表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

10.英雄の試練開始!

「それはそうと良平どの。そなたは異世界からやってきたとは本当のことかね?」


 王様が僕のリアクションや動揺など、眼中にねえぜ、といった泰然とした態度で尋ねてきた。


 さすがは王様。

 放送禁止用語兼、妻の名前を堂々と口にしただけのことはある。


「はい。本当です」


 僕は幾分リラックスした気持ちで答えることができた。

 先ほど「アウト!」と絶叫したおかげで、声の通りもいい。

 怪我の功名というか、マンコの効用というやつだ。


 いや、なに言ってんの僕は。


「しかし、それを証明するものは何もあるまい」


「え? ええ。それは、その……。あるといえば、あるような──」


 王様のこの科白に、僕は激しく動揺していた。


 なんだろう?

 なにか凄く嫌な予感がする。もしかして僕、歓迎されてない?


「いや、証拠の提示は結構」


 僕が混乱しながらも、何か証拠になるような物を探してわさわさしていると、王様がそんなふうに遮ってきた。


 わかったわかった。お前のことは信じているから。

 というよりは、無駄な足掻きはよせ。

 すべてを白状して楽になれよ的な、警察が犯人に尋問するときにでも醸し出しそうな雰囲気が漂っている。


「異世界より来た者は、すなわち伝説の英雄。それは承知しているな?」


 いや、承知っていうか。

 パンティがそんなふうに言っていたから、そうなんだぁ、と疑いもせずに信じた僕にも責任の一端はあるかもしれないけど、そんなふうに言われると、そうなのかなぁと疑う気持ちも湧き上がってくるわけで、とにかく僕は「勃起」という名前から想像もできないくらい、重々しい空気を出す王様に気圧されて、答える代わりにぐびっと生唾を飲み込んでしまった。


「よって、これより、そなたが伝説の英雄かどうか三つの試練を行う。もしもそなたが伝説の英雄でない場合、生まれてきたことを後悔するような、残虐の限りを尽くした拷問を行ったあと、死刑に処する。よいな!」


 …………は?


 なにそれ?


 残虐の限り? 拷問? 死刑?


 わぁ~お。


 伝説の英雄をもてなすのに相応しくない単語のオンパレードだ。

 僕は歓迎されてここに来たはずなのに、どうしてそんなに拗れちゃったんだろう?


「もちろんです。お父様!」


 半ば泣きそうになっている僕に代わって、パンティが勢いよく答えた。


「って、なに勝手に承諾しているの! 今の話聞いてた?」


「はい。何か問題でも?」


 パンティが純粋で、思わず抱きしめたくなるような、無垢な笑顔を返す。

 駄目だ。ツッコミの勢いがなくなったら、僕はパンティに強気に出れないよ。


「いや、問題というか、その英雄じゃなかったら、どうしてそんな酷い目に遭うのかなって、思って」


 僕はパンティの大きくて潤んでいて、星を振りまいたように輝いている瞳から、目を逸らしながら答えた。


「それは当然ですよ。だって、良平様は神様を殺しちゃったわけで、それだけで死刑は免れないのに、英雄だなんて嘘をついて私やお父様たちを謀ってこんな騒ぎまで起こしたんですから、拷問なんて当然じゃないですか?」


 うん。この子はこんな可愛い顔と声で、なんて残忍な科白を言うのかしら?


 っていうか、あれ? そんな話だっけ?


 僕がここに連れてこられたのって、パンティが勝手に伝説の英雄って僕のことを呼んだからであって、僕が積極的に騙したわけじゃなく、そもそも英雄じゃなかったら拷問って話も初耳なんですけど?


