推理篇
「どうだ。クリスマスに相応しい話だろう」誇らしげな笑みを顔に張り付かせ、蒲生は対面に坐る友人に感想を求める。碓氷は読み終えた原稿用紙をクリップで留めなおすと、
「あべこべになったクリスマスプレゼント、ねえ。当人たちがここにいないから詳しい状況を聞けないのが残念だけれど。本当に、両親が単に置き間違えた可能性はないの」原稿をそっとテーブルに置いて、腕を組んだ。
「本人たちが最初に否定したからな。まあ、客観的に聞いていてもベッドの上と下と間違えるとは考えにくいだろ」蒲生はゆるりと首を振る。
「実はその夜だけ兄と弟が上下反対の位置、つまり弟が上の段、兄が下の段で寝ていた可能性は?」
「書いてあるだろう。『兄弟は二足歩行ができるようになってから二段ベッドを買い与えられて、友樹が上の段、純樹が下の段で寝るようになっている』って」
原稿を捲り、該当の箇所を指先でトントンと叩く蒲生。テストで生徒が解き間違えた問題を解説する教師のような口調だ。だが碓氷は冷静に反論する。
「その次をよく読めよ。『友樹は梯子を器用に伝って、純樹の布団の上で弟と向かい合った』とある。これは普通に読むと、ベッドの上の段から兄の友樹が降りてきて、下の段にいる弟と向かい合ったと読み取ることができる。けど、ここには友樹が梯子を伝って上と下どちらに向かったのかについては描写されていない。つまり、友樹が下から上の段に登って、上の段にいる弟と話し合いを始めたとも解釈できるんだよ。もっとも」碓氷はいつもの気障な仕草で肩を竦めると、
「蒲生が意図的に兄弟の証言を書き換えて、僕を騙そうとしていない限りの話だけれどね」と付け加えた。
「俺は、兄弟から聞いた話を忠実に再現しているぞ。もちろん、ここまで賢い話し方じゃなかったがな。アンフェアな仕掛けなんてどこにも施していない」作者は心外そうに顔をしかめてみせた。碓氷は唇の片端をほんの少しだけ持ち上げると、
「たった六枚の原稿から、プレゼントあべこべ事件を推理しろか。随分と強引なクリスマスミステリだ」
「言うわりに楽しげじゃないか」蒲生の指摘に小さく鼻を鳴らし、原稿の束を再び手に取った。
「この話の最後で、両親がクリスマスプレゼントをわざと置き間違えた可能性しか残らないと書いているけど、果たしてそうだろうか」
「どういう意味だ」蒲生は怪訝そうに眉を寄せる。
「原稿にも書いているとおり、この兄弟の家は四人家族だ。四人以外にも実は第三者が潜んでいて、両親が置いたプレゼントを入れ替えた可能性もないんだろ」
「まるで強盗でも潜んでいるみたいな発想やめろよ、薄気味悪いな」小さく肩を震わせる蒲生。碓氷は喉の奥で小さく笑いながら、
「無論、この家に幽霊がいるなんてこともないね。だが、両親でも第三者でも幽霊でもない、もっと可能性の高いいたずら犯がここにはっきり書かれているだろ」原稿用紙を軽く指で弾く碓氷を、蒲生はまじまじと見やる。たっぷり十秒は友人の顔を凝視したあと、
「この兄弟の、自作自演?」ゆっくりと訊きかえす。「何のために」
「それはこれから考えるところさ。でも、一番シンプルな答えだと思うけれどね」
ウエイトレスが二人分の珈琲を運んできたところで、プレゼントあべこべ事件は休題に入る。挽きたての味を無言で楽しむ二人の間を、陽気なクリスマスソングではなく、どこか異国めいた情緒のメロディが静かに流れていった。
「仮に、友樹と純樹のどちらかがプレゼントを意図的に入れ替えたとすると」珈琲カップをソーサーに戻し、蒲生はおもむろに会話を再開する。「その行為には、一体どんなメリットがあるんだろうか」
碓氷はカップを持つ手を宙で止め、視線だけを蒲生に向ける。「先を続けろ」という合図のようだ。
「兄弟の話ではな、結局二人はプレゼントを戻し合った。つまり兄の友樹が海外のジュブナイル小説、弟の純樹が飛行機の模型、それぞれがサンタに頼んでいたものを手に入れたってわけだ」
