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  いつか勇傑女帝と呼ばれる少女②

 それから、リヴィスからは話しかけられることなく調査は進んだ。

 遺跡の通路は均等の距離を持って照明光の古い祈法文字(ルン)が描かれており、足元はその文字が照らしてくれる。しかし光量は強くないため通路の奥まで見通せるほど明るくもない。

 歩幅が大きいリヴィスと同じ速度で歩こうとするとたまに小走りにならざるを得ない。遅れを取り戻すのに四歩足を速める。深い苔を一度踏んだ。滑りそうになるのを堪えて、並ぶ。

 先程のやりとりから、返答が必要なことを言えば応えてくれることを学習したので話題を探した。やっぱり二人きり、薄暗い中でだんまりと歩くのは気づまりだ。

「リヴィスはさ、あたしのこと嫌い?」

 途端。リヴィスは立ち止まり頭を押さえ深くため息をついた。二歩あるいてしまってから、想像以上の反応の大きさにびっくりして振り返る。

「え、ど、どうしたの」

「……そう、見えるのか?」

 苦々しげで擦れた声につい両手を重ねて後ずさってしまう。

「いや、わからないから尋ねたんだけど」

 コミュニケーションの取っ掛かりに自分への印象を尋ねてみたのだが、もう少し言い様があったかもしれない。嫌いかどうかなら、おそらく否定してくれることを期待して、そこから話を発展させるつもりだったのだ。

 他愛ない質問のはずが、どうやら傷つけてしまったらしい。

「ご、ごめんね?」

「いや……誤解はされやすいと自覚はしている。俺のどの辺りを見てそう思った?」

 怒っているのではなさそうなのでやや安心した。手を胸の前にやり、

「本当に嫌われてるんだと思ったわけじゃなくて……あんまり喋ってくれないから。さっきだって、疲れちゃうねって声かけても返事、してくれなかったし」

「違う」

「違う?」

「お前は『疲れちゃうね』とは言っていない」

「言ったよ」

「違う。正しく繰り返すならお前が言ったのは『疲れちゃうよ』だった」

 どうだっただろう。そうだったかもしれない。でも、大した違いではない。眉間に皺を入れかけるが、遮るようにリヴィスはまた首を振った。

「先に断っておくべきだった。はっきり言って、俺は他人とコミュニケーションをとる能力に長けていない。気も利かない。直そうとはしたが直らなかった。あれでお前の言葉が独り言なのか同意を求めたのか正しく受け取ることは俺には難しい。お前のような年頃の娘は返す言葉を間違えると簡単に機嫌を損ねる。黙っていたほうがいいと判断した。存在を無視してないことだけは視線で示した」

「うーん……」

 腕を組む。彼は、彼なりに、アークとの関係を悪いものにしないよう努力していたらしい。これは、随分とアークのほうに気遣いが足りなかった。話そうとすればこうして話してくれるのだから、気付こうとすれば彼がアークとの会話を特に拒んでいるのではないと気付けたはずだ。

「ごめん。今までもこうやって臨時パーティ組んだときは話しをしながら歩いたけど、リヴィスは話しかけてこないから。あたしが気に入らないのかなって」

「そんなことはない。お前は強いしよく働く。嫌う理由はない」

 案外、評価されていたことに意表を突かれる。褒められて気を悪くする道理はない。口元がほころんだ。

「そう。あのさ、さっきあたしくらいの女の子はすぐ機嫌を悪くするって言ったけど……きっとそんな経験があるんだろうけど、あたしは大丈夫だよ。何か言われたくらいでそんなにすぐ怒らないよ」

「そうだろうか」

「うん。だから、もうちょっとあたしと何か喋ってよ」

 頼むと、彼は一度目を閉じて開いた。

「なぜ?」

「理由必要?」

「あるのなら聞きたいが」

「退屈。こんなところで二人きりで黙りこくってるのは気まずい。カウンと戦うときだけ喋るのじゃ殺伐としすぎるしさ」

 肩を竦める。一人の時なら言える自分を慰める独り言も、横に他人がいたのでは言えたものではない。アークが自分と喋るときは終えた戦いの反省だったり、師匠がつけそうな指南の想像だったりする。聞かれて恥ずかしくない内容ではない。それでなくとも人が隣りにいて自分と喋る者は好感を持たれにくい。

