光ある未来へ
夢もない深い眠りから卒然と目が覚めた。
列車の二等寝室は、カーテンが閉まっていて暗く、とりたて異常と呼べるようなことは起こっていない。
ただ、寝る際には元のワンピース姿になっていたスイージュが、町で買ったチュニックを着込み、ベッドに座って神殿を出たときと同じ白い靴を履いていた。
「何?」
寝台横に揃えておいたスリッパを蹴飛ばして明かりをつけ、アークも荷物から戦闘に耐え得る服を引っ張りだす。
返答は簡単だった。
「様子が変です。列車が停まっています。鼓動を抑えつけるような、妙な人の気配もします」
「前の列車に追いついて人が移動しているんじゃなくて?」
カーテンを持ち上げる。
三人が乗った列車は、前の列車が途中で故障したため臨時に出された寝台特急サライ四号だった。三日に一度のトア・ハラ直通寝台列車の始発駅に三人が着いたとき、本来なら二日待たなければならなかったところ、前のサライ一号が故障して途中停止しているということで臨時列車が出ることになり、空きがあるから乗りたいなら乗せて行ってやろう、という駅員の好意から乗り込んできたものだ。
故障した列車に追いつけば、そこで待っている乗客が乗り込んでくるのが普通だ。
「追いついたとしたってこの時間なら乗客は寝ています。移動するなら朝になってからでしょう。そして、あなた、そんな理由で目覚めましたか?」
首を振る。
「うなじのあたりがぞわぞわする」
「そういうことです。何かありましたよこれは」
支度を終えて扉の外に出ると、リヴィスが同じく戦闘に備えた格好で待っていた。
「前の列車でトラブルだ。停車中に賊に襲われて何人か女が連れ去られたらしい」
親指で先頭車両の方向を指す。
オレンジの縁がある赤い絨毯を駆け抜ける。前の寝台車数両、食堂車、一等寝室、動力室――翼を駆る祈法使が滞在する部屋――の横を抜けて突き当りが乗務員室。
不穏な気配が扉一枚隔てて漂ってきている。乗務員室の扉を叩く。
「ねえ、ちょっと!」
臨時列車に乗ってきたのはアークたちだけだからあえて名乗るまでもない。
気配が静まった。そして、音を立てまいとするかのようにそうっと開く。
「なんでしょうか、お客様」
精一杯和やかな風を装っているが、脂汗は隠せない。女性用に、努めて優しげに微笑もうとしているのが窺えるが、却ってそれは事態の深刻さを覗かせていた。
背伸びをして出てきた車掌の肩越しに奥を見ると通常乗務員と車掌、制服を着た男数名が、開いた外への扉のそばで焦った調子で話をしている。顔を知らないほうの車掌は前の列車の者だろう。
「外に出して!」
アークが声を荒げると、乗務員たちは耳元で火花が散ったかのように肩を震わせた。廊下は夜用のランプで薄暗いが、車掌室の部屋は明るく、緊張感が走ったのがはっきり見て取れた。
「なんでも……なんでもないんですよ、お客様。外は危険です。早く部屋へ戻って」
「いいから出すの。前の列車が賊に襲われたんでしょ? なんでもないことないじゃない」
青ざめた表情から一層血が引ける。
「なぜそれを」
「なぜそれを?」
振り返る。
「列車が停まったとき、起きてたからな。お前たちを起こすべきものか尋ねにきたら大声で話しをしているのが聞こえた」
首を戻す。
「だって」
「いえ、しかしお客様には関係ないことですから」
「関係なくない。女の人が連れ去られたって、警備は何をしてたの?」
通常、人里から遠ざかるこんな長い路線の列車には、もしも獣やカウンに道を塞がれた際に対抗するため、護衛が雇われているものだ。
「それが」
「殺されたんですか?」
スイージュが愛らしい首を横から突っ込んでくる。
「それは」
車掌はしどろもどろのなりながら取り繕おうとする。埒が明かないので、車掌と乗務員を無理矢理押しのけて、開いている扉から列車の外に飛び出た。
「待って、お客さん!」
「外に出られても、責任はとれませんよ!」
上等だと後方に向かい心中で吐き捨てた。
着陸している翼列車の出入口から地面までそう高さはない。土に着地し、一歩踏み出そうとすると何かに足が引っかかってつんのめった。スイージュが腕を掴んでくれてかろうじて転倒することは避けられた。
