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05 イケメンは劇薬である




「いあああぁぁぁぁぁぁ――――!!!」

私は朝から絶叫していた。

天蓋付の巨大ベッドで起きた朝、おはようございますと声をかけてくれた存在がいたのだ。

リドガルドだと信じて疑わなかった私は差し出された手を受け取ってぱっと寝ぼけ眼でその人物を見たのだが…其処にいたのはリドガルドではなく、輝かんばかりのイケメンだったのである。

多分、記憶の隅っこに引っかかっている其れを引っ張り出して考えるにあの風呂のような場所で目覚めた時にそばに居たイケメンの一人であるのは多分間違いなかった。

しかし、私は喪女である。




よく、「美人は三日で飽きるが、ブスは三日で慣れる」という言葉がある。

だが考えても見てほしい。美人は三日で飽きられたとしてすぐにポイされるだろうか。答えは否。

美人というのは連れ歩くだけでステータスになる。かたやブスなどは慣れたところでステータスにはなりはしない。

ブスは少しでもましなのがいればすぐに乗り換えられるだろう。だってブスだし。

「美人は飽きても捨てられないが、ブスは慣れられようがすぐにポイ捨て」が真実だと私は思う。

其処に愛情が存在しないのであれば美人の方がまだましではなかろうか。

愛嬌や特技があるブスはそんな風に簡単に捨てられはしない、という意見もあるだろう。

そもそういうのはブスとは呼ばんし、慣れるどころかそこを好きになられるのだ。




話はそれたが、私はこんな考えが根底に根付いている根っからの喪女である。

イケメンというのはブスにとっては劇薬。それと同時に悪魔のような存在だ。

他にもちょっと理由はあるのだが、其れは兎も角として。

諸君、私はイケメンが苦手である。間近で顔を見ただけで絶叫してゴキブリの如く後退りをしてしまうほどに苦手なのだ。


「いかがいたしましたベアトリーチェ様?!」


私の絶叫を聞いて、リドガルドが慌てたように扉を開けて中に入ってくる。

ベッドから転げ落ちて引き攣る私と、あわてたようにリドガルドの傍に跪き半泣きになりながら事情を説明するイケメンを交互に見てそれから深いため息をついた。


「ベアトリーチェ様は記憶がないと申したでしょう……雑務だけをやって御傍に控えるのは私だけでよいと言ったはずです。

無意味にベアトリーチェ様に心労を与えるようなことは……慎みなさい」


ギラリ、といつも優しいはずのリドガルドの瞳が輝きを増す。その迫力に跪いていたイケメンは息が止まりそうなくらいに恐怖に歪んだ顔で必死に謝罪を繰り返していた。

……あれ?よく見ると彼は……悪魔でもなんでもない……人間?

じっと見ると何の特徴もない。魔力とやらを読めれば大体の種族の予測がつくものだと聞いたが私はまだできない。

だけど彼には角も尻尾も尖った耳もない。多分人間で間違いないのだろう。

やがて「下がりなさい」というリドガルドの呆れたような呟きと共に泣き出しそうな青年は慌てたように頭を下げて部屋から出て行った。

やがて部屋の隅っこで縮こまっている私にゆっくりとリドガルドが歩み寄り、跪いて手を取る。


「大変申し訳ありません…驚かれたでしょうが心配はございません。彼は貴方様の奴隷でございます」

「ど、奴隷…」


ファンタジー小説でしか見たことないような単語に顔が引き攣る。

確かに偉い人で悪属性は奴隷を多数所持しているのが常識、みたいなところはあるにはあるけどさ…。


「あの、一つ聴いても良い…?彼らにどういう事をさせてたの…?」


此れは心の準備のためだ。回答によっては失神するかもしれないが、ある程度事前に知っておくことで心構えができるはず。

夜伽とか来たらこの場で倒れる自信があるけど……。


「主に小間使いです。私が執事頭として彼らを取りまとめておりまして…

貴方様の着替えや食事、入浴など一切のお世話を分担して担当しておりました。

後は貴方様の好みの服を着せて彼ら同士で何かしら組み手やその他をさせて楽しんでおられたようですが」

「性 癖 が 倒 錯 し て る !!!!」


私もオタクだ。腐文化に理解がないとは言わない。ていうか少し入ってる。

だけどそういう問題じゃないだろ。青年にコスプレさせて(私の予測だけど)絡ませるとか石油王の腐女子かよ!! 神々の遊びだよそれは!!


「でも、あの人…さっきの人は人間だったようだけど……」

「嗚呼、そのことまでお忘れになられていましたか。

彼は近隣の村を貴方様が襲われた時に強引に召し抱えた村一番の強者でございますよ」

「拉 致 じ ゃ ね ー か !!!!」


奴隷ってんだからそうなんだろうけどさぁ…。何でそんなテンプレ通りに行動するんだよもう…。

あれ、でも待てよ。あの目覚めた時に居たのは彼ひとりじゃなかったよね…。


「あの、そうやって拉致……じゃない、雇用した人ってどのくらいいるんですか…」

「そうですなぁ…悪魔、人間、エルフなど見目麗しいものばかりをざっと30人は」

「多 す ぎ る わ !!!!!」


じゃああれか?!私はこれからこの屋敷を歩くたびにイケメンに跪かれ、その度に恐怖し、ひきつけを起こさねばならんのか?

