伝説の証明
《永遠の守護者》かそうでないかを証明するのは至極容易である。太古からの伝説が事実その通りであるのならば、《永遠の守護者》は死ぬことがない。彼らはどんな傷を受けても白き光を纏いて蘇る……。
《永遠の守護者》を名乗るものが本物かどうか、確かめたいなら殺してみればいい。それですべてが明らかになる。
のだが。
殺されてみて欲しいなどとは言ってない。
スイージュは絶句しているアークをまじまじ眺めて、溜めもなしに手にしたナイフで斜め前に座ったリヴィスの首を搔き切り、勢いのままに自分の胸も突き立て腹にかけて切り裂いた。
鮮やかな血が舞う。
いや、舞う、などといった優雅なものではなかった。噴き出る量は尋常ではなく、血のにおいは血しぶきが直接鼻腔に入り込んだかのように濃い。
しかし、リヴィスは嫌そうに血の迸る傷口を片手で軽く抑えるだけ。スイージュは赤いナイフを構えて血をしたたらせながら不敵に笑った。
数秒すると、わずかにとろみのついた赤だった液体はすべて白い光になり、その光が消えた後は何事もなかったかのように元に戻っていた。スイージュなど、腹と一緒に裂いたはずのワンピースにすら傷がない。
数は十三。絶大なる不死身の魔法使。幾度血を流し死に満ちる傷を負おうとも白き光を纏いて蘇り、どんな厄災も永遠に振り払い給う。
それが、伝説。
「どうです?」
ナイフを斜めにして妖しい流し目をくれるスイージュ……
の、手をアークは思わず叩いた。飛んでいったナイフが部屋の壁に当たり音を立てて床に落ちる。
上がった息と震える肩、冷たくなった背中に耐えながら叫ぶ。
「何やってんの!?」
「信じてもらうために《永遠の守護者》の証拠を見せました。伝説のままでしょう?」
「あたし信じられないなんて――言わなかったよね? なのになんでいきなり斬ったの? 痛くないの!?」
「痛いです」
「じゃあなんで斬ったの!」
「信じられなさそうな顔をしていたので」
「びっくりしてただけだよ!」
「そうだったんですか」
「そうだよ! せめて証拠見せてって言われてからやりなよ! ううん、斬るのはやめてできれば別の方法にして欲しいけど、でも無くなっちゃった腕を治せる人が聖女で、その聖女のところまで運んでくれて仲良く話せる人が《永遠の守護者》だって紹介されて、そこまでで信じるよ! 疑いどころがないじゃないか!」
「素直で元気なお嬢さんですね」
とリヴィスへ。彼はそんな彼女に向かって上から下に手を振る。
「落ち着けアーク。脅かすためにやったのではない。……たぶんな。《永遠の守護者》だとわからせるにはこの方法が一番手っ取り早い」
「そうかもしれないけど……きっと話すだけじゃ信じない人が多いからそうしたんだろうけど……でも……ああ、もう! 二度とやらないで! やらないで――……ください。二度とやらないでください。お願いします」
途中から敬語に直して念を押すと、スイージュは小首を傾げて含みありげに愛らしく微笑んだ。
「ええ。二度と、やる必要はないようですね」
ナイフが床の上で崩れるように消えた。代わりに、新しいナイフがスイージュの手の中に現れる。そのナイフでパイを穏やかに切り分け直す。
血の気配が消えた鼻腔をふわりとくすぐる、火を通した桃独特の甘い香りに引き絞られるような空腹を感じながら、アークは立ち上がった状態から席について背中に汗をかいた。
つい怒鳴りつけてしまったけれど、冷静になってみれば相手は聖女様だった。しかも自分はたいそうな頼みを携えてきていたのだった。驚いたからとはいえ聖女に手を上げるとはなんてことをしてしまったのか。まずい。
鼻唄をうたうようにしている聖女は、気にしていないように見える。けれど、どうだろう。逆に恐ろしく感じてならない。汗が冷える。
