1.今日までは平凡。でも・・・
僕は平凡である。
なんらかの特殊な力を持っていたりだとか、優れた身体能力を持っていたりだとか、天才的な頭脳を持っていたりだとか、容姿が優れていたりだとか、人気者だったりとか、そんなところからは磁石の同極のように、反発するかのような離れた位置にいる。
だからといって、何をやらせても駄目だとか、頭が致命的に悪いだとか、気味悪がって女子が悲鳴をあげるような容姿だったりするわけじゃない。
少なくとも僕の控えめな自己評価に基づけば、そこまで酷いことはないはずだ。たぶん。
親友と呼べるような特殊な友人はいないし、お節介な幼なじみという女子もいないし、もちろん恋人と呼べるような存在もいない。
気になる女子がいないこともないけど、週に一度話ができれば万々歳な、半分諦め気味の距離感を保っていて、最近やっと僕の顔と名前が一致したという、うれしくも悲しい事実が判明したばかりだ。
そう、僕という人物を一言で表すならば、「普通」なのだ。
「普通」という意味は、別の角度からみれば「平均」と似た意味をもつはずだけど、こと評価という点でみれば、どこか侮蔑と嘲笑と貶しとが混じった、マイナスのイメージがつきまとう不思議な言葉になる。
ドラマでも漫画でも学校でも、普通であることが悪いかのような意味で語られ、「個性」の対義語として、久しぶりに家に帰ったら風呂場の近くでこんにちわするゴキブリの如く忌諱されている。
その典型的な科白が「誰にだって個性はある」だ。
勉強ができなかったり、運動ができなかったり、異性にもてなかったり、特技がなかったりするときに発揮される、ある意味現実逃避とルサンチマンを全力で自己正当化する方向に突っ走った結果の科白。
勉強ができなくても個性があれば、いいじゃないか。
IQよりもEQだ。スポーツができなくとも、友人がいればいいじゃないか。
試合で負けても、青春で勝ち組になればいい。誰にだって、個性はあるんだ。
だが、ちょっと待ってほしい。
その個性とやらは個別性ではなく、集団の中にあって特別目立つという意味で、使われていやしないか?
だとしたら、個性を持つ輩がそんなにいるはずがない。
勉強ができなければ、スポーツだ。
スポーツができなければ音楽だ。
音楽ができないなら、友人の数だ。
そうやって自分が一番に、または上位に食い込む項目を、虱潰しに探しながら、自己の承認欲求を満たす術をスライドさせていけば、何人かはそれに該当するだろうが、僕をはじめとした「普通」と呼ばれる多くの同志たちは、探しても探しても、「個性」というものがないから「普通」なのであって、「探せばきっと個性はある」とか力説されても迷惑なだけである。
というか、ある意味僕たちに対する全否定。
人格侵害も甚だしい限りだろう。
「夢を持て」という科白も似たような意味で、そりゃ、ある人はあるだろうが、僕みたいな普通の人には、好きな子とエッチなことができたらいいなぁ、程度のお年頃の妄想は抱いたりしても、熱血先生の満足するような夢の類は、本当にもう、逆立ちしたって出てきやしないのである。
将来の進路についても、適当に潰れずに、適切に残業代も出て、妥当な時間に家に帰れるような普通の会社に就職できれば、それでいいや、とかしか思っちゃいない。
ぶっちゃけ、僕と同じ普通の人は、みんなそうなんじゃないかな。
そういや有名な歌に、「ナンバーワンよりオンリーワンがいい」というフレーズがあるけど、あれほどそら恐ろしい言葉はないと思う。
ちょっとよく考えてほしい。
五教科のうち、どれか一つでトップをとったり、駆けっこで一番になったり、地区大会で優勝したりと、比較的一番になれる環境というのは存在する。
普通の人でも状況次第ではナンバーワンになれたりするものだ。
しかし、オンリーワンならどうだろうか。
オンリーとはこの場合、孤独という意味ではなく、絶対唯一の、つまりは世界で一つという意味だ。
表現を変えるなら全世界でナンバーワンになれと言うに等しい。
あれが家族愛や恋愛などを説いたものだという認識はあるので、ひねくれた屁理屈だっていうのは分かるけど、三人兄弟の次男として生まれてきた僕は、兄ほど可愛がられなかったし、歳の離れた弟ほど愛されていないという現実を、比較的客観的な目で理解していたりする。
そりゃ、親に聞いたらちゃんと「お前もちゃんと大事にしているよ」と言われるだろう。
その点においても僕は普通の愛され方だと思うし、後者の恋愛という意味においては、一度も異性にもてたことのない僕にとっては、それこそ「生涯現役でいたい」という三十歳のヤンキーの価値観くらい理解に苦しむ概念なので、それでオンリーワンと言われても、童貞を貫こうと思っていなくとも、なお貫かねばならないチェリーオーバーの心境さながらなのである。
ちょっと脱線してしまったが、結局何が言いたいかと言えば、蛇が自分のしっぽを噛むように、最初に戻る。
僕は極めて平凡な十五歳の男子である。
以上。
自己紹介を終える。
そんな普通の僕であるが、当然のことながら、くじでよく当たったりとか、異性と劇的な出会いをしたりだとか、大事な場面で偶然好機が巡ってきたりだとかの強運も持ち合わせてはいない。
それは同時に、やけにトラブルに巻き込まれるだとか、物をなくしたり、事故にあったりだとか、どっからのラノベの主人公のような悪運も、なかったりする。