「退屈しのぎか」

「うん」

「それは切実だな」

 不思議と、声色はかなり親身だった。

「でしょ?」

 頭を揺らすと、向こうも通路の奥に焦点を合わせ小さく口角を上げた。

「だが、話しをしていると聞き逃す音もある」

「……まあね」

 剣の柄に手をかける。

 緩くカーブしている通路の前方から殺気だった気配が近づいて来る。四頭か五頭、そのくらい。

「体高は低い。お前が跳べる高さだ。前へ行け。俺が三頭引き受ける」

 体格は彼のほうが断然に勝る。畢竟、彼の受け持ちのほうが多くなるのが暗黙の了解だ。彼が三匹を、と言っているからには敵は五匹。

 彼の探知力は驚くほど正確だ。お告げでも聞いているかのように、向かってくる敵に対する注意はこれまで外したことがない。

(確かに、お喋りなんかしてたら、軽いタイプのカウンの足音なんかは聞き逃しちゃうんだけどさ)

 前に独りでぶつぶつ言いながら野を歩いていたとき、猛禽の類いに不意打ちされたことがある。奥歯を軽く噛んでアークは跳んだ。付け足す。

(でも、あたしは勝てる)

 飛び出してきたのは鼠型のカウン。名前は思い出せない。体高は低いと言ったが二本牙の巨体鼠は侮れない。

 アークはいつも通り、頭の中でカードを撒いた。カードたちは網膜ではないもう一つの視野で絵柄を映し出し、奥の光に向かって取るべき行動の道を作って導く。アークはそれを踏み石のようにして跳んで行けばいい。光のほうへ。

 跳躍して始めの一匹の背を踏みつける。二匹目の横に降り立って三匹目を居合いで斬りつけ四匹目を流して五匹目の横っ腹に蹴りを入れた。

 リヴィスの剣は長い。攻撃範囲に入らないよう、三匹目と五匹目の二匹を引きつけながら後ろ跳びに離れた。

 キィキィと高くて耳障りな鳴き声をあげ、二匹は分かれる。挟みうちにするつもりらしい。

 剣を握る手に力を込める。

 一跳びで右に向かった鼠に間合いをつめる瞬間で力を込めて短く祈法言語(イノリト)――祈文を口にする。

「〈()の色〉」

 呼応して剣に彫られた祈法文字の一部が光り、刀身が赤く輝く。本来はもっと長い祈文だが、全部を唱えると通路を全て火炎で巻く出力になってしまうので今はこれくらいでちょうどいい。

 刃先をカウンの毛皮に滑らせる。

 手にした剣、《エンジェリック・スライド》は元々父の愛剣だ。短剣より長いが、長剣よりは短く軽い。言うなれば半剣である。アークは体重も膂力もそうないためただの剣で戦えば切り口は浅くなる。

 それを炎が補う。刀身に熱を帯びさせて『焼き斬る』。

「ギ、ギイ!」

 低めに鳴いて鼠カウンが後退する。

 出血こそ少なくなるが、高熱で周囲の肉を巻き込んで焼く《エンジェリック・スライド》につけられた傷は痛い。獣がそうであるのと同じようにカウンは火に強くない。火傷の痛さには動きが鈍る。

 灰色の肉を焼く焦げた臭いが鼻腔を汚す。不快な甘さに首筋がそそけ立つのを耐える。嗅覚のカードを彼方へ払う。

 斬りつけた勢いで手の中で剣を回し逆手に持って後ろに迫っているはずのカウンを突く――つもりだったのが、空回った。殺気が上にずれているのを察知していたのに、身体の動きへの命令修正が間に合わなかった。