「あのさ。英雄じゃなかったら拷問って話。僕にしたかな?」


 僕は怒りと動揺と後悔と不安と疑念とが織り混ざった複雑な感情を、勉強ができない子に優しく教えるような、単一のアウトプットで表現してみせた。


「いえ。だって、良平様は伝説の英雄なんですから、教える意味ないじゃないですか?」


 ああ、その健気な信頼が今は痛い。


「いや、でも、もしかしたら伝説の英雄じゃないかもしれないじゃない? 僕、試練とか試験とかあんまり得意じゃないし」


 僕は空気が読めなかったり、逆に空気を読み過ぎたりするわけでなく、ごく普通のコミュニケーション力だから、この場合も相手が笑っているので、本当は泣き喚きたい気持ちを抑えつけて、あはははと空気が悪くならないように笑って、可能性を示唆してみせた。


「え?」

「え?」


 そしてパンティはニコニコしたまま沈黙。


 時間にして数秒程度。

 その後、こちらがびっくりするほど怯えた表情をして、一歩後ずさった。


「ち、違うのですか!?」


 パンティだけでなく、周囲もざわめき、武器を構え、王様もお后様も立ち上がって、憎しみと怒りを燃やした瞳で僕を睥睨してきた。


「──な、わけないじゃないですか~。僕がいわゆる伝説の英雄で~す。試験とかちょっと苦手だけど、たぶん余裕で合格っすよ。あはははは」


 僕のごく普通の感性は、殺意という名の重い空気を敏感に察し、事実を述べるよりも、一番場が収まりそうな嘘をつくことを選択した。

 本当、プレッシャーって怖いよね。


「そうですよね~。私、びっくりしちゃいました。うふふふふ」


「いや~。ごめんごめん。あはははは」


 僕は経験したことはないけど、まるでお見合いで特に盛り上がる話題もないときに、どうでもいい話でとりあえず笑っとこう的なノリで乾いた笑いを返した。


 よし。いざというときに、逃げる準備はしておこう。


 パンティと離ればなれになるのは嫌だけど、さすがに拷問を受けるほどマゾじゃない。


 だけど微妙なんだよな。

 この世界の人々のレベルが低いのはなんとなく分かるだけに、試練のレベルも低い気がするんだよね。


 それが僕の足を、ここに押し留めている。

 いざとなったら逃げ切れるだろうという自信も、それを後押ししていた。


「では、早速三つの試練を執り行う。そなたが伝説の英雄ならば、どれも簡単に突破することができるはずじゃ!」


 王様が言い終わると同時に右手を挙げると、王座のサイドに並んでいた一人が、前に歩を進めた。

 細身の女性で、上半身はビキニのブラのようなもので、控えめな胸を隠している。


 下はチャイナドレスというか、ふんどしというか、暖簾のような前後に垂れる布を垂らしていて、サイドからみるとすらりとした足が丸見えで、思わず僕はどきりとしてしまった。

 もしかしてノーパンなんじゃなかろうか?


 僕は目は眼鏡をぎりぎりかけないで済むレベルの視力だけど、目の血管が浮き出るくらいの勢いで、女性の下半身を凝視した。


 そういえば、とある猿の実験で、コインを入れると毎回報酬がでるシステムより、コインを入れても報酬が出たり出なかったりするほうが、意固地になってコインを入れようとする、いわゆる依存状態になりやすい、という記事を読んだことがある。


 つまり、今のノーパンか否かという、不確定な状態は、先ほどのパンティの全裸と違って、僕の意識を集中させるのに成功しているのであって、チラリズムのもたらすエロス的モラトリアムの魔力に、僕は抗うことができないでいたのだ。


 やがて、布の隙間に、ハイレグのようなパンティがあるのを見つける。


 安心してださい。

 穿いてました。


「宰相のエーテルです。これからあなたに知の試練を実施します。我が国に太古の昔より伝わる難問です。しかし英雄ならば、その叡智をもって答えられるはず」


 宰相だと名乗った女性は、社長の秘書のようにツンツンテキパキした雰囲気を持っていて、いかにも頭が良さそうな感じがした。肩より少し長いくらいの黒髪で、年は若く、二十代前半に見える。


「ではいきます」


 エーテルさんはスマホを取り出して、すっすっと指先でスワイプする。


 いやいや、ちょっと待ってよ。

 

 確かに、スマホあるから仕方ないかもしれないけど、こういう場合って普通、本じゃないの?