「レールですよ」
「ここにもう一本ある。気をつけろ」
「ありがとう」
乗ってきた列車の前に、同じ形状の列車が停まっている。
だが、列車は中腹あたりから横倒しになっていた。まだ縦になっている前方部には明かりがついているが、倒れている部分は真っ暗だ。暗くて詳しいところはよく検分できないが銃ではなくもっと大きな……砲撃を受けたようなへこみがいくつもある。
一度立ち止まり。血と火薬の匂いにアークは手の甲で鼻を一回軽く塞ぐ。
これだ。微かに漂ってくるこの匂いで目が覚めた。袋から剣を出して腰にきつく剣帯で留める。横転の元らしき大きく破壊された箇所を指差す。
「あそこ。人、いる?」
《永遠の守護者》に尋ねると、リヴィスは縦に、スイージュは横に首を振った。
「いる」
「死んではいませんね」
「なんとかならない?」
「押し潰している重量を減らしておく。圧死はするまい」
「体に長時間の圧迫があるなら瓦礫を退けるより先に相応の処置をしなくてはなりません。本格的な救助は事態を把握してからです」
前の車両には人の気配がするのに物音がしない。じっと堪えている雰囲気が感じ取れた。
扉はどこも開いていない。こじ開けられた痕跡はあるのだが、内側から引っ張り込む形で塞がっている。そこかしこに風か火の祈法がめり込み陥没した痕跡があったが、入り込めそうな穴は開いていなかった。無理をすればドアは開けられないことはなさそうだったが、懸命に塞いであるものをこじ開けたら、きっとひどく怯えさせてしまう。
走って先頭車両まで辿りつくと、死体が四つ転がっていた。暗がりでよく見えないのは幸いだった。弾けた肉が散っているのから目を逸らす。血が撒き散らされて、夜露に濡れた濃い草の香りと鉄錆くさいにおいが混ざって暗澹と立ち籠めている。
一人、ドアにすがりつくようにして絶命している者がいた。リヴィスが黙って進み出て彼をどけ、血糊の手形がついた取手をスライドさせようとする。侵入を拒む鍵の音がした。もう一度、彼が引くと金属が割れる音とともに開いた。ドアの内側には縮こまって頭を抱えた乗務員。悲鳴が上がった。懸命に鍵を抑えていた手が宙に浮いていた。
「ひぃいいいああああああ!」
軽く地面を蹴って、物理法則を無視した滞空をし、乗務員の頭を踏みつけてスイージュが中に入る。リヴィスは同じことができるだろうに律儀にポールを握って登り、でもやはり邪魔な乗務員を踏みつけていく。アークも乗り込もうとしたが、二人と違い男は踏んで進める大きさの障害ではない。リヴィスがそれに気づいて、乗務員の襟首を捕まえて引きずり込み通れるようにしてくれた。
「誰かいませんか?」
先頭に立ったスイージュの竪琴を爪弾くような声に応えるものはない。冷えた静寂が続くだけ。ドアの内側にいた男は震えていて話しはできそうにないので、誰か状況を説明してくれる者がないと困るのだが。
ふと横を見ると、列車の見取り図が壁に貼ってあった。一両目は乗務員スペースと動力室。二両目は特一等寝室。二両目が一等寝室が二つ。乗ってきた列車と同じだ。
「スイージュ。奥行かないと誰もいないかも。故障で動かなくなったなら祈法使は動力室にいないだろうし、特一等は乗員がいないって駅で聞いた」
スイージュは震えてる男に目を落とす。
「ここで踏みとどまっただけ、褒めてあげたほうがいいんでしょうかね」
「どうだろ。あたしは褒めないけど」
一両目、二両目……あちこちに弾痕があり、扉は鍵ごと壊されている。特一等の部屋を覗いてみたが、誰もおらず、またそのせいかひどく荒らされた様子もない。金に替えられそうな調度品は持ち去られていたのかもしれないが。
三両目。一つの部屋は特一等と同様空で、もう一つは壊れたドアを立て直して内側にバリケードが積んであった。
「すみません、後ろの列車から来たんだけど」
扉一枚隔てて、空気が動くのを感じる。――いる。バリケードを抑えている。ノックしてみた。
「出てきてもらえない? 今どういう状況なのか教えてほしいんだ」
困惑している。招き入れていいものか推しはかっている。
言い方を改めよう。考えろ。こんなとき、自分ならなんと言われれば出て行きたくなる?