そんな僕だけど、ごく一般的な人と同じように、運の善し悪しについて、波というか、今日は良い日だとか今日は悪い日だとか、そういうのは存在していて、その基準からすれば、今日はいつにも増して運が悪い日だった。
まず、朝寝坊した。
そして昨晩、宿題をやらずに寝落ちして、そのまま布団に潜り込んだという忌まわしい記憶を思い出す。
宿題を見せてくれそうな友人の協力を得るため、早めに学校に行かなくちゃならないのに、外は雨だし、駅は混んでいて、電車はぎゅうぎゅうで必死に乗り込もうとするも、割り込んだ太めのサラリーマンに押し出されて、その衝撃で鞄を電車とホームの隙間、線路の下に落としてしまって、結局は遅刻する羽目になってしまった。
してこなかった宿題の授業は一時間目で、黒板に書かれた宿題の問題のうち、一見して難しいが、ちゃんと教科書を見ていれば解けそうな絶妙な難易度の解答者に指名され、必死にカロリーを消費して頭を回転させたあげく、結局は間違った答えを書いて恥を掻くという失態を犯してしまう。
ちなみに先生の明らかに嫌味な小言もプラスされた。
そして育ち盛りの男子にとって楽しみの一つである弁当は、当然ながら朝の落下の影響で、それは見事な混ぜご飯となっており、お酢の利いた酢の物が、すべての味付けを酸っぱいモノへ変貌させていた。
口になおしに売店でジュースを買おうとしたが、そのときになって初めて、財布を家に忘れていたことに気づき、友人にお金を借りようとしたところ、僕が片思いしている女の子が偶然その様子を見ていたらしく、小声で、「私、人からお金を借りる人って信じられないんだ」という、とてもしっかりした金銭感覚と、良識ある価値観を見せつけられ、それをちゃっかりと聞いていた僕は、「うん。やっぱいいわ」とその子に脈がないことは分かっているのに、無駄に意気消沈して断ってしまったのである。
そして放課後。
帰宅部である僕は、さっさと家に帰り私服に着替えると、机の隅に放置されていた財布をとり、近くのコンビニに漫画を買いに出かけた。
ここでも運の悪さは継続していたらしく、無駄に長い行列が二列、レジの前にできており、どちらに並んだ方が有利かという命題が、僕に突きつけられていた。
さっと数を確認して、数が少ない方に並んだのだけれども、タバコの注文だったり、おでんの注文だったり、光熱費などの支払いをしたりだったりとかで、僕が並んだ方の列が、結局は時間がかかることになった。
こういうの、地味にへこむんだよなぁ。
そして会計のときになって知らない人から電話がかかってきて、会計のときに電話に出るなよと、金髪の不良あがりのような店員さんに、至極当然の不満を舌打ちというかたちで表現され、いや、客に舌打ちするなよと思うも、不機嫌そうな態度に思わず罪悪感が刺激されたあげく、かかってきた電話は間違い電話で、向こうが間違えたのにもかかわらず、一片の謝罪のもなく電話をぶち切りにされるという不幸に見舞われ、心底嫌な気分になった。
っていうか、間違い電話してきて謝罪しない人ってなんなの!?
そしてコンビニを出ると、いったん上がっていた雨が再び降り出していて、余裕ぶっこいて傘を持ってこなかった僕は、雨が上がるのを待つか、濡れるのを覚悟でダッシュするかという新たな命題を突きつけられ、結局は後者を選ぶことにし、だけども途中でどしゃぶりになった雨に、あえなく負けを認め、とある整骨院の屋根の下で雨宿りすることにしたのだ。
異変はそのときに起こった。
僕の左側、整骨院の建物と電柱に間に、妙な物体が浮かんでいることに気づいたのだ。
妙な物体が浮かんでいる時点で、ちょっとは警戒しろよ、と指摘する気持ちは分からないでもないけど、ごく普通の世界に慣れていた僕にとって、それは普通の延長でしかなく、「なんだろう」という好奇心のほうが勝ってしまったのだ。
縦に二十センチほどの、細長い物体。
蜘蛛の巣に引っかかった木の枝か何かかなと思ったが、そうでないことにすぐに気づく。
細い物体は実は空洞で、その向こう側に、モノクロームに染まった激しい雨の世界とは違う風景が映っていたのだ。
僕は片目をつむり、それを覗き込む。
森林と川のようなものが見えた。
その瞬間、急激にその風景が押し寄せてきた。
いや違う。
これは、僕の体がこの切れ目に、吸い込まれようとしているのだ。
僕は必死に抗おうとするも、その暇もなく、一瞬にして視界が、水に浮いた油の色のようなカラフルな虹色に染まる。
そして暗転。
鈍い衝撃が全身を襲ってきた。
「あいててて」
地面の上に投げ出された僕は、個性のない、オーソドックスな痛みに呻く言葉を吐き出しながら、体を起こす。
そして、違和感に気づいた。
先ほどまで雨が降っていたはずなのに、今は晴天だったのだ。
それに自分がいる場所はアスファルトの路上ではなく、草の生えたやわらかな大地の上。
三十メートル先くらいには、鬱蒼とした森。
ここは開けた草原だ。
遠くから、人の話し声らしきものが聞こえる。
さらには小川の囁き。
「だ、だれ?」
不意に、声を投げかけられ、僕は後ろを振り向いた。
そして軽くパニック状態に陥っていた僕は、さらに頭を真っ白にさせる事態に遭遇する。
そこには全裸の少女が立っていた。
お読みくださりありがとうございます。
次はようやく、アホの子のヒロインとの爆笑ものの掛け合いとなります~。
ご期待ください。
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