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問題篇

クリスマスにはしゃぐ程子どもじゃないかもしれないけれど、今宵この物語が、ミステリ好きへのクリスマスプレゼントになれば良いなと思います。


「メリークリスマス、友よ! 俺からクリスマスプレゼントだ」

 そんな言葉とともに碓氷の前に姿を現した友人は、真っ赤なコートに三角帽子に白髭の仮装をしていたわけでも、傍らにトナカイを引き連れていたわけでもない。いつもと違っているところといえば、彼の両手が妙に派手なデザインの封筒で塞がっていることくらいだった。

「何、その手にあるやつ」碓氷は怪訝な顔で蒲生が手にしている封筒を見やる。

「よくぞ訊いてくれた。ほら、蒲生サンタからお前へ、とっておきのクリスマスプレゼントだ」

 雪こそちらついていないが、肌を切るような鋭く冷たい冬の風が街を駆け抜けるこの日。碓氷と蒲生は、クリスマスだからといって恋人や家族と過ごすわけでもなく、いつもの喫茶店でいつものように珈琲を注文し、いつものようにとりとめもない話で時間を潰すことにした。きらめくネオンやジングルベルの音楽に街全体が浮き足立つ中で、二人が行きつけの喫茶店だけは世間の賑わいにそっぽを向くように通常営業している。そんな世捨て人めいた店の立ち姿が、碓氷も蒲生も気に入っているのだった。



「まさか社会人になってクリスマスプレゼントをもらうことがあろうとは」

 封筒をラッピングしている真っ赤なリボンを恐る恐るといった手つきで解いていく碓氷。爆発物か、あるいは玉手箱でも開けるような慎重さだ。もちろん、封筒を開封したからといって装置が作動し喫茶店ごと爆破されることも、白い煙が吹き出して碓氷が一気に百歳も年をとることもなかった。彼が取り出したのは、クリップで無造作にまとめられた原稿の束である。

「何、これ」しかめ面で原稿を睨む碓氷に、蒲生はふふんと鼻を鳴らす。

「実はな、昨日クリスマスマーケットの臨時アルバイトをやってきたんだ」

「クリスマスマーケット?」

「そう。俺のアパートから二駅離れたところにある広場で、昨日クリスマスマーケットが催されていてな。まあ、いろいろあって一日限定のサンタクロース体験をしてきたところなんだ」

「マーケットの来場者にプレゼントでも配ったの」

「おう、他にも子どもたちとビンゴゲームをしたり、ちょっとしたクリスマス劇を披露したり、参加者でハンドベルを鳴らしながらジングルベルを歌ったりな」

 ちびっ子たちに囲まれプレゼントをせがまれる蒲生を想像したのか、碓氷はにやにや笑いを浮かべながら「いいんじゃないの、蒲生にお似合いの仕事だよ」と所感を述べる。それから件の原稿に話題を戻した。

「それでだ。そこで出会ったある兄弟から面白い話を聞かされてな。俺の中だけで楽しむのも勿体ない気がしたものだから思わず書いてみたのさ。この時季にふさわしいクリスマスミステリだ」

「どうせそんなところだろうと思ったよ」ぼそりと漏らし、それでも原稿に一抹の興味を覚えたらしい碓氷は珈琲が運ばれてくるまでの間に素早く蒲生の原稿に目を通した。



   ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  



 物語の主人公は、二人の兄弟である。兄の友樹(仮)は小学五年生、弟の純樹(仮)は三年生だ。

 友樹と純樹は、物心ついた頃から毎年、サンタクロースからクリスマスプレゼントを貰っていた。とはいっても、二人は本当にサンタクロースが存在し、聖なる夜に空飛ぶソリに乗って子どもたちの家にプレゼントを配っている――などと本気で信じているわけではない。もちろん、大好きなパパとママが空想上のサンタになりきって、兄弟にプレゼントを用意していることを知っていたのだ。だが、二人ともその事実をパパとママに確かめたことはない。なぜなら、パパとママは毎年クリスマスが近づく度、彼らに言っているから。「良い子にしていないとサンタがプレゼントをもってきてくれないよ」。ここでいう「良い子」とは、「サンタの正体がパパとママだと分かっていても黙って知らないふりをしておく子ども」という意味なのだと、兄弟は固く信じていた。

 さて、残念ながら今年の十二月二十五日、兄弟のパパとママは急な仕事の予定が入ったことで家族そろってクリスマスの日を迎えることができなくなった。代わりに、友樹と純樹は二十四日の朝、少し早いクリスマスプレゼントと対面することになったのだ。

 ところが、その日の朝兄弟が見たのは何とも奇妙な光景――二人のクリスマスプレゼントが、あべこべに入れ替わっていたのだ。つまり、友樹のプレゼントが純樹の枕元に、純樹のプレゼントが友樹の枕元に置かれていたのである。

 互いのプレゼントが入れ替わっていることに、二人はすぐ気が付いた。なぜなら、プレゼントを包装している包みにシールが貼られていたから。友樹の枕元にあった包みには「メリークリスマス・純樹」とカラーペンで書かれたシールが、純樹の枕元の包みには「メリークリスマス・友樹」と同じくカラーペンで書かれたシールがくっついていたのである。それぞれ包みを開けてみると、友樹の包みからは純樹がねだっていた飛行機の模型セットが、純樹の包みからは友樹がほしがっていた海外作家のジュブナイル小説三冊が出てきた。やはり、中身も入れ替わっていた。

 二人は、六時に鳴る予定の目覚まし時計のアラームを切って、密やかに緊急会議を開いた。ちなみに、兄弟は二足歩行ができるようになってから二段ベッドを買い与えられて、友樹が上の段、純樹が下の段で寝るようになっている。友樹は梯子を器用に伝って、純樹の布団の上で弟と向かい合った。

 まず、パパとママは本当に二人のプレゼントを間違って置いたのか。だが、その可能性は最初に切り捨てた。なぜなら、いくら暗がりとはいえ兄弟の寝床は二段ベッドによって分けられているのだ。当然、両親は二人がどちらのベッドで眠っているかを知っている。目をつぶっても上と下を間違えるはずがない。

 では、たとえばパパが友樹の包みを、ママが純樹の包みをそれぞれ担当し一人ずつ寝床に置きにきたとしよう。パパとママは、互いがプレゼントを間違えて持ってきたことに気付かずそのまま置き去ったのではないか。しかし、それぞれの包みには「友樹」「純樹」と名前がしっかり書かれたシールが目立つように貼られていた。部屋に来る前に確認くらいするはずだ。しかも、友樹の包み紙は青色、純樹の包み紙は黄色だった。間違うような見た目でもない。

 奇妙なのは、プレゼントの中身と包みに貼られたシールの名前はしっかり一致していることだ。つまり、プレゼントを包んだ後に名前入りシールを貼り間違えたという、一見もっとも可能性として高いケースは消去されることになる。

 また、兄弟の家は四人家族、パパとママと二人の兄弟だけ。両親が置いたプレゼントを誰かがいたずらで入れ替えたということもあり得ない。そんなことができるのは幽霊くらいだ。

 とするならば、パパとママは二人のクリスマスプレゼントを()()()置き間違えた――この可能性しか残らない。だが一体何のために? クリスマス当日を家族四人で迎えられないから、両親は少し早く、二人の子どもが顔をほころばせはしゃぎながら階下へ下りてくる姿を見たかったのではないのか。だが、プレゼントを置き間違えたことですべては水の泡となってしまう。そんなことをパパとママがするだろうか。

 こうして友樹と純樹は、ある意味では心が落ち着かない、何とも複雑なクリスマスを一足早く迎えることになったのである。

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