――数秒考えて息が漏れた。アークなら閉じこもっていない。
「困ったな」
そのとき、列車のアナウンスを告げるチャイムが鳴った。
『えー、大変長らくお待たせいたしました。代わりの列車が到着しましたので、お客様におかれましては列車前方へお集まりください。危ないので、お近くのドアからは出ないようになさってください。前方への通路が塞がっておりましたら、その場で待機をお願いします。繰り返します……』
少し鼻にかかった男の声に、宙を見上げる。
何の変哲もないアナウンスだ。非常事態に似つかわしくない変哲のなさ。こんなに普通すぎる案内で、怯えきった人々がバリケードの中から出てくるものであろうか……。
疑問の直後、先程ノックしたドアから重いものが崩れる音がして開いた。出てきたのは……中年も後半に差し掛かった頃合いの男性だ。くせのある金髪に、青い目が縋ってくる。
「助け……助けが来たのか?」
「うん」
頷く。ざわめきとともに、後ろの車両にいた者も集まってくる。震えた、涙が滲んだ吐息が細く混ざっていた。
「助かったのか?」
「どこだ、次の列車はどこだ!」
「うちの娘、娘を、娘が」
「あのさ」
アークは怯えさせない、だが、ざわめきには飲まれない声で人々に語りかけた。
「あたしたち、臨時の列車に乗ってきたの。何が起こったのか教えてもらえない?」
一瞬、波が高くなってから息を飲む気配の静けさが落ち、怒涛のように乗客はアークに向かって語った。
「急に振動がどすんと来たんだ。それで」
「銃を持った男たちがドアを破って部屋に入ってきて」
「娘が!」
口々に訴えてくるのを処理できないでいると、
「お客さん!」
肩で息をしているのは、アークたちが乗ってきた列車ではないほうの――すなわちこの列車の、ついでに「責任はとらない」とは言わなかったほうの車掌だ。声から察するに、アナウンスをしたのはこの男だろう。
「無理をなさる……こんな血の匂いがしてたら夜行性のカウンが寄ってくるかもしれないのに」
「安心して。流れ雲だから」
腰の剣を叩く。
「そのようで」
はは、と、苦笑めいた呼吸のあと、車掌はアークと被災者の間に入り指示をして並べ始めた。さすがに客相手の商売をしているだけあってかプロ意識のなせる業なのか、こんなときでも手際よく人々の言葉を聞いて落ち着くように促しては整頓している。
途中、アークたちを空いている一等室に入れてから、また出て行って、しばらくして戻ってきた。
「どうも……乗客の皆様も怪我をしたりその……娘さんが取られたりとで興奮したり消沈したりしておりましてな……。それで大変申し訳ないのですが、お客さんがたには流れ雲ということで、怯えきっている皆様の先頭に立って後方列車へ誘導していただけないかと……」
アークは当然、攫われたという女性たちを救い出しに行くつもりである。と言う前に、椅子に座っていたスイージュが口笛を吹くように言葉をすべりこませてくる。
「賊に連れて行かれた娘たちを助けに行くようなので、賊について詳しい話を聞かせてください」
車掌は驚愕に目を見開いて、それから眉間に皺を寄せ、苦渋の表情で首を落とす。
「それは、それが頼めたらどんなにいいかと思いますがね……でも……」
「ねぇ、みんなに事情聴取みたいなこともしてたみたいだけど、車掌さんは列車に起こったことを知らなかったの?」
気まずげに彼は帽子を直した。
「すみません。私が休む部屋というのは、最後尾のラウンジの手前にあるんです。三等から後ろが横転させられたときも、私はそこにいました。
賊は、三等の客は金にならないと判断したんでしょうな。転がした後こちら側にくることはなかった。なので、お恥ずかしながら二等から前で起こったことは切れ切れに聞こえてきた通信で聞こえたほかはあまり知らんのです。