しかもリドガルドの様子を見るに、記憶がないという認識を引っこ抜いても過保護な気がするし私がひきつけを起こして倒れでもしたら、その原因を作った人は抹消されてしまうのでは……。

しかも拉致ってことは無理やり働かせているわけで、さっきの人の様子を見るにいやいやって感じがものすごいするな。

今の私は兎も角として、魔王軍に入るほど強い元私に命じられれば嫌でも働かなければいけないだろう。

村から奪ってきたという事は彼にも家族がいるのかもしれない。

お給料も何もなく、何時殺されるか怯えながら、顔色を窺って仕事をする…。

彼らの境遇における恐怖や苦痛は、状況こそ違えどかつての私に少し似ている気がした。

いやいや世話をされるのもなんだかあまりいい気分ではないし、困ったな……。


「ねぇ、リドガルド。あの、今居る人たちを全員……解雇するってことはできないかな」


その言葉にリドガルドは目を丸くしたあと、深いため息をついた。


「やはり先ほどの事が御不快でしたか……わかりました。明日には全員処分いたします」

「ちょちょちょちょ ちょっとまった!!!違う!処分チガウ!」


いきなり一足飛びで明後日の方向に物事を理解したリドガルドに慌ててストップをかける。指先一つで30人の命を一気に奪うとんだ独裁者になるところだった…。

さすがに中身が元人間だから殺人というのはいくらなんでも抵抗がある。


「そうじゃなくて…その、全員元居た所に帰してあげられない?ってこと…。

だってほら、私は今記憶がないでしょ。あの人たちはあんまり私に良い感情を抱いてないだろうし……。

リドガルドが全部やってくれるのもありがたいけど、ずっと四六時中居るわけにもいかないかもだし。

そういう時に敵意を持っている人がいると 心配かなって思って。

それならいっそ新しい人を雇っちゃったほうがリドガルドも助かるし心配事も無くなりそうじゃない」


必殺、屁理屈!!

過保護なリドガルドの心配事を逆手にとって、なんとなくそうかもしれないと言わせるためのもの。

リドガルドは私の言葉を受けてふーむと悩むように顎辺りに手を添えて考える素振りを暫し続ける。


「しかし其れであれば、やはり処分すればよいのではないですかな?」


うっ、やっぱりそう来たか。魔族とかってどうしても弱肉強食というか、実力主義みたいなところがあるよね。強いものは弱いものに何してもいい っていう奴。

いずれ私ももしかしたらそういう風に変わってしまうのかもしれない。その可能性は勿論否めない。だけど。


「…前の私とは違うかもしれないけど……要らなくなったから殺すっていうのは…ちょっと…」


前の家族はどうしているだろう。私の死を悲しんだりはしていないはずだ。きっとお葬式を上げて悲しんだ振りをして、多分終わり。

其れと同じことを彼らに辿らせるのはどうしても、どうしても抵抗があったのだ。

言葉の後押し黙ってしまった私の傍にリドガルドが跪き、そっとその手を取る。


「畏まりましたベアトリーチェ様。記憶があろうとなかろうと、貴方様は私の主。貴方様が望まれるのであればその通りにいたしましょう。

ただし、全員記憶は消させていただきます。それでよろしいですかな」


口調は違えど祖父が孫娘に尋ねる様な、優しげな声音。何もできない私に唯一優しかったおじいちゃんの影が重なって泣きそうなのを堪えて頷く。

これで彼らのこの先の悲惨な人生と、私がひきつけを起こして泡を吹いて倒れるという事態は無くなったのだ。








そして彼らの記憶の処理をしてそれぞれの住処の近くに送り届けてきたリドガルドが戻ってきたのがついさっき。

おかげさまで今この館にはリドガルド、そして服飾担当の蜘蛛姉妹、そして厨房担当の魔物が一人いるくらいだ。

厨房担当の魔物は料理開発以外に興味がないらしく、全く厨房から出てこないのだそう。

今は静かになったこの場所だが、のんびりとはしていられない。

雑務を担当する魔族はリドガルドがある程度選別してくれるらしいのだが、私の直属になる者は特別気を使って選ぶのだとか。

リドガルドが選別するという言葉をなんとかかんとか誤魔化しかわして、それだけはどうにか避けることができた。

記憶がないとはいえ前の私の嗜好を知っている以上、また見目の煌びやかなのを選んできそうなのが怖かった。

何とか説得を繰り返して自分のお付きは自分で選ぶという事でリドガルドを納得させたんだけれども……。

これ、本当に大丈夫かなぁ…。



その選別に行くために自分を飾り立てるリドガルドの手際を見ながら気づかれないように長く長く引っ張ったため息は口からだらだらと零れ落ち続けた。

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