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07 白と黒の兄弟




路地の奥は案の定酷い有様だった。

スラムよりもスラムしてる感じ。さすがに現代日本にそういった場所はないとは思うし、在ったとしても行ったことはないからこの惨状を表現する言葉が見当たらない。

そこら中から腐ったような臭いがしているのがわかるが、発生源を辿ろうとは思えない。

どう考えても辿ってはいけないし。

そしてこちらを見つめる目にも、なんだか違いがある。

向こうではとにかく取り入ろうとするギラギラした欲望と、近寄ってほしくないという恐怖と嫌悪だけがあった。


だけどこちらには疑問だけが溢れている。

何故こんな場所に来たのか、何が目的なのか。

其れがさっぱりわかってない。

情報が共有されないというか、噂話さえ流れてこないのか…でもこれは逆に利用できるのでは?

自分の悪名だけは盛大に流れてる可能性は否定できないけど……。


相変わらず奇異の目を向けられながら立ち止まり、うーんと悩んでいた時にふと奥の方の廃墟の方からこちらへ向かってくる人影が二つ。

今の私の身長が生前より低くて、多分155くらいだけど…その私より頭一つ分以上高い。

一見人間のように見える姿だが、彼らの多分太ももから下くらいは犬のような足だ。

黒と白、対照的な毛皮が生えていて鋭い爪が薄汚い石畳をひっかいている。

後ろ側にはなびく尻尾が一つずつ。

だけど残念なことに毛皮は毛玉や汚れでべたべた。

手も白い方は右手の、黒い方は左手の肘から先が獣のようになっている。

そして最も特徴的なのがその顔。

ギラリとした獣特有の瞳孔は鋭くとも、その顔はイケメンの部類に入るだろう―――鼻筋から上だけは。

彼らは二人とも鼻と口が動物のものなのだ。多分、狼。

輪郭が人間のシルエットなだけ違和感がすごいが、その分人間のイケメンとして私の脳が認識しないため飛び退り逃げ出すことはなかった。

やがて二歩ほど離れた場所に立ち止まると、白い毛並を持つ方の男がその場に跪く。


「眼前、跪くことをお許しください高貴なお方。我らこの場において最も力を持っている兄弟にございます」

「テメーらに話があんだよ。とりあえず黙って聞けや」


続く言葉はその場に立ったままこちらをすごい目つきで見下す黒い毛並の男だ。

その言葉に控えていたリドガルドの気配が風船のように膨らむのがすぐにわかる。


「誰に向かって口をきいているか、一度お考えいただきたいですね…」

「リド、リドガルド!!!待って、一旦話を聞こう!!」


また魔力が分からない私にさえ分かるほど立ち上るそれに慌てたように手を添えて落ち着かせる。

彼が怒って魔力を行使したところを見たわけではないが、下手すると此処らが消し飛びそうな気がする。想像だけど。



「どうか我らを召し抱えていただけないでしょうか」



どうどう、とリドガルドを落ち着かせている間にぽろっと零れた言葉に目が丸くなる。え、今なんてった?



「俺らは此処で一番力がある。部下探してるんだろ?だったら俺らが良いってこった」



次いで黒い男が続く。どうやら情報が全く流れていなかったわけではないようだ。

ただ彼らの意図が読めない。

最初に会った悪魔たちのように庇護や安定的な生活を求めてただ自分を売り込みに来るわけでも

次いで向こう側から怯えた瞳で見てきたように早く去ってくれと願っているわけでもない。

落ち着いた静かな瞳、そのくせその中に少しだけギラリとした輝きがある。


「簡単な話だろ。テメーは部下を探してる。俺らはのし上がりたい。

利害一致のギブアンドテイクだ」

「口のきき方に気をつけなさい人狼くずれ」

「ア゛ァ?!殺すぞクソ爺?!」


だぁー!もうやめてくれ!!