わかったのは賊に襲われたことと、そいつらに護衛が殺されたこと、若い娘さんたちが連れ去られたことくらいですね。それから、横転した三等車両のお客さんの様子を確認しているところに臨時の列車がきたということで……神の恵みかと思いました。出発から一日も経ってからの故障の連絡だったのに、こんなに早く追いついてくれるとは……急いでデッキの扉から外に出て、後はお客さんも知っての通りです」
「どんな襲撃だったの?」
「この列車が進まなくなったのがですね、祈力が作動域に伝わる経路に支障が出たらしくて、三つどうしても浮力が保てない車両が出たんです。ごまかしごまかしすれば、次の駅まで持ちこたえることはできたのでしょうがね。けれどまだ先はありますし、揺れて高度は安定しない。ずるずると運行してもお客さんにとって不快な旅になりましょう。そこで、もうここで停めて、臨時列車を立てようと連絡したんです。
としたって、発ってから一日でしょう。そうそう代替列車は到着しない。動こうとしない列車は、きっと昼間のうちから目をつけられていたんでしょうな。食事や何やらのサービスは運行としているときと同じようにいたします。夕食が終わり、ラウンジで談笑を楽しむ人たちが部屋に帰って消灯してから、私は日誌を書いておったんですが、急にずどんずどんと重く弾けるような音がして天地がひっくり返りました」
車掌はポケットから白いハンカチを出して、額から頭にかけての汗を拭き、そこに赤いものが付着しているのを見て、すまなそうに畳んでポケットに戻した。
「どんな攻撃をされたのかはようわかりませんがね。とにかく大きな音がして、二等車両の一番後ろからが横倒しになったようです。今部屋の前で並んでる方々に三等のお客さんはおりませんね……アナウンスも聞こえたかどうか……。
ここからはお客さんがたや乗務員やらに聞いた話ですがね。攻めてきた賊は、銃か祈法をぶちかましてドアを壊して、お客さんから金品を巻き上げたり、娘さんを捉えたりしたのです」
「護衛は?」
「それがですねぇ……こんな列車に詰めてるのは、名目はカウンに備えた護衛です。普通に走っておりましたらよっぽど大型でもなければ獣もカウンも手出しできない速度ですし、散らせないようなのは滅多にいやしません。それでも万が一のために規定で乗せているのですが、こんな狭いところや武器を持った多くの人間と戦うような備えではないわけですよ。……外で、亡くなってる方々が、ウチの護衛さんになります」
スイージュが黙ったまま立ち上がり、いったん部屋の外へ出て、すぐ戻ってきた。
「どうしたの?」
まさかトイレではあるまい。
「殴ってきました」
誰を、とは聞かなかった。車掌は乾いた笑いを漏らす。
「それでですな、攫われた娘さんのことですが」
「それ! 早く!」
「数は調べた限りでは八人。乗務員のパティシエと祈法使が一人ずつ、一等室の娘さんが一人、二等車両のお客さんが五人の計八人です。お客さん六人のうちの四人は誘い合わせての卒業旅行だったということで、すまないやらなんやら……」
残りの二人の乗客はすまなくないのかと内心突っ込むが、ただの移動より、一生の思い出の一つとなろう旅行を台無しにしてしまったというのは、鉄道員として思うところがあるのかもしれない。
「賊の目当ては力信体ですか? 三等車両を無視して娘八人攫うのにまさか寝台特急を襲撃しませんね」
「その通りです。動力室からはごっそり力信体がなくなっておりました、娘さんたちはついででしょう」
「リョクシンタイって何?」
「翼の機構部品の一つですよ。飛行の要となる紋章が刻んであって、祈法使が祈力を送り込むと対となる決められた各車両の紋章に力が飛びます。小型車型の翼にも使われています。エネルギーを一定量溜め込むこともできるので汎用性が高いです。通常、車型ならわたしの握りこぶしもない大きさの結晶体ですが、これほどの列車を率いる力信体となると……」
「はぁ、物知りなお嬢さんですな。そうです。この列車の力信体は五百キルグは下らないでしょう」
「お金になるって話?」
「家電などにも使えて用途の幅が広いですからねぇ。裏で流しても大金に」
「それおいといていい話じゃないか! 攫われた人の話だよ!」
卓を叩く。
「その通りですね。それで、賊は何人程度だったんです?」
「窓から覗いてみたという方が一人いらっしゃいましてね。これでも正確なとこかどうかはわかりかねるんですが」
「それだったって、五人か五十人かくらいわかるでしょ?」
「聞いたところ、賊は車両のドアそれぞれから入って、ほぼいっぺんに部屋を襲ったようなので、二十人から、外でいたのを含めて三十人といったところじゃないか、と」
「この辺りには賊のアジトがあるの?」
「そんな話は聞いたことがありません。危ないところと知っていましたら、お客さんにご不快させるようでも次の町まで走らせました」
「だよね。なら、引き揚げていった方向はわかる? なるべく正確な方向」
「その……」
車掌は制帽の鍔をいじる。
「お客様がた、助けに行くと仰ってましたが……その……失礼ですが、手に負える人数じゃありませんよ」
鍔の下からアークとスイージュを見る。
アークは目を閉じる。列車の前に転がっていた死体。
思い出されるのはアークにすべてを教えこんだ師の姿。
こんな列車に乗ってる護衛ぐらいなら、何人いても師らには敵わないはずだ。
すなわち、護衛相手ならアーク一人でも倒せる。彼らが負けた相手にアークが負けるとは限らない。敵の数は三十人。引き揚げた場所で増えることはあっても減ることはあるまい。その中に入って、八人を無事に助けられるか。
深呼吸をする。感覚を奥の奥まで引くと、真っ暗になる。暗闇にカードを投げた。カードは無限なほどの数になった。
数秒。暗闇の先に、微かに光る映像が見える。小さな光。小さくても、光。――光が見えたなら、辿りつく場所があるなら、できる。なす術はある。
顔を隠そうとする帽子の鍔をつまんで横にずらし、正面から車掌の顔を見た。
「賊が向かった方向を教えて」
「…………」
「何を隠しているんです?」
眠たげに卓に肘をついて、床につかない足をぶらぶらさせていたスイージュが前のめりになりながら目を上げる。車掌の肩が固くなった。
「か、隠していることなんぞ何も……」
「じゃあ、言い方を変えましょう。告げようかどうしようか迷っていることを言いなさい」
車掌も肘を突いて、手のひらで額を覆った。
「……その、あなたがたが来なさるほんの少し前に、少年が一人でどこかへ行ってしまったそうなんです」
「少年?」
「二等車両で攫われた娘さんのお連れのようです。すぐにはおとなしくしていたんですが、いきなり剣を持って外へ出たと。この夜中カウンも獣もうろついとるのに列車から逃げてどうにかなるもんでもないでしょう。きっと、攫われた娘さんたちを助けに行ったのかと」
「そういうの! 早く! 言って! 助けに行ったんだよ! それで! 賊が向かった方向はどっちなの!?」
「お嬢さん。お嬢さんのような若い娘さんにそんなことさせるわけにいかないですよ。向こうは列車を横倒しにするほどの武器を持ってる。大型のカウンも仕留められる屈強な男がいとも簡単に殺されてしまった。お嬢さんがどうにかできるとは……」
言い淀む車掌の胸ぐらをアークは掴んだ。
「いいから言って。あたしは行く。誰かが危なくて一刻を争うのに何もしてあげないあなたの気遣いは要らない」
鷹を射殺す目で睨むと、車掌は腕をだらんと垂らした。
「西の……ベールゼビュウとの国境のほうにある森の中と思います……あそこ以外、大勢が身を隠せるところは他にありません」
「西か。わかった! ありがとう!」
剣帯を確かめ、アークは西の森へ向かって疾走を始める。
スイージュは、薄情かそうでないかといえばごく個人的に決めた線の外側にはきっぱり薄情である。
「そういう夢を見たの?」と仲間に言われることがあるが薄情である。
見捨てるものは見捨てる。目に見えるからといってすべてを拾っていたらきりがない。聖女などと呼ばれてはいても所詮は《血塗れ聖女》だ。
スイージュは、縁や巡り合わせの類を信じている。信仰ではない。そういったものがこの世に実在するのは知識だ。だから、ときに見返りを求めず人助けをするのは『そのときの気分』か『縁を感じたから』のどちらかである。と、本人は語る。
こんな騒動は彼女からすれば特別な縁ではない。列車の片付けはさりげなく助けてやろうとはしていたが、積極的に攫われた娘を取り戻す気はなかった。女八人、無傷で奪還するのにスイージュの持つ方法の中で最も後腐れなく手っ取り早いのは賊を一人残らず殺してしまうこと。できる能力はあるが八人のために何十人と殺すのは気が進まない。進まない気を進ませる義理は、顔も知らぬ娘たちにはない。
だが、アークが頭から思い切り助けに行くつもりで興奮していて、おそらくその勝算には《永遠の守護者》たる自分の助力も計上されているはずで、数時間前彼女は『ごく個人的に決めた線の内側』に入れていたので仕方ないから少々手間はかかってもなんとかしてやろうと、そんな心持ちでぼんやり作戦を練っていたのだが。
何の相談もなくアークが飛び出して行くのは予想外だった。
「え」
手を伸ばしても駆け出す彼女の服の裾には届かない。
「一人で行くつもりなんですか、あの娘!」
呆れると、腕を組んで壁際にいたリヴィスはしらっと、
「俺には俺たちが一緒に行くか行かないかなどまるで頭にないように見えたが」
「純真ですねー……」
「悪くはない」
「蛮勇は?」
「悪い」
「はぁー」
体を折り曲げて長い嘆息をすると、椅子を降りて片足の爪先で床をとんとん叩く。
「列車と乗客をお願いしますね」
「ああ」
「まったく……久々ですよこんなことは!」
楽しげな足取りで走りだす。彼女の運動能力は魔法によって嵩増しされるので、アークが全速力で走ったとしても楽に追いつける。
部屋を出て行った少女を見送って、リヴィスは自分の仕事にとりかかるため壁から背を離した。
車掌が、青い顔で言葉もなくリヴィスを見る。アークよりさらに幼いスイージュまでもが行ってしまい、残ったのが大の男である。能力上この分担が最も効率がいいのだが。
心配せずともスイージュが出撃した以上、誘拐された者は救われる。だがリヴィスには彼を納得させる弁がないので代わりに肩を叩いた。
「これでいい。安心しろ」
車掌は途方に暮れて膝を床に落とした。
そんな彼を置いてリヴィスは外に出る。
二本の列車にカウンや獣を近づけさせないよう障壁を作り、適当に瓦礫を退け、閉じ込められた者を救出し、怪我人がいれば治す。手に負えないものはスイージュの帰還まで死なせずに保存する。乗客に精神・体力的な余裕があれば後方の列車に移動させる。
《永遠の守護者》としては段違いでスイージュに劣るリヴィスだが、淡々とした軽作業は彼女よりずっと得意だ。