丁寧にパイが切り分けられている最中も、浮いたポットは勝手にカップにお茶を淹れ、ピッチャーがミルクを注ぎ、スプーンがそれを掻き混ぜる。そして完成するとソーサーにヒョイと載せられて、アークの前に置かれた。
「どうぞ。ピーチパイは好きですか?」
六等分にしたパイを、カップと揃った模様の皿に載せる。
「は、はい」
声がうわずる。まだ心臓が高鳴っていたが見苦しくない所作を心がけて速さで口をつける。『喉が渇いた』を慮ってくれたかのように、紅茶は熱いながらも一口二口と続けて飲める温度で、半分以上をほとんど一気に飲んでしまった。
減った分を、空飛ぶポットが足してくれると同時にパイの皿が手前に到着する。
「得意料理なんですよ、パイ。食べてください。口に合うといいんですが。熱いので気をつけて……ゆっくり、よく噛んで食べてくださいね。あなた、何も食べて――この唐変木が何日もまともに食事を摂らせてないと聞いたときは殴ろうかと思いましたけど」
「思っただけじゃないだろう。俺は膝の裏を爪先で蹴られたぞ」
抗議をスイージュは完全に無視した。
「何も食べてないんですから、急いで食べたらお腹に悪いですよ」
「はい」
叩かれたことはやはり気にしていないようである。どう受け答えしたらいいのか迷う。視覚には完全に大人ぶっている子供としか映らないのに、体ははっきりと格上の存在だと告げている。そのまま聖女はいやに親しげに接してくるのだ。不思議なことに、本能は『逆らうな』とは命じてこない。むしろ親しく話したほうが自然ではないかとさえ感じる。
落ち着かなくて、頭が回らず、腰のあたりで心もとない不安がわだかまる。
「本当、大怪我をしているのに水しか飲ませないって鬼畜です」
「肉体が保持されるように管理はしていた」
「人は肉体が生きていればいいものではありません」
「意識が朦朧としている際に経口摂取させれば肺に入るかもしれない」
「食事を摂るくらい意識が回復している時間もあったはずですが?」
「うるさいな。街を出るとき食べられそうなものを用意するのを忘れたんだ」
「始めからそう言いなさい。
アーク? どうしました? 気分でも悪いんですか?」
「そうじゃなくて……ごめんなさい」
「はい?」
「手を叩いたりして」
スイージュは吹き出した。
「そんなの。いいから食べなさい。あなたのために焼いたパイです。あなたが食べなければわたしたちも手がつけられません」
見れば、二人はパイの皿を前にしているにも関わらず、フォークを手にとってすらいない。
「あ、はっ、はい。頂きます……」
ジャムではなくごろりとした桃が入ったカスタードピーチパイだ。フォークを手にして切り取って、一口。
甘い。染みこんでいくように。噛んでいるときはおろか、喉を通って胃にいたるまで粘膜が甘味を吸収していく。限界までお腹が空いているのを差し引いても、ハッピーエンドの物語ように甘くておいしい。
夢中で食べた。初めの一口と終わりの一口の区別がつかないほど無我夢中で食べた。
残ったパイくずもつまんで食べてしまおうかとフォークをうろつかせていると、新しく一切れ、皿に載ってきた。
「おいしいですか?」
懸命に頷く。
「次は半分で一度休みなさいね。食欲だけを先走らせて食べると後々気分が悪くなってしまいますから」
従うことは、今ここにある食欲を抑えることは、ひどく難しい。が、できるだけ食べるスピードを落とした。その努力はした。したかしないか、どのくらい違いがあったかははかれないが。
さくり、さくり、熱いパイの層がフォークを差し入れるたび軽快に草原をかきわけるような音を立てる。
約束通り、半分……約半分で手を止め、ティーカップをとった。
「ふ、ふ……」
今度は吹かなければ熱い。
「落ち着きましたか」
「はい。おいしい……です」
「重畳。連絡を受けてから仕込んだ甲斐がありました」
「連絡? リヴィスがしてくれたの?」
「ああ」
「……なんで?」