 なんだか締まりがない風景だな。


「では、問題です!」


 ややあってエーテルさんのややヒステリックな声が響き渡った。


 緊張でごくりと僕の喉が鳴る。


「朝は四本、昼は二本、夜は三本。これな~んだ?」


 ……。

 …………。

 ………………は?


 僕は拍子が抜けたあまり、おそらくは間抜けな表情をさらしてしまっただろう。

 っていうか、問題というよりは、それなぞなぞじゃね?


 この世界はレベルが低いとは思っていたけど、まさかこれ程までなのか?

 これが太古より伝わる難問なの!?


 僕が別の意味でショックを受けて、固まっているのを見て、周囲の人々は誤解をはじめたようだ。


「なんという難問だ」

「仮に英雄だとしても、この問題は解けまい」

「出題はランダムとはいえ、これは運がないな」


 いや。


 いやいやいやいや。


 その言葉だけ聞くと凄い難問が出たような気がするけど、これ、そんなに難しい問題じゃないから。

 小学生だって答えられるレベルだよ!?


「ああ、なんてこと! よりによって、こんな難しい問題が出てくるなんて。これではいくら伝説の英雄といえども、解けるわけがありません!」


 傍らのパンティが、顔を押さえて、泣き崩れるように膝を突く。

 僕にとってはまるでコメディのようにしか感じられない。


「どうした良平殿。この問題に答えられぬか? まあ、無理もあるまい。如何に英雄とはいえこれほどの──」


「いえ。わかりますよ、答え」


 なんだかいつまで経っても収拾しそうになかったので、僕は呆れ半分、諦め半分といった気持ちで、日頃はしない、他人の会話の最中に割ってはいるという、強引な行動に出た。


「うむうむ。そうじゃろう、いくら英雄といえど──。え?」


 王様が目を見開き、


「今、なんと?」


 王妃が驚愕の声をあげる。


「この程度の問題ならば、答えがわかると言ったんです」


 立ち並ぶ人々の刺すような視線に居心地の悪さを感じながらも、僕はややはっきりした口調で言い放った。

 傍らのパンティもきょとんとした表情で見上げてくる。


「馬鹿なそんなことできるわけがない!」

「ふざけるな! なにがこの程度の問題だ!」

「だったら答えてみよ!」


 周囲から一斉に野次が飛んできた。


「そうだそうだ! 口から出任せなら、なんとでも言える。本当に答えがわかるなら、当ててみせよ!」


 その野次に僕がどう反応してよいか迷っていると、


「なんだ出任せか」

「英雄と持ち上げられて、引くに引けなくなったのだな」

「みろ、呆然と立ち尽くしているぞ」


 そんなまったく控えめでないヒソヒソ声が、僕の鼓膜を振るわせて、悪口や罵りといったテクストへ、脳が変換をかけてくる。


 なんだろう?

 この世界の人たちって、わざとじゃないのってくらい煽ってくるよなぁ。


 沸点の高さは水並みという、液体としては高いほうだけど、存在としては一般的な液体にたとえられる僕の怒りの沸点は、彼らの反応に対して、九十度くらいのぐつぐつ具合になっていた。


