

 自慢の筋肉を貶されて、黙っているはずがない。

 僕はそんなふうに思っていた。だけど──。


 ウォルクスさんは黙っていた。


 じっと何かに耐えるように、僕の顔を見つめている。


 やがて、ぽろりとウォルクスさんの目から涙が流れ落ちた。


 …………へ?


「うう、酷いよ。俺、筋肉貶されるのが、一番堪えるんだよ。うわわああん」


 ウォルクスさんは本気で泣きはじめた。


 僕は本気でぽかんとしていた。

 マジで意味がわからない。


「うわー、ウォルクスを泣かせた」

「いけないんだ」


 まわりからも、まるで小学校で女子児童を泣かせたときのような野次が飛ぶ。

 レベルが低いと感じながらも、やっぱりぐさっと良心が痛むもので、僕はどうしたらいいか分からなくなっていた。


「ウォルクスさんは、我が国最強の戦士だけれども、心は打たれ弱いんです」


 パンティがそんな解説をしてくれる。


 なにそれ!?

 まさかのメンタル豆腐設定!

 脳筋じゃなく、豆腐だったのか!


「ごめんよ、ウォルクスさん。僕はウォルクスさんの筋肉を貶す気はさらさらなかったんだ。ただその立派な筋肉を見て怖じ気づいちゃって。だから、恐怖からあんなことを言っちゃったんだ」


 僕は優しくウォルクスさんに語りかける。


「ううっ、ほ、本当?」


 立ったまま泣いていたウォルクスさんが、涙と鼻水に汚れた顔を必死に手で拭きながらも、こちらに視線を向けてくる。

 ごつい顔に涙って、微妙に嗜虐心をそそられる。


「本当だよ、本当。凄く立派な筋肉だと思うよ。自信持ってよ」


「うん。ありがと。お前、いい人だ」


「うん、だからね。先制は僕でいいかな?」


「うん、いいよ」


 よっしゃあああああああっっ!

 先制ゲットだぜ!!

お読みくださりありがとうございます。


楽しんでいただけましたら、ブックマークと、下にスクロールして☆を押していただけるとすごく嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

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