思えばどうしてなのだろう? 《永遠の守護者》ともあろう存在が、アークなんかを気にかけて聖女の元へ連れて来てくれた。長い洞窟の中を、背負って運んでまで。《永遠の守護者》であることが露見したくないことは察せられる。もし明るみになったとしたら、おおごとだ。あっという間に聖女のようにご神体に祀り上げられてしまうか、何がしか、願い事を携えた者たちが絶えず彼の元を訪れついてまわるだろう。
露見するデメリットを超えるメリットは、行きずりのアークを救うことにはないように思える。
彼は憮然とした。
「なんでということはないだろう。連絡もなしにお前のような重度の怪我人を連れて来たらこれの膨れようは手がつけられんぞ。それでなくとも俺は痛烈な詰られ方をした」
質問の意図とはずれた返答だった。『見捨てる』、という選択肢は、なかったらしい。
「そうなんだ」
「そうだ」
「聞きたいのは、」
と、スイージュ。彼女は真意の疑問を代弁してくれた。
「わたしに罵られて、ついでに自分が《永遠の守護者》だと知られることを承知してまでどうして連れてきたのか? ということですよね?」
すると、リヴィスは頬杖をついて横を向いた。
「相変わらずですねぇ」
「どうした……んですか」
「たまたまだ」
横を向いたまましかめ面をする。
「元々ここへは寄る予定だった。道筋も変えていない。怪我人がいて、治してやれるのだから連れていってやるぐらいする。お前たちなら打ち捨てて忘れるのか?
お前の怪我には俺にも責任があるしな。謝っていなかったな。すまない」
「そんな。あなたは何も悪くない。あたしが勝手にしたことだよ」
「いいえ。最悪ですね。リヴィスはタイプ・リジィに近づかないよう説得できました」
「タイプ・リジィ?」
「あのポッドに入っていた人造人間の型名だ。外部入力受信型戦闘用クローノイド、タイプ・リジィ。二百年前の大戦に兵器として投入された殲士と呼ばれる人造の半生命体。元はエリフ側の兵器だが、シーナルはしばしば生け捕りにし、洗脳しなおして使っていた。あの施設にあったのもその一つだったのだろう。
知っての通り、二百年前の大戦はほぼヒューンが代理戦争をしていた。おそらく、あのタイプ・リジィは周囲のものを無差別に殲滅するように設定されていたんだ。
俺はその可能性に気づいていた」
「問題。なぜリヴィスはそれをあなたに告げなかったのでしょう?」
「スイージュ」
咎め立てて名を呼ばれてもスイージュは涼しい顔をしている。見た目が子供でも聖女のほうが立場が上らしかった。
アークは鼻先を撫でた。教えてくれても良さそうな内容だ。それを聞いたらアークだって思いとどまったろう。千切れた腕の傷口がおかしいことにも気づいたはずだ。
「答え。『《永遠の守護者》であることは隠したかったけれどヒューンにはとっくに忘れられてしまった情報なのでどうしてそんなに詳しいのかと問いつめられたらうまく取り繕う自信がなかった』『考えている間にタイプ・リジィは攻撃を仕掛け自分は被弾しても平気だからあなたの防御をしてあげるのを忘れた』以上です」
「スイージュ」
と諦めて嘆息し、
「そんな理由で一生を左右する怪我を負わせて見捨てられないだろう。それに」
「それに?」
「お前は泣きながら言っていた。腕がなければ困ると。神殿に行って聖女に会わなければならないのだと」
居心地悪そうに膝の上に手を置く。スイージュがおどけるように肩を動かした。
誰も口を開かずに数秒経つ。
「腕を治すのと、聖女に会わせるのと、二つをお詫びにしようとしてくれたの?」
「二つといっても代償をするのはわたしなんですけどね。いつもそうですこの人。自分の手に負えなくなると全部わたしに押し付けてきます。だからといって、全部やってあげてしまうわたしがわたしなんですけど。
どうします? わたしがあなたの目指す聖女であることは確認しましたね? 会えましたよ。用事はなんですか?」