 カウンは体高に比べると驚くべき高さまで跳んでいた。前足の鋭い爪が額に届くぎりぎりのところで、床を強く蹴って横に避けた。

 足に爪がかする感触あったが痛みはない。固いブーツが守ってくれたようだ。が、紐が切れる感触がした。戦いが長引くと足元が危ない。

 着地し終えると火傷の痛みを耐えきったほうが飛びかかってくる。距離は短い。

 噛みつこうと開いた口に剣を突きだす。歯を焼きながら切っ先が喉から頭蓋を貫く。柄から手を離す。抜いている暇はない。迫り来るもういっぽうに左手をかざして唱える。

「〈お前は逆らえぬ火炎の道をゆけ〉!」

 手袋に描かれた祈法紋章(ブレム)が――手のひら側に描いてあるので発動光は手越しにしか見えなかったが――アークの祈文に応えて、炎の柱を真っ直ぐ伸ばす。

 暗い通路が薄朱に輝く。

 集中すれば、時の流れが遅くなる。敵の動きに合わせて左目に炎をそそぐ。元の時間なら数秒もないだろう。でもアークの目には写真をめくる早さに見える。次にどんな動きをするのかもわかる――カードに描いてあるから。だから外さない。この短い詠唱ではまるごと包む火力は出せない。けど大丈夫だ。こんなもの絶対に外さない。外さなければ必ず勝てる。自然と顔が笑う。

 炎は眼球を溶かし、その熱で脳まで焼く。

「熱っつ!」

 祈法を解除し、既に死んだ鼠カウンが慣性で倒れこんでくるのをすれ違うようにしてよける瞬間、炎熱がアークにも届いた。反射的に足を引いてしまい転倒する。

 この祈法は発動者への熱の逆流を封じる意味も織り込んでいるので、アーク自身と体に触れている部分は火を浴びても影響はない。が、欠点もあり肌に触れていない部分の衣服や装備は燃える。装備に熱が伝われば、それは装備からの熱なのでアークも熱いのだ。剣のほうは、鍔に象嵌された珠の力が術者全体を覆って守るのだが。

「あー……」

 苔が含んだ水分で肩口が濡れるのを感じながら、転がったまま横腹に触る。炎が消えて再び仄かな壁の祈法文字だけになった明かりではよく見えないが、服が焦げている。熱かったのも一瞬でもう痛みはないから爛れはしないだろう。集中して知覚を尖らせると些細な刺激に対しても体が過敏に反応するのは直さなければならない課題だ。

 この、装備に熱が伝わるところをなんとかしないとなーと、紋章の改良について考えながら体を起こし服についた苔を払う。

 見ると、自分の分を終えていたらしいリヴィスが剣を背負い直して歩いてきている。担当分は多いのに、いつもアークより倒すのが早い。

「終わってたんなら手伝ってよー」

「嫌だ」

 自分で言う通り気は利かないようだ。欠点をわかっているのに直らないからそのままというのはどうなのだろうと思ったが、鼠を二匹倒すのに助力しないのが酷いなどと騒ぐのも流れ雲として恥なので黙っておく。

 視線を宙にやってからリヴィスは付け足した。

「お前の戦い方」

「ん?」

「お前の剣や祈法だ。あの戦い方では近寄ると火傷する」

「…………。そうだね」

 我が身を振り返ると同意するしかない。

 疲れたので立たないでいると、彼は離れていった。カウンの口に刺したままのアークの剣を抜き、自分の拭布で灰血を拭ってから戻って来て、剥き身の刃を持って柄を差し出した。

 受け取り、鞘に戻す。

「ありがとう。意外とちゃんとしてるんだね」

「ちゃんとしてる?」

「剣」

「剣がどうした」

「扱いが紳士だなって」

 心外そうにする。

「刃物を渡すときは相手に柄を向けるものだ。お前は刃先を向けて渡すのか?」

「そういうことじゃないんだけど」

 立ち上がって、奥に進む。大して持っていない服を一着捨てなければならなくなり、つい愚痴がこぼれた。

「あーあ。こんなに、獣はいなくて、カウンばっかりの遺跡って初めてだよ。三十分に一度数匹なんてペースで戦うのもさ。それに狭くて長くて細い通路って蛇の抜殻か点滴のチューブの中みたいで気が滅入らない?」

