04 観察と解雇
さて、驚くほど普通の夕食を楽しみ、驚くほど普通に眠った次の日。
…なんとか無理いって寝巻も用意してもらいました。流石にまた素っ裸絹布団サンドイッチはやめてほしかったんだ。
というか、裸で寝るとこんなつやっつやの絹布団絶対汚すじゃん…。
そして本日のお召し物は蜘蛛姉妹がまた夜なべして作ってくれたらしい。
綺麗な黒のレースのチョーカーに赤い薔薇飾り。がっぱり肩が空いた赤いドレスはやっぱり腰の部分がコルセットのように編み上げになっている。
腰の所は黒いリボンが絞っているのでウエストが非常に際立つようで、今回はスリットのない足首までの長いロングドレスだ。
正直こんな豪勢なものを一晩で作ってくれてありがたいやら申し訳ないやらなのだが、リドガルドが言うには二人は現状大変喜んでいるという。
彼女らが言うには布面積を大きいものを作るのが楽しいらしい。それでいいのか蜘蛛姉妹。
そしてリドガルドに付き添われて朝食を終えたあと、少しだけ席を外すという彼を見送って二日ぶりくらいに一人の時間が訪れたのだ。
誰かを小間使いに寄越しましょうとリドガルドが言ってくれたけど丁重かつ頑としてお断りしておいた。
理由はまた後々話すことになるだろう。
「―――……さて」
改めて一人になった部屋で私は周囲をぐるりと見回す。
リドガルドには決して部屋の外に出ないようにと言い含められているので自由になるのはこの部屋だけだ。
といっても、部屋だけでもともと私が住んでた部屋よりも四倍くらい広いけど……。
昨日見た壁についているクローゼットの扉。これも開けることは禁止されている。
なんでもこれは壁にクローゼットがあるわけではなく、亜空間とここを繋げているだけなんだとか。なので魔力の扱い方を知らない私が開けると下手をするとどこかに繋がってしまうというのだ。
あとは年頃の娘さんにありがちだけど、デザインが禍々しすぎるドレッサーと、どういう風に使う分からない化粧道具。
今日も寝ていた天蓋付の大きなベッド。
そしてゴシック調の可愛らしさを残したテーブルと椅子。昨日はリドガルドが紅茶を持ってきてくれたワゴンもあったが今は片付けられている。
そしてクローゼットの近くには大きな姿見が一つ。
こうして見回してみると、あまり物がないような気がする。
服はあんなにあるのに、酷くアンバランスな気になって少し違和感があった。
とはいえ、私は昨日から此処に住み始めただけなのだ、今悩んでいてもどうしようもない。
なので今はまず「自分」を知ることに決めたのである。
「―――……おぉ……」
クローゼットの近くにある巨大な姿見に近寄ると、思わず感嘆の声が漏れる。
柔らかなモカ色の肌、少し吊り上ってはいるがぱっちりした綺麗な二重の紫色の瞳、鼻筋は通っていて、唇はぷっくりとしている。
落ち始めた夜の帳のような紺色の髪の毛には一切の癖がない。真ん中から綺麗に分かれて前髪は胸のあたりまで、後ろは腰を過ぎるほどまでまっすぐ伸びている。
正直現代にいたらテレビの向こうの人になっているのは間違いないくらいの美少女だ。
こんな恵まれた外見なのに何が不満だったんだろうかと思うが、多分私にはよくわからない何かが彼女にはあったのだろう。
思考で一旦途切れた観察を再開する。
前髪の丁度後ろの側頭部あたりからはぐりっとねじれた灰色の角が飛び出していて、其処には銀の鎖とレースリボンが巻き付けて飾られていた。
そして角には直接穴があけられており、まるでピアスのように三つほど金の輪に通された宝石がゆらゆらしゃらしゃらと揺れている。
寝る時は勿論この飾りを外すのだが、リドガルドが必ず朝につけてくれるのだ。
なんでも、ベアトリーチェはこの角のお洒落を大層気に入っていて、欠かさずにしていたのだという。
なんとなく習慣になってしまっているので、できれば続けてほしいと言われて流石に其れを断れるほど冷たくはなれなかった。
それにこうして見た目を飾られるのは美少女となった今では悪くない気分だ。
そして背中から見える二対の翼。
一つは小さ目だけれども悪魔っぽい、コウモリのような翼が一つ。骨辺りが黒くて、被膜?のような場所に行くにつれて濃いピンクになるグラデーション。
パンクファッションのアイテムみたいな気もするけれど、これも自前。力を入れて意識すると少しぱたぱたと動く。
そしてその下に自分の髪と似た色の宵闇色の鳥の羽が一つ。
これは恐らく、自分に流れているという天使の血のものなんだろう。だからと言って何が違うかと言われても別に、違いなんて感じられない。
飛ぶこともできるらしいが、それは翼に頼る物理的な飛行ではないと言っていたから、この翼はあくまで飾りみたいなものなのだろう。
そして腰の下から生える、尻尾。
悪魔の其れのようにも思えるが、先端が丸っこく可愛らしいハート型になっているのだ。
うぅ…THE・淫魔って感じがして嫌だなぁ……。
しかもスカートの下にあるもんだから動くと布に引っかかって面倒くさい。そういう理由であんな服装を好んでいたんだろうか。…いや、多分単なる趣味だな。
そして最後に額の真ん中に張り付いたようにある漆黒の宝石。
これについてはリドガルドから詳しい話を聞かされない。時が来たら、というがそれは一体何時なのか。
しかし、外見を観察したところで自分の能力が分かるわけではなし。
やっぱりこの外見が自分のものだっていう自覚も芽生えないし…当たり前だけど。
そう姿見の前でうんうん唸っていたら扉の開く音がしてリドガルドが帰ってきた。
「あ、お帰りなさい」
「ただ今戻りましたベアトリーチェ様。……貴方様にそのようにお声をかけられるとなんだか、むず痒くさえありますな」
おかえりも言ってなかったのか……本当になんて女だ。
過去の自分じゃないけど自分にそんな文句を飛ばしているとリドガルドが少し困ったようにこちらに近づいて尋ねてくる。
「しかし……本当によかったのですかな。召使を一斉に解雇など……」
そう、今この館は酷くがらんとしている。其れは今日の朝にさかのぼるのだが……