軽く問われて。用意して、心の中で練習までしていた丁重な表現の言葉を、みんな忘れた。
聖女に会えたら訴えなければならなかったこと――。
会ってくれたお礼を言って、名前を名乗って、自分がどういう立ち位置の人間かを説明して、前置きをして、それから。なんだったろう。
簡単に会えると思っていなかった。まずは神殿の修道女に理由を話し説得する。それが叶わないことを覚悟して、虎の子を出すときの口上や身振りさえ考えていたのに。
「遠慮しなくていいですよ。なんでもどうぞ。できないことってわたしそれほどないですから」
圧倒的な気配とは裏腹にあんまりにもこの聖女は聖女なんて名前に似つかわしくなく小さくて少女めいている。
だからといって同じ調子で返してよいはずがない。
「父さんを、助けて欲しいんです」
口から出たのは、ただ、願いだけ。
精緻な花柄のティーカップの取手をいじっていた細い手を掴む。
「父さんが、炭化病なんです。あたしが生まれる前から罹ってて、治るものじゃないからって耐えてて、左足はもうすっかりだめになってて。……何ヵ月か前、右足の炭化が始まっちゃった。このままじゃ父さんは」
死ぬ。
炭化病は、癌の一種だといわれている。多くは四肢の先端から発症し、麻痺症状とともに皮膚が黒く固くなり骨まで侵食し、やがて固まった部分は脆くなり、崩れる。病魔と麻痺の進行は皮膚の炭化よりずっと速い。
許せないのは、父の炭化病は不運な天命などではないことだった。
裏切り者が魔術を使って呪いをかけたのだ。父に近しく、気を許していた相手だったという。
父は十七年前の戦争の英雄なのに。危険な戦場に出て兵を統率して勇敢に戦ったのに、信頼しきっていた者に裏切られて、徐々に体の自由を失う恐怖を理不尽に味わいながら辺境で十六年も生きてきた。
アークは見てきた。父はそんな理不尽を抱えながら、笑って生きてきたのを。つらいはずの人生を毎日。
炭化病は医学的には治療の術がない。黒く固まった部分を切除してもまたその切断したところから炭化する不治の呪いだ。ただただ麻痺と炭化の侵蝕、体が崩れていき命に及ぶまで、残された時間の目盛りが減っていくのを目の当たりにし続けなければならない。
父も人間だ。死を恐れている。でも笑っていた。明るく振る舞って、冗談を言っていた。父から恨み言を聞いたことなどなかった。
――その日。
父は、動かなくなり炭化を始めた右足の親指を明かりの下で眺めていた。左足から発症し右足の先に出現するということは、もうすっかり下半身は侵されきっていることを示している。侵蝕は臓器をじわじわと這い上がっていく……。
雨漏りして落ちた最初のひと雫のように呟いた。
『なんだろうな……これは』
陰から見ていた。我慢がならなかった。
太陽が昇る前に父が昔使っていた装備の入った袋を持って村を飛び出した。
カップから手を離した聖女の両手を強く握る。
「お願いします。父さんを助けてください」
「いいですよ」
聖女は頷きもしなかった。気のいい返事が、喜びよりも却って怖かった。
首を反対側に向ける聖女。
「なんだか、この子怯えてません?」
「お前がそう、いつまでも聖女ぶって威圧しているからだ」
「あ」
圧倒的な気配が消える。知らずに入っていた体の力が抜け、顔や頭から熱い汗が出る。威厳のある雰囲気がなくなると、聖女は一気に親しみやすい空気を纏った娘になった。姿かたちがあんまりにも美しいので、どこにでもいる子供、とまではいかなかったが。
「すみません。つい癖で。侮られやすい見た目なので、『わたしがザ・聖女』ってことに納得してもらうためにやっていたんですが、脅かし続けるつもりはありませんでした。肩書きや異名に拘りはないんですけれども、なんだか聖女と認識してもらえないと話がスムーズに進まないことが多いんですよね。
改めて。いいですよ。お父様の病気、わたしが治してあげましょう」