 けれども周囲がざわざわと騒がしいので、なんとなくしゃべりづらい感じだ。

 僕は他人が話しているときは、基本聞き役に徹してしまうという、控えめな本能を持っている。


「静粛に! 静粛に!」


 見かねたエーテルさんが、さらにうるさい声で、静かにするよう、まわりに働きかける。

 その効果はあったようで、次第に煽りや悪口などのざわめきが収まってきた。


 エーテルさんがコホンとわざとらしく咳をしてから、言葉を続ける。


「良平殿。この難問の答えがわかるというのですね? ならば、お答えください」


 さっきとは打って変わって静まりかえった玉座の間。

 見ず知らずの人々の注目を浴び、僕は喉の渇きを覚えながら、その答えを口にした。


「答えは人間です」


 返事はなかった。


 誰もが今度は、答えを知るエーテルさんに注意を向ける。


 エーテルさんはスマホの画面に見入ったまま、数学の難問でも解くみたいな顔で、唇を噛みしめている。

 薄いが形のいい唇だ。


 そして次の瞬間、エーテルさんの目が見開き、ばっとスマホから顔をあげると、僕を射抜くように見た。


「せ、正解です!」


 その声を聞いた瞬間、


「おおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 周囲から爆発のような歓声が湧き起こった。


「あの難問を解いたぞ!」

「なんたる知性!」

「天才だ。本物の天才だ!」

「これほど頭の良い人間を、いまだかつて見たことがない!」


 僕はくすぐったい気持ちで、あっさりと手のひらを返した重役や騎士たちの賞賛を受けていた。

 褒め殺しという言葉があるように、身に余る賞賛を受け、僕の心臓は止まらんばかりに、動揺している。


 褒められて嫌な気持ちはしないけど、本当、なんの努力をしたわけでも、生まれもって天才でもなく、誰でも解けるレベルの問題を解いて褒め称えられるのは、妙に落ち着かない。


「良平様。すごい……」


 パンティが、それこそとろけそうな瞳で見上げながら、僕を賞賛してくる。

 今は、そんなパンティの言葉が一番嬉しかった。


「あの、良平様!」


 そんな場の盛り上がった空気に水を差すように、エーテルさんが甲高い声をあげる。


「この難題の答えが、人間であることはこの記録に記されています。しかし、何故この答えが人間なのか、どこにも記されていないのです。良平殿なら、その答えもおわかりですか?」


「え? うん、まあ……」


 というか、なんで正解かもわからずに出題していたのか、この人。


「是非とも、お教えください!」


 エーテルさんがまるで、意を決して思いを告白してくる体育系の後輩女子のような真剣な表情と勢いで懇願してくる。


 そんな態度でお願いされたら、僕は悪い気はせず、衆人の熱い期待と大波のような興奮の混じった視線もばっちり感じていたから、ぽりぽりと頬を掻いてから、その答えるいたるロジックを解説する。


「朝、昼、夜ってのは、人間の成長を言い換えたモノなんだ。朝が、生まれてすぐの赤ちゃん、昼が大人って感じで」


「なに言ってるんですか、良平様。赤ちゃんの足は四本じゃないですよ。もしかして良平様の世界のでは、赤ちゃんの足は四本もあるんですか?」


 パンティがきょとんとした表情で、ぜんぜん嫌みじゃない感じで尋ねてきた。

 ……そっから説明がいるんだ。


「足ってのは地面に突く手足の合計だよ。ほら赤ちゃんって生まれてすぐは四つん這いだろ?」


 僕が言うもまわりの反応は薄い。

 僕はちょっと焦れったくなって、両手を床について四つん這いの格好をしてみせた。


「ほら、こうして見ると、動物みたいに四本足になるだろ?」


 けれどもパンティをはじめ、多くの人たちはシラケた表情のまま、僕を見下ろしてくる。

 なんだか、まるでみんなの前で土下座している気持ちになって、僕は慌てて立ち上がると、膝の汚れを落とした。


「ね? わかった?」


 僕は愛想笑いを浮かべながら、傍らのパンティに問いかけるも、彼女は首を縦に振らない。


 う、ちょっと、いやかなり、気まずい。


「何を言っておるのだ。そなたは?」


 そんな気まずい空気を切り裂いたのは、王妃さまの言葉だった。


「生まれてすぐの赤ちゃんは、四つん這いではなく、仰向けに寝ているモノだろう?」


 ……。

 ………………。


お読みくださりありがとうございます。


相手がおバカだと、正解でもそれを証明するのが一苦労。

良平は果たしておバカたちにうまく説明できるのか?

こう、ご期待!


楽しんでいただけましたら、ブックマークと、下にスクロールして☆を押していただけるとすごく嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