ただでさえリドガルドはさっきからピリピリしてて、気を抜くとすぐ「殺す」オーラを纏うっていうのに。

私は自分よりもはるかに大きい飼い犬のリードを必死に握りしめる飼い主の如く、リドガルドの手を握りながらなだめていたが、先ほどの言葉が少し引っかかった。


「人狼、くずれ?」

「…正当な人狼の血脈にもかかわらず正しくその力を受け継ぐことができなかったものを、そう呼びます」


私の言葉に応えたのは白い男だった。


「くずれ、と呼ばれるものは力が歪であり、人の姿にも獣の姿にもなれない。

故に認められずに追われるさだめなのです」

「だけど俺達は姿はこうだが力はある。だから、のし上がって思い知らせる。単純な話だろ?」


二人の話口調は対照的だが、根本にある感情は一緒のようだ。つまり、雇用されたい。

ただ、最初に会ったあの押しの強いイケメン軍団と違うのは目的が明確で

自分たちが差し出すのがなんなのかをはっきりとさせていること。

忠誠心が、特に黒い方は微妙かもしれないけれどもビジネスライクという関係性を考えれば利害が一致している状態の間は心配することもなさそうだ。

…言っていることが全て本当なら、という前提はつくけど。

私は頭がよくないが、喪女は卑屈なため疑り深い。こういう時はその性質も悪くないように思える。

これが統治系シュミレーションゲームならステータスで能力値とか、忠誠度とか見れるんだろうけど…

この世界にそんな便利なものはない。


「わざわざこんな場所まで訪れて部下をお探しになられる。

地位によって他の者と繋がっている事を危惧しておられるのでは」


うぐっ、バレてる。とはいえ、其れを考えているのはリドガルドだけど。

まぁ、地位的に高い存在がこんなところをうろうろきょろきょろしてるんだもん。わかっちゃうよね。


遠慮なしに切り込んでくるし、口は(黒い方は)悪いけど…頭は悪くなさそう。

完全に手探り状態なので信じるのは己の勘という、バトル漫画みたいな状態になっちゃってるけど…

個人的にはあまり、悪い感じはしないからなぁ。

正直なのはいいことだと思うし。

それにほら、スラムを助けるために偉い人の所に取り入って孤児たちの面倒を見るって、テンプレだけど王道よね。


「偉いなぁ……二人は。此処を助けるためにそう言いだしたんでしょ」

「……おっしゃっている意味が分かりかねます」

「何言ってんだお前」

「違 う ん か い !!!!!」


しみじみといった体で零した呟きに帰ってきたのは白と黒の無慈悲なひと言だった。


「なんでよ!!今の流れだと完全にそうでしょ!!同じように虐げられてる子を救うために立身出世するんじゃないんか!!」


折角この世界に来て初めてちょっと心温まるいい話だと思って期待したのに!

と勝手な感情をぶちまける私に白と黒はかくん、とそれぞれ反対方向に首を傾げる。


「我らが貴方様の前で声をかけることができたのは、我らがここで最も力を持っているからです」

「弱い奴にはチャンスも与えられない。強い奴だけが力を掴む機会があるのはジョーシキってやつだろ」


うぅ、出た。悪魔式常識。

其れになぞらえて考えると確かに正しい…のか。

ともあれ、私は失礼ともいえるほどの正直さを持っていた二人をすでに大分好意的に見るようになっていた。

生まれも育ちも変わってしまった私には二人が人狼くずれだかなんだかでも別に大した変りはないわけだし、何よりイケメンなんだけどイケメンぽくないのがいい。

動物は好きだったし、イケメンと動物の中間点として見られるその姿は随分と落ち着く。

なのですっかり私の中では二人を雇用するつもり満々だったんだが…。


「ねぇ、リドガルド。この二人…」

「此処にいる者たちが繋がっていないと誰が言いきれる。

其れがお前たちとの連絡役を担わないとどう証を立てる」


ォゥ……めっちゃ怖い。

私のために怒ってくれるのはありがたいんだけど、過ぎるレベルだよリドガルド。

そして漏れ出た殺気が私にも突き刺さって怖いよリドガルド。近くの猫が怯えているよリドガルド。

そんな事にも気づかぬように白と黒を睨み付ける様な表情を崩さないリドガルドに向かって、二人はにまりと狼の口を笑うように引き上げる。


「なるほど、お姫さんに入れ込んでるってワケか。いいねぇ。俺らにしてみれば正直めんどくせーけど」

「…我らが信用できないと申されるなら二日ほどお待ちいただきたい。望む証を立てましょう」


そういうと白は立ち上がり、黒は組んでいた腕をほどいて踵を返して路地の裏へと去っていく。

やがて興味本位で見ていたやじ馬たちの気配も薄らいでいき、通りには誰もいない。淀んだ風がひらりと過ぎ去っていく程度だ。

溢れだしていたリドガルドの殺すオーラも収まって、ほっと一息を付いた。


「……差し出がましい事をしたことお許しください。今すぐにでもあの二人を召し抱えたかったのでしょうが……

判断材料が少なすぎます」

「い、いや。私の事思ってやってくれたんだし。大丈夫だよ……」


多分。という言葉は呑み込んだ。いや、でもあの二人あんまり悪い人には見えなかったし、大丈夫だと思いたいんだよな。

二日かかるとは言っていたけれど、あの二人もどうするつもりなんだか私にはさっぱりわからない。

ただせめて身ぎれいにはしてきて欲しいもんだ。

そんなことを考えながら来た時と同じように多くの視線にさらされながら

下町の入り口に止めてあった首なし馬二頭が引く黒塗りの場所に乗り込もうとした時リドガルドが私を止める。


「ベアトリーチェ様。其れも一緒にお連れなさるおつもりですか?」

「……だめ、かな」


私がずっと抱っこしていたのは先ほどリドガルドの殺気に当てられて傍で縮こまって怯えていた一匹の猫。

やせ細っていて、何より昔おじいちゃんの所で飼っていた猫に模様がそっくりだったから、つい連れてきてしまったのだ。

泥まみれのを抱き上げて服を汚してしまったのは、そりゃ悪かったけどそんな顔しなくても…。

何度か何かを言おうとしていたリドガルドはやがて諦めたように馬車の扉を開けて私を中に誘った。


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