圧がなくなり、気が緩んで、でも目の間の存在は少しも変わらずノリの軽い子供のままで、頭を抱えて叫ぶ。
「もう、何!?」
限界を突破した。
「どういうことなの! なんなの! なんなんだよ!」
「なぜでしょう。承知したのに癇癪起こしちゃいましたよ」
「お前のせいだ」
「そうですかね」
「両方とも!」
立って人差し指を伸ばすが、すぐにずるずると椅子に座り込む。
「ちょっと、もう、ごめんなさい。整理させて。なんなの?」
「なんなのと言われましても」
「《永遠の守護者》って何?」
「まさか始まりがそこというのは驚きですよ」
「だって……だってさ、伝説じゃなかったんだ! って《永遠の守護者》……二人と会うって、ないよ? 普通」
「ないこともないですよ。大抵二、三人で固まってその辺をうろついてますから。ティル、フェオン、アックスあたりが一人で旅してることってないですよね?」
「外見は何の変哲もないヒューンだから、不注意で大怪我でもしなければそうと気づかれることはまずないがな」
「それが一気に二人。一人は偶然パートナーになった流れ雲。それだけでももうびっくり。もう一人はすっごく会うのが難しいと思っていた聖女様。こっちはどうやって会わせてもらうか必死で考えてきて、もし会えなかったらどうするとかお願いごとの切り出し方とか練習してきてたのに、大怪我したと思ったら直接会えて、だめかもしれないって覚悟してたお願いをしたら間髪なしで快諾だよ?」
「問題点はどこなんでしょう?」
「わからん」
両肘を突いて顔を覆った。
「こんなに都合がいいことってある……?」
「つまり物事が都合よく簡単に進みすぎて現実味がないってところでしょうか」
はいともいいえとも言えず、机に突っ伏す。
会話が途絶える。
パイを口にしていたリヴィスが不服を述べる。
「スイージュ、このパイは甘すぎる」
「女の子用にあなたの好みより甘くしてますから」
「コーヒーをくれ」
「嫌です。紅茶しかありません」
「以前持ってきただろう」
「上の尼にあげちゃいました」
「……濃い目に淹れろ」
「何にします? エリスが栽培したいんちきニルギリにします? いんちきアッサムにします? 産地厳選わたしブレンドも」
「なんでもいい。苦めに」
「つまらない人ですね」
ぴゅいーっと缶が飛んできて、かぽっと蓋が開き、さくっとティースプーンが茶葉をすくい、しゃららっとポットに入れる。ぐるぐると宙で回転する水が現れ、回転するうちにもわもわと湯気が立ちのぼり、ぼこぼこと泡が生じる。数秒すると回転をやめ、トトトトッと湯の玉がポットにそそがれ、すかさずぽんと蓋がポットに被さる。
「三分間待ってください」
「ああ」
「悪夢みたい」
両指で重いこめかみを揉みながら呟く。
「腕は無くなってしまったほうがよかったですか?」
「そういう意味じゃなくて……ですね。どんなに綺麗な夢でも現実によっては起きたとき悪夢になるでしょう? もしこれが夢で、起きたとき腕もなくて頼る人もいないベッドの上だったら……と思うと……」
「そこに存在するであろう絶望はわかります。美しい夢がもたらす絶望の熾烈な痛みはよく知っています。
部屋を調度してあるので、一人で寛ぐ時間を取りなさい。昼寝でもするといいですよ。あなたは疲れています。一度寝て起きれば混乱も収まるでしょう。そのあとでちゃんとした食事も用意してあげましょうね。あなた自身の詳しい話も、食事をしながら聞きましょう」
とパイの最後のひとくちを口に入れる。
「そうそう、念を押しておきます。
『わたしはあなたのお父様の病を癒やすと約束しました』。彼の元へも出向きます。心配しなくていいですよ。ここを出る前に欲しいものがあれば用意しますから言ってくださいね。コーヒー以外ならですが」
乙女と呼ぶにもまだ幼い聖女はなぜかコーヒーを憎みながら美しく片目を閉じた。