「それはそうだろうね。互いの欲しいものが目の前にあるのに、あえて欲しくもない相手のものを持ち続ける意味はない」
「もしも、兄弟のどちらかがいたずら犯で、実は兄(弟)のプレゼントが欲しかったという理由で入れ替えたとしても、結果として目的は果たせなかったわけだ」
「プレゼントを元に戻そうって提案したのは、兄と弟のどちらだったの」
「そこまで詳しくは聞いていないな」視線をつと斜め左上に遣る蒲生。
「互いのプレゼントがあべこべになって手元にあるのは、ほんの一瞬だった。本当は相手のプレゼントが欲しかったという理由で実行するにしては、あまりに成功の見込みが低いよな」
「そもそも、友樹くんも純樹くんも自分の欲しいものをサンタ――つまり両親だろうけど――に頼んだという前提がある。蒲生の仮説だと、両親がプレゼントを買った後になって欲しいものが変わったことになるのかな」
「隣の芝生は青く見える、ってやつか」蒲生は小さく笑う。「俺も昔はよくあったよ。自分も友だちも同じようなものを持っているのに、相手が持つもののほうが何故だが良く見えるんだよな」
「子どもが思いつくいたずらなんて、結局は可愛いものだよ。クリスマスプレゼントあべこべ事件の真相は、それだけのことだったのかもしれない」
蒲生は両手を頭の上で組むと、
「なんだか呆気ないな。もっと面白い真相を期待したんだが――いや、ちょっと待て。結局、兄と弟どっちがプレゼントを入れ替えたんだ」
「さあね。たったあれだけの情報からじゃ、どちらが入れ替えたまで特定は難しいよ。チャンスは兄にも弟にも平等に与えられていた。相手が完全に眠りについたことさえ確認できれば、実行には一分とかからないだろうし」
「いや、俺には一つの推理があるぞ」蒲生は車のメーターのように右手の人差し指を左右に振る。
「碓氷にはこの原稿しか手がかりがないが、俺は実際に物語の主人公たちと話をしている。実はな、プレゼントあべこべ事件について話をしてくれたのは、ほとんど兄ちゃんのほうだったんだよ」
「原稿でいう、友樹くんだね」
「そう。で、友樹が俺に話をしてくれている間、純樹はというと一緒にクリスマスマーケットに来ていた女の子とずっとぶらぶらしていたんだ」
「兄弟だけで来ていたんじゃなかったのか」
当日サンタ役に勤しんでいた男は首を縦に振る。「近所に住む幼馴染だとさ。家族ぐるみで付き合いも長いらしく、昨日は幼馴染の女の子とその母親、そして友樹と純樹兄弟でマーケットに参加していたんだ。いいよなあ、俺も大学時代からの腐れ縁仲間より、近所に住む可愛い幼馴染の女の子がほしかった」
「悪かったね、賞味期限が一年過ぎた缶詰みたいな腐れ縁仲間で」
「別にそこまで言ってないけど――話が逸れてるな。ええと、そう。それで俺は推測したのさ」
「それってどれ」腐った缶詰仲間の男は、メニュー表に手を伸ばすとデザートのページを机上に広げた。
「いいか。プレゼントあべこべ事件について話してくれたのはもっぱら友樹だった。純樹は最初こそ俺と一緒に兄ちゃんの話に耳を傾けていたが、いつの間にか場を離れて幼馴染の女の子と合流しどこかへ行ってしまった。まるで、話の先を聞くことが気まずいとでもいうように」蒲生の言葉に、碓氷はケーキの写真から顔を上げる。
「弟の純樹がいたずら犯、ということか。自分の行いについて兄貴が話すのを、罪悪感で聞き続けることができなかった」
「そういうことだ。話がいよいよ本題に入るタイミングで女の子がやって来たものだから、ここぞとばかりに抜け出したんだろう」一人で頷く蒲生を、碓氷は目を眇めて見据える。そしてゆっくりと口を開いた。
「その幼馴染の女の子って、弟くんと同い年なの」
「いや、たしか兄のほうと同学年だったはずだ。だから五年生になるのか。それがどうした」
残った珈琲を飲み干し、音を立てないよう慎重な手つきでソーサーに戻すと、碓氷は小首を傾げる友人にうっすらと微笑みかけた。
「僕なら、もっとクリスマスにふさわしいハッピーエンドな謎解きができるけれどね」