 抜殻の中を歩く時間は永遠に続くわけではない。探求師同盟(ディグ)の仕事は規定時間があるし、その半分まで来たら何があってもなくても同じ道を引き返すことになっている。時間はもうすぐその半分。続くのは今まで来た分だけ。気が滅入るのは滅入るが、明確な終わりが見えているのであれば忍耐は残しておける点も探求師同盟の仕事が楽な理由の一つである。

「コツがある」

 秘密を明かすように言うので、期待して聞き返す。

「コツ?」

「気にしないことだ」

 窺ってみたが、本気らしいから呆れた。リヴィスは非常に見た目がいい。手放しで美形と讃えていい。わざとなのか、厚手のバンダナを深く巻いて目元に影を作っているが、それを外して日の当たる場所を歩けば、下は九歳の娘から上は大樹より枯れた老婆まで見惚れることだろう。この仄明かりでも顔貌が整っているのが知れるのだから。

 が、中身は容貌に比べてけっこう、残念なものがある。もったいない。

 失望されているのにリヴィスは困ったようだった。

「俺は気にしない」

「そうなんだろうけどー」

 つれなくすると、ますます困って口元を非難げにする。

 と。無意識に背筋が伸びた。自分で『コミュニケーション能力が低い』と断言する彼が、円滑なやりとりをしてくれようとしていることに気付いてしまったので。

「こんなところ黙って歩くのが気にならなくなるほど、一人旅してるの?」

「昔からの仲間と旅をすることもなくはないが、大抵は一人だ」

「へぇ」

 『仲間』と呼べる存在がいるとは。彼のような人が作る仲間には興味がそそられた。

「その仲間って、どんな人? やっぱり黙っているのが好き?」

「誰かにもよる。会話よりも勝手に歌ったり口笛を吹いているのが好きな奴もいるし、こちらから話しかけなければ何日でも口をきかない者もいる――断っておくが普通に話をする奴のほうが多い」

「多い? 何人くらいいるの?」

 リヴィスは数えもせずに答えた。

「十三人。他にもよしみができた流れ雲と行動を共にすることもあるが、長く旅をするとしたら十三人のうちの誰かだな」

 漠然と見積もっていたよりもかなり多かった。もしかすると、彼はコミュニケーション能力が低いのではなく、単なる人見知りなのではなかろうか。故郷の友人の顔を浮かべてみても、アークには気を置けず長い間一緒に旅ができる友人は、十三人もいない。誰とでも、旅をすることになったらできなくはないだろうが、誘える――巻き込める誰かがいなかったので一人で村を出てきたのだ。

「意外と友達多いんだね……あたしより多いじゃない」

 彼は懐かしむように天井を斜めに仰ぐ。

「友達、ではないな。少し違う。仲間、同類……あるいは家族だ」

「出身が同じとか?」

「概ねそうだな」

 引っかかる表現だったが、そこまで細かく詰めるのは行きずりの人生に踏み込み過ぎかもしれない。そろそろ遠慮をしたほうがいい。前を向いて、

 ふと気付く。

 十三人といえば、《永遠の(エターナル・)守護者(キャンセリング)》と同じ数だ。

 リヴィスといえば、《永遠の守護者》の一人、《地平粛清(レベル・ホライズン)》リヴィスと同じ名だ。

 まさか、と横顔を見上げる。

 しかし、冷静に数えると彼の仲間の数は彼を含めたら十四人だった。

 同世代が集まればそのくらいの人数で深い付き合いができる温かな地で育ったのだろう。

 そして、ひとりひとりの顔を思い浮かべる目をしている彼は、それだけの人との絆を育める人なのだ。

「? 何を笑っている?」

「なんでもない。あたしの気分」


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