インスタント・ストーリー
これから、インスタントな物語を君に話そう。
この物語はとても簡単で軽いから、きっと君の心に何も残さないはずだ。だから、安心して読んでほしい。
夏の終わりと聞いて、君は何を連想するだろうか。
夜の海辺の線香花火、蝉の鳴き声が降り注ぐ神社の階段、じいちゃん家の縁側で食べたスイカ。
いろんなシーンが頭をよぎるだろう。
ぼくも以前はそうだった。ただ、ある日を境にそうではなくなった。
3年前の8月31日の夜、ぼくは新学期の用意を終えてベッドに寝転んでいた。
明日、クラスの友達と何を話そうかとぼんやり考えていると、急にぼくの部屋のドアがガチャっと開いた。
「ちょっと、母さん!部屋入るときはノックしろって言ってるじゃん!」と、ぼくは怒った。
が、そこには母親ではなく、夏の終わりが立っていた。そう、そいつはなんとも形容しがたいが、正に夏の終わりだった。
夏の終わりは、驚いて固まっているぼくをよそに部屋の中に入ってきて、勉強机に腰かけ、長い脚を優雅に組んだ。
「お前、明日から新学期だろ」
夏の終わりは低くよく通るバリトンボイスで尋ねた。
「そ、そうだよ。みんな明日から新学期だよ」と、ぼくは答えた。
すると、夏の終わりはニヤリと微笑み、
「そうか。がんばれよ」と言った。
そして、ベッドまで近づくと、ぼくの頭をポンポンと軽くたたき、「でも、ほどほどにな」と言い、ウインクをした。
ぼくが「ありがとう」と言うと、そこにはもう夏の終わりはいなかった。
夏は終